手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
「ということで、第一回・突発食べ歩きツアー、始めるよー!」
「わぁい!」
「わぁい!」
「……三人とも、なんでそんなテンションたかいんだよ」
学園の廊下をあてもなくフラフラと放浪しようとしていたステゴちゃん。放置してもいいんだけど、一応担当トレーナーとしての義務感1割、単なるボクの気まぐれ9割で、彼女の首根っこを捕まえて街へと連れ出すことにした。
本日のツアーメンバーは、ボク、長女のマリーナ、養女のアルヴ、そしてステゴちゃんの四人である。さすがにこれより下の子たちを長距離連れ回すにはまだ幼すぎるので、家政婦さんとメイドさんたちにお留守番をお願いしてきた。
「ということで、まずはステゴちゃんの食の好みを聞こうか。好き嫌いはある?」
「んー……嫌いなものは、ニンジンと葉っぱ系全般だな。前世で馬だったころの飼い葉を思い出して、どうにもテンションが下がるんだよ。人間になったんだから、人間の食い物が食いたい」
「なるほど。定番のリンゴはどう?」
「あれも前世でご褒美に食い飽きたから、今はあんまり好きじゃないかな」
「じゃあ、逆に今一番好きなものは?」
「寿司かな! 魚の切り身をご飯に乗せるなんて、前世では食ったことない味だしたまんねえよ」
「なるほど、お寿司か。よし、ならば北海道に行こう」
「……は?」
ステゴちゃんが間の抜けた声を上げるのも聞かず、ボクは飛行機の予約を済ませた。
ということで、お寿司を食べるためだけに、ボクたちは数時間後には北海道の大地を踏みしめていた。
向かったのは、以前みんなで掘り当てたメジロ温泉郷からほど近い漁港。そこにある、地元漁師ご用達のちょっと古ぼけた寿司屋の暖簾をくぐる。
「いや、ちょっと待て。寿司食うためだけに北海道まで飛ぶとか、あんたの行動力どうなってんだよ……」
「いいじゃない。どうせなら、新鮮で美味しいのを食べたいでしょ?」
朝、目の前の海で獲れてその場で締められた魚をさばいて出してくれるので、ここの寿司の鮮度は抜群だ。
座敷に座ると、アルヴちゃんとマリーナは慣れた様子で、自分たちが好きそうなものを大将に向かって思い思いに頼んでいく。
一方のステゴちゃんは、本格的な回らない寿司屋のカウンターと威勢のいい大将を前に、どうしていいかわからなそうに目を泳がせていた。
「おい、トレーナー。私、こういう店初めてなんだけど……どうやって頼めばいいか全くわかんないんだけど」
「初めてなら『お任せ』で大将に握ってもらってもいいけど、自分の好きなネタを直接言ってみたり、あとはガラスケースの中に入ってる美味しそうな切り身を指さしてこれお願いって頼んでも全然いいんだよ。気楽にいきな」
ボクの助言を受け、ステゴちゃんは恐る恐るガラスケースを指さした。
ひとまず出てきた大ぶりのホタテを一口で頬張る。新鮮な貝柱特有の、サクッとした歯切れの良い食感と、強烈な磯の甘みが口いっぱいに広がる。
次はマグロの赤身だ。切り口の角がピンと綺麗に立っているのは、鮮度が極めて高い証拠である。身がプリプリと弾き返してくるような弾力があり、まさに命をいただいているという力強い味わいだ。
隣でアルヴちゃんたちが美味しそうに食べている様子を見ながら、ステゴちゃんもおっかなびっくり醤油をつけて口に運び始めた。
もともと度胸と好奇心は人一倍ある子だ。すぐに場の雰囲気に慣れて、「うまっ! なにこれ、前世じゃ絶対食えなかったやつだ!」と目を輝かせながら、ウニやイクラをどんどん頼んで美味しそうに平らげていく。
一通り食べ終わって大将にお礼を言い、店を出たところで、ボクはぽんと手を叩いた。
「さて、北海道の鮮度は堪能したし、次は……東京に戻って、本場の江戸前寿司でも食べに行きますか」
「はいぃ!?」
ステゴちゃんの悲鳴のようなツッコミを背に受けながら、ボクたちは休む間もなく飛行機に乗り込み、東京へととんぼ返りをしたのであった。
日が傾き始めた頃、ボクたちが暖簾をくぐったのは、東京の下町にある、こちらも結構古ぼけた建物の寿司屋である。
頑固そうな大将が一人で黙々と板場に立っている、カウンター数席だけの小さな寿司屋だ。
席につくやいなや、ボクは壁の木札のメニューから、一品物として煮だこを頼んだ。
ウマ娘のステゴちゃんはもちろん未成年だし、ボクもお酒は飲まないから誰も一滴も酒なんて飲めないのに、なぜか日本酒のつまみみたいな渋いメニューから入り始めたボクに、ステゴちゃんはまたしても首を傾げる。
「……酒も飲まないのに、なんでこんなつまみもん頼むんだ?」
「これも江戸前寿司の店の醍醐味だよ。食べてごらん。さっきの北海道の寿司とは、色々と根本から違うのがわかるから」
小鉢で出された煮だこを一口食べたステゴちゃんが、「……あっ」と小さく声を漏らした。タコの身は驚くほど柔らかく煮込まれており、噛むほどに深い旨味とほんのりとした甘辛さが染み出してくる。
「北海道の寿司は、言うなれば鮮度が命の寿司だ。海から上がったばかりの魚の命の鮮度を、そのままストレートに楽しむものだから、食感も味も力強くてとてもおいしい」
「ああ、さっきのホタテとか、プリップリだったもんな」
「一方、ここみたいな伝統的な江戸前寿司は、あえて魚を数日寝かせるんだ。だから、もぎたての鮮度なんて北海道には到底かなわない。だけど、その分『熟成』によって魚のタンパク質を旨味成分に分解させたり、塩や酢で締めたり、煮込んだりする大将の仕事が生きるんだよ」
ボクが蘊蓄を語っている間に、大将が握ってくれたトロが目の前の笹の葉に置かれた。
口に入れると、さっきの角が立ったマグロとは全く違う。舌の上でとろけるような滑らかな食感と、熟成を見切ったからこそ出せる、ねっとりとした濃厚な脂の旨味と香りが鼻に抜ける。
酢締めの仕事が完璧に施されたコハダや、口に入れた瞬間にふわりと崩れるほど柔らかく煮込まれたツメの甘いアナゴなんかは、やっぱり江戸前ならではの芸術品だ。同じ『寿司』という名前でも、アプローチの仕方が全く違う、別種の料理と言えるだろう。
こちらはこちらで、大将の丁寧な仕事ぶりをじっくりと堪能し、十分楽しませていただいた。
最後にお土産として、漫画に出てくるような折詰の寿司を受け取って、ボクたちは店を後にした。
さて、すっかり日も暮れた夜。ボクたちが最後に向かったのは、幹線道路沿いにある派手な看板が目印の、チェーンの安い回転寿司屋である。
「……おいトレーナー。なんだよ、この怒涛の寿司尽くしは。さすがの私もちょっと胃がびっくりしてるんだが」
「いやまあ、君はともかく、うちの子たちはまだ少し食べ足りないかなと思ってね」
「私はそうでもないけど……って、あいつらすげえ勢いで皿積んでんな!?」
ステゴちゃんが目を丸くして指さした先では、マリーナとアルヴちゃんが、レーンから流れてくるサーモンやらハンバーグ寿司やらを次々と確保し、ものすごいスピードで平らげていた。
うちのウマ娘の子供たちは代謝が高いから、普通の高級寿司屋でちまちま食べた程度では、全然お腹が満たされていないのだ。
かといって、あの大将のいるカウンターの高級店で、子供たちが満足するまで食べさせたら、ボクの財布が大変なことになる。いや、ボクの貯金ならお金はまだいくらでもあるからいいが、ああいう職人の味を静かに楽しむ粋な場所で、フードファイターのように暴食するのは、店側にも他のお客さんにも礼儀に反している。
「ここなら、さっきのトロ一貫の値段で、マグロが10貫は食べられるからね」
「まあ、確かに腹いっぱい食うならここが一番だけどさ。味はやっぱり、さっきの二軒と比べちゃうと……」
「それは野暮ってもんだよ。ここはサイドメニューのラーメンとかデザートのケーキまで完備されているし、値段相応には十分すぎるほどおいしい寿司だ。これは『こういうアミューズメント的な食べ物だ』と思いながら食べれば、すごくおいしく楽しめるんだよ」
値段と気軽に楽しめるように店は努力しているのだ。純粋な味ならそりゃ劣るが、だから工夫がないわけがない。家族で簡単に楽しめる寿司というなら、回転ずしの圧勝だろう。
ボクがレーンから取ったフライドポテトをかじりながら言うと、ステゴちゃんはふうむ、と腕を組んだ。
「で、結局この無茶苦茶なツアーって、どういう趣旨だったんだ? あんたのことだから、ただの金持ちの道楽ってわけじゃないんだろ?」
「いや、そんなに深い意味はないよ。単純に同じ名前の料理でも、やり方や目的によっていろいろな形があるよっていう話さ」
ボクは温かいお茶をすすりながら、レーンを流れていく色とりどりの皿を見つめた。
「塩ラーメンと醤油ラーメンと味噌ラーメンみたいに、ひと目でわかるくらい露骨に違うジャンルじゃなくてもさ。同じ寿司を握るという行為一つとっても、素材の鮮度で勝負する道もあれば、手間暇をかけて熟成させる道もあるし、安く大量に提供して皆を笑顔にする道もある。それぞれに工夫があって、どれが一番偉いってわけじゃない」
「つまりこう言いたいわけだ。ターフを走るウマ娘だって同じだと。無敗の三冠を目指してストイックに王道を征くのも正解。工夫を凝らしてヒールとして君臨するのも正解。そして……勝敗にこだわらず、色んな場所のレースに出て、誰よりも長く走り続けるっていうのも立派な一つの正解だと。そういう違いを見つけて楽しむのって、前世の馬にはできなかった、非常に人間的なことだということだな?」
え、何それ、そこまでボクは考えてないけど。
そう思ったがステゴちゃんは何か納得していた。
「君は君のやり方で、人間としてのウマ娘の人生を思う存分味わえばいいと思うよ」
ひとまずきれいにまとめてごまかす。
ステゴちゃんは「あんた、時々トレーナーみたいなこと言うんだな」と憎まれ口を叩きながらも、どこかスッキリとした顔で納得し、目の前を流れてきた炙りチーズサーモンの皿に手を伸ばした。