手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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43 年末のレース

 ということで、ジュニア級の年末戦線は阪神ジュベナイルフィリーズからスタートである。

 

「キャー! ドーベルちゃんかわいーっ!!」

「……自分の担当を応援しなくていいのか?」

 

 関係者席のすぐ隣にいた、ドーベルちゃんの専属である後輩の吉田君からジト目で突っ込まれた。

 ちなみに今の彼は、極度の男性恐怖症だったドーベルちゃんの警戒心を解くために死に物狂いで減量し、メイクとウィッグで完全に女装した『お姉さん姿』である。ウマ娘の育成のためなら個人の尊厳すら投げ捨てる、ボク以上の狂気を持った漢(おとめ)だ。

 

「いやだってさぁ、小さい頃からよく知ってる可愛い親戚の女の子みたいなものだしねぇ。うちの娘たちとも仲良くしてくれてるし」

「だとしても、ターフで走る自分の担当が怒らないのか?」

「大丈夫、大丈夫でしょ」

 

 ボクがひらひらと手を振りながらパドックのステゴちゃんの方へ視線を向けると、彼女は耳をぺったりと後ろに絞って、ものすごく不機嫌そうなギロリとした目でこちらを睨みつけていた。

 

「……ほら見ろ。どう見ても全然大丈夫じゃないが?」

「ええー、よし、マックちゃんを物理的な盾にするから大丈夫!」

「なんでわたくしなんですの!?」

 

 学園の理事として、同じように関係者席の少し後ろで優雅にパドックを視察していたマックちゃんの背中に、ボクはすさっと素早く隠れた。

 ボクを紹介した手前もあるのだろうが、ステゴちゃんはなぜかマックちゃんとすごく仲が良いのだ。気品あふれる元女王お姉さまと、小柄でギザギザした気性難のロリっ娘。

 おねロリかな。これ絶対おねロリだね。ボクの大好物の属性です、本当にありがとうございます。

 

 ボクの意図を察したマックちゃんが、苦笑いを浮かべながらパドックを回るステゴちゃんに向けて、ふわりと上品に手を振った。

 途端に、ステゴちゃんのピリピリしていた耳がピコッと立ち上がり、機嫌が目に見えて直った。分かりやすくて可愛いな、おい。

 だがその直後、パドックの少し後ろを歩いていたドーベルちゃんがマックちゃんの視線に気づき、嬉しそうに小さく手を振り返した。それを見たマックちゃんが、ドーベルちゃんにも優雅に手を振り返す。

 瞬間、ステゴちゃんの耳が再びぺしゃんこと潰れ、機嫌がナイアガラの滝のような勢いで急降下した。

 

 うん、可愛いな。

 これでステゴちゃんの競争心が刺激されて、少しでもやる気になってくれると嬉しいんだけれどね。ただ、客観的な実力で言えば、残念ながら今のステゴちゃんではドーベルちゃんにはかなわないだろう。あの体の丈夫さ以外は、スピードも技術も、すべてにおいてドーベルちゃんの方が上回っているとボクは踏んでいる。

 まあ、圧倒的な格上の才能を見せつけられて、彼女の反骨精神に火がつくなら、それもまた良しとしようか。

 

 そして始まった、芝1600mのGⅠレース。

 結果はメジロドーベルが、まさに圧巻としか言いようがない走りで、見事に勝利を収めた。

 

 本当に、ため息が出るほどすごい走りである。

 ステゴちゃんも持ち前の度胸で張り合い、最後の直線で彼女のすぐ隣に並びかけてスパートを仕掛けたのだが、悲しいかな、何もかもが足りなかった。

 一瞬だけ最高速度を跳ね上げてトップスピードのドーベルちゃんに食いついたのだけは素晴らしかったが、まず走りの美しさとロスのなさに決定的な差があった。

 ドーベルちゃんが滑らかにターフを駆けるのに対し、ステゴちゃんは無駄な力みが多すぎて、走るたびに少しずつ、だが確実に距離を損していく。さらに、道中のコーナリングやペース配分で劣っていた分、スタミナが最後で底をつき、残り100mで完全に失速した。

 結局、ステゴちゃんの着順は4着だった。

 

「……つええな、あいつ」

 

 レース後、引き上げてきたステゴちゃんが、額の汗を拭いながらぽつりと漏らした。

 

「そりゃそうさ。今のメジロ家が誇る最終兵器だからねぇ」

 

 男性嫌いというメンタルの枷を、トレーナーの狂気的な献身によって完全に克服した今のドーベルちゃん。同世代の中で、彼女に正面から勝てるウマ娘が果たして何人いるのかと疑うレベルの完成度だ。代わりに吉田君の男としての社会的将来は完全に捨て去られたわけだが、まあ、美しい女王を育てるためのコラテラルダメージというやつだろう。彼は幸せそうだから問題ない。

 

「前世で馬だった時はさ、あいつ、もうちょっとおとなしそうな感じの娘だった気がするんだけどな」

「へえ、前世でも知り合いだったんだ」

「まあレースで走ったぐらいだけどな。前世でも綺麗な奴だったよ。こっちの世界でも、相変わらずすげえ美人だとは思うけどな」

「おや? もしかして惚れた? でも、あの吉田トレーナーさんからドーベルちゃんを寝取るのは、相当な難易度だと思うよ?」

「バカ、誰がそんなつもりで言ったんだよ。そういうんじゃないよ」

 

 ステゴちゃんは顔をしかめてボクを小突きつつ、そのまま真剣な視線をターフに向けた。

 

「……しかし、どうすればあいつに勝てるかなぁ」

「そうだね。方法としては二つだけ。ドーベルちゃん以上にあらゆる面を完璧に仕上げるか、それとも完璧のさらに上をいく常識外れの走りをするか、だね」

「あいつ以上に、完璧なレースをすることなんてできるのか?」

「無理だね」

 

 ボクは即答した。

 ドーベルちゃんのあの美しいフォームの基礎には、かつてボクがマックちゃんたちに教えた理論も組み込まれているし、メジロ家が長年培ってきた一流トレーナーたちの知恵と技術のすべてが注ぎ込まれている。まさにメジロの最高傑作だ。最大の弱点だったメンタル問題が解決した以上、あれを王道の技術と完成度だけで上回る『完璧』を体現するのは、まず不可能だろう。

 では、後者の違う方向での常識外れな走りはどうかと言われれば……それはそれで、完璧を追い求める以上に難しい領域だ。

 ただ、そんな違う方向の才能の片鱗を、次は彼女に見てもらおうか。

 

 

 

 阪神ジュベナイルフィリーズ、翌週の朝日杯フューチュリティステークスで5着、そして年末の最終決戦であるホープフルステークス。

 ジュニア級の12月にGⅠレースを3連戦するなんて前代未聞の暴挙だと世間のウマ娘雑誌からは叩かれたが、まあステゴちゃんなら健康的な問題は一切ない。そもそも本人が「どんどん走らせろ」とせがんだ結果だしね。

 一応、阪神JFで4着、朝日杯FSで5着と、勝てないまでも掲示板内にはしっかりと残り、重賞ウマ娘としての最低限の賞金と結果は出し続けている。

 

 そして、この年末の中山2000m・ホープフルステークスの舞台には、もう一人のメジロ家の至宝が出走していた。

 メジロブライトちゃん。おっとりとしたマイペースな、ふわふわ系のお嬢様だ。

 

「ブライトちゃーん! 頑張ってねー!」

「わぁ〜、ヴィオラおねーさま〜! いってきま〜す!」

 

 パドックから、満面の笑顔で手をぶんぶんと振ってくれるブライトちゃん。うん、ものすごく可愛い。

 凛としたクールビューティーなドーベルちゃんに、癒やし度マックスのふわふわ系ブライトちゃん。今のメジロ家は、どっちもタイプが違って最高にかわいくてつらいね! 

 なお、ブライトちゃんの隣のステゴちゃんの機嫌が「またメジロかよ」と言わんばかりに再び底冷えしてきたので、ボクは二度目の物理マックイーン盾を差し出した。マックちゃんは「もう、ムラサキさんは……」とため息をつきつつも、ステゴちゃんに手を振って機嫌をとってくれた。マジでお姉さまの鑑である。

 

 さて、注目のレース結果だが、ブライトちゃんが、最後の直線で外から圧巻のごぼう抜きを見せ、その抜群の末脚で鮮やかに勝利を収めた。

 

 まさに異次元と呼ぶにふさわしい、恐ろしいほどに鋭い末脚だった。

 ずっと中団で足をためていたブライトちゃんがトップギアに入った瞬間、周りの景色が置き去りになったかのような錯覚すら覚える。当然、ステゴちゃんの持ち前の末脚でも全くついていけない。

 まあ、ステゴちゃんだけでなく、前にいたすべてのウマ娘が彼女のスピードについていけずに、撫で斬りにされるようにおいていかれていたんだけれどね。

 

「……ははっ。あいつのあのイカれた末脚は、前世で馬だった時とちっとも変わらねえな」

 

 ゴール板を見つめながら、ステゴちゃんが乾いた笑いを漏らした。

 

「へえ、ブライトちゃんのことも覚えてるんだ」

「ああ。あいつとは前世で何度か同じレースを走ってるからな。でも、馬の時はもうちょっと考えて走れよってくらい荒れてること多かったけど、こっちの世界の性格は、おっとりしてて今のほうが全然付き合いやすくて楽だな」

「……気性難の塊みたいなステゴちゃんにだけは、ブライトちゃんも気性が悪いなんて絶対に言われたくないと思うよ?」

 

 ボクのジト目ツッコミを無視し、ステゴちゃんはターフの上でふわふわとウイニングランをするブライトちゃんの姿から、視線を遠くの空へと移した。

 

「……しかし、たいした末脚だが。私は、あれよりずっとやばい、とんでもない末脚で突っ飛んでくる奴を覚えてるよ」

「へえ? ブライトちゃん以上に?」

「ああ。まだこの重賞戦線には出てきてねえみたいだけどな……」

 

 ステゴちゃんの言う通り、この同世代には前世の競馬史に名を残した有名な怪物がうじゃうじゃいる。今の時期はまだ体調や成長の遅れがあって、中央の一級戦線で本格的に走っていない子も多いのだ。

 

 夕暮れの中山レース場の風に黒髪をなびかせながら、ステゴちゃんは自分の小さな両手をじっと見つめ、ぼそっと小さな声で呟いた。

 

「──私も、私の走りが欲しいな」

 

 完璧な王道でもなく、ただの豪脚でもない。

 まだ見ぬ自分だけの戦い方を渇望するようなその呟きを聞いて、ボクは口角を少しだけ上げ、ただ黙って彼女の小さな背中を見守っていた。

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