手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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37 天皇賞春

 さて、ライスちゃんの次のレースは翌年の天皇賞(春)となった。秋の菊花賞からそこまで期間が空いてしまったのには、いくつかのっぴきならない理由があった。

 一番の理由は、菊花賞の後に巻き起こった予想以上の大騒動のせいで、ボクが表舞台に一切顔を出せなくなってしまったことだ。

 あの記者会見での発言が完全に世間に火をつけたらしく、噂ではボク宛てに具体的な殺害予告まで出たという。さすがに身の危険を感じたため、メジロ家の所にしばらくの間かくまわれていたのだ。まあ、ボクは現在絶賛妊婦の身。お腹の子供のためにも、静かな環境で安静にするのは大事だから結果オーライではある。

 というか、第一子のマリーナ、第二子のラガッツァに続き、今お腹にいる子で早くも3人目だ。この3年間、ボクはずっと妊娠しっぱなしな気がする。なんだか最近は、お腹が丸く大きく膨らんでいるこの状態のほうが、ボクにとっての普通みたいになりつつある。本当にウマ娘の生殖の神秘はどうなっているんだ。

 

 何にしろ社会現象レベルの騒動もあって、年末の年度代表ウマ娘の選定委員会も、歴史に残るほどとんでもなく荒れに荒れた。

 客観的な実績だけで見れば、春にNHKマイルC、秋にスプリンターズSを制し、さらに3000mの菊花賞までをも手中に収めてこの年最多のGⅠ3勝を挙げたライスちゃんが、最優秀短距離ウマ娘と年度代表ウマ娘をダブル受賞するのが当然だとボクは思っていた。譲ったとしても、グランプリ、宝塚記念と有馬記念の夏冬連覇を達成したメジロパーマーさんが年度代表ウマ娘になるのが妥当な線だろう。

 なのに、蓋を開けてみれば、年度代表ウマ娘の栄冠に輝いたのはミホノブルボンさんだった。おまけに最優秀短距離ウマ娘の座まで、ニシノフラワーさんにかっさらわれてしまったのだ。世論の同情票である。どっちも、ライスちゃんが直接対決で叩き潰しているというのに……

 

 この理不尽な結果には、メジロのお婆様もかつてないほどブチ切れていた。有名ウマ娘雑誌『月刊トゥインクル』に実名で痛烈な批判投書を送りつけ、一時は「メジロは中央のレースから全面的に撤退する」という不穏な話までチラつかせてURAの幹部どもを震え上がらせていた。まあ、マックちゃんが先の天皇賞(秋)で1着入線しながら降着騒動に巻き込まれた遺恨もあったから、お婆様の怒りが天元突破するのも無理はない。

 

 とはいえ、この状況で一番針のむしろに座らされているのは、当のミホノブルボンさん本人だろう。ボクにあれだけ会見で煽られた挙げ句、選考委員たちの「お情け」と「ブルボン救済」みたいな空気で年度代表に祭り上げられてしまったのだから、生真面目な彼女のプライドとしてはかなりつらいはずだ。

 世間に恨みがあっても彼女には全く恨みはないし、トレーナーとしてボクから何かフォローを入れるべきか、それとも今は下手に触れずにそっとしておくべきか、非常に悩ましい。

 一応、マックちゃんの担当である奈瀬さん経由で、ブルボンさんのトレーナーである黒沼トレーナーにはボクからの謝罪を伝えてもらったのだが、返ってきたのは「……気にするな」という極端に短い一言だけだったらしい。どうとらえるべきか全くわからない回答だ。ブルボンさんといい、黒沼さんといい、あの師弟は言葉が少なすぎるっぴ!! 

 

 そんなこんなで外野がバタバタしているうちに時は流れ、ボクが無事に3人目の子供を出産したころでついに天皇賞(春)、京都・芝3200mの日がやってきた。

 

 今回の天皇賞(春)は、ウマ娘界における歴史の転換点だ。

 なぜなら、シニアの絶対王者であるメジロマックイーンの天皇賞(春)三連覇という、前人未到の偉業がかかっているからだ。

 二連覇の時点でも前人未到の奇跡の領域なのに、もし三連覇を達成すれば、空前絶後、将来的にもまず絶対に破られない不滅の金字塔になるだろう。

 まあ、その歴史の金字塔を強引にぶち破りにいくのが、うちのライスちゃんなわけですが。

 ボクが育てたマックちゃんと、ボクが呪いを詰め込んだライスちゃん。新旧担当ウマ娘による、淀の頂上決戦だ。

 

 とはいえ、ライスちゃん側に勝ち目がそうあるわけではない。

 正直に言って、マックちゃんにはボクが現役時代に持っていたすべての戦術、デバフの理論、そしてフィジカルの基礎をすでに叩き込んでいる。それに対して、ボクのほうはマックちゃんを奈瀬さんに引き継いで以降、指導者としての成長なんてまるでしていない。いやだって、ずっと産休と育児に追われていたからね。

 だから今のマックちゃんは、ボクのベースに加えて、奈瀬さんから教わった新しい指導分と、シニア戦線を戦い抜いてきた圧倒的なレースの経験がある。その分、確実にライスちゃんを実力で上回っているのだ。

 

 一方で、迎え撃つライスちゃんの武器といえば……マックちゃんの重量級ボディに比べて、極限の減量によって研ぎ澄まされた体格の小ささからくるキレの良さくらいしか、明確に上回っている部分がなかった。ちょっと厳しいというのが正直なボクの感想だ。

 

 一瞬の隙が命取りになる張り詰めた空気の中、京都レース場のパドックに二頭の天才ステイヤーが姿を現した。

 

 天皇賞(春)三連覇の偉業を狙う不動の1番人気、メジロマックイーン。

 彼女は奈瀬トレーナーの完璧な管理のもと、これ以上ないほど神々しい気品と、絶対王者の風格を漂わせて歩いていた。その翡翠の瞳には、かつてボクの野良レースで流した涙の影など微塵もなく、ただ目の前の勝利だけを冷徹に見据えている。

 対する2番人気、黒と青のドレスに身を包んだライスシャワー。

 彼女の周囲には、菊花賞での大ブーイングの余韻が未だに尾を引いているのか、スタンドの一般客から「三冠を壊した悪魔」「マックイーンの偉業を邪魔するな」といった、ひどく刺々しい罵声や冷ややかな視線が容赦なく浴びせられていた。

 

 だが、ライスちゃんはパドックの最前列ですれ違いざま、マックちゃんの方を真っ直ぐに見据え、その素朴な顔立ちのまま、ふっと声音のトーンを落として囁いた。

 

「……マックイーンさん。ライスね、今日もみんなを、ライスの魔法でいーっぱい幸せにしてあげるの。だから……マックイーンさんの持っているその綺麗な三連覇の夢、ライスにちょうだいね?」

 

 一見すると、純粋無垢に憧れの先輩におねだりしているかのような可愛らしいセリフ。だが、その瞳の奥にあるのは、他人の人生や偉業を自分の引き立て役としか思っていない、お嬢様の傲慢さだ。

 

 その言葉を受け、マックちゃんは一瞬だけ足を止め、鋭くライスちゃんを睨み返した。

 

「……随分と言ってくれますわね、ライスさん。わたくしを誰だと思っていらっしゃいますの? ムラサキトレーナーの全てを受け継ぎ、淀の長距離を支配してきたのは、このわたくし、メジロマックイーンですわ。あなたのその青い薔薇、わたくしの誇りで根こそぎへし折って差し上げます!」

 

 バチバチと、二人の間で視線の火花が散る。パドックの空気が、その瞬間だけ物理的に凍りついたかのように重くなった。

 

 

 

 

 運命のファンファーレが鳴り響き、芝3200mの長丁場が始まった。

 

 ゲートが開いた瞬間、驚いたことにマックちゃんもライスちゃんも、まるで示し合わせたかのように並ぶようにして、寸分の狂いもなく綺麗なロケットスタートを切った。そこから最初のポジション争いが始まったのだが……その光景は、すでに通常のレースのそれとは一線を画していた。

 

 ボボボボボボ……ッ! 

 

 まだ最初の第1コーナーだというのに、先頭集団の前方、2番手・3番手の位置で、目に見えて不穏な黒いオーラが煙のように立ち込め始めた。

 マックちゃんとライスちゃん、二人の放つ凶悪なデバフスキルが、スタート直後から全開で正面衝突しているのだ。

『独占力』と『独占力』が激突して進路を奪い合い、『八方にらみ』と『魅惑のささやき』の呪いが空間をぐにゃぐにゃに歪ませる。その余波の弾幕をモロに食らった周囲のウマ娘たちは、まだレースの序盤だというのに、呼吸を乱してボロボロと脱落していった。

 

「うわぁ……。遠目から見ても、あの中央のポジション、なんか黒いいやなオーラが溢れかえって空間が歪んで見えるね。……絶対にあの真ん中でだけは走りたくねえなぁ」

 

 ボクがスタンドの特等席でドン引きしていると、ラガッツァとマリーナの二人を両腕で同時に抱っこしていたラモーヌさんが、冷ややかな、それでいてどこか懐かしむような視線をターフに向けながら呟いた。

 

「相変わらず、他人事みたいに呑気なことを言うのね、あなた。忘れたの? あなたが現役時代に、あのシンボリルドルフと並んで走っていた時のターフは、大体いつもあんな感じの地獄絵図だったわよ」

「……え、嘘。ボクたち、現役の時あんなに周りに迷惑かけてたっけ?」

 

 ボクは自分の現役時代の悪行を指摘されて、少しだけ反省した。そりゃあ周りのみんなから「鬼畜紫」って言われるわけだ。でも大体ルドルフが悪い。たぶんそう、きっとそう。

 

 レースはそのまま、二頭の規格外のバケモノによる息の詰まるような呪術大戦のまま進行していった。お互いに相手のスタミナを削り合い、精神をすり潰し合う、泥泥の削り合い。

 そして、運命の第4コーナー。淀の長い坂を越え、最後の直線へと向かうところで、デバフの撃ち合いでボロボロになった他のウマ娘たちを完全に置き去りにして、マックちゃんとライスちゃんの二人のみが、ぴったりと並んだまま次元の違うスピードで前方へと飛び出していった。

 

 最後の直線、残り400m。

 激しい競り合いの中、最内のギリギリの有利な最短ルートをもぎ取ったのは、マックちゃんだった。

 

「やはり、マックイーンだ! 経験の差か! 有利なコース取りでライスシャワーを封じ込める!」

 

 実況の声通り、マックちゃんが半バ身ほど前に出る。奈瀬さんの指導のもとで培われた、シニアとしての無駄のない身体操作と、王者の意地。

 ライスちゃんは小柄な体を必死に躍動させ、その持ち前のキレで食らいついていくが、マックちゃんの壁はあまりにも厚く、高く、その差がなかなか覆せない。

 

「……ああ、これはさすがにマックちゃんの勝ちかな」

 

 ボクもスタンドで、半ば諦めのような息を漏らした。ボクの教えた技術のすべてを凌駕して、さらにその先へと進んでいたマックちゃんの成長は見事と言うほかない。三連覇の偉業達成の瞬間が、すぐそこに迫っていた。

 

 ──だが、その瞬間だった。

 

「──────ライスは絶対に負けないいいいいいいいいいい!!」

 

 ゴール前残りわずか50mの標識を越えた瞬間、ライスちゃんが、これまでの可愛いお嬢様姿からは想像もつかないような、獣のような凄まじい雄たけびを京都の空に轟かせた。

 彼女の全身から、これまでとは比較にならないほどの、文字通り命を削るような青い炎のオーラが爆発的に噴き上がる。

 

 マックちゃんの末脚に、ライスちゃんが、最後の最後で限界を超えて無理やり割り込んだ。

 二人の体が、完全に一列に重なる。

 スタンドの地鳴りのような大歓声の中、二人はほぼ完全に並んだ状態のままゴール板を駆け抜けた。

 

 写真判定。

 場内が静まり返る中、電光掲示板の最上段に表示されたのは──1着 ライスシャワー。

 

 ハナ差。わずか数センチの差で、劇的な勝利を収めたのは、またしても魔法使い・ライスちゃんだった。

 

「……はは、まじかぁ。本当にマックちゃんの三連覇をへし折っちゃったよ、あの子」

 

 ボクは呆然としながらも、ターフの真ん中で「ライスやったよ!」と、スタンドのボクに向かって満面の笑みで手を振るライスちゃんの姿に、ただただ脱帽するしかなかった。

 新旧担当対決、勝者、ライスシャワー。

 これにより、メジロマックイーンの三連覇の夢は淀の露と消えた。

 

 ちなみに今回はボクは暴言を吐かないですんだ。

 マックちゃんが「ライスさんがいなければ、なんて言わないでくださいまし。私は情けで勝つようなお遊戯を走ってるわけではありませんの」といってくれたからだ。

 とはいえボクはマックちゃんにさんざん愚痴られ、スイーツを大量に奢らされたのはご愛敬である。

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