手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
さて、マックちゃんがクラシック三冠という偉業を成し遂げ、その後有馬記念ではオグリちゃんの伝説的なラストランの前に惜しくも敗北を喫した年末。
ボクは自分たちのチームの裏で、かつての教え子であるテイオーちゃんのフォローに回っていた。
夏合宿の際、テイオーちゃんを引き継いでくれた俵さんとの間で、マックちゃんに新しいスキルを教えてもらう交換条件としてテイオーちゃんにボクのスキルを教えるという約束を交わしていた。
だが、実際にやってみると、これがどうにも上手くいかなかった。テイオーちゃん向けのスキルが、ボクの手持ちにあまりにも少なすぎたのである。
テイオーちゃんの走りは、股関節や足首ので柔らかさを活かした軽快なステップで、接地時間を削ってスピードを出すというものだ。それはまさに、ターフの上を空を飛ぶかのように駆け抜ける他に真似ができない走りである。
一方で、ボクが現役時代使っていて、マックちゃんやアルダンに教えているのは、重たい筋肉の鎧を着込んで相手と泥臭く四つに組み、デバフをばらまいて盤面を支配するという真逆のスタイルだ。
一応、ボクが持っている独占力や、あのルドルフが使っている牽制系のデバフスキルなどは一通り教えてみたものの、おそらく彼女の実戦ではほとんど役に立たないだろう。相手と接触を避け、軽快に飛び交うように走るのがテイオーちゃんの真骨頂であり、どっしりと構えて相手のペースを乱すような戦い方は、彼女の軽い走り方と体重、何よりも性格的に向いていない。
スタートの出遅れを防ぐ技術や、コーナーを無駄なく回るための位置取りのスキルも教えたので、全く何もためになっていないとは思わないが……それでも、俵さんから教わった加速やスピードアップのスキルに見合うだけの釣り合いが取れているかは、ひどく疑問であった。
「できれば、長丁場を乗り切るためのスタミナ系のスキルが使えるようにしてあげたいところなんだけど」
ターフで、ボクは練習するテイオーちゃんの走りを観察しながら悩んでいた。
彼女のスピードは申し分ない。天性のバネが生み出す加速も悪くない。問題はやはり、スタミナだ。
2000mのレースならば今の走りでも問題ないだろうが、ダービーの2400mとなると不安が残る。ましてや彼女がルドルフを追って目指しているのは無敗のクラシック三冠だ。あの華奢な体と跳ねるようなステップで、菊花賞の3000mを走り切るのは、どうしても難しそうに見える。
できれば、スタミナを回復したり温存したりするスキルを2、3個使えるようにしてあげたいところだが……。
「まずはこれなんだけど、どうだろう?」
ボクが実演してみせたのは『クールダウン』。レースの道中で呼吸を深く、そしてゆっくりと落ち着かせることで、スタミナの消費を抑える技術だ。
ボクの動きを見て、すー、はー、と大きく呼吸をしながらステップを踏んでみるテイオーちゃん。だが、すぐに足元がもつれそうになって立ち止まった。
「うーん……呼吸に意識を向けると、ステップの跳ねるテンポが狂いそうかなぁ」
「そっか。呼吸と連動させる系のスキルは難しいか」
呼吸を使ってスタミナをセーブするスキルはいくつかあるが、テイオーちゃんの走りの肝はあのリズミカルで軽やかなステップだ。どうやらその系統のスキルは、彼女のステップのテンポに悪影響を及ぼしてしまうらしい。
「じゃあ、こういうのはどう?」
次に試したのは『食いしん坊』。体内のエネルギー消費の回路をあえて一時的に切り替え、蓄えた脂肪を効率よく燃焼させて使えるエネルギーを強引に増やす方法だ。
興味深そうに見ていたテイオーちゃんは、しばらくボクの体の使い方を観察した後、自分でも走って試してみるが……
「んー。なんか、あんまりスタミナが増えてる気がしないや」
「テイオーちゃん、うすほそ系の体型だもんね……」
蓄えた脂肪を燃焼させるスキルだから、アルダンやマックちゃんのような筋肉と脂肪をたっぷり蓄えた豊満な重量級ボディならかなり有効に機能する。だが、極限まで無駄を削ぎ落としたテイオーちゃんの体では、そもそも燃焼して消費できる燃料、すなわち脂肪があまりないのだ。
まあ、それを言ったら万年ちんちくりんのボクも大概なのだが……いや、最近はお腹に子供ができた影響か、ほんの少しだけ胸が大きくなって全体的にふっくらしてきたから、以前よりはマシに使えるかもしれない。今度こっそり試してみよう。
「うーん、難しいなぁ」
あとは『レースプランナー』などの、レース展開をあらかじめ逆算してペースを支配する系統のスキルもある。だが、軽快なステップによる臨機応変な立ち回りを売りとするテイオーちゃんには、ガチガチにレースのプランを固めてしまうこれらのスキルは向いていないだろうことは火を見るより明らかだ。一応理屈だけは教えておいたが、テイオーちゃんも「うーん?」と首を傾げていた。
「でも大丈夫だよ! トレーナーさんが一生懸命教えてくれたから、ボク、なんだかどうにかなりそうな気がする!」
「いや、君がポジティブなのは良いことだけど、それじゃボクが申し訳ないというか……」
結局、こちらから渡せる手札があまり役に立てていないような気がする中で、テイオーちゃんへのスキル伝授期間は終わってしまった。
そして迎えた、年末最後の中央開催の大レース、ホープフルステークス。
ジュニア級の頂点を決めるその中山2000mの舞台に、テイオーちゃんは出走登録をしていた。
スタンドに観戦に来たボクは、関係者席にいた俵さんに声をかけた。
「紫ちゃん、ヤッホー! 夏は色々とありがとね」
「こちらこそ。マックちゃんに色々と良い技術を教えてもらったけど……こっちはどこまで役に立ったか、正直自信がないよ」
「えー、謙遜しなくていいって。テイオーちゃんも、紫ちゃんのおかげで色々と新しい走りのヒントを覚えたみたいで、すっごい喜んでたよ?」
「……?」
ボクは首をかしげた。
いや、確かにそこそこの数のスキルを教えはした。だが、ボクが見る限り、そのどれもがテイオーちゃんの才能や走りには向いていなさそうだったので申し訳なく思っていたのだ。新しい走りとは一体何のことだろう。
「でも役に立ってないというなら体でお礼してもらおうかな」
「セクハラ禁止ですよ。というか妊婦に何言っているですか」
「そういうのもありかなって」
「ありなわけないでしょう」
ぺちっとオデコをたたくと素直に引く俵さん。やっぱり貞操観念バグってる。今何人恋人がいるんだか。テイオーちゃんにはさすがにまだ手を出していないと思うけど。
何にしろ、ボクの教えが役に立っているとは思っていないのだが、その疑問は、ゲートが開き、実際のレースが始まってすぐに氷解した。
「……なに、あれ。こわ……」
ボクは双眼鏡を覗き込みながら、思わず戦慄の声を漏らした。
ターフを駆けるテイオーちゃんの『呼吸のタイミング』が、スキルを教えた時とは全く変わっていた。ボクが教えた「深く落ち着かせる呼吸」を、彼女のテンポの速いテイオーステップの着地の瞬間に合わせて、寸分の狂いもなく同調させているのだ。
相反するはずの二つの技術が融合した結果、彼女のステップの軽やかさはさらに一段階上がり、それでいて無駄なスタミナ消費を抑え込んでいる。
それだけではない。レース展開も、彼女特有の無邪気で臨機応変な立ち回りに見せかけて、明らかにボクが教えた『レースプランナー』の計算をもって動いている。
周囲のウマ娘たちの動きに先んじてポジションを変え、相手が焦ってペースを乱すことすらも「予定調和」としてプランの中に組み込んでいるのだ。
ボクの教えた合わないはずの不格好なスキル群を、自分の一番得意な形へと分解し、再構築している。
いや、ただの才能だけでここまでできるはずがない。隣でニヤニヤと笑っているこのギャルトレーナーの卓越した指導理論と、テイオーちゃん自身の天才的な頭脳とバネが組み合わさったからこそ、ここまで理不尽な調整ができたのだろう。
ジュニア級の2000m。冬の中山の荒れたバ場という、決して短くも優しくもないタフな条件だったが、テイオーちゃんはスタミナ切れを起こす素振りすら一切見せず、最後まで涼しい顔で走り切り、余裕で1位でゴール板を駆け抜けた。
マックちゃんと直接ターフで当たるのは、おそらくシニア級となる再来年以降になるだろうが、ボクは、とんでもなく強力なライバルの覚醒に手を貸してしまったらしい。
戦々恐々としながらも、ボクはその太陽のように眩しい才能に向かって、心からの惜しみない拍手を送ったのだった。