手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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3 トレーニング開始

 早朝のまだ朝日が上がる前のトレセン学園グラウンド。朝露に濡れた芝の匂いが、冷たい空気とともに肺を満たしていく。

 ボクの目の前には、真新しい指定ジャージに身を包んだメジロマックイーンが、少し緊張した面持ちで立っていた。

 さて、入学ほやほやの中等部一年生であるマックちゃんは、デビュー戦を迎えるまで少なくともあと一年半はある。彼女の目標であるシニアクラスの天皇賞に至っては、丸三年以上の猶予があるのだ。

 ウマ娘の脚は前世のサラブレットと同様繊細だ。急いで負荷をかければ、すぐに悲鳴を上げてしまう。だからこそここは決して慌てず、時間をかけて強靭な基礎を作っていくことにした。

 

「ということで、今日からみっちり基礎トレーニングをしていくよ」

「わかりましたわ。何卒よろしくお願いいたします」

「うん、よろしくお願いします、ムラサキトレーナー」

 

 二人のウマ娘が、朝のグラウンドに凛とした声を響かせる。

 うんうん、元気な返事でよろしい。……いや、ちょっと待て。

 

「アルダン、なんで当たり前のようにこっちに並んでるのさ」

「ふふっ。私も今日から、こちらに移籍しようかと思いまして」

「あー……なるほどね」

 

 ボクは頭を掻きながら、目の前で優雅に微笑むもう一人のメジロ、アルダンを見た。

 実は、アルダンと前任の担当トレーナーさんがあまり上手くいっていないのは知っていた。本人からも相談を受けていたし、何ならトレーナーさん側からも相談されていた。この前の皐月賞の走りを見ても、アルダン自身のポテンシャルとレースプランが噛み合わず、どこかちぐはぐな印象を受けたのだ。どうやら、ボクがトレーナーとして開業したのを機に、こちらへ移りたいらしい。

 まあ、アルダンとは現役時代からルームメイトとして寝食を共にし、お互い裸の付き合いまでした仲だ。彼女の性格も、その体質も、ボクが一番よくわかっている。

 それに、才能のある担当ウマ娘はどれだけいても困らない。ボクとしても、彼女の移籍を拒否する理由はどこにもなかった。

 

「まあ、書類上の移籍手続きは追って学園側と進めるとして。ひとまず、アルダンはいつものやつでいこうか」

「はい、わかりました」

 

 頷くアルダンを横目に、マックちゃんが不思議そうに小首を傾げる。

 

「いつもの、ですか?」

「そう。まずはウォームアップの動的ストレッチだよ。マックちゃん、ボクの動きをよく見て真似してみて」

 

 残念ながら、このウマ娘世界はスポーツ医学があまり発展していない。ウマ娘の身体能力が人間のそれを遥かに凌駕しているため、「とにかく走り込めば強くなる」という前時代的な根性論や、気合重視のトレーニングが普通にまかり通っているのだ。

 しかし、ボクは前世の知識と最新のスポーツ医学研究をベースに、独自のトレーニング理論を構築している。その恩恵もあって、ボク自身は現役時代、怪我や不調とは全くの無縁だったし、ボクが面倒を見てきたラモーヌやアルダンも、故障を回避して元気いっぱいに走り続けている。

 史実という名の『悲惨な運命』をねじ伏せるための、これが第一歩だ。

 

「いいかい、マックちゃん。ただ筋を伸ばすだけのストレッチじゃダメだ。関節を大きく回して、筋肉をポンプのように動かすんだ。ラジオ体操やブラジル体操の要領でね」

「こ、こうでしょうか……っ?」

「そう! 肩甲骨から動かす意識で。この動的ストレッチの目的は、運動前に筋肉の温度を上げて、ゴムのようにしなやかな状態を作ること。冷えて硬い筋肉のまま急発進すれば、すぐに肉離れや腱の断裂に繋がるからね」

 

 大きく腕を回し、肩関節を広げ、ステップを踏みながら脚の関節を動かして体を温めていく。

 じっくり三十分ほどかけて全身の関節と筋肉に刺激を入れると、マックちゃんの額にはすでにうっすらと汗が滲んでいた。

 

「はぁ……はぁ……。走る前の準備体操だけで、こんなに体が熱くなるなんて思いませんでしたわ」

「怪我をしないのが一番だからね。才能があっても、脚が壊れたらそこでおしまいだ。ボクのチームでは、これを絶対に疎かにしないこと」

 

 ボクの真剣な声色に、マックちゃんはこくりと力強く頷いた。

 さて、ここからはいよいよ本メニューだ。ウォームアップとクールダウンは二人とも同じだが、現在の育成段階が違う以上、メインのメニューは全く別になる。

 ひとまず、基礎作りが必要なマックちゃんのほうから教えよう。

 

「じゃあ次は、エキセントリック・トレーニングだ」

「えきせんとりっく、ですか?」

「簡単に言えば、『筋肉を伸ばしながら負荷をかける、ゆっくりとした筋トレ』のことだよ。たとえばスクワット。しゃがむ時に五秒かけて、ゆっくり、じわじわと腰を下ろす。で、一秒でサッと立ち上がる。これを繰り返すんだ」

 

 実際に手本を見せてから、マックちゃんにもやらせてみる。

 

「い、いち……にぃ……さぁん……しぃ……ごぉ……っ!」

「いいよ、そのペース。太ももの裏側とふくらはぎの筋肉が、引き伸ばされながら力が入っているのを感じるでしょ。ウマ娘が怪我をするのは、急ブレーキをかけたり着地したりした時、『筋肉が縮もうとしているのに、無理やり引き伸ばされる力』が加わった瞬間なんだ」

「くぅぅっ……! な、なるほど……理屈は、わかりますが……っ!」

「このトレーニングで、筋肉そのものと、筋肉と骨を繋ぐ『腱』や『靭帯』の耐久力をピンポイントで高めるんだ。長距離を走るスタミナ以前に、そのスタミナを支えきるだけの頑丈なサスペンションを作らなくちゃいけないからね」

「ひぃぃ……っ! あ、足が……足がぷるぷるしてきましたわ……!」

 

 開始から十分。慣れない負荷の掛け方に、お嬢様の優雅な仮面が剥がれ落ち、マックちゃんがひーひーと情けない悲鳴を上げ始めた。それでも決してフォームを崩さず、弱音を吐きながらも最後までやり遂げようとする根性は、さすがメジロの血筋といったところか。

 

 マックちゃんが自らの太ももと熱い対話をしている間に、ボクはアルダンのほうへと向き直る。

 日本ダービーという大一番が目前に迫っているアルダンには、マックちゃんのような筋肥大や基礎強化のトレーニングは合わない。そもそも、これまでボクの監視下で徹底的に基礎を積んできた彼女は、その儚げなお嬢様の風貌からは想像もつかないほど完成された肉体を持っている。

 世間の一部で囁かれている彼女の異名の一つは『重戦車』だ。しなやかな筋肉が隙間なく詰まった、まさにダイナマイトムチムチボディ。この圧倒的な筋力が衝撃吸収のクッションとなり、彼女のガラスの脚を今日まで守り抜いているのである。

 

「アルダンは今の時点で筋力は十分足りてる。必要なのは、レース本番に向けた走りの最終調整だ。軽く併走してフォームをチェックするよ」

「はい。よろしくお願いいたします」

 

 アルダンと並んでターフに立ち、合図とともに駆け出す。

 風を切り裂く心地よい感覚。後ろから迫ってくる、重く、しかし洗練された蹄鉄の音。

 横目でアルダンの走りを確認する。踏み込みの角度、腕の振り、呼吸のタイミング。どれを取っても美しく、無駄がない。

 

「ムラサキさん……引退されたというのに、相変わらずお強いですね」

 

 息一つ乱さず、アルダンがボクのすぐ斜め後ろにピタリとつけてくる。

 

「まだまだ、君たち現役には負ける気がしないかな」

 

 強がりを言ってみたものの、実際のところ結構ギリギリだ。併走すればどうにかまだボクのほうが少し前を走れるが、彼女の完成度を見るに、その背中を抜かれるのも時間の問題だろう。トレーナーとしてはこの上なく喜ばしいことだが、元GⅠウマ娘としては少しだけ寂しい気もする。

 

 数本のスプリントでアルダンのフォームを微調整した後、プルプルと生まれたての子鹿のようになっているマックちゃんと合流し、最後の仕上げに入る。

 

「よし、二人ともお疲れ様。最後は静的ストレッチで締めるよ」

「ふぇぇ……まだ、あるんですの……?」

「これが一番大事なんだよ。ウォームアップでやった動的なものとは逆。今度は反動をつけず、ゆっくりと筋肉を伸ばした状態で二十秒キープする。深呼吸しながらね」

 

 朝日が完全に上ったグラウンドで、三人並んで芝の上に座り込む。

 息を深く吸い、ゆっくりと吐き出しながら、酷使した筋肉の繊維を優しくほぐしていく。

 

「運動後の筋肉は、疲労で硬く縮こまっている。これを放置すると、骨を引っ張って痛みの原因になったり、衝撃を吸収できずに疲労骨折に繋がったりするんだ。だから、ストレッチで血流を良くして、溜まった疲労物質を押し流してあげる。休むことも、立派なトレーニングのうちだからね」

「なる、ほど……。はぁ、伸ばすと……痛気持ちいいですわ……」

 

 マックちゃんがうっとりとした表情で体を伸ばす。

 じっくり三十分かけて全身をクールダウンさせた頃には、いい時間になっていた。

 

「よし、今日のメニューはここまで! シャワーを浴びて、ご飯を食べて学校に行こうね」

 

 心地よい疲労感に包まれながら、ボクは学園のシャワー室へと向かう。

 今日はボクも久々に本気で走って汗をかいたし、一人のんびりとシャワーを浴びる予定だった。……予定だったのだ。

 

「あら、ムラサキさん。背中を流しますよ」

「えっ? いや、アルダン、ボクは自分で洗えるから……ひゃっ!?」

「遠慮なさらないでください。さあ、隅々まで綺麗にしてさしあげますね」

「ちょ、まっ、そこは……! マックちゃん! 助けて……!」

「わ、私には高度すぎて何が何やら……っ!?」

 

 結果として、ボクは満面の笑みを浮かべるダイナマイトムチムチボディのアルダンに背後からがっちりとホールドされ、抵抗虚しく全身を隅々までピカピカに洗い上げられる羽目になった。

 ボクのちんちくりんな百四十センチの身体は、彼女の豊かな双丘に完全に埋もれてしまうのであった。




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