手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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4 日本ダービー前夜

 いよいよ、すべてのウマ娘が憧れる夢の祭典、日本ダービーがやってきた。

 アルダンも出走する今年のダービーは、ボクから見てもメンバーが豪華である。

 

 一番人気は、みんな大好きサッカーボーイさん。三白眼がチャーミングな、気性難のやんちゃガールだ。彼女の爆発的なスピードは凄まじいが、個人的には2400mという距離はちょっと厳しいのではないかと思っている。それでも人気がこれほど高いのは、彼女の走りが持つ圧倒的なカリスマ性のゆえんだろう。

 二番人気は皐月賞を制したヤエノムテキさん。常に鍛錬を怠らない武士系女子の彼女にも、性格や脚質的に2400mは少し長いイメージがある。だが、皐月賞馬の意地を見せてくるのは間違いない。

 

 他にも、前世の記憶に基づく史実でこの年のダービーを勝ったサクラチヨノオーさんも万全の態勢で出走してくる。

 そして何より、今回最大のイレギュラー……あの『シンデレラグレイ』の主人公、芦毛の怪物オグリキャップちゃんも、なんと今回の日本ダービーに名を連ねているのだ。

 

 オグリちゃんのダービー出走までには、本当に涙ぐましい紆余曲折があった。

 いや、はっきり言おう。あのポンコツ皇帝・シンボリルドルフの尻拭いでボクが死ぬほど苦労したのだ。

 

 原因は、悪名高き『クラシック登録制度』である。

 トレセン学園入学直後に登録手続きを行わないと、一生に一度のクラシックレースに出走できないという、前時代的で閉鎖的なシステムだ。前世の漫画『シンデレラグレイ』では、この制度のせいでオグリちゃんは日本ダービーに出走できなかった。

 ぶっちゃけた話、地方からわざわざ中央に勧誘して引っ張ってきたのだから、生徒会長であるルドルフがこのあたりのフォローをしておくべきだろう。「東海ダービーを諦める代わりに、中央で一番を、ダービーを目指す」という約束で来た子に対して、あまりにもお粗末すぎる。

 勧誘時のフォローすらできないなら、いっそ移籍のタイミングを東海ダービーの後に遅らせてあげればよかったのだ。ターフの上では絶対無敵の皇帝のくせに、どうしてああいう事務的な根回しや対人関係が絶望的にへっぽこなのか。時々、本当にあいつの頭の中がわからなくなる。

 

 結局、役に立たないへっぽこ皇帝は放置して、ボクが裏で動き回る羽目になった。

 学園の規約を隅から隅まで読み込み、「入学直後に登録すること」という文言の解釈を広げたのだ。「オグリキャップは『編入生』なのだから、彼女にとっての『入学直後』とは編入手続きを完了した当日を指す。ゆえに、編入即日であればクラシック登録は可能である」という理屈をこね回し、URAの理事会にごり押しした。

 結果として、オグリちゃんは無事にクラシック登録を済ませ、日本ダービーへの出走権をもぎ取ったのである。

 まあ、その分アルダンさんの強力なライバルを一人増やしてしまったわけだが、アルダンも「強い相手と走れるのは光栄です」と笑っていたので良しとしよう。

 

 ちなみに「その特例のせいで、史実の追加登録制度が設立されなくなるのでは?」という前世知識からの懸念もあったが、そこは抜かりない。

 ルドルフの担当トレーナーを脅したり、知り合いのスポーツ記者さんたちを動かして『地方出身の有望株を阻む、前時代的な制度の見直し』というキャンペーンを大々的に打ってもらっている。良血優遇のクソみたいな制度だし、とっとと廃止しろよ本当に。何が「すべてのウマ娘に公正なレースを」だ。

 

 ともあれ、そんな波乱含みの日本ダービーである。

 混戦模様であり、誰が勝つかなんて全く予想がつかない。史実通りになんて基本行かないのが、この世界のウマ娘レースだ。ボクを含め、歴史を変えようとするイレギュラーな存在である転生者が何人もいて、その影響が大きすぎるからね。

 

 さて、ダービーの数日前。ボクは一度オグリちゃんのところに挨拶に行くことにした。

 あのへなちょこルドルフ経由で「念のため、出走に関する書類やチェックをしっかりしておくように」と伝えてはあるから、さすがに今更「急に出走できません」という事態にはならないと思うが、相手があのルドルフと、少し天然の入ったオグリちゃんだ。何をやらかすかわからないため、ボク自身の目で最終確認をしておきたかった。

 

 山のように積まれたどんぶり飯を、幸せそうな顔で猛スピードで平らげている芦毛のウマ娘はすぐに見つかった。

 

「やあ、オグリちゃん。調子はどう?」

「んっ……んぐっ。ああ、寮長。久しぶりだね」

「今はもう寮長じゃないよ。とっくに卒業してるし」

「じゃあ、ヴィオラ先輩?」

「今はトレーナーやってるから、ムラサキでお願いするよ。本名で呼ばれるとちょっと恥ずかしいからさ」

 

 もきゅもきゅと口の周りに米粒をつけながら、マイペースなオグリちゃんは首を傾げた。相変わらずの天然っぷりだが、その瞳の奥には闘志の炎が静かに燃えているのがわかる。食事量もしっかりとれているようだし、体調面は全く問題なさそうだ。

 

「ムラサキ、か。わかった」

「当日の手続き関係は大丈夫? あの生徒会長、また何か書類の提出を忘れてたりしない?」

「うん、大丈夫だ。ベルノや他の子たちも手伝ってくれているし、会長のトレーナーさんも毎日確認に来てくれている」

「そっか。それなら安心だ」

 

 ボクがほっと息をつくと、オグリちゃんは箸を置き、居住まいを正してボクの目を真っ直ぐに見つめてきた。

 

「ムラサキ」

「ん? なに?」

「……本当に、感謝している。君が動いてくれなかったら、私はこのダービーという舞台に立つことはできなかった。笠松の皆との約束も、果たせなかったかもしれない」

 

 彼女の不器用で、けれど一切の嘘がない真っ直ぐな言葉。

 その言葉を聞けただけで、あの日、徹夜で規約と睨めっこしながら理事会に直談判しにいった苦労が報われた気がした。

 

「気にするなよ。ボクはただ、面白いレースが見たかっただけだ。地方の怪物が中央の頂点を掻き乱すところをね」

「ああ。必ず、君の期待に応える走りをしてみせる。アルダンにもよろしく伝えてくれ。最高の勝負をしよう、と」

「了解。うちのアルダンも、絶好調だよ」

 

 

 

 オグリちゃんの仕上がりがばっちりだと分かったところで、次はうちのチームの話だ。

 アルダンは日本ダービーに向けて最終調整中であり、マックちゃんにはそれに付き合ってもらっている。

 マックちゃん自身はまだ入学したばかりで基礎トレ中心のメニューだが、アルダンの練習準備、タオルやドリンクの用意、シューズの泥落とし、勝負服の点検など、いわゆる雑用をすべて彼女に任せている。お嬢様にこんな泥臭いことをやらせるのはどうかと思いつつも、ボクの指導方針だから譲るつもりはない。

 マックちゃんは非常に真面目で素直なので、不満一つこぼさず言われた通りにこなしてくれる。だが、教育的な意味もちゃんと理解してほしいので、理由についてはしっかり説明している。

 

「いいかい、マックちゃん。君に雑用をさせてるのも、立派なトレーニングの一環だからね」

「そうなんですか? 私はチームの中で一番の下っ端ですし、先輩のサポートをするのもやぶさかではないのですが」

「いい子だねぇ。ただ、何の教育的意味もないなら、お金を出して外注スタッフを雇った方が効率がいいからね。でも、ボクはそうは思っていない」

「と、言いますと?」

「道具一式を自分で揃え、手入れすることに慣れておけば、いざ自分のレースの時にトラブルがあっても即座に対応できるでしょう?」

「あ……確かに、そうですわね」

 

 レース直前のパドックや待機所で、蹄鉄が緩んだり、勝負服の金具が破損したりするトラブルは意外と多い。専門のスタッフにお願いした方が綺麗に仕上がるに決まっているが、万が一の緊急時に『自分で応急処置ができる』というスキルは万が一の時の保険になる。

 自分で靴紐のテンションを調整できれば、最低限のスペックは発揮できる。ボク自身も現役時代、なんだかんだで直前に自分で微調整をして窮地を脱したシーンは少なくなかった。

 

「それに、言葉にしにくい微妙な違和感を、自分の手で試行錯誤して解消できるからね。あのルドルフなんかは、ものすごく凝り性でね。ミリ単位でシューズの重心や蹄鉄を自分で調整してたぐらいだ」

「あ、あのシンボリルドルフさんが、ご自身で……!」

 

 皇帝のエピソードを出すと、マックちゃんの瞳がキラキラと輝き始めた。

 あいつの話を出すとみんな聞くなやっぱり。よくへっぽこするが、こと走りについては伝説だしねぇ。

 

「そう。だから、マックちゃんも今のうちに道具の扱いや体調管理の基礎を、アルダンの背中を見ながら学んでおくんだ」

「はいっ! アルダン先輩のサポートを全身全霊で務めさせていただきますわ!」

 

 マックちゃんはやる気に満ちた顔で、アルダンのシューズを磨く手にさらに気合を入れた。うん、チョロい……じゃなくて、素直で本当にいい子だ。

 

「で、主役のアルダンのほうはどう?」

「ばっちりですわ。身も心も、これ以上ないくらい軽く感じます」

「本当? どこか変なところはない?」

「ふふっ、ムラサキさんは本当に心配性ですね」

 

 マックちゃんと話していたら帰ってきたアルダンさんの様子を見る。

 ボクはアルダンをトレーナー室の簡易ベッドに横たわらせ、脚を触り、腕を触り、全身の筋肉の張りをチェックしていく。

 数値データも重要だが、ボクの手のひらによる『触診』が一番ウマ娘の微細な変化を感じ取れるのだ。筋肉の温度、筋膜の癒着、腱の弾力。前世の知識と、自身の現役時代に研ぎ澄ませた感覚をフル動員して、一つ一つ丁寧に確認していく。

 

「そりゃあね。初めて会った頃から、君は脚が弱いってずっと言われてたんだから」

「そうでしたね。あの頃は、全力で走ることすら恐ろしいこともありました」

 

 すぅ、とボクの指先がアルダンのふくらはぎから太ももへと滑っていく。

 

「んっ……はぁ……♡」

「ちょっとアルダン。変な声出さないでよ。ただの触診なんだから」

「ご、ごめんなさい……。ムラサキさんの手が温かくて、その、ピンポイントで気持ちいいところを押してくるものですから……ぁんっ♡」

「……」

 

 背後でタオルを持っていたマックちゃんが、「ひゃあっ」と小さな悲鳴を上げて顔を真っ赤にし、両手で顔を覆ってしまった。しかし、指の隙間からこちらをガン見しているのはバレバレである。

 頼むからボクの威厳をこれ以上削らないでほしい。

 

「……よし。筋肉の張りも、腱の反発力も完璧だ。ダービーも全力で走れるだろぷ」

 

 ボクが太鼓判を押すと、アルダンは嬉しそうに微笑み、ゆっくりと起き上がった。

 かつて『ガラスの脚』と囁かれた脆さは、今や影も形もない。ボクとのトレーニング基礎から鍛え上げられたその肉体は、一回りも二回りも大きく、力強くなっていた。

 柔らかさの中に鋼のような芯を持つ、究極のダイナマイトムチムチボディ。まさに『重戦車』の異名にふさわしい、圧倒的な仕上がりだ。

 

「さあ、いこうかアルダン。君がこの世代の頂点であることを、ターフの全員に見せつけてやろう」

「はい。ムラサキトレーナー、私のすべてを懸けて、勝利を捧げます」

 

 日本ダービーのファンファーレまで、あと少しである。




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