手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
産休に入ってから、さらにしばらくの時が流れた。
ボク自身は毎年順調に子供を産んでいる。気づけばすでに5人目だ。一番上のマリーナはすでにおしゃべりを上手にこなし、トコトコとそこら中を元気に走り回っている。
ただ、ボクには似ず、行動そのものは結構おしとやかである。アルダンやメジロ家から派遣されている超一流のお手伝いさんたちが、日々完璧な令嬢教育を施してくれているたまものだろう。ボクの「ジャイアントスイングで相手を沈める」ような粗暴な振る舞いは、どうやら今のところ遺伝していないようで一安心だ。
さて、私生活が順調で平和な一方で、ボクを取り巻く環境……特にメジロ家の方で、少々問題が起きていた。
マックちゃんの世代以降、メジロを冠するウマ娘から重賞に勝てる逸材が出ていないのだ。
マックちゃんがターフを沸かせていた時から数えれば、もう3年以上も空白の期間が続いている。それまでは、なんだかんだで毎年1人ぐらいは重賞を勝てる強いウマ娘が出ていた名門メジロ家にとって、この成績不振は問題になりつつあった。
ということで、メジロブランドのてこ入れが急務となり、メジロ家と深い縁を持つボクが、久しぶりにトレーナー業に復帰することになったのだ。
復帰するからには、当然ながら新しく担当ウマ娘を探さないといけない。メジロ家の方から有望なウマ娘を斡旋してもらうことはできるのだが……
現在学園に入学している中から、メジロドーベルとメジロブライトの二人の存在は確認している。この二人をボクが育て上げてもいいのだが、最近トレセン学園に赴任してきた後輩の転生者トレーナーさんが、メジロドーベル推しなので、ひとまずそちらの彼に任せるつもりでいる。
ドーベルとブライトなら、ボクが無理にテコ入れをしなくても、十分にターフで活躍できるだけの逸材なはずだ。ボクが横から手を出して、彼らの熱い青春の邪魔をする必要はあるまい。
そうすると、残る手段は一つ。メジロ家以外の外部から有望な原石をスカウトし、メジロの後援をつけるという形だ。
ということで、ボクは新入生の目立つ子を物色するために、久しぶりにトレセン学園のグラウンドへと足を運んだ。
まず最初にボクの目を引いた、というか嫌でも目立っていたのは、サイレンススズカだ。
とにかく速い。巡航速度から常軌を逸している。そして、とにかく他人の話を聞かない。あの抜けるような美人系のルックスだからこそ許されるギリギリのラインに存在しているだけの、生粋の先頭民族だ。端的に言うと、気性難の極みである。人の言うことを聞かないバケモノほど、トレーナーにとってやべーやつはない。
前世の記憶にある『沈黙の日曜日』という悲劇的なフラグの問題もあるが、それを抜きにしても、彼女のあの孤高すぎるテンションにはちょっと触れたくない。ボクの指導は対話と計算に基づいているから、本能のままに走る子とは根本的に相性が悪いのだ。
あと、そのスズカのすぐ近くでやたらと奇妙な動きをして目立っていたマチカネフクキタルもいた。「シラオキ様がー!」とかなんとか叫びながら、水晶玉を片手にグラウンドを走り回っている。ただただ、うるさい。
スズカもフクキタルも、ウマ娘としての才能だけなら間違いなくぴか一なんだけど、今回はご縁がなかったということでそっと視線を外した。
ほかにも、タイキシャトルとか、シーキングザパールとか同世代の連中もグラウンドで暴れ回っていたが……とにかくみんな、テンションが異常に高い。「オーウ! イエース!」「ベリーファンタスティックね!」と大声で叫びながら、ハグやらハイタッチやらを繰り返している。
なんでこの世代は、こんなに揃いも揃ってうるさいんだよ。うちの孤児院のやんちゃな妹たちですら、もうちょっと大人しく遊んでるぞ。
ボクが産休と育休でしばらくターフを見なかった間に、学園の生徒層や全体のテンションに変化があったことを肌で感じながら、ボクはため息をついて学園内の廊下を歩く。
さすがに現場を3年も離れていると、すれ違う生徒の中に知り合いもほとんどいない。マックちゃんも、ライスちゃんすらも、すでに学園を卒業してしまっているもんなぁ。浦島太郎になった気分だ。
そんな風に、少し感傷に浸りながらふらふらと歩いていると、向こうから見慣れた上品なシルエットが歩いてきた。
「あ、マックちゃんヤッホー」
「おや、ムラサキさん。こんにちは。今日は学園に……ああ、もしかして担当探しですか?」
「そそそ。メジロのお婆様から、直々にメジロの威信を取り戻せってお願いされてるからさ」
学園を卒業したはずのマックちゃんが、なぜこんな昼間から当たり前のように学園内にいるのかというと、彼女は現在トレセン学園の理事という肩書きで仕事をしているからだ。
ボクが長期休養して家でゴロゴロしていた時期に、URA内部で派閥争いと改革があり、ついにあのシンボリルドルフが若くして協会の理事長に就任したりした。シンボリ家と縁深いメジロ家も、トレセン学園の組織改革に食い込んで運営を行っているのだ。
マックちゃんはそのメジロ家の若き代表として、学園の理事席に座っているというわけである。
そんなこともあって世間にメジロの育成力とブランド力がまだまだ健在であることをアピールしたいのだろう。ボクもアルダンのおかげで完全にメジロの人間みたいな扱いになっているし、恩もあるので協力はしたいが……いかんせん、ボクのメガネにかなう「いい子」が全然いないんだよね。
「それで、眼鏡にかなう良い子は無事に見つかりましたの?」
「うーん…… 才能がある子はいっぱいいるんだけどね。最近の子はちょっとテンションが高すぎて、ボクがついていけなくてさ」
「そうですか…… てっきり、身内のドーベルを指導されるものかと思っておりました。彼女とは、以前から結構仲が良かったと思っておりましたが」
「ああ、ドーベルはね。最近入ってきた後輩の吉田さんに譲ったから」
「ああ…… あの方ですか」
マックちゃんが、なんとも言えない複雑な表情で頷いた。
ドーベルは、ボクがライスちゃんを担当していた頃、同人誌の即売会などの趣味のイベントを通じてライスちゃんとの交流があったため、ボク自身もそれなりに面識があった。だから普通に考えれば、ボクが彼女の担当になるのが一番自然な流れだった。
だが、今回はあえてあの転生トレーナーの吉田君に譲っている。
なんせあの男、極度の『男性恐怖症』であるドーベルの担当になるために、自らの体重を病的なまでに落として体格を華奢にし、完璧な女装をしてまで彼女の警戒心を解こうとするほどの、執念と努力の塊みたいなヤツなのだ。あの狂気じみた情熱と意欲には、さすがのボクも勝てない。
それに、メジロ家の方でもすでに献身的な女装トレーナーとして有名になりつつある彼を押しのけてまで、ボクが横から権力で担当を奪い取ろうとは思っていなかった。というか、吉田君なら普通に上手くやれば、史上二人目の牝馬ティアラ三冠を達成できるくらい優秀なトレーナーだから、それで十分にメジロの面目は保てると思うしね。
ボクが今回引っ張り出された仕事は、万が一の時のためのバックアップ、あるいは全く別軸からメジロの存在感を示すことだろう。最初から「王道で勝てそうな子」を預かって勝たせるだけの仕事ではないはずだ。
「……それでしたら、ムラサキさんに一人、推薦したい方がいましてよ」
「ん? マックちゃんが推薦?」
「ええ。ステイゴールドさんという方なのですが……なんというか、非常に独特な雰囲気のある方でして。何より、彼女自身の強いご要望としてできるだけ長く、ずっとターフを走っていたいというのがあるのです」
「ふむ……できるだけ長く、か」
ステイゴールド。前世の競馬知識としての馬の記憶は確かにある。
あの希代の暴君・サンデーサイレンスの血を引く、小柄な馬体で気性難のクセ馬だ。GIにはなかなか手が届かなかったが、誰よりも長く現役を続け、最後に海外で大輪の花を咲かせた、愛される人気馬。
だが、それがこちらの世界で『ウマ娘』としてどんな姿で、どんな子になっているのかは、さっぱり想像がつかなかった。
気性難で小柄……。まあ、気性が荒いなんて言ったら目の前のマックちゃんだって最初は相当な暴れん坊だったから、そこはあまり参考にはならないかもしれないが。
「いいよ。マックちゃんの推薦ならぜひ会ってみたい。いつでもボクのトレーナー室に遊びに来るように言っておいてよ」
「よんだ?」
「わっ!?」
ボクが頷いたその瞬間、全く気配を感じさせずにボクの背後から急に声がかけられた。
振り返ると、そこには漆黒の艷やかな黒髪を揺らす、一人のウマ娘が立っていた。
身長はボクと同じくらいか。体格に関しては、あの徹底的に減量したライスちゃん以上に、ボクよりもずっと細くて華奢だ。瞳にはどこか挑発的な、それでいて知性を感じさせる光が宿っている。
純粋に、ものすごく可愛い顔立ちの子だな、というのが第一印象だった。
「おや、ステイゴールドさん。ちょうどいいところに。彼女が先ほどからお話しして、私が紹介しようとしていたムラサキトレーナーですわ」
「はじめまして。ムラサキだよ。よろしくね」
ボクが軽く右手を差し出すと、ステイゴールドはボクの手を握ることはせず、その金色の瞳で上から下まで、ボクを値踏みするようにじろじろと見つめてきた。
「ふーん……。あんたが、あの噂の鬼畜トレーナーか……。へえ、思ったよりずっとちんちくりんだな」
「初対面でちんちくりんとはいい度胸だね」
「まあまあ。でさ……あんた、もしかして『前世の記憶』があったりするクチか?」
彼女の口から飛び出した唐突な指摘に、ボクは驚愕した。
今まで、ボクが転生者であることをここまでストレートに見抜いてきたウマ娘は一人もいなかった。もしかして、彼女もボクや岡辺さんと同じような『転生者』だったりするのだろうか?
「……あるよ。まあ、ボクの前世は『男性』だったんだけどね」
ボクが少し警戒しながらカミングアウトすると、ステイゴールドはパッと顔を輝かせた。
「そうかそうか! やっぱそうだよな! 実はさ、私も前世は『男』だったんだけどね。いやー、なんかあんたから同じ匂いがしたんだよ。私とあんたじゃ、前世の走っていた時代はずいぶん年齢が違うみたいだけど……あんた、前世の馬時代はどれだけ走れて、こっちの世界とどれだけ成績が違ったんだ?」
「……え?」
ボクはきょとんとした。
なんだ、この噛み合わない会話は。
「いや、違うよ。ボクの前世は『人間のおっさん』だったから、そもそも馬としてターフを走ってなんかないよ」
「……は? え?」
今度は、ステイゴールドの方が完全にフリーズした。
彼女は目を丸くし、ボクの顔と、隣で「なんのお話ですの?」と不思議そうにしているマックちゃんの顔を交互に見比べた。
「……人間、だった? あんた、前世は馬じゃなかったのか!?」
「そうだよ。競馬好きのただの人間のおっさんが、なぜか三女神様の手違いで、何の因果かこの世界にウマ娘として転生させられちゃったんだよ。だから、ボクに引き継がれた馬としての運命みたいなものは一切存在しないのさ」
ボクが肩をすくめて事実を説明すると、ステイゴールドはしばらく呆然と口を開けていたが……やがて、その細い肩を震わせ始めた。
「ぷっ……くくっ……あははははははっ!! なんだそれ! なんだそれ!!」
彼女は腹を抱え、廊下に響き渡るような大声で爆笑し始めた。
涙目になりながら、ボクの肩をバシバシと叩いてくる。
「ひーっ、こいつは傑作だ! そうか、馬の運命を持たないただの人間が、あんな無敗のバケモノ皇帝をバチバチにやりあって無茶苦茶な成績を残したのか! いや、あらかじめ決められた『運命』がないからこそ、あんな常識外れの無茶苦茶なレースができたのか。あんた、最高に面白いな!」
「お褒めにあずかり光栄です。で、ステゴちゃんは『馬の記憶』があるってことだよね」
「そうさ! 私は前世の自分がどれだけ歯がゆいレースをしてきたか、全部覚えてる。でもな、私は前世の自分が辿った『運命』なんかに縛られるのは、もうまっぴらごめんだと思ってたんだ。前世の尻拭いをするためだけにこっちに転生したなんて、冗談じゃないからな」
ステイゴールドは笑いを収めると、その漆黒の瞳にギラギラとした、反骨精神に満ちた強い光を宿してボクを真っ直ぐに見据えた。
「でも、運命の枠から完全に外れた『人間』のあんたがトレーナーなら……私とあんたで組めば、とんでもなく面白いことになりそうだ。前世の運命なんて、根こそぎぶっ壊してやれる気がする」
「……なるほど。運命への反逆か。そいつはボクの大好物だ」
どうやら、第一印象は気に入ってもらえたらしい。
まあ、これだけ小柄で細身の子なら、かつてライスちゃんで色々と実験した経験が活かせる。昔の手探りだった頃と違って、ボクの指導も洗練されているから、彼女の望む肉体を作り上げるトレーニングもそう難しくはないだろう。
「ステゴちゃんの希望は『できるだけ長くターフを走りたい』ってことだよね」
「ああ。前世でも長く走ったけど、今世では怪我なく、誰よりも長く、そして最後は最高の景色を見てみたいんだ」
「わかった。なら、目標はでっかく『目指せ、ウマ娘の出走回数ギネス記録』で行くぐらい頑張ってもらおうか」
「おう! 望むところだ、ちんちくりんのおっさんトレーナー!」
こうして、ボクの復帰戦となる新たな担当ウマ娘は、前世の記憶を持つ反逆のステイヤー・ステイゴールドに決まった。
黄金世代の騒がしい波が押し寄せるトレセン学園で、ボクと彼女の『運命を嘲笑う果てしない旅』が、今ここから静かに幕を開けたのである。