手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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34 メジロ温泉郷

「ということで、今年の夏合宿は温泉を掘るぞー!」

「おー!」

「……なんで私まで……」

「……なんで僕まで……」

 

 うだるような夏の暑さから逃れるようにやってきた、北海道は洞爺湖。

 ここは、ウマ娘界隈における名門メジロ家の本家が広大な土地を構える場所である。近くには有珠山という活火山があり、数十年周期で噴火するたびに甚大な被害を受けるような、なかなかに自然の脅威と隣り合わせの辺鄙な場所だ。だが、火山が近いということは、それだけ地下に豊かな温泉の水脈が眠っているということでもある。

 

 そんな北の大地で、ボクは高らかに「温泉郷を作る」というプロジェクトを宣言した。

 前世の記憶にある、ウマ娘を育成するアプリゲーム。その中で、温泉を使ったシナリオがあったことが記憶がおぼろげに蘇り、「そうだ、自分たちで源泉を掘り当てれば疲労回復に最適じゃないか」と思い立ったのが事の発端である。

 夏休みを利用した夏合宿でただ走るだけでは面白みがない。つるはしを振るう全身運動は、ウマ娘たちの背筋や体幹を鍛えるトレーニングとしてもちょうどいいはずだ。自らの手で源泉を発掘し、適切な環境を作り上げることで、合宿後半のトレーニング効果を高めていくという、極めて理にかなった完璧な計画である。

 

「目指せ、古文書に記されし伝説のメジロ温泉……!」

「トレーナーさん。その、手作りのフリップまで用意してノリノリなところ大変申し上げにくいのですが、どこから突っ込めばいいか全くわかりませんわ」

 

 ボクの宣言に対し、麦わら帽子を被ったマックちゃんが、呆れたように深いため息をついた。

 今回の夏合宿は、ボクの担当であるライスちゃんや、ボクの家族であるアルダン、アルヴちゃん、最近生まれた娘を含めた娘二人だけではない。アルダンの姉であるメジロラモーヌも「面白そうね」とついてきているし、何より、現在マックちゃんの担当トレーナーとなっている奈瀬さんと、そのチームのメンバーであるスーパークリークさんたちまで、メジロ家のプライベート施設に強引に巻き込んでの合同合宿となっているのだ。

 

「いいじゃないか、マックちゃん。ほら見てごらんよ。アルヴちゃんが温泉に入るのを楽しみすぎて、鼻息を荒くして『ふんす、ふんす』ってしてるよ。可愛い妹分のためにも、お姉ちゃんとして頑張ってつるはしを振るわないとね」

「いつの間に私がお姉ちゃん分になったんですか」

「じゃあ妹分?」

「小学生の妹分はいやですわ……」

 

 ちなみにボクが手に持っているのは、メジロ家の蔵の奥深くから『偶然』発見されたという、伝説の温泉のありかを示す古文書だ。

 紙がA4上質紙だし、墨の匂いがどう見ても昨日今日すったばかりの新鮮な匂いだし、何なら紙の端っこに小さく『コピー用紙』の透かしが入っているような気がする。おそらくメジロのお婆様あたりが、ボクの突飛な提案を面白がって、一晩でノリノリで捏造した代物だろう。名家の当主、暇を持て余しすぎである。

 

 さっそく、古文書の暗号(という名のわかりやすい地図)に従い、有珠山の麓に広がるメジロの私有地の中で、源泉の気脈がありそうな場所へとあたりをつける。

 用意された大量のつるはしとスコップを各自が手に取り、ウマ娘たちの圧倒的なフィジカルによる発掘作業がスタートした。

 

「そぉいっ!」「はぁっ!」「ええいっ!」

 

 ガンッ! ゴドォッ! ドバシャァァァッ! 

 ウマ娘という種族を土木作業に投入すると、人間が重機を使って数日かかるような掘削作業が、ものの数十分で終わってしまう。マックちゃんの重戦車ボディから繰り出されるつるはしの一撃は、硬い岩盤をまるで豆腐のように粉砕し、ライスちゃんは小柄な体を活かした異常な回転数で、ショベルカー顔負けの勢いで土砂を掻き出していく。アルダンもラモーヌさんも、上品な顔立ちのまま容赦なく大地をえぐり取っている。

 そして、数メートルほど掘り進めた、その時だった。

 

 ──ゴゴゴゴゴゴ……ッ。

 

「ん? なんか、地面の下からすごい音が……」

「危ない! 全員、そこから離れて!」

 

 ボクが叫んだ直後。

 ドッブシュゥゥゥゥゥ──────ッ!!! 

 

「温泉だ────っ!!」

「本当に、本気で温泉が噴き出しましたわ!?」

 

 大地が割れ、もうもうと立ち込める白い湯気と共に、天高く熱湯の柱が噴き上がった。

 メジロのお婆様が適当に書いた捏造古文書の場所から、本物の極上の源泉が湧き出たのである。さすがは火山の麓、掘ればどこでも温泉が出る。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……誰か、助けて……」

 

 歓喜に沸くウマ娘たちの後ろで、トレーナーである奈瀬さんが、つるはしを握ったまま白目を剥いて地面に突っ伏していた。採掘作業で完全に体力が尽き、瀕死の状態である。

 奈瀬さんもだらしない。岡辺さんならルドルフに付き合った挙句お姫様抱っこしながら帰るパワーがあるのに。

 仕方がないからとっておきを渡そう。

 

「奈瀬さん、ほら、特上のマグロとウニのお寿司だよ! これを食べてスタミナを回復して!」

「なんでこんな山奥の泥だらけの現場で、高級な握り寿司が出てくるの……もぐもぐ……美味しい……」

 

 ボクがメジロ家のシェフに握らせておいた寿司を口に放り込むと、奈瀬さんは涙を流しながら咀嚼した。体力が減った時は寿司を食わせるのが一番の回復手段なのだ。古事記にも書いてある。

 さらに、湧き出たばかりの適温の温泉の溜まり場に、スーパークリークさんが「あらあら、トレーナーさん。泥を落としましょうね」と、奈瀬さんを首まで優しく沈めて強制的に疲労回復をさせる。寿司と温泉のコンボで、奈瀬さんの顔色がみるみるうちに生気を取り戻していった。

 

 その後も、ボクたちは勢いに乗って敷地内のあちこちを掘り返し、源泉を何か所も発掘していく。

 見晴らしの良い露天風呂用の源泉、筋肉の疲労をとる成分が強い療養泉、そして見つかるはずのなかった『伝説のメジロ温泉』の石碑(これもお婆様が発注して埋めたと思われる)も無事に発見され、メジロ家の財力と建設業者の超特急の施工により、なんと数日で立派な『メジロ温泉郷』が完成してしまったのだった。

 なんだよ、「古来から続く、数日前に発見された伝説のメジロ温泉」って。

 

 さて、温泉郷が完成した後は、いよいよ本来の目的である夏合宿の本格的なトレーニングの開始である。

 洞爺湖の涼しい気候のもと、メジロ家が所有するプライベートトレーニングコースを貸し切りにして、朝から晩まで走り込みを行う。そして、練習が終わればすぐに敷地内の温泉に浸かり、疲労物質をその日のうちに抜き去るという温泉付きトレーニングの恩恵は素晴らしかった。

 ただ休むよりも血行が促進され、筋肉の修復が格段に早くなる。翌日に疲労を持ち越さないため、トレーニングの質と効率が上がったのだ。

 

 中でも、この環境に一番適応していたのがライスちゃんだった。

 彼女は、ボクが用意した長距離の走り込みメニューを、文句一つ言わずに黙々と、それこそ求道者のような目で永遠に走り続けていた。

 ボクが魔改造した彼女の強みは圧倒的な軽さとデバフの嵐だが、その根底にあるのは無尽蔵のスタミナだ。彼女の細い体のどこにそんな無尽蔵のエネルギーが隠されているのかと不思議になるほど、一度ターフに出ると延々と走り続けている。時々、日が暮れても走り続けようとするので、ボクが物理的に首根っこを掴んで止めなければならないほどだった。

 当然、それだけの運動量になれば、消費するカロリーも桁外れになる。

 食事制限を厳しく管理しているとはいえ、合宿中のライスちゃんの食欲は凄まじかった。

 

「トレーナーさん……ライス、もうちょっとだけ、ご飯食べたいな……」

 

 夕食の食堂で、どんぶり飯を平らげたライスちゃんが、上目遣いでおかわりを要求してくる。

 ボクの当初想定していたよりも、はるかに多めの炭水化物を食べさせないと、彼女のスタミナタンクが満たされず全く満足しないのだ。だが、余分に食べた分は翌日の狂ったような走り込みで燃焼し尽くしてくれるため、結果的には余分な筋肉も脂肪もつかない許容範囲に綺麗に収まっていた。

 底なしの胃袋と、底なしの肺活量。本当に、見た目の可愛さに反して恐ろしいバケモノを育ててしまったと、トレーナーながらに戦慄する思いである。

 

 一方、そんな地獄のトレーニングとは無縁の組も、この合宿を心ゆくまで満喫していた。

 アルヴちゃんは、生まれて初めての大きくて広い温泉に浸かり、大層ご満悦だった。

 

「ママ。このお湯、とっても気持ちがいいです。マリーナも喜んでいます」

 

 頭に白いタオルを乗せ、少しのぼせて頬をピンク色に染めたアルヴちゃんが、ベビーバスに浸からせたマリーナの背中を優しく流しながら、ボクに向かって珍しくふわりと微笑んだ。

 温かいお湯の中で、ボクやアルダンたちと家族として触れ合うことで、彼女の心は氷解していた。その穏やかな笑顔を見るだけで、わざわざ古文書を捏造してまで温泉を掘った甲斐があったというものだ。

 

 こうして、充実したトレーニングと癒やしを両立させた夏合宿は、大成功のうちに幕を閉じた。

 しかし、この話にはまだ続きがある。

 ボクたちが掘り当てたメジロ温泉郷は、その効能の高さとロケーションの良さから、その後メジロ家によって本格的に開発され、ウマ娘の保養施設としてだけでなく、一般客も訪れる観光名所として発展を遂げることになったのである。

 

 というのも、引退して時間を持て余していたメジロラモーヌが、「あら、退屈しのぎにはちょうどいいわね」と言い出し、しばしば趣味で温泉旅館の『おかみさん』としてフロントや宴会場に立つようになったからだ。

 艶やかな着物姿で、気品と圧倒的なオーラを放ちながら客を出迎える伝説の三冠ウマ娘。

 熱狂的なファンとっては、拝みたいほど嬉しい至高のサービスなのだが……

 慰安旅行で訪れたウマ娘たちが、玄関で出迎えるラモーヌさんの冷たくも美しい微笑みと、背後から漂う『私の前で無様な姿を晒す気?』という無言の威圧感に耐えきれず、温泉に入る前から直立不動で震え上がる事案が多発しているという。

 

 伝説のウマ娘による、圧迫接客。

 ウマ娘には威圧感が強すぎて休まらないが、ファンにはたまらない名旅館として長く名を残したとかなんとか。

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