手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
さて、「自分なりの走り」といっても、何もない更地からすべてを作り上げるわけではない。
ウマ娘の歴史において、基本は今までの偉大な先輩たちの走りを取り入れ、組み合わせ、それを自分自身の肉体に合わせて上手くアレンジしていくものだ。ステゴちゃんの走りの基本は後方から勝負を仕掛けるスタイルだろう。それならば、差しや追込で歴史を築いた伝説のウマ娘たちが、一番の参考になるはずだ。
ということで、ボクはその「教材」を用意するために、あるイベントを実際に開催することにした。
「開演!! 第二回・ヴィオラレジーナ杯!!」
「……は? どうした急に。何だよそれ」
「ステゴちゃんにはボクが連れてきたレジェンドたちとターフでガチ勝負をしてもらいます!!」
訳が分からず戸惑うステゴちゃん。
一方、関係者席の端っこで「悪夢だ、悪夢が蘇りましたわ……」と、露骨に顔色を青ざめさせて震える第一回の被害者・マックちゃん。
グラウンドに立ち、久々の本気勝負にやる気をみなぎらせるレジェンドたち。
学園の掲示板の告知を見て、とんでもないドリームマッチだと騒ぎながら大量に集まった観客の生徒たち。
そしてなぜか最前列に陣取り、三脚を立ててプロ仕様のビデオカメラを回すメジロのお婆様。どうやらこのレース映像は、後日メジロ家のチャンネルで大々的に配信するらしい。名家の財力と行動力、相変わらず暇を持て余しすぎである。
「それでは出走メンバーの紹介です! 一枠一番、ミスターシービーさん!」
「もー、ヴィオラちゃん! 第一回の時は私を呼んでくれなかったのが、一番の不満だったんだからね。今日は思いっきり楽しませてもらうよ!」
ボクの現役時代から大変お世話になった偉大な先輩だ。ただ、ボクとしてはこういうお祭りの時に気軽に呼べるほどの「貸し」がないというか、逆に「借り」ばかりの頭が上がらない相手なので前回は遠慮して声をかけなかったのだ。だが、第一回の噂を聞きつけたシービーさんに「なんで私を仲間外れにするのさ」と散々文句を言われたため、今回は満を持しての参戦である。
「二枠二番、シンボリルドルフ!」
「ふっ……。私の至高の末脚を、特等席で見せてあげよう」
現在、URAの理事長職という最高権力の座にありながら、スーツを脱ぎ捨てて勝負服でやる気満々に立っているライオン丸だ。
頼むからボクの顔を見て不敵な笑みを浮かべないでほしい。見ているだけで、条件反射でデバフスキルを叩き込みたくなるだろうが。
「三枠三番、メジロラモーヌ!」
「ふふふ……。無様な走りをしたら、温泉の底に沈めてあげるわ」
最近はメジロ温泉郷の美人女将として完全に君臨しているラモーヌさんだ。
本当にそろそろいい相手を見つけて結婚したほうがいいと思うんだけど、彼女はボクの子供たちを甘やかすことばかりしている。
「四枠四番、メジロマックイーン!」
「しにたくなーい! しにたくなーい!!! どうしてわたくしがまた、こんなバケモノたちの地獄の宴に混ざらなければならないのですか!?」
第一回のレースが完全に心にトラウマとして刻まれているらしいマックちゃんだ。だが、今回のレース展開を作るために、前のペースを引っ張る『先頭集団』を形成してもらわないと困るので強制連行・強制参加である。
「で、五枠が今回の主役のステゴちゃんで、六枠が言い出しっぺのボクね。作戦としては、マックちゃんとボクが全力で飛ばして前で先頭集団を作るから、ステゴちゃんは後ろから自分の好きに走って、先輩たちの技術を盗んでみて」
「お、おう……なんか、メンツがえぐすぎて頭痛くなってきたんだけど」
なんと、全6人中、4人がクラシック三冠ウマ娘、おまけに現URA理事長、現URA理事、トレセン学園理事という、お偉いさんだらけの究極のドリームマッチである。
実績だけで言えば、三冠を持っていないボクは明らかに一段劣るが、まあそこはしょうがないだろう。ボクはトレーナーだからね。
「ヴィオラさんがその枠に混じると、単なるスピード勝負ではなく、呪いが飛び交う地獄が確定するので本当に出ていってほしいのですが」
マックちゃんが隣で実に失礼なことを言っているが、いつものように華麗にスルーである。
ファンファーレが鳴り、スタートは全員が美しく綺麗な横一線で始まった。
事前の作戦通り、ボクとマックちゃんがスタートダッシュを決めて前に飛び出し、ハナを切りに行く。一方、ステゴちゃんは出遅れることなく、しっかりとバ群の中団、シービーさんやルドルフを捉えられる絶好のポジションにつけた。
が、レースが最初のコーナーに差し掛かった、まさにその瞬間だった。
ボォンッ!
「やっぱり来たか、ルドルフっ!」
背後から、皇帝の放つ重苦しい『独占力』と『八方にらみ』のプレッシャーが、物理的な重力波のように飛んでくる。ボクは現役時代の経験則から、呼吸を合わせてその重圧を受け流しつつ、すかさずカウンターとして自身のデバフスキルを後ろへ送り返す。
さらに今回は、そこにラモーヌまでが張り切って参戦してきた。
「あら、そんな甘いささやきで私が止まると思って?」
彼女が優雅に視線を巡らせるだけで、『悩殺術』と『魅惑のささやき』が容赦なくばらまかれる。これにはボクも結構メンタルを削られる。あと何が悲しいって、スタンドの最前列で見てるボクの子供たちが「ママがんばれー!」じゃなくて、「ラモーヌおねえさまー! きゃーっ!」って大声でラモーヌを応援しているからだ。ママよりラモーヌを応援するのは、母親としてちょっと傷つくよ!
「ぎゃあああああああっ!! またですの!? またこの息が詰まる泥沼ですのーっ!?」
ボクたちの放つデバフ対戦の余波にモロに巻き込まれたマックちゃんが、悲鳴を上げながら白目を剥く。
だが、ただ泣き叫んでいた第一回の頃とは違う。彼女は「こうなったら、やられる前にやりますわよ!」と半狂乱になりながらも、自身のデバフスキルを全開で放ち始めたのだ。さすがはシニア戦線を生き抜いた元王者、ただ翻弄されるだけのタフさではないようだ。
ボク、ルドルフ、ラモーヌ、そしてマックちゃん。四人の放つ悪辣なデバフの干渉によって、コース上の空気がカゲロウのように歪み、まるで重力が狂ったかのような地獄の空間が形成されていた。
そんな、並のウマ娘なら一瞬で泡を吹いて倒れるような呪いの暴風雨の中で。
ステゴちゃんとシービーさんの二人は、不思議なほど比較的上手く、その重圧をかいくぐって走っていた。
「へえ……っ! こいつは、しびれるな!」
ステゴちゃんは、持ち前の野性的な鋭い勘と頑丈なフィジカル、そして何より根底にある「自分は自分」という図太い精神で、飛んでくるデバフを柳の枝のように巧みに受け流していたのだ。
そして、レースは勝負所の中盤──ちょうどコースの真ん中を過ぎたあたり。
まだ第三コーナーにすら差し掛かっていないあの向正面で、最後方に控えていたミスターシービーさんが、突如としてロングスパートを始めた。
「さあて、行くよっ!」
セオリーすら無視し、ただ自分の心が今だと感じたタイミングで一気に加速する、常識外れの早仕掛け。
その瞬間、シービーさんが走りながら、横目でチラリとステゴちゃんに目くばせをした。
その合図を受けたステゴちゃんもまた、迷うことなく自身の最高速度を跳ね上げ、シービーさんと並走するようにして、同時に前へと猛烈な進出を開始したのだ。
(ほう……! ステゴちゃん、あの『天衣無縫』の走りを参考にするか!)
ボクは走りながら、背後で起きている現象に感心した。
常識に囚われず、ただターフの風と一体になって追い込むミスターシービーの走り。それは、かつて誰もが憧れ、多くの追い込みウマ娘たちが真似を試み、しかし誰一人としてその極致には届かなかった、天性の芸術品だ。
その唯一無二の走りに、今、未完成のステゴちゃんが正面から挑もうとしている。なかなかに剛毅な選択だである。
ダダダダダッ!!
重力を無視したかのような二つの影が、デバフの泥沼でもがく先頭集団の外を一気にブチ抜き、最後の大直線を駆け抜ける。
どこまでも大空へ飛んでいきそうな、まさに天馬のようなシービーさんの走り。
ステゴちゃんは歯を食いしばり、必死にその隣に食らいつこうとした。
しかし。
ゴール残り200m。トップスピードに達した瞬間、シービーさんの背中はステゴちゃんを後方へと置いていった。
届かない。どれだけ足掻いても縮まらない、明確な境界線のような差が、そこにはあった。
「……くそっ。何か、ほんの少しで掴めそうだったんだけどな」
レースが終わった後のグラウンド。
芝の上に座り込んだステゴちゃんは、息を弾ませながら、自分の手汗で湿った両手をにぎにぎと悔しそうに握りしめたり開いたりしていた。
単なる筋力やスタミナといった、練度の問題ではない。シービーさんの走りを隣で体感したからこそ分かる、自分の走りとの決定的な何かのすれ違い。パズルが最後の1ピースだけどうしても噛み合わないような、そんなもどかしい食い違い。
しかし、彼女のその強い目を見る限り、絶望はしていない。確かに、自分なりの走りの輪郭に触れたという、確かな手ごたえも同時にあったはずだ。
「お疲れ様、ステゴちゃん。……ねえ、一つ聞いていい? ステゴちゃんはさ、このターフの上で自由になりたい?」
「……? なんだよ急に。そりゃあ、前世で鳥かごの中だった分自由になりたいさ」
ステゴちゃんの答えを聞いて、ボクは隣でスポーツドリンクを飲んでくつろいでいるシービーさんの方を指さした。
「シービーさんの言う自由ってね、自分が今、これをやりたいからやるっていう、純度100%の自己完結なんだよ」
基本、やりたくないことはとことんやらない。誰に何を言われようが、セオリーがどうであろうが、自分の心が惹かれないなら一歩も動かない。それがミスターシービーというウマ娘だ。
一切の社会の枠組みや他人の目に縛られない、ある種の唯我独尊の極み。その精神性が、あの向正面からの非常識なロングスパートと、天馬のような天衣無縫の走りへとそのまま直結しているのだ。
正直中身が善良でなかったら稀代の犯罪者になってそうな性格である。基本優しくていい人だから許されるところはある。
「それに比べるとね、ステゴちゃんは、なんだかんだ言ってもっと常識があるというか、人間的な優しさや社会との繋がりを大事にしている感じがするんだ」
「私が、常識人……? こんな気性難で放浪癖のある奴が?」
「そうだよ。君は旅をしながらも、ちゃんとボクとの約束を守って課題をこなしているし、ドーベルちゃんやブライトちゃんたちの走りを見て、ちゃんと他人の強さを認めて悔しがれるでしょ? 君はただ一人で孤高に飛び立ちたいわけじゃないでしょう?」
縛られたくない、自由を求めているという方向性は同じだが、その質と向き合い方に、シービーさんとの明確な差がある。
だから、シービーさんの天衣無縫をそのままコピーしても、ステゴちゃんの本当の武器にはならないのだ。
「私だけの自由……」
ステゴちゃんは、ボクの言葉を反芻するようにぼそっと呟き、じっと自身の小さな手のひらを見つめていた。