手違いTS転生ウマ娘の運命改変録 〜ウマ娘トレーナーは史実を書き換えたい〜   作:みやび

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9 ジャパンカップ

前世の競馬の歴史、あるいはボクの記憶において、菊花賞からジャパンカップへ向かうというレースのローテーションは、基本的にネガティブなものとして捉えられていた。

 3000mの激闘を終えた直後に、国際試合である2400mの激しいレースに挑む。単純に体への負担が大きすぎるのだ。その事実は、史実ではかの無敗の三冠馬であったシンボリルドルフが、生涯で初めての敗北を喫したのがこのローテーションだったことから、ある種のジンクスとして証明された形になっていたはずだった。

 だが、こちらの世界ではどういうわけか、あのへっぽこライオン丸はこの過酷なローテーションでも平然と走り抜き、普通に勝ってしまったのである。そのせいで、日本のウマ娘界隈では「実力があれば菊花賞からジャパンカップへ積極的に向かうべきだ」という、はた迷惑な風潮ができあがってしまっていた。

 

「ということで、私も出ます!」

「いやまあ、やめた方がいいと思うよ。普通に考えて」

 

 トレーナー室のデスクの前でやる気に満ちた顔をするアルダンに、ボクはストップをかけた。

 正直に言って、今の時期に連続で大舞台を走るのは体への負担が大きすぎる。アルダンはどれだけ筋肉の鎧を着せようとも、根っこの部分はガラスの脚を抱えた脆いウマ娘なのだ。基礎トレーニングは単に体を丈夫にして「無理ではない範囲」を広げたにすぎず、無敵になったわけではない。ボクとしては、これ以上の無理はさせたくなかった。

 

「ですが、出たいです。今の私なら走れます」

 

 いつもはおっとりしているアルダンが、珍しく一歩も引かずにまっすぐな瞳でボクを見つめてくる。菊花賞を無事に勝ち抜いたことで、彼女の中の勝負師としての本能に火がついてしまったらしい。

 ここまで強い意志を見せられると、トレーナーとしても「絶対にダメだ」とは言いにくかった。

 

「……はぁ。わかったよ。ただし、これからの数週間の調整メニューに、一切文句を言わないならいいよ」

「本当ですか! ありがとうございます、トレーナーさん!」

 

 結局、ボクのほうが折れる形になった。

 とはいえ、カレンダーを見ればローテーションとしてのレース間隔はそれなりに空いている。それに、こちらには疲労回復のノウハウがあるのだから対応策はあった。

 

 まずは温泉である。

 菊花賞で酷使した筋肉を芯から温め、血流と代謝を促進させることで、体内に溜まった疲労物質をいち早く外へ押し出す。ひとまずこれに専念して、削れたコンディションを元の状態まで戻すのが最優先だ。

 

「ほらアルダン、ボクが背中を洗ってあげるからね。座って座って」

「キャー♪ トレーナーさんに洗っていただけるなんて嬉しいです」

 

 学園が提供している湯治場で、アルダンと仲良くいちゃつきながら湯治を進める。

 以前のように背後から抱き込まれてボクが洗われる側になるのはトレーナーの威厳に関わるため、今回はボクが主導権を握って彼女の豊かな体を隅々までマッサージしながら洗い上げた。本人はとても気持ちよさそうに目を細めていたので、疲労回復の効果は十分に出ているはずだ。

 

 温泉療法のあとの残りの期間も、基本的には激しい追い切りはせず、あくまで調整メニューのみに留めた。

 入念なストレッチと、フォームを確認する程度の軽いランニングを中心として、あとはとにかくゆっくり休ませる。ここまで慎重に管理してやれば、さすがにアルダンでも脚を壊すような怪我はしないだろう。

 

 とはいえ、この調整不足の状況では、さすがに勝負に勝つのは難しい。

 何より、ジャパンカップだ。相手が悪い。

 ジャパンカップはURAが資金力にものを言わせて海外から有力選手を招致するシステムであり、渡航費や宿泊費は全部URA持ち。おまけに、海外で実績のあるウマ娘だと、ただ出走して走るだけで海外のGⅠレースで勝つのと同じぐらいの莫大な金額が支払われるシステムになっている。賞金も世界有数に高い。そのため、名実ともに本物の強豪ウマ娘が海を越えてやってくるのだ。

 今回の一番の目玉は、トニービンさんだろう。世界最高峰と言われる凱旋門賞を制したウマ娘だ。

 それ以外の海外勢にはさほどめぼしいメンバーはいないが、迎え撃つ日本勢には、天皇賞を戦い抜いたオグリちゃんとタマモクロスさんが揃って出走している。さらに、メジロ家からはメジロデュレンさんも参戦していた。ボクの担当であるマックちゃんの、実のお姉さんである。

 

「やほやほ」

「おお、アルダンの嫁さんか」

「嫁じゃねーし」

「ははっ。メジロから逃げられると思わない方がいいぞ」

「なにそれ怖い」

 

 レース当日。担当であるマックちゃんの関係者ということでデュレンさんの控室に挨拶に行ったら、顔を合わせるなりいきなりこれである。

 逃げられない、という言葉の響きがあまりにもリアルで背筋が寒くなった。メジロ家、本当に怖い。

 

「で、そっちの相方の調子はどうなんだ?」

「たぶんさっぱりだよ。とにかく怪我をしないことを最優先にして緩い調整しかしてないから、純粋な調子や仕上がりはいまいちだね」

「おいおい、ジャパンカップだぞ? それでいいのかよ」

「勝てないレースで無理に勝負して脚を壊すより、ここを無事に走り切ってステップにして、次で勝つ方がいいからね」

 

 ボクが見据えている目標は年末の有馬記念だ。ここでアルダンに無理をさせるつもりは全くなかった。

 

「そっちのデュレンさんの方はどうなのさ?」

「私か? もう私も年だな。どうやらピークオーバーしちまったみたいだし、最近は体も重いよ」

「デュレンさんが年なら、それより年上のボクはおばあちゃんじゃん」

「はははっ、違いねえ。まあ、お前さんは髪の毛も紫だしな」

「ぶー」

 

 最近のレースの走りが冴えていないのは事実のようだが、レース直前でもこうして冗談が言える程度には、精神的な余裕があるらしい。

 

「なあ、お前さんから見て、私が今日どう走れば勝ち目があると思う?」

「ライバル陣営のトレーナーにそれを聞くの?」

「同じメジロのよしみってやつで、ひとつ頼むよ」

「ボクはメジロの人間じゃないけどね」

 

 ボクはため息をつきつつ、出走表のメンバー構成を頭の中に思い浮かべた。

 

「まあ、今日のメンバーを見る限り、ほぼ間違いなく最後の直線での末脚勝負になる。そこで戦えるだけのトップスピードが残っているかどうか次第じゃない?」

「つまり?」

「オグリちゃんもタマモさんも、強烈な末脚を持ってるタイプだ。海外から来たトニービンさんも、鋭く差してくるタイプらしい。その一方で、最初から前を切り裂いて逃げるような参加者は極端に少ない。デュレンさんがもし彼女たちと末脚のキレで勝負できると思うなら後ろで脚を溜めるべきだし、そうじゃないと思うなら、思い切って前に行くしかないかな」

「なるほどな」

「東京の2400mだから、スタミナを消費する前のポジションは基本的には不利だけどね」

 

 アルダンに説明したことと同じことを話した。これくらいならまあ許容範囲だろう

 アルダンが控えるか前に行くかは彼女に任せているのでどうするかわからないしデュレンさんもどうするかはわからない。

 考え込み始めたデュレンさんを置いてボクはその場その場を立ち去った。

 

 

 

 そして迎えた本番のレース。

 ゲートが開き、ゲートから飛び出したウマ娘たちを見て、ボクは少しだけ目を丸くした。

 

 なんと、アルダンとデュレンさんが、揃って先頭を争うように飛び出していったのだ。

 二人とも、菊花賞を勝っているメジロ家らしい生粋のステイヤー気質である。控室でのボクの言葉を聞いたデュレンさんだけでなく、アルダンも「強豪たちと末脚のキレで勝負するのは厳しい」と判断し、自分たちの武器であるスタミナとパワーで後続をすりつぶす作戦に出たようだ。

 確かに、普通に2400mのペースで走れば勝ち目は薄い。だが、これを最初から3600mの長距離レースと同じような消耗戦にしてしまえば、スタミナに自信のある自分たちに有利に働く。

 逃げ馬不在という事前の予想から一転、二人のメジロが作り出した超ハイペースな逃げによって、レースの展開は無茶苦茶になった。後方で脚を溜めようとしていたオグリちゃんやトニービンさんも、想定外のペースに巻き込まれてリズムを崩しているのがわかる。

 

 そのまま、二人が東京の長い直線を粘りに粘って押し切りそうになった、その時だった。

 大外から、外国のウマ娘がただ一人、異次元の末脚で飛んできたのだ。

 ペースの乱れなど意に介さず、上手く脚を温存していた彼女は、ゴール板の直前で粘るメジロの二人をあっさりと差し切ってみせた。

 周囲の裏をかいた素晴らしいレースメイクだったが、それでも勝てるほど、ジャパンカップという舞台は甘くなかったということか。

 結果は、一着が外国のウマ娘。二着がデュレンさんで、三着がアルダンとなった。

 

 ターフから戻ってきたアルダンは、悔しそうにしながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。

 調整不足の中でこれだけの強豪を相手に三着に入り込んだのだ。脚へのダメージもそこまででもなさそうだ。アルダンにとっても、トレーナーであるボクにとっても、有馬記念に向けて非常に実りのある、いい経験になったレースだった。




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