暴れウンピョウから始まる異世界生活   作:ネイムレス

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第十六話

 前回のあらすじ。奴隷と言う言葉は死語となり、奉仕活動付き生活保障受給者と言い換えられている事を青年は知る。異世界人の作り出した物が移ろい行く事に物の哀れを感じた青年は、田舎者と嗤われつつも自身になにが残せるかを悩む。それはそれとして木こりさんに意味深な事を言われ、軽率な発言は慎もうと誓うのであった。つまり大体いつも通りである。

 

「この世界の飯って、割と美味しいよな。なんつーか、歯ごたえはともかくとして味の基礎はちゃんと出来ているって感じで。まあ、微妙に違和感はあるんだけどさ」

 

 それは、とある日の討伐依頼の帰り道での何気ない一言であった。良く動き、良く剥ぎ取り、良く稼いだ一日の帰還途中なので、お腹空いたねーと誰かが言った事をきっかけにして転生者の青年が放った言葉である。実際この世界の食事は大変青年の好みに合っており、保存を考えて硬く焼かれた主食以外は概ね満足していた。自身の現代知識でわざわざ改善して褒め称えられようと言う発想が出ない位には、すでに食糧事情は先人たちによって改善され尽くしているのだ。

 要するに、今日も元気だ飯が美味いと言った具合である。

 

「ゲハハハハ、そりゃあ当然っすよアニキぃ。異世界人がもう何人もやって来ては、やれあれが無いこれが無いって改善と言う名の魔改造を施しやしたからねぇ。既存の料理から異世界のもんまで、大体のもんは手直しされ再現されたんでゲすよ」

「この辺の主食は小麦のパンみたいだが、流通してないだけでどっかに米とか在りそうだよな。絶対に品種改良とかしてありそう」

 

 一部地域からの転生者なら絶対にやる。その確証が青年には有った。なぜなら青年もまた、その地域からの転生者であるからだ。青年自身にそこまでの情熱は無いにしろ、同郷の転生者ならば食い物に関して手を抜かないだろうと言う確信めいた信頼がある。その確信が、奴らは徹底的に隅々までやっている、と魂で理解させてくるのだ。最早、青年の出る幕など無い程に。

 しいて言えば、先人達に改善できなかった物は技術では無く、現地にある改善し様の無い物だけだろう。

 

「マヨネーズとかケチャップとか醤油に味噌まであるぐらい、調味料は大体揃ってるから味は整ってるんだ。でも、多分水の質が合わないのはどうしようもなかったんだろうな。浄水器なんていちいち使う必要は、こっちの住民にゃないんだから」

 

 そう、どうしようもない物は最初から備わっている環境と、それに伴う現地民の食への探求心だ。こればかりは異世界人がどれだけ頑張ろうと、当人達に必要が無ければ変わりはしない。だからこそ、水質改善までして味にこだわると言う心意気は、日々の生活に必死な住民には馴染まなかったのだろう。その答えが小麦を主食とする食文化に現れている。

 水が合わないと言うのは、何も人間にだけ使われる言葉では無いのだ。

 

「この辺りは肥沃ですが乾燥した気候なので小麦栽培が向いています。そして水の質も硬水の為に、小麦は主にパンとして焼かれていますね。硬く焼くのは保存の為もありますが、スープに浸して食べる食文化が流通しているからと言う側面もあります」

「あー、安宿で飯食ってた時は必ずパンとスープだったもんな。行儀わりぃと思ってたけど、あの食い方で合ってたのか」

 

 たくさんの戦利品を背負った解体屋が補足の説明を入れれば、青年は教えを受ける生徒の様に素直にその言葉に感銘を受ける。見た目は怖いがその言葉遣いもあって、徒党の常識人たる解体屋は本当の教師の様だ。見た目は怖いが。

 普段の食生活には概ね満足できているが、だとすれば後の懸念は一つだ。

 

「これだけ先を越されていると、俺の知ってる程度の知識じゃ現代知識無双なんぞ無理だな。これだけ調味料が流通してるんだ、とっくのとうに先に来た奴が大儲けした後だろうよ。こう言う再現性のある技術は残るんだよな……」

「仕方ありやせんぜぇ、アニキぃ。金目のもんは大概誰かの物になってるもんでゲす。それにアニキにゃ十分金が稼げるチートがあるんでゲすから、これからもよろしくお願いしやすぜぇ。ゲヒヒヒヒヒ!!」

 

 金に関しては意地汚い所のある直立猫だったが、青年に対して期待しているのは特殊技能による無双の方らしい。それはそれでやるせない気持ちになる青年であったが、下手に強みが被らなかったのはこの世界に来てからの数少ない幸運だったのやも知れない。

 まあ、頭に期待されていないと言われている様でもにょもにょした気持にはなるのだが。

 

「それにつけても、今日は腹が減った。帰ったら何喰おうかな」

「あっしはやっぱり肉が良いでゲすねぇ。高級品の油で揚げるのも贅沢でやしょう? ウェヘヘヘヘ」

「やっぱり丸焼きが一番。……にゃ。でも、香辛料で煮込んだのも悪くない。にゃ」

「揚げ物、丸焼き、煮込み、か。悪かねぇが、何の肉にするかも決めないとな。そういや肉の種類も豊富だけど、魔物が居るのに酪農とかしてんのかね?」

 

 想像しただけで腹が減る様な話題に移行してみれば、追い打ちとばかりに青年の中で疑問が湧いて来る。高い城壁の街中でならいざ知らず、魔物蔓延る世界で酪農は並大抵の労力ではないだろう。それで街一つ分の食肉を賄っているのだとしたら、よほど大規模な牧場経営でもしているのではなかろうかと青年は思い疑問を口にしてしまったのだ。

 それに食いついたのは猫科二匹ではなく解体屋で、酪農については否やを突き付けてきていた。

 

「基本的に、市場に流れている肉類は家畜の物ではありません。そう言った物は上流階級が消費しています。庶民が口にしているのは、冒険者や狩人が集めて来た魔物や野生動物の物ですね」

「ああ、俺達がさっき集めてた奴か。えっ、じゃあ知らない間に魔物食ってのか……。さっきの……、うっ、思い出したら気分が……」

 

 酪農は貴族の物として存在し、庶民は今まさに解体屋の背負う荷物の中の魔物肉を食らっていると言う事実。それを知った青年は解体現場を思い出してしまい、胸の内から熱くて酸っぱい物が込み上げて来ていた。生き物が素材になって行く異様な過程は、青年の食欲を萎えさせるには必要十分だ。

 そこでふと、青年は気が付いてしまった。気が付かなければ良かったと、直後に後悔する様な事に。

 

「な、なあ……。この世界、ゴブリンとかミノタウロスとかの亜人も居るみたいだけどさ。流石に亜人系の素材は人の口には入っていないよな……?」

 

 その青年の言葉に帰って来たのは沈黙。帰路を歩んでいた青年も、それにつられた猫科二匹も黙して語らない解体屋を振り返る。仲間三人に見つめられた解体屋はそれでも何も言わず、防毒面の奥の瞳は日の加減のせいか今は見えない。

 沈黙に耐えきれなかった青年がどうしたんだよと促してみれば、解体屋は顔を上げてにこっと優しく微笑んだ。それはそれは大層綺麗な目元だけの笑顔だったので、青年と猫科二匹は思わず寄り添い合って震え上がるのであった。

 

「青年、異世界人とお見受けした。ならば、青年が今まで食べた食肉の亜人含有率は――」

「ああああああああああ!!!! 聞きたくない聞きたくない!! よりによってこのタイミングで的確な情報提供なんざしてんじゃねぇよ!!」

 

 そして止めを刺しに背後から現れた木こりさんの言葉を振り切り、青年は街への帰路を猛然と走り始めた。その後を仲間三人も当たり前の様に追従して、後に残されるのは置き去りにされた木こりさんばかりだ。

 木こりさんは言いかけたままの調子で固まっていたが、やがて気を取り直したのか青年達が来た方向へとえっちらおっちらと歩み去って行く。残念だったね、親切な木こりさん。

 やがて木こりさんは、青年が完全に見えなくなった辺りでふっと霞の様に地平へ消えた。

 

 食とは救いと言うけれど、その救いには妥協と犠牲がある物だ。食われる側にはもちろんの事、食う側にも食わせる側にも犠牲と言う物はある。それを自覚しているか否かで、食と言う物に対する関わり方が変わるのであろう。何を食しているのか知ると言う事は、本当はとても恐ろしい事なのやも知れない。

 逃げ出してしまった青年は、果たして本当に臆病だったのであろうか。理不尽からの逃走は人に許された権利の一つだろう。逃げられるかは、保証しないが。

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