前回のあらすじ。最悪な夢を見た。よく考えたら現実も最悪だ。要するに何時も通りだった。ならば何も問題は無いよね。
「今まで気にしてなかったけど、そう言えばこの世界って魔法あるんだっけ。身近で誰も使ってないから、剣と魔法の世界って事を半分忘れかけてたよ」
もちろんそんな事を言うのは転生者の青年。ある日ある時この時に、依頼を請け負い冒険者の施設を出発した所で、何気なさを装いながら仲間達に問い掛けていた。本当はむっちゃ聞きたいけど、がっつくのは格好悪いし、とか気にしての青年のささやかな見栄である。
それに対して答えを返したのは、何時もの猫科の二人ではなく珍しく解体屋さんであった。
「また唐突ですねぇ。そもそも、魔術ならともかくとして、魔法に関しては異世界人の方が詳しいのではないのですか? 少なくとも、こちらの世界の住人は魔法と言う物を使えませんよ」
「何それ怖い。異世界人がみんな魔法のスペシャリストって思われてんのか、この世界では。って言うか何、魔法と魔術って区別されてんの? なんか違いがあるのか?」
疑問の答えに疑問が返って来る。そのおかげで疑問が増えた。悲しい言葉のすれ違いによる混乱は、青年の疑問を無限に増幅させる。その原因は主に、以前遭遇した自称好敵手を名乗る新人冒険者が、自身の職業を魔法剣士であると公言していた故だ。現地人が魔法が使えないという事は、つまり奴は転生者ないし異世界人と言う事になるのではないだろうか。
あれが同類は嫌だなぁと青年が思っていると、今度は猫科二人が青年の疑問に各々口を挟んでくる。
「あっしらも魔術が使える訳じゃないんで詳しい事は解りやせんが、何でも異世界人はイメージで魔法をあれこれして使っているらしいですぜ。属性やら特性やらも自由自在で、魔法でほぼ何でもできるってのが共通認識でゲす。思いのままってのは夢が膨らみやすねぇ、ゲヒヒヒヒ」
「イメージをイメージしてイメージすると魔法が撃てるらしい。……にゃ。詳しい事は良く分からないけど大事なのは気合らしい。にゃ」
「クッソアバウト過ぎて、何の参考にもなりゃしねぇな。想像力と気合で魔法使えりゃ世話ないぞ」
でも使えてしまうのだから仕方がない。猫科二匹の話によると現地に元々あった魔術体系とは別に、特に原理も再現性も無く何となくで、似た様な事が異世界人には出来ていたらしい。そして異世界人の魔法はその範囲も威力も桁違いで、研究したくても現地人では再現出来ない観察するに留められていた。その結果分かった事は、理屈ではなく妄想にも近い化学反応めいた物を具現化しているのでは無いかと言うふわっとした推測であったのだ。浮き足立つとはまさにこれだろう。
この世界に来る異世界人は、ふわっふわな理論で大量破壊兵器を扱っているらしい。
「ここは剣と魔法の世界じゃなくて、剣と魔術の世界だったのか。どっちにしろ、俺には魔法も魔術も使えないから夢の無い話だな」
「フッ、誰かと思えば我が生涯のライバル殿ではないか!! おはよう!! こんな冒険者ギルドの真ん前で出会うとは何たる奇遇か!!」
「あー……、オハヨウゴザイマス……。……クッソタイミング良いな、これも何時もの奴か? この後なんか酷い目に遭うのか?」
「フフッ、相変わらず独り言が多いな。仲間も相変わらず多い様だな。そして、何を隠そうこの私もこれからギルドで依頼を受ける所なのさ!!」
あまりにも都合の良い自称好敵手さんの再登場に、作為的な物を感じた青年だったがただの偶然である。聞いても無いのに自分の事を語り始めた自称好敵手に対して、青年は丁度良いと言えば丁度良いかと思い疑問を投げ掛けてみる。もし本当に異世界人なのであれば能力値の比較や魔法の話が聞けるし、違うなら違うで同類じゃない事を喜べると言う寸法だ。
だからこそ、青年は割とうきうきしながら自称好敵手に話しかけていた。
「フフフ、私が異世界人かだと!? もちろん違うぞ!! 魔法剣士を名乗っているのは、その方が格好いいからだ!! ほら、魔術剣士だとなんか違うじゃん……?」
「わかるー、格好良さは重要だよねー――なんて言うと思ったか!? 紛らわしいジョブを名乗ってんじゃねぇよ!! 中二病かよ!!」
はい、ただの現地人でしたね。怒涛ののつっこみを入れはしたが、青年は秘かに安堵していた。ふわっとした理由で大破壊をもたらす者が知り合いに居なくて僥倖である。それはそれとして、同じ異世界人ではなかったので数字の意味は未だに分からず仕舞いだ。ままならない物である。
無事理不尽な目には遭ったので、青年はお返しとばかりにお礼に新入りの解体屋さんを紹介してあげた。
「疑問に答えてくれてありがとう。所でこちら、うちに新しく加入してくださったポーターさんです」
「フッフフフ、また一人パーティーメンバーを増やしたとはそちらも順調に――きゃあ、街中にエリミネーターが居る!? お助けえええええええ!!」
全身を包む赤黒い皮の防水外套に防毒面の解体屋さんを紹介しただけなのに、自称好敵手さんは殺人鬼でも見たかの様に慌てて冒険者の施設に逃げ込んでしまう。後に残された青年達は微妙な空気になったが、解体屋さんは慣れてますからと言ってくれた。
青年は心の中ですまぬすまぬと何度も謝罪する。お詫びに今日もたくさん解体させてあげるからねと心の中で誓うのだった。
「青年、異世界人とお見受けした。ならば、心の中で魔法を使いたいと念じるのです。さすれば『すてえたす・うぃんどう』に魔法が追加される事でしょう。それではさようなら」
「スーパーヒーロー着地!? アメイジング!? えっ、ほぼ垂直に降って来たけど、えっ、えっ、どこから飛び降りて来たの!? って言うか今魔法って言った!? んあああああ!? 情報量が多すぎる!!」
そして、いい加減にぼちぼち狩場に出発しようかと言う雰囲気になった所で、突如青年の目の前に空から木こりさんが降り立つ。まるでどこかの国の英雄的超人を思わせる見事な三点着地であった。
言いたい事も聞きたい事も山ほどあったが、青年が混乱している内に木こりさんは立ち去って行く。まさかり担いでえっちらおっちらと、雑踏に紛れて既に親愛なる隣人の誰かである。ありがとう、親切な木こりさん。三点着地は膝に悪いから気を付けて。
因みに、今のやり取りを仲間達全員が無反応で流していたので青年二度びっくりだ。
念じれば何とかなると知らされた青年は、さっそく気合を込めて念じてみた。狩りしてる場合じゃねぇと猫科二匹も無責任に応援だ。ひとしきり唸った後に、ちらっとあらかじめ開いておいた青年にしか見えない数字の並ぶ画面を見てみれば、そこにはなんと新規に獲得した技能として召喚魔法の文字が浮かび上がっていた。本当に気合で何とかなったと喜ぶと同時に、思ってたんと違うなと微妙に喜びきれない歯がゆさも同時に味わう事となる。
だが、召喚と言えども魔法は魔法。青年の期待感と興奮は徐々に回転数を上げ始めて行く。
「召喚、召喚魔法か……。いや、魔法である事には変わりはないんだ、肝心の呼び出せる召喚獣は――『暴れウンピョウ召喚』……?」
中空に浮かぶ半透明の画面を操作して召喚魔法の内容を調べた青年は、そこに書かれた文字を認識した瞬間すんと表情が消えた。猫科の猛獣への心的外傷が元になった特殊技能持ちに、何故か生えたのは猫科の猛獣を呼び出す魔法と来たもんだ。そりゃあ表情の一つや二つ消えるだろう。
「…………解散――は出来ないから、狩り行くぞお前ら……」
「えーっとその……、残念でしたね? あまり気を落とさないでください、って言っても無理そうですね」
地獄の底から絞り出した様な青年の声に、解体屋さんは防毒面の奥で苦笑いしつつ気遣いの言葉を濁らせる。猫科二匹はげらげらと指を指しながら大笑いで、青年の不条理を加速度的に高めていた。最早怒りすら湧いてこない程に、青年の心は虚無に満たされている。とりあえず、向う脛を硬い物にぶつけちゃえば良いのにとだけ呪っておく。
青年はこの時この瞬間、自分で魔法を使う事をすっぱりと諦めるのであった。
大いなる力には大いなる責任が伴うとは言うが、それを実際に意識して力を振るえる者はそう多くは居ないだろう。もしも青年が大いなる力を手にしていたら、その責任はどんな形で表れていたのだろうか。もしもの話には既に意味は無く、さりとて望まざるに関わらずその重責は牙を剥くであろう。
果たして、もしもの時に青年は選ぶだけの余裕があるのだろうか。それを許す程、この世界は優しくは無いかも知れない。