手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜 作:みやび
レース後、史実と同じようにサクラチヨノオーさんは怪我で長期療養に入ってしまったと風の噂で聞いた。
一方で、ボクの担当であるうちのアルダンは元気溌剌である。あれだけの激闘を繰り広げれば、勝者であれ敗者であれ多かれ少なかれ体調を崩すものだが、彼女には全くそういう兆候がなく、ケロッとして毎日元気に過ごしている。
トレーナーとしてはこれ以上ないほど喜ばしいことだ。……喜ばしいことのはずなのだが。
「その割には、ずいぶんと何か悩んでいるような顔ね」
「うーん……アルダンの無事については、心の底から安心してるし嬉しいんだけどね」
学園のカフェテリアで紅茶を飲みながらため息をつくボクに、向かいに座っていたラモーヌが呆れたように目を細めた。
例えば、チヨノオーさんにはもっと何かできたのではないかとか。
そんなもしもを考えては、一人で勝手に落ち込んでいるのだ。
いやまあ本人にライバルのトレーナーからアドバイスしても怪しいだけだ。トレーナーに対しても同様であり、ボクのような新人が話してもまともに相手してもらえないだろう。結局どうしようもなかったのかもしれない。
そもそもどうしてもボクの手が届く範囲というのは広くない。周りで怪我をしてターフを去っていくウマ娘は、史実通り多いのだ。ウマ娘のレースという競技は、本当に非人道的で過酷である。
ボクが介入したおかげで、運命が変わった子がいるのは事実だ。ボク以外にも、前世の記憶を持って頑張っている転生者たちは少なからずいる。その影響で運命の一部は良くなっているはずなのだが、それでもやはり、どこかで怪我をした子が出るたびに暗い気持ちになってしまう。
こういう時は、同じような境遇の者に相談するのが一番だ。ボクは気分転換も兼ねて、転生者仲間であるルドルフのトレーナーにこの悩みを打ち明けてみた。
しかし、返ってきた言葉は
「いや、全部助けるのなんて物理的に無理なんだし、気にしてもしょうがなくね? 俺はルドルフが笑ってくれればそれでいいし」
という、身も蓋もない回答であった。
さすがはあの絶対皇帝の伴侶に選ばれた男だ。面構えが違うというか、完全にルドルフに脳を焼かれている。
一応、こいつもボクと同じように三女神にウマ娘の悲劇を回避するように依頼されて転生したはずなのだが、持ち合わせたすべての能力と情熱をルドルフ一人に突っ込んだやべー奴だ。当然、ルドルフのから逃げられるはずもなく、学園を卒業して成人したルドルフとそろそろ結婚式を挙げるらしい。
つまり、あいつはルドルフ関係以外では全く役に立たないのだ。相談する相手を間違えた。
「周りのトレーナーさんたちに、トレーナーさんのトレーニング方法を教えてみるのはまずいですかね?」
一方アルダンに同じ悩みをこぼすと、彼女からそんな提案が返ってきた。
「いやまあ、別に秘匿してるわけじゃないから教えてもいいし、何なら論文にして学園のライブラリに公開してるんだけどね……あんまり人気がなくて」
「えっ? そうなんですか? 怪我をしない体作りができるなら、皆こぞって取り入れたがると思うのですが……」
「それがそう簡単な話じゃないんだ。ボクのやり方にはデメリットがある場合も多いからね」
別に秘匿はまるでしていないのだが、あまり評判がよくない。
ボクがマックちゃんやアルダンに課している基礎トレーニングの最大の目的は、極論を言えば『肉をつけて、骨と関節を筋肉の鎧で覆うこと』だ。筋肉を強化すれば、確かに怪我はしにくくなる。だが、その分全体的な体重は間違いなく重くなる。
アルダンやラモーヌ、あるいはルドルフのような、もともと身長があって骨格がしっかりしているタイプなら、それに見合う体があるから問題ないのだが、身長が低くて線が細いタイプのウマ娘がこれをやると重くなった体を華奢な関節が支えきれず、怪我防止の効果が薄いどころか、パワーが上がった分の負荷がモロに関節に乗ってしまい、かえって骨や靭帯に負担が集中して怪我しやすくなるのだ。
「つまり、ボクみたいなちんちくりんの低身長タイプには、全く向いていないトレーニング手法なんだよ。我ながら何を考えて作った理論なんだか」
「ふふっ、ご自身で仰るのですね」
「ちなみにボクが現役時代に怪我をしなかったのは、前世の知識のおかげでも何でもなくて、ただ単に雑草血統でめちゃくちゃ体が丈夫だったからに尽きるからね。理論なんか全く関係ない。むしろ、その異常な丈夫さを犠牲にしてスピードを絞り出していたようなものだし」
では体格がいいウマ娘の担当にはやっているかというとそういうわけでもない。ウマ娘のトレーナー界隈ではそこまで立派な体格があるなら、肉付きを限界まで削ぎ落として、速さを求めた方がレースには勝てるというストイックな軽量化理論が主流だ。そのため、ボクの手法は、安全性と引き換えにトップスピードを犠牲にするとして、基本的に敬遠されてしまっているのだ。
マックちゃんは恵まれた骨格をしているから上手く適応できそうだが、もし今後、小柄な子を担当することになったら、おそらく全くうまくいかないだろう。今から別のトレーニングも考えておく必要があった。
まあ、先のことはひとまず置いておこう。今のボクが全力を注ぐべき担当は、目の前にいるアルダンとマックちゃんだ。
季節は巡り、夏。トレセン学園の恒例行事である夏合宿の時期がやってきた。
マックちゃんは、ボクの指導のもとで三ヶ月ほど基礎トレーニングを積んだ結果、見事なまでにムチムチになりつつある。入学当初の線の細いスラッとした体形から、見事なビッグマックへと進化を遂げているのだ。
ここまでくれば、強度の高い練習をさせてもひとまず怪我の心配は大幅に減る。あとは実戦的なトレーニングを重ねてさらなるパワーアップを目指しつつ、この新しくなった体形とパワーに合った走り方へとフォームを調整するだけである。
すなわち、夏合宿の砂浜でスクール水着に着替えさせ、延々とフォーム確認の反復練習である。
「トレーナーさん……! じ、ジロジロ見すぎですわ!」
白い砂浜の上。水着に身を包んだマックちゃんが、顔を真っ赤にしてお腹周りや太ももを隠そうと身をよじっていた。
「いや、いやいや。別に変な目で見ているわけじゃないよ。トレーナーとして、筋肉の付き方や骨の動きを確認しているだけだから」
「本当ですか!? 最近、寮の体重計に乗るたびに数値が増えていて……その、太ももとか、お尻のあたりが、あきらかに重くなっているというか……っ!」
「素晴らしいことじゃないか!」
「ひゃっ!?」
ボクが触って確認すると、マックちゃんはビクッと肩を震わせた。
確かにムチムチである。素晴らしい仕上がりである。
「いいかい、マックちゃん。それは無駄な脂肪なんかじゃない。過酷な3200mの長距離を走り抜き、どんな悪路の衝撃からも君の脚を守るための鎧だ。ボクが指示した通りの、理想的な筋肉の付き方をしているよ」
「ほ、本当ですか……? ムチムチしすぎて、優雅さが失われていないかと、少し不安だったのですが……」
まあ前のすらぁの方が品があるという人はいるかもしれないが。
体格のいいウマ娘をできるだけ削って、軽さを維持することで丈夫さと速さを両立する方針は今でも現役で存在しているらしいが、個人的にはナンセンスだと思っている。
つまりムチムチこそが正義なのだ。
「優雅さなんて勝ってからいくらでも身につければいい。今はその体をどう使いこなすかだ。体重が増えた分、これまでと同じ歩幅で走ろうとすると地面を蹴るタイミングがズレる。重心を少しだけ落として、腰から脚を前に押し出すイメージで走ってみて」
「こ、こう……でしょうか?」
砂浜という足場の悪い環境で、マックちゃんがゆっくりとフォームの確認を行う。
踏み込むたびに、太ももの裏側からお尻にかけての豊かな筋肉が躍動し、砂を力強く蹴り上げる。重心のブレが格段に減っているのが、素人の目から見ても明らかだった。
「そう、その感覚! その新しい体の使い方が染み付けば、マックちゃんは誰にも負けない最強のステイヤーになるよ」
「はいっ! もっともっと磨き上げてみせますわ!」
さっきまでの羞恥心はどこへやら、マックちゃんは瞳をキラキラと輝かせ、波打ち際を力強く走り込み始めた。うん、素直で本当に可愛い教え子だ。
一方、アルダンのほうはというと、これといって修正すべき課題があるわけではない。
オグリちゃんやチヨノオーさんといったバケモノじみたライバルたちが強すぎるため、純粋な身体能力を全体的に少しずつレベルアップさせていくしかない状態だ。
となると、ボクが手っ取り早く彼女に教えられるのはスキルの伝授ということになる。今後、秋の菊花賞やジャパンカップなどのレースを見据えるならば、現役時代に数々のデバフや位置取りスキルを駆使してきたボクが直接教え込むのが効率が良いだろう。
「というわけでアルダン。今日の午後は、レースメイクのスキルを教え込むよ。特に、長距離でスタミナを温存するためのスキルと、相手のペースを乱す牽制の掛け方だ」
「はい、よろしくお願いいたします。絶対皇帝のライバルだったトレーナーさんの技術を直に学べるなんて、とても光栄です」
アルダンは優雅に微笑んだ。
ライバルといってもまるで勝ててないけどね!
とはいえ同格のライバル相手なら有利に立ち回れるスキルセットである。皇帝は強すぎていまいち効果が薄かったが、アルダンが使いこなせば有効に働くだろう。
「まずは、相手の死角に入り込んで風の抵抗をなくす練習からだ。ボクが前を走るから、アルダンはボクの背中の真後ろ、息遣いが聞こえるくらいのギリギリの距離に張り付いてみて」
「真後ろに、ぴったりと……ですね? わかりました」
砂浜の少し固い部分を選び、ボクが軽くペースを作って走り出す。
数秒後、背後からアルダンの気配がスッと近づいてきた。足音がほとんど聞こえない。完全にボクのストライドに合わせて走っている証拠だ。
「そう、いい位置だ。そのまま、前のランナーの引き波に乗る感覚を掴むんだ。自分で空気を切り裂く力をゼロにして、前の相手に運んでもらうようなイメージで……」
「こう……でしょうか」
背中越しに、アルダンの甘い吐息が直接首筋にかかった。
近い。近すぎる。というか、背中に何かすごく柔らかくて豊かなものが当たっている気がする。
「ちょ、アルダン! 近い! 距離感がバグってる! ぶつかってるから!」
「あら? 息遣いが聞こえるくらいのギリギリ、と仰ったのはトレーナーさんですよ?」
「限度があるでしょ! それに、君のその、立派なものが背中に当たって……っ!」
「ふふっ。実戦では、これくらい密着することもあるのではありませんか? さあ、もっとスピードを上げてください。私、どこまでもトレーナーさんについていきますから」
冗談めかして笑うアルダンの声色は、しかしどこか甘く、ねっとりとした熱を帯びていた。
涼しい顔をしてボクの背中にぴたりと張り付く重戦車のプレッシャーから逃れるため、ボクは慌ててペースを上げる羽目になった。
実際ここまでぴったりと走れるならば本番でも誰相手でもうまく使えるだろう。
ほかにもいくつかのスキル、特にルドルフが得意としていた独占力あたりを教え込んだので、今後のレースではかなり役に立つはずだ。
まあそのスキルを使いこなすようになると、ボクとの併走時に独占力から八方にらみ、魅惑のささやきまで全部やってくるようになってボクの情緒が大変なことになるようになるのだが、それはまた別の話。