手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
さて、1年程度放浪旅を続けるステゴちゃんと付き合い続けたので、そろそろジュニア級のメイクデビューという時期になった。
今年の方針だが、シンプルにいろんな場所、いろんなレースで、とにかくいっぱい走るである。
具体的な目標としては、まず函館でメイクデビューを戦ってどこかで早めに1勝をもぎ取り、そのまま函館ジュニアステークス、札幌ジュニアステークスと北海道の重賞をはしご。その後、新潟ジュニアステークス、小倉ジュニアステークス、福島ジュニアステークスと全国各地の重賞を渡り歩き、秋の東京と京都のGⅡに出た後、年末の中山の朝日杯フューチュリティステークスと阪神ジュベナイルフィリーズを連戦する予定だ。中京レース場以外にはほとんど出走する予定である。
最低でも都合9戦。普通のウマ娘なら足を潰す気かといわれるハードなスケジュールだが、彼女のあの圧倒的な頑丈さがあれば問題はなかろう。
「いいじゃん! 日本中を旅しながらレースできるなんて、最高に面白いじゃないか」
と、ステゴちゃん本人も日本をめぐるスケジュールを大いに気に入ってくれたしね。
さて、そうなると最初の問題はメイクデビュー、もしくは未勝利戦にさっさと勝利してジュニアオープンクラスの出走権を確保することだ。
普通の有力な子なら1戦目のメイクデビューであっさり勝つのだが、この最初のレースは結構運の要素も大きい。まだ誰もが初めての実戦なので、みんな上手く走れずにペースが乱れるため大番狂わせは珍しくないし、中には「勝てなくてもいいから実戦の経験を積ませるためだけ」に早めに出てくる子も少なくないからだ。何より、地方開催の函館だと有力なウマ娘が他と比べて少ないので、勝ち目は結構あるのだ。
ということで、記念すべきメイクデビュー1戦目。函館芝1000m。
ステゴちゃんは──見事なまでに、盛大に出遅れた。
いや、これはひどいw 芝生えますねw ってネットの掲示板なら煽られるレベルの、目も当てられないひどいスタートだった。ゲートが開いた瞬間、一人だけポツンと立ち止まって周囲を見回していたのだ。幸いなのか何なのか、周りの若い子たちにも同じように出遅れたりよろけたりした子は何人かいたのでそこまで悪目立ちはしていなかったが、シンプルに信じられないくらいの致命的な出遅れである。
それでも、最後の短い直線だけで最後方からものすごい末脚を使って3着まで追い込んできたのは普通に才能を感じるけれど。
結局、その後も月2〜3回というハイペースで出走し続け、未勝利を脱出して勝ちあがるまでに都合6戦もかかったため、日程的に函館ジュニアステークスへの参加はできなくなってしまった。
自分の末脚は誰よりも一番速いのに、あまりに勝てなさすぎて、ブーブーと不満げにぶーたれるステゴちゃん。
一方のボクは、スタンドのベンチでただ腹を抱えて爆笑しているだけだ。そりゃあ、本人から「どうすれば勝てるか教えてくれ」と聞かれてもいないのに、こちらからおせっかいを焼いて技術を教えるつもりなんてさらさらない。6戦目でひとまず未勝利からは抜け出せたわけだから、いっぱい走るという当初の予定通りではある。
「……くそっ。私の足なら誰にも負けてないはずなのに、なんでこんなになかなか勝てないんだよ」
「まあ、そうなるよねぇ」
「理由はわかるか?」
「まあ、いくつも理由はわかるけどね」
そういいながら、ボクはポータブルプレイヤーの画面を開き、自分の現役時代の走りを見せる。コースこそ違うが、今彼女が走ったのと全く同じ距離のレースビデオだ。
「さて、ステゴちゃんの走りとボクの最盛期の走り。何が決定的に違うか、見てわかる?」
「……使ってるスキルの数か?」
「まあ、それも確かにあるけどね。でも、それはステゴちゃんが勝てない直接の原因ではないよ」
同じ1200mでも、今のステゴちゃんが実戦で使っているスキルなんて、末脚とかそのあたりの二つぐらいだ。それに対して、ボクの最盛期なら一戦の中で20程度のスキルをぶっ放していただろう。
とはいえ、ほかのメイクデビューや未勝利戦を走っているレベルのメンバーなんて、スキルを使ってもせいぜい一つか二つであり、一切スキルを使わずに地力のスピードだけで勝つ子だって珍しくないのだ。そこはボクとステゴちゃんの完成度の違いではあるが、勝てない理由そのものにはならない。
「まず一番の違いは、『コーナーリングの技術』かな」
「コーナー?」
「そう。いかにスピードを殺さず、遠心力に負けず、適切なルートで曲がるか、という話だよ」
レースにおけるコーナーをきれいに曲がれるかどうか。実は、ここが非常に大きな勝敗の差を生むのだ。
ボクやあの皇帝ルドルフくらいコーナーリングの技術が仕上がっていれば、カーブの途中で一気に内に切り込むのも、相手の死角を突いて外に持ち出すのも自由自在だ。だが、技術が下手な子だと遠心力に振り回されてコース変更すらできず、コーナーの間に前のウマ娘がバテて垂れてきた時に、かわすルートを見つけられずブロックされて終わりになる。
とはいえ、最高時速70kmを超える生身のウマ娘が、あのカーブを全速力で曲がるのだ。実は、かなり高度な技術が必要になる。重心の細かい移動、足裏の接地と運び、遠心力に対抗して体を内側に傾ける角度、そういった緻密な身体操作を、コンマ数秒の中で細かく調整する必要があるのだ。
ボクの現役時代は、スパートをかけながらトップスピードで内ラチの隙間や前に並んだ二人の間に切り込むなんて芸当をよくやったが、当時のレースでボクのあれを完全に再現できたウマ娘は一人もいなかった。
「はっきり言って、今のステゴちゃんのコーナーリングはナメクジレベルだね」
「なっ!? そこまでひどいかよ!? ただ道なりに曲がるだけじゃん!」
「その曲がるだけにどれだけ無駄なエネルギーを使って、どれだけ外に膨らんで距離を損してるか分かってないんだよなぁ。あとは、やっぱりスタートかな。明らかに一人だけ反応が遅い」
「いいじゃん! どうせ私は最後方から追い込む脚質なんだから、スタートで多少出遅れたって、後から全部抜き去れば同じだろ!」
「いやいや、後ろから追い込む脚質だからこそ、最初のスタートが誰よりも重要なんだよ。出遅れたら、自分が仕掛けたいタイミングでいいポジションを全然取れないでしょ」
例えば、ボクやルドルフが愛用している『独占力』のような盤面支配スキルだって、スタートに失敗してバ群の狙った位置をキープできなければ、不発に終わるか発動不能になる。
レース展開を自分の思い通りに動かすための最適なポジションを占めるという最初の権利すら、出遅れた瞬間に失われてしまうからね。
だからこそ、最後方からの差しや追い込みをとる時のルドルフでさえ、現役時代はスタートの出遅れを防ぎ、スタート直後に一気に加速してポジションを確保するためのレアスキルをみっちり鍛え上げていたぐらいだ。
むしろ、前へ前へと行く逃げの脚質の方が、途中で前を他のウマ娘にふさがれない限り、全力で前にいけるのだからまだリカバリが効きやすいとボクは思うよ。
「まあ、こういう細かい技術や理論はいろいろあるし、もし君が手取り足取り教えてほしいって頭を下げるなら、いくらでも教えるけどね」
ボクはニヤリと意地悪く笑った。
別に、未勝利戦を1勝して出走権を得たのだから、これからは彼女の好きなように走ればいいのだ。ボクたちは最初から勝つことすら目指していない。
今彼女がターフで見せている、細かい技術を無視した荒っぽい野性味あふれる末脚の走りも、見ていて実にエキサイティングでボクは嫌いではない。あの暴力的な末脚の本能だけをひたすら突き詰める生き方を選ぶなら、ボクのセオリー染みた細かい教えなんて全くの逆効果だろう。
ボクの言葉を受け、ステゴちゃんは腕を組み、しばらく真剣な顔でそれなりに考えてから、力強い瞳で答えた。
「いや、いい。自分に何が足りないのかは、あんたの話でよくわかった。でも、それをどうやって自分の走りの中で克服するかは、人から教わるんじゃなくて、全部自分で走って考えるよ」
「了解。その意気やよし。それじゃ、今後のレーススケジュールだけど、こういう感じで考えているからよろしくね」
ボクが手渡した予定表には、函館の後は札幌、そして新潟、小倉、福島という、日本全国を飛び回るルートが書かれていた。中央・地方問わず、重賞もオープン特別も出られそうなレースは片っ端から登録して走っていく、まさに旅芸人のようなスケジュールだ。現役時代のボクのレース数よりも、遥かに密度が濃くて多そうだ。
こうして、技術は未完成ながらも圧倒的な頑丈さを武器に全国を旅し始めたステゴちゃんは、行く先々の重賞であるそれぞれの場所のジュニアステークスにおいて、勝ちきれないものの猛烈な追い込みで2着を2回ほど取った。
結果として1勝の身でありながら、並の重賞ウマ娘を上回るほどの十分な賞金と実績を積み上げ、年末の大舞台であるGⅠレースへと駒を進めていくのであった。