暴れウンピョウから始まる異世界生活   作:ネイムレス

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第十二話

 前回のあらすじ。己に与えられた物の確認をして休養日を一人過ごす青年。半分本質を忘れかけた特殊技能に思いを馳せ、慣れと不慣れの両方に仲間達の影響を感じる。そもそも有難くない贈り物に対して、何者かの悪意を感じていた。更には、青年にだけ見える数字の意味が解らずに、それでも何とか良い所を見つけて無聊を慰める。自身の境遇に果たして意味があるのだろうかと考えて、突如現れた木こりに意味がない事にも意味があると言われるともうさっぱり意味が解らず思考が停止。最終的に、尽きない悩みに苛まれていると、いつの間にか陽気に誘われ寝こけてしまった。なんとかの考え休むに似たりとは正にこれだろう。

 

「う……、寝てたのか……。ふああああ……、なんか夢も見ないで寝ちゃったな。そんなに疲れて――いや、精神的には何時も疲れてたな。うん」

 

 眠い目を擦りながら欠伸を嚙み殺し、大きく伸びをしたのは転生者の青年。横たえていた体を起こすと、どれぐらい寝ていたのだろうと周囲を見回す。時計などと言う便利な家具は所持していないので、宿の窓から日の傾きを見て時刻を推測するのにも慣れてしまった。その積もりで窓を見た積もりだったのだが、その視線を予想外の人物に遮られる。

 目が覚めたら、なぜか木こりさんが目の前に居た。長い人生、そんな目覚めから始まる一日もたまにはあるかもしれない。

 

「きゃあ、木こりさん!? 木こりさんなんで!? ついに寝起きを襲いに来るようになったのか――って、あれ……? なんか輪郭がぼやけて……」

 

 目の前の存在が色んな意味で信じられなくて、目を擦って二度見してみればそれは果たして木こりさんではなくなっていた。そうだよね、神出鬼没の木こりさんでも流石に寝起きを襲撃はしないよね。では、今目の前に居るのは何なのだろう。青年は自己の認識に活を入れて、改めて目の前の存在を捉え様と目を凝らし見つめる。そして、ぼやけていた輪郭が整って見えてきたのは人とは似ても似つかぬ存在であった。

 一言で言えば、人と同じぐらいの大きさの猫科の肉食獣だ。つまり、超でかい。

 

「きゃあ、暴れウンピョウ!? りりりりりりり、りべっりべっ、リベンジしなくちゃ!! リベンジでアブダクターしなくちゃ!?」

「青年よ、落ち着き給え。今は事情が違う。心穏やかに為されるが好い」

「無茶言うな!?」

 

 自らの死因を目の前にして、心穏やかに落ち着ける者が居るだろうか。もしかしたら一人くらいは居るかもしれないが、青年はその例外ではない。そも、自分を無惨に殺した相手に落ち着けとか言われても逆効果ではないだろうか。と言うか、何で普通に人語を話しているんだとか、もろもろの疑問が噴出すると言う物です。

 青年はごくごく当たり前の様に恐慌し錯乱し、そして思考は逃避へと向かう。

 

「ははーん、さては夢だな。そうでも無きゃいきなり目の前に、人語を解する超でかいウンピョウが現れる筈がないもんな。よく見たら周りもなんか、白くて何にもない謎空間だし」

 

 輪郭が曖昧な空間に漂う青年と人語を話す猛獣。これを夢だと思い込んだ青年は強気になった。だってそうだろう、夢であれば自身が害される事は無いし、もし害されるとしても今の自分には自動反撃がある。前世で何も出来ずに一方的に捕食された弱者のままでは無く、捕食者に対する逆襲の刃があるのだ。勝てるかどうかの根拠はないが強気にもなろう。

 ただし、威勢は良いが度胸は無いので青年の両足はぷるぷると小刻みに震えていた。もう一つの心的外傷由来の特殊技能の効果でもある。その震え、産まれたての小鹿の如く。

 

「チートがあるから怖くないもん!! 来るなら着やがれ、そっちが暴れる前にこっちが暴れ人間になってやらぁ!!」

「落ち着き給えよ、青年。夢であると言うのであれば、無為に争い合う事も無かろう」

「だから、無茶言うなよ!! なんなんだよおまえは、夢だからって流暢に喋りやがって。猫科なら猫科らしく――あ、いや、直立して人語を話す猫は身近に居たな。じゃあまあ、話す位は別に良いか」

「落ち着いてくれた様で何よりだ。それで良いのかとは思わないでもないが」

 

 許された。持つべき物は直立歩行する猫科の舎弟である。青年に所有した覚えは欠片もないが。

 そして、許された猫科の猛獣は、傍から見たら急に落ち着きを取り戻した様に見える青年に言葉を掛ける。情緒不安定にしか見えないが、そんな物は猛獣には些細な事であった。

 

「私は暴れウンピョウの精。今、青年の精神に直接語り掛けている。此度は青年の苦労を労いに来た」

「すー……、っはー……。きちい……。何で俺はトラウマの原因に話しかけられているんだ……」

 

 何が精だよ、異世界で苦労してんのお前のせいだよ。青年は思った事を寸での所で飲み込み、あえて口にはしなかった。逆上して襲い掛かられたら怖いから。人間大の猛獣とか心的外傷がなくても怖いわ。

 しかし、労いに来たとはどう言う事だろうか。聞きたくはないが聞いておいた方が良いだろうと、青年の中に培われた理不尽への嗅覚が訴えていた。

 だから青年は素直に質問をする。巧遅より拙速を貴ぶのだ。

 

「元凶が労いに来たとか笑えないんだが。隠してないで本当の事を言いなさいよ」

「本当も何もない。私は青年の苦労を労う為に今ここに居る。さあ、願いを言え。どんな願いでも聞いてやろうではないか」

 

 青年は思った。うさんくせぇ事この上ない、と。

 今日日何でも願いを叶えてやるなんぞ、詐欺まがいの悪魔でも言いやしない。ぶっちゃけ存在自体が怪しいし、何より青年はこの異世界に来てからと言う物、この手の事を素直に信用出来る程良い体験はしてきていないのだ。はっきり言って、魔王に世界を半分くれてやると言われた方がまだ信用できる。今目の前に居る存在はそれぐらいには信用したくない。

 しかし、何でもと言われると試してみたくなる気持ちもまた沸いて来る物だ。

 

「何でも……、何でもねぇ……。それって、回数制限とかは? あと、本当にどんな願い事でも言って良いのか?」

「無論だ。どんな願いでも一つだけ聞く。それが此度、此処に訪れた理由である」

 

 まるでどっかの龍の神様だ。青年はこの時点でめっちゃ興奮してきていた。言うだけ言って叶わなくてもそれはそれ、どうせならば言ってしまった方が得だろう。

 だとすれば、何を願うかが問題となる。そして、この理不尽な世界に居て願う事と言えば、青年にとっては帰還か境遇の改善の二択となるのは必定だった。

 とは言え、この世界から帰還したいかと言われると実はそうでもない。せっかく普通出ない体験が出来ているのだ、どちらかと言えば改善して楽しみたいと思うのが人の業だ。

 

「じゃあ、もう少しでいいから理不尽な目に遭うのを軽減して欲しい」

「無理」

 

 勇気を出して口にした言葉は即座に否定された。二文字で。

 そして、願い事を聞き出した猫科の猛獣は、うんうんと頷きながらその体を薄れさせて行く。どうやら、言葉の通りに願い事を聞くだけ聞いて叶える心算は毛頭なかった様だ。実際には何一つ成してはいないと言うのに、良い仕事をしたとばかりに満足げである。

 無論の事、青年は激怒した。

 

「ふざけんなよ、てめえ!! どんな願いでも一つだけ聞き流してやるってか!? やかましいわ!! あっ、おい、ほんとに消えるな!! くそう、どうせ、どうせ――」

 

 どうせそんなこったろうと思ったよ!! 青年はそう叫ぶと同時にベッドから飛び起きる。どうやら全て夢だった様だ。夢と言うのもおこがましい様な、飛び切りの悪夢であったのは言うまでも無い。

 今度こそ室内にある窓を見て見れば、時刻はすっかりと黄昏時。嫌な汗を掻いた青年は、ぜえぜえと息を荒げながら顎を手の甲で拭っていた。

 

「ひ、酷過ぎる夢を見た……。夢の仲間で理不尽とか、この世界は地獄を越えた煉獄か何かかよ……。ん……? 誰か来たのか?」

 

 ベッドに腰掛けながら息を整えていると、こんこんと個室の戸が小気味良く叩かれる。精神的に疲労した青年は特に警戒する事も無く、部屋の戸を開いて来客を迎え入れてしまう。果たして、そこに居たのはおなじみの木こりさんであった。

 木こりさんは青年が何かを言う前にいつもの調子で話し始める。

 

「青年、異世界人とお見受けした。ならば、夢に精霊が出て来るとどんな願いでも聞いて貰えるのです。夢の中で出会えた時は心して答えると良いでしょう。それではさようなら」

「……もう知ってる」

 

 珍しく、穏やかな心で青年は木こりさんの言葉に応答する事が出来ていた。だが、青年が言葉を返したころにはすでに木こりさんは立ち去っている。宿の廊下をまさかり担いてえっちらおっちらだ。それを見送った青年は、扉をゆっくりと締めてからごんと頭を扉に打ち付けて考え込んだ。

 なんだったんだあの夢はと青年は思ったが、概ね何時も通りの理不尽だったと言う他は無い。

 

 夢見が悪いと言うのは簡単だけれど、実は見た夢を覚えておくのは難しい。夢を見ないと思っていても、それはただ忘れ去っているだけかもしれない。夢と言うのは記憶の整理とは言うけれど、記憶が全て心地よいとは限らない。むしろ、悪夢の方が多くなるのは健全だと言う。

 もしも、忘れてしまった夢が忘れてしまいたい程悪い夢だったのなら、忘れてしまったのは幸せな事なのかもしれない。

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