手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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32 新しい走り方

 地獄のブートキャンプにより、どうにか基礎固めが終わったので、次はライスシャワーに合った走りをどうするかである。

 

 彼女の体格は全体的に細身で、身長も低い方だ。ボクがやってきたような、マックちゃんやアルダンのように筋肉の鎧を着せてタフに仕上げることができるタイプではない。

 筋肉を乗せすぎれば、負荷ばかりが増えて、またすぐに脚の骨が悲鳴を上げるだろう。

 とはいえ、その才能は素晴らしいものがある。走りの質自体は無尽蔵のスタミナを持つステイヤー系に見えるが、マックちゃんと違って一瞬の鋭い瞬発力も備えている。だから後ろから追い込むことも、前で粘ることも、何でもできる。純粋な才能だけで言えば、あのへっぽこ皇帝ライオン丸と同等かと思うぐらいポテンシャルは高いのだ。

 

 そして最も厄介なのは、その極度にへなちょこなメンタルと、そのくせ心の奥底にひっそりと根付いているご令嬢特有の「無自覚な傲慢さ」を持ち合わせていることだ。本当にめんどくさい子である。とはいえ、ルドルフみたいに唯我独尊のライオン丸2号になられても、それはそれで扱いづらくて面倒ではあるのだが。

 指導者として、こういう子が一番扱いが難しいのだ。

 

 ボクやアルヴちゃんみたいな底辺の出身は、「金を稼ぐ」という明確な目標を設定してやれば、泥を啜ってでも基本ずっと走り続ける。ハングリー精神と美化されることもあるものだが、単純に稼げば将来の生活の役に立つし、自分一人で使い切れないほど余るほど稼いだら、寄付するという分かりやすい用途があるからだ。ボクだって院長先生に少しでも楽をさせたいし、妹たちのランドセルも買ってやったりしている。

 

 一方、ライスちゃんのように名家で不自由なく恵まれて育ったタイプは、金でモチベーションを釣ることができない。いやだって、彼女たちの世界では、まじめに学問を修めて実家の本業で稼いだ方がよっぽど儲かる可能性が高いし、本業で頑張れば一族や周りの人間の飯の種にもなるのだ。命がけのレースで怪我のリスクを負ってまで、わざわざ稼ぐ理由がない。

 そうすると、いかに本人が「レースが好きか」という根源的な部分が重要になってくる。ルドルフみたいに世界をひれ伏させたい究極の負けず嫌いか、ラモーヌさんみたいにレースそのものを狂愛しているか、どちらかでないとシビアな勝負のプレッシャーにメンタルが耐えきれずに負ける可能性が高い。そういう点では、お嬢様育ちのマックちゃんもアルダンもちょっと弱くて、ちょこちょこメンタルで負けていた。特にアルダンの同世代のオグリちゃんやイナリさんはすごかったもんな。

 で、問題は目の前の無自覚傲慢不幸自慢系お嬢様だ。見た目は大人しくてすごく可愛いのに、どうしてこうもろくでもないのか、この黒米は。まあ、変に素直なところがあるから、洗脳まがいなことでもして「絶対に勝てる」という強靭なメンタルに作り変えてやることも考えるが、さてどういう風に持っていくか。

 

「ねえ、ライスちゃん。ライスはどうしてターフを走ってるの?」

 

 ある日の休憩中、スポーツドリンクをちびちび飲んでいる彼女に尋ねてみた。

 うーんと少し悩んだ後、ライスちゃんは答えた。

 

「ライスね、昔読んだ絵本に出てきた、魔法使いさんみたいになりたいの」

「魔法使いさん?」

「うん。魔法で、みんなを幸せにしたいの。ライスが走ることで、みんなが笑顔になってくれたら……それだけで、いいの」

 

 ふむ、なるほど。要するに「拍手喝采が欲しい」承認欲求の強いタイプか。別にそれが悪いとは言わない。全体的に求道者みたいな連中がボクと近い世代では多かったが、周囲からの称賛や名声が欲しいというのは実に人間らしくて良い。この子の場合、歴史に残るような抽象的な名声よりも、具体的に目の前で「すごいね」と言ってくれる観客の笑顔が欲しいのだろう。

 なら、お米ファンクラブを作ってやろう。顔は間違いなくいいし、いくつかいい感じの特技を持っているみたいだから、人気を集めること自体は簡単なはずだ。

 

 手始めに、ボクの故郷である孤児院に彼女を連れて行った。そこで子供たちに彼女の得意な絵本の朗読をさせたら、一躍大人気になったのだ。

 子供たちからすれば、きれいなお姉さんが優しく遊んでくれるだけで嬉しい。おまけに、ライスちゃんは異様に絵本を読むのが上手いのだ。声色を使い分け、感情を込めて読む姿は完全にプロの朗読者だった。ほかにも、年頃になってきたウマ娘の妹たちに、可愛い服の選び方やファッションのちょっとしたコツを教えてくれたりもするので、みんなの支持率がすこぶる高い。

 あっという間に、彼女は施設での大人気アイドルになってしまった。このままだと、おもちゃを買い与えるアルダンの人気すら超えるかもしれない。ちなみに、ボクの施設での人気は悲しいことにかなり低い。なんでだよ。ジャイアントスイングがいけないのか。

 

 施設での自信回復に続いて、次は配信活動だ。最近世間で流行り始めたネット上の動画配信サイトで、ライスちゃんのアカウントを作って配信活動を始めさせたのだ。

 現役のウマ娘が自ら配信をやるのはまだ珍しいらしく、ライスの見た目が素朴で可愛いのもあって、すぐに人気が出た。内容は、好きな絵本のことや、日々の日常のささいな出来事をぽつぽつと話しているだけなんだけどな。「これからは素人の隠し芸か、芸人の私生活が売れる時代が来る」と前世の誰かが言っていた気がするが、そんな内容でも人気が出るのだから不思議なものである。

 ただ問題だったのは、彼女がたまにグラウンドでの練習風景をそのまま流したことだ。そのせいで、コメント欄でボクが「鬼畜紫」とか言われるようになってしまった。なんでだよ。関節が外れる寸前まで伸ばす柔軟も、吐くまでやらせる体幹トレも、スポーツの世界じゃ普通だよ。

 おいマックイーン、動画のゲストに呼ばれたからって、なに「奈瀬さんの優しさと比べると、ムラサキさんのメニューは地獄のように厳しくて……正直、何度も命の危機を感じましたわ」とか暴露してるんだよ。今度スイーツ全面禁止にするぞ。そんなことを言ったのに加えて三冠ウマ娘の重みのある証言のせいで、ボクの評判が余計に下がった。解せぬ。

 

 まあ、ボクの風評被害はともかくとして。こうしてファンからの温かいコメントを集め、施設で子供たちに褒めまくられた結果、ライスちゃんも多少は自信がついてマシになり、「ライスなんて……」というネガティブな不幸自慢を言わなくなってきた。

 これで無自覚傲慢系雰囲気儚げお嬢様にランクアップだ。本当にランク上がってるこれ?

 

「うん。うじうじしているより、その方がずっと可愛いよ、ライスちゃん」

「ほ、本当? えへへ……」

「……」

「痛っ!? ちょっとアルダン、なんで急にボクの右のほっぺ引っ張るんだよぉ! ていうかアルヴちゃんも、なんで左のほっぺ引っ張るのぉ!?」

 

 ニコニコ笑うライスちゃんを見てボクが何気なく褒めた瞬間、背後に立っていたアルダンとアルヴちゃんに両方のほっぺたを同時に、しかも本気で引っ張られた。

 浮気じゃないよ!! 担当ウマ娘の自己肯定感を高めるための正当なトレーナー業務だよ!! 

 

 

 

 

 さて、すっかりメンタルが安定して可愛くなったライスちゃんだが、ターフでの走り方については「基本に忠実に」いくことにした。

 あの地獄のブートキャンプで獲得した、怪我をしないための必要な筋力と、衝撃を逃がす柔軟性は維持する。

 それを基本としつつ、その上で「削れるだけ削る」のだ。

 マックちゃんのような過剰な筋肉は乗せず、通常程度の丈夫さを保ったまま、彼女の小柄さを最大限に生かした圧倒的な軽さを備えたステイヤー。それがライスシャワーの完成形である。

 

 まあ、言うは易しで、問題がないわけではない。一番の問題は、この「削る」作業──つまり減量が、とてつもなくキツいということだ。

 ハードな練習で死ぬほど動いた上で、体重を細かく調整するために食事を厳密に制限しないといけないのだ。

 でも、スタミナを枯渇させないために、栄養として必要な分は食べないといけない。管理するボクも大変だし、食べ盛りの年齢で我慢を強いられる本人も狂うほど大変だ。

 しかも、学園の寮の中までトレーナーは立ち入れないから、見えないところでストレスから無茶苦茶食べてしまう可能性が常に潜んでいる。

 

 テイオーちゃんみたいにストイックな子は、こういう減量をやる時は楽でよかったんだよなぁ。

 彼女は高い紅茶とか、はちみつドリンクを少し与えるだけで結構我慢が効いたし、自分で体重管理ができた。

 マックちゃん? あいつは絶対にダメだ。目の前にスイーツを置かれた瞬間に理性が宇宙の彼方へ吹っ飛ぶ。だからあいつの場合は、食べた分だけカロリーを消費させるために走らせるのが、一番手っ取り早い体重管理の近道だったのだ。

 

 今回は、ライスちゃんの食事メニューをボクが徹底的に管理しつつ、メニューも厳密に管理していく。

 そのうえで同時に彼女の走りに害悪デバフを死ぬほど盛り込むことにした。

 現役時代にボクが相手をすり潰すために使っていたもの。あの憎きルドルフが玉座を守るために使っていたもの。産休中で暇だった時に本に書いてあった戦術を再現してアレンジしたやつ。さらには、テイオーちゃんの同期で、無自覚に相手のペースを乱すのが上手いナイスネイチャさんからパクった技術まで。

 ボクの知る限りの、相手を不快にしてスピードとスタミナを奪い取る、盤面支配のすべての呪いを彼女にくれてやるのだ。

 

 徹底的な減量によって研ぎ澄まされた青い短剣のような体に、致死量のデバフを宿した害悪ライスちゃん。

 彼女ならきっと、その圧倒的な存在感と悲劇的なまでの強さで、観客を魅了してくれるだろう。みんなを幸せにする魔法使いの誕生だ。え? 同じレースに出走して彼女のデバフの犠牲になる他のウマ娘たちの幸せはどうなるのかって? 

 そんなものは、ボクの担当を輝かせるためのコラテラルダメージである。




邪悪な紫である。
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