暴れウンピョウから始まる異世界生活   作:ネイムレス

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第十五話

 前回のあらすじ。公爵令嬢再び。使命依頼に隠された罠。金で心を揺らされる仲間達と青年。形骸化された学園制度に思い浮かぶ憐憫。なぜか馬車から現れる木こりさん。依頼の穴に気が付き丁寧に辞退する。そして青年は、自身に何が残せるのかに思い悩む。

 こうして書くと真面な話に見える不思議。もちろんそんな事はありません。

 

「そう言えばこの世界って治安結構良いよな。奴隷屋とかも全然見かけないし、ちゃんと法整備が進んでる証拠なんかね」

 

 そんな事を青年が言った瞬間、賑やかだった酒場の空気が瞬間的に凍り付いた。俺、またなんかやっちゃいました? そんな顔で仲間達を見て見れば、各々の顔はやっちまったなと言わんばかりに困惑している。あっちゃーと顔をしかめる猫科二匹に、防毒面の奥で目を見開く解体屋。どうやら青年は相当まずい事を言ってしまった様だ。はい、やっちゃいました、と仲間達の顔色が言っている。

 ある意味仲間達以上に混乱している青年に対して、最初に口を開いたのは珍しく猫耳少女であった。

 

「奴隷って言葉はもう誰も使ってない。……にゃ。今は奉仕活動付き生活保障受給者と呼ばれてる。にゃ」

「へーそうなんだー。すてきー。って、おい……。何でも言い換えりゃ良いってもんじゃねぇだろ」

 

 表現を柔らかくすれば、本質に関わらず受け入れられる様になる。要するに言葉狩りだ。それで何かが変わる訳では無いが、少なくとも直面している問題は見なくて済むようになる。

 しかし、何故そんな面倒な現象が起きているのかと言う疑問は残るが、それについては直立猫の方が説明してくれた。

 

「この保証制度は元々世界に広くあった物を、異世界人の一人が改善しようとして作り上げた物でゲす。作られた当初は異世界人特有の豊富な財力で支えられた弱者救済の仕組みでやしたが、本人の没後に緩やかに元の形と融合して行った形で落ち着きやした。ただまあ、保証者は受給者を財産として手厚く扱う事と言う理念だけは残ってるんで、原型よりは大分マシって感じでゲすね」

「まーた、財源不足からの理想の崩壊かよ……。この世界の人間――いや、この世界は本当に異世界人に容赦ないな」

 

 金の切れ目が縁の切れ目とは言うが、話だけ聞くとなんとも薄情に聞こえる物だ。だが実際はそうでは無く、無尽蔵の財源が無くなれば志を維持する為には変わって行くしかないと言うのが世の常なのである。その末に生まれたのがこの制度なのであれば、確かに原型の根絶には成功していると言っても良いのかもしれない。

 たとえそれが言い替えに過ぎないとしても、少しでも理不尽を無くそうとしたのは形にはなっている。

 

「就職先の自由が無いぐらいで衣食住は保証されてやすし、戦争系はともかくとして債務系懲罰系は金額と罪科によっちゃあぬるい奉仕で済むそうでゲす。まあ最も、あっしは世話んなる様な半端な仕事はしやせんがねぇ、ゲヘヘヘヘヘ」

「自分のゲスさを自慢するんじゃあないよ。ふむ、頭に懲罰とか着くと確かにそれっぽく聞こえるな。やっぱ、必要だからそう言うのは作られるもんなのかね?」

「そりゃあそうでしょうねぇ。特に戦争系は国の財産として、手厚く管理されやすから。需要と供給って奴でゲすよ。食いっぱぐれがねぇのは最大の保証でやしょう?」

 

 是非はともかくとして、受け皿である事は確かだろう。それが証拠に弱者の救済と言う側面だけは、今も変わらずに機能し続けているのだから。救済事業を奴隷と言うのも正しくは無いのは確かだ。強制労働を奉仕活動と言い換えようとも、手厚い保障と庇護が形を変えつつ残っている。

 ただ、いくら言い替えが進んでいるとしても、あんなに鎮まる程の事なのだろうかと青年は思った。

 

「それにしたって、あの反応は何だったんだよ。知らなかったとは言え、そんなに変な事言ったか?」

「今じゃ完全に死語だから使う方が珍しい。……にゃ。よっぽどの田舎じゃない限りは……。にゃ」

 

 ああ、つまり青年はまた田舎者仕草をしてしまったと言う訳だ。周囲の時が止まる程に盛大な奴を。そしてそんな発言を聞いた周囲の人間達は、青年の田舎者丸出しな発言に気まずくなったらしい。

 返答こそしなかったが、それは他の仲間達も全員同意見らしい。喧騒が戻ってきた酒場の中で、猫科二匹はにやにやといやらしく笑い、解体屋も苦笑いしている。

 そろそろ本気で感受性を殺す技法でも会得しようかなと考え始めた青年の思考を、ふつふつと湧き上がって来た諦念が押し流して行った。

 

「諸行無常と言うべきか、栄枯盛衰と言うべきか……。異世界人のした事は、あんまり後世に正しく伝わらないもんなんだな。俺の時もそんな感じになるのかねぇ……」

 

 せっかく転生したのであれば、何かしら成し遂げたいと思うのは人の性であろう。そして、残した物が現地人に作り替えられて行くと言うのは、何とも言えない寂寥感を感じてしまう。便利な物は残り、不便な物は後世に変えられて行く。そんな当たり前にも文句の一つも言いたくなると言う物だろう。

 もっとも、青年自身に別段やりたい事がある訳では無いが。

 

「金はまぁ稼いでるけど……、その金で何かしたいって事は今のところ無いよな……。残すべき物だのなんだのって、悩む段階にはまだ無いって所か」

「そもそも、異世界人だから何かしなくちゃいけないって訳でも無い。……にゃ。今はやりたい事を探すだけでも良いと思う。にゃ」

 

 猫耳少女の言葉に青年は思わず唸ってしまう。確かにやりたい事は無いが、田舎者扱いでなあなあと流されている現状にも納得はしていないからだ。だからと言って革新的な発想が浮かぶと言う訳でも無く、出来る事と言えば仲間達と地道に金を稼ぐ事ぐらいか。

 いっそ誰かが何でも良いから指針を教えてくれればいいのに。そんな事を考えていたら、料理の並ぶ卓の下からにゅっと木こりさんが現れた。そして少年の足元に横たわりながら語り掛けて来る。

 

「青年、異世界人とお見受けした。ならば、生活保障受給者に一番人気の奉仕活動先が炭坑である事を知っておくのです。万が一受給する事になっても過酷な分活動期間が最短で済むでしょう。それではさようなら」

「????? えっ、今それ必要な情報でしたか? 何でも良いから教えて欲しいとは思ったけど、今更その話に戻るの? って言うか、万が一にでもその制度の世話になる可能性があるって事!? 木こりさん!?」

 

 青年の必死な質問には答えず、木こりさんはまたにゅっと卓の下に消えて行った。ありがとう、親切な木こりさん。今回はえっちらおっちらする事無く、青年が慌てて卓の下を覗き込んでも影も形も見当たらない。何時もここぞと言う時に的確な助言をくれた木こりさんの発言だけに、青年の困惑は何時も以上に強烈な物となっていた。理不尽さの段階が洒落になっていない。

 唐突に投げかけられた不穏な言葉のせいで、先ほどまでの悩みがどっかに行ってしまった。

 

「奉仕活動先に炭坑が人気って、それ絶対保障側の人気であって受給者側のニーズじゃないだろ絶対。あっちの世界でも死人が出る様な現場が人気な訳ねぇだろ、いい加減にしろ!!」

「どうしやした、アニキぃ。炭坑労働なんてよっぽどの大罪でも犯した犯罪系か、それこそ戦犯級の戦争系でも無けりゃ行く事はねぇでゲすよ。そもそもあっしの仕事にゃ足なんぞ付きやせんぜ。安心してくだせぇ」

「安心できる要素が欠片も無いわ!! いい加減安定した収入があるのに犯罪を教唆するんじゃあないよ!! ああああ、知りとうなかったこんな地味に無駄な知識!!」

 

 げひげひと下卑た笑いを浮かべる直立猫の発言に、一欠けらも共感できずに頭を抱えたくなる青年。猫耳少女も青年の困惑を楽しんでにやにやしている。今回只管無言だった解体屋に至っては、その防毒面でどうやってと言わんばかりに我関せずと食事を楽しんでいた。下から一匙ずつ行くのがコツらしい。

 そんな頼もしい仲間達を見れば青年の思う事は一つ。もう二度と、迂闊に奴隷の話なんぞする物かと青年は心に誓うのであった。

 

 いやはや、表層だけでも残った事に価値があるのか、不変である事こそが価値であるのか。移り変わるのは時と人の流ればかりでは無く、彩とりどりの志と言うのもまた流れる内に角が取れて行くのだろう。

 青年は果たして何を成し何を残すのか。そもそも何かを成せるのか残せるのか。それは本人が一番分からない事柄であろう。

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