手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
ヴィオラマリーナ。
無事に生まれてきてくれた我が子の名前だ。名付け親はボクである。メジロの冠名をつけることも考えたのだけれど、アルダンの希望もあってボク側に寄せることにした。オリジナル冠名のヴィオラである。
マリーナはまだほんの赤ん坊であるにもかかわらず、恐ろしいほどの体力で元気に部屋中を這いずり回っている。紫色の柔らかい髪と、きらきらした瞳がたまらなく愛おしい。
メジロ家が手配してくれた超有能な家政婦さんが、家事から何から完全にすべてこなしてくれるため、ボクは今世のみならず前世の記憶を含めても初めての、完全なまったりスローライフを送っていた。
一方のアルダンはというと、トレセン学園の最終学年として生徒会の仕事で忙しく立ち回りつつ、さらに大学部へ進学するための準備もあるので、目まぐるしい日々を送っている。
息抜きも兼ねてマリーナを連れてマックちゃんの様子を見に行きつつ学園に顔を出すのだが、アルダンが書類を抱えて走り回っている姿をよく見かける。かつてのルドルフと似たような進路をたどるのだろうから、無理をしない程度に頑張ってほしいものだ。
ただ、そんな超多忙なアルダンなのだが、どんなに疲れて帰ってきても夜のボクへの添い寝と重すぎる愛情表現だけは絶対に欠かさない。
……そうしたら、なんとまたボクのお腹に二人目の子供ができた。どんだけボクに産ませるつもりなんだあの子は。相変わらず、ウマ娘同士でいつどういうトリガーで子供ができるのか、その生物学的なシステムがまるで分らないのもひどく怖い。
そんな平和な生活の中でも、トラブルが全くなかったわけではない。
一つは、孤児院のアルヴちゃんだ。
アルダンが忙しくなって施設へあまり顔を出せなくなったことも相まって、あの子はまた愛情不足をにこじらせてしまったらしい。
いっそボクたちで引き取ることも考えたのだが、アルダンはまだ未成年で正式な夫婦としての手続きが完了していないため、法的な養子縁組ができないのだ。
とはいえ、「そんな大人の都合なんて知ったこっちゃない」というのが子供の切実な感情だろう。
仕方がないので、一時預かりという名目で、アルヴちゃんには我が家で一緒に暮らしてもらうことにした。
気位の高いアルヴちゃんと、生まれたばかりのマリーナ。
相性が少し心配だったのだが……蓋を開けてみれば、何だか知らないがアルヴちゃんはマリーナの世話をものすごく甲斐甲斐しく焼くようになっていた。
「ほら、ママ! マリーナのおむつ、ちゃんと変えないと駄目です!」
「ママ、ミルクあげるのが遅いです! マリーナが泣いてます!」
と、なぜか毎日ボクが叱られている。
手際もいいし、あやし方も完璧だ。絶対ボクよりママ力が高いのではなかろうか。
家事はプロの家政婦さん、育児はアルヴちゃんとなると、ボクは完全に家の中でヒモのような存在になっていた。
いや、生活費などのお金はボクの現役時代の貯金から出しているから、まだギリギリでニートではないはずだ。
というか、ボクが二人目を妊娠しているのも知っているからか
「ママは座っていてください。無理は駄目です」
と言って、アルヴちゃんは最近ボクのことまでやたらと甘やかしてくる。
あの孤高でツンツンしていた子が、完全に与える側の母性に目覚めてしまった。そのちょっと不器用な優しさがなんだか可愛くてしょうがない。
そんなこんなで、家で完全に暇を持て余したボクは、ベビーカーを押しながら頻繁に学園のグラウンドへと出向いていた。
担当を持っていなくても、単発で他チームのウマ娘にアドバイスをすることはできる。教官が教えているところにふらっと混ざって、実技のお手伝いとかもできる。
こういう地道な活動は、ほかのトレーナーたちも将来の青田買いのためにちょこちょこやっているのだ。まあボクの場合は、現状新たに担当を持つ予定がないから、単なる暇つぶしの趣味の領域なのだが。
ターフを巡る、流浪の子連れ妊婦トレーナーである。
時々アルヴちゃんも横に連れて歩いているから、すれ違う生徒たちから「あの人、一体何歳で子供産んだの……?」と恐ろしいものを見るような目を向けられている。失礼な。
そんな趣味を楽しんでいたのだが、生徒会で多忙なアルダンから、ボクの暇を埋めるようにいくつかのお仕事が舞い込んできた。
一つは受験指導だ。
トレセン学園の大学部にエスカレーターで上がるにしても一応の学力試験はあり、その成績によって希望するいい学部にいけるかどうかは変わってくる。外部の大学を受験するならば、なおさら本格的な勉強が必要だ。
そういった学力に不安のある子たちの受験指導をやってほしいと、アルダン経由で依頼があったのだ。
いや、ボクの最終学歴は飛び級の高卒なんだが……とは思ったが、前世や現役時代の思考法を活かして、役に立つ範囲で教えてあげることにした。
これが、手間がかかる子は本当に手間がかかるのだ。
たとえば、あのオグリちゃんとか。
まじめで本当にいい子なのだが、ちょっと天然で抜けている上に、勉強や試験というものに根本的になじみがないのだろう。彼女のアイドル的な絶大な人気を考えると、URAとしては将来的に看板役の幹部として取り入れたいようだが、それには大学部でちゃんとした学部に入ってもらわないと困るらしい。
だが、オグリちゃんの現在の学力は、必要なラインに結構足りていない。サポーターとして付きっきりで教えているベルノライトさんも一生懸命頑張ってくれているが、そのフォローは想像以上に大変だった。
ほかにもイナリワンさんとか、地方や外部からやって来た編入組の子は、結構学力に不安がある傾向が強い。
トレセン学園はなんだかんだで進学校の側面もあるので、基本入学の時の学力試験がそこそこ難しいのだ。一芸とかで入って本当に勉強ができない子は教官や周りの優秀な生徒が必死にフォローするから、最終的にはそこそこみんなできるようになるシステムなのだが…… 編入組はあまり想定がされていないシステムである。
オグリちゃんやイナリワンさんの圧倒的な人気を考えると、今後こういう編入組は増えるかもしれない。学園側は、この学力問題のサポート体制を一度ちゃんと再考したほうがいいだろう。現状意見を出すとアルダンの仕事がまた増えるので、来年ぐらいに出すか。
というか、二人とも、まだ小学校にも上がってすぐのアルヴちゃんより小テストの点数が低いのは、本気で焦ったほうがいいと思う。まあ、アルヴちゃんが何でもすぐに覚えてしまう神童だというのもかなり影響しているが。
そんな受験指導のボランティアをしていたら、更なる厄介な仕事が舞い込んできた。
怪我をした子のフォローだ。
軽傷なら元のトレーナーが様子を見つつ復帰を目指すのが普通だが、重傷を負った子は、治療期間の長さやメンタルの問題からチームを移籍させられることが少なくない。
ボクは絶対に怪我をさせない育成において周りからも一目置かれているから、そういうリハビリ込みの仕事もそのうち来るかなとは思っていたが……
「……ごめんなさい。ライスなんかが、こんな立派なトレーナーさんの所に来てしまって……」
なんとボクの目の前に現れたのは、あのライスシャワーだった。
奈瀬さんからの紹介だった。ボクたちの後輩にあたる新人トレーナーが彼女を担当していたらしいのだが、デビューしてわずか3戦目で不運にも骨折をしてしまったらしい。
それに完全にビビってしまった新人トレーナーが「自分の指導では彼女の脚をまた壊してしまう」と責任を負いきれなくなり、移籍させるという話になった。そこで、丈夫な育成の第一人者であるボクの所に話が回ってきたとかなんとか。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……ライスは不幸だから……」
なんだこれ。ものすごく卑屈だ。
全身から放たれるどよーんとした負のオーラがすごい。あと、前世の記憶のイメージからもっと小柄なウマ娘だと思い込んでいたが、普通にボクより身長が高いじゃないか。まあ、テイオーちゃんもそうだったが、さすがに140cmのボクほど小柄なウマ娘は学園中を探しても基本見かけないから仕方ないけれど。
「よし、アルヴちゃん」
「何ですか、ママ」
「この子を、君の持てるすべての母性を使って徹底的に甘やかしてください」
「あいマム」
自己肯定感の低さなんて、理性をぶっ飛ばすくらい甘やかしまくれば大体どうにかなるのだ。あの孤高だったアルヴちゃんだって、今や見事に反転して愛を振りまく立派なママに成長したのだから。
アルヴちゃんが真顔でライスちゃんに絵本を読み聞かせ、赤ちゃんプレイのような謎の精神的ケアを仕掛けようとしているのを尻目に、ボクは送られてきたライスちゃんの詳細な経歴資料をめくった。
読めば読むほど、なんでこの子がここまで自己肯定感が低いのか、まるで理解できない出自だった。
最近はレースの第一線ではあまり名前を聞かないが、日本有数の歴史と経済力を持つ大規模な名家の出身。
家庭内での虐待や学園でのいじめの兆候も一切なし。
成績は学力、レースともに優秀。外見は黒鹿毛で少し前髪が重くて野暮ったいが、磨けば間違いなく美少女と評価される程度には十分に整っている。
なんだ、ただの圧倒的な上級国民じゃないか。うちの施設の孤児の姉妹たちなんか比べ物にならないくらい、恵まれた環境で育っている。
そもそも、ボクという目上のトレーナーに対して敬語を使わずに「ライスは〜」と自分の名前で呼ぶあたり、無意識のお嬢様ムーブが結構すごい。
そんな客観的な事実を頭の中で分析しているうちに、なんだか段々と腹が立ってきた。
環境に恵まれた上級国民のお嬢様なら、もっとそれらしく堂々と振る舞うべきだ。悲劇のヒロインぶっている暇があるなら、その怪我を治してターフの先頭をぶっちぎればいい。
ボクは、このじめじめした黒鹿毛の少女のメンタルを、あの自信過剰で傲岸不遜なライオン丸みたいに堂々たるものに魔改造してやることを、内心で固く決意するのであった。