暴れウンピョウから始まる異世界生活   作:ネイムレス

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第四話

 前回のあらすじ。冒険者の集まる場所にて、酒場も無いのに酔っ払いに絡まれ、喧嘩は良くないと職員さんに注意されてときめき、直立猫が普通に文字を書いている事に驚き、青年にしか見えない物の存在に恐怖し、新人の受付嬢と玄人受付嬢が交代して、冒険者への憧れを粉砕され、猫耳少女の所作に恐怖して、猫科だらけの依頼を回避して薬草採集の依頼を受け、冒険者施設に入って行く木こりさんとすれ違った。

 何時もより数が多い以外はおおむね、異世界の理不尽を色々味わわされたのはいつも通りである。それにしたって多いな、ちょっとは自重しろ。

 

「ここは南門だ。見かけない顔だが、ここでは厄介ごとを起こすなよ?」

「あっはい……。御親切にどうも。まあ、厄介ごとは俺じゃなくてこの世界が起こしてるんですけどね。せいぜい、気を付けます」

 

 全身鎧の門番に見送られた転生者の青年は、今は高い城壁に囲まれた都市を離れて街道の入口に立っていた。こちら側には森林地帯が続くばかりで人通りは少なく、街中の喧騒とは程遠いのどかな風景が広がっている。筈なのだが――

 

「皆の者、奮起せよ!! 下郎推参なり!! 盗賊どもを姫様に絶対に近づけるな!!」

「ヒャッハー!! 馬車だ、馬車だろう!? 貴族様の乗った馬車だろう!? 金目のものを寄越せ!!」

 

 都市からちょっと離れた所では、豪奢な造りの二頭立ての馬車がなんか襲われていた。騎士っぽい人達が幾人かで抵抗する最中、多勢に無勢とばかりに盗賊っぽい服装の人達がそれを取り囲んでいるのである。あー、よくある奴だこれー、と思いつつ青年はちらりと自身の傍にいる直立する猫に視線を向けた。その視線を受けて直立猫は、したり顔でうんうんと頷きながら解説を始める。

 

「お貴族様の馬車はなぜか護衛をほとんど着けずにほいほい現れるから、山賊や盗賊のいい収入源なんでゲすよねぇ。あっしもそれなりにお世話になりやしたが、こんな都市の真ん前で発生するのは珍しいでやんすね。もしかしたら、なんぞお宝でも積んでいるのかもしれやせんね。漁夫の利を狙えそうですぜアニキぃ、ゲヘヘヘヘヘ!!」

「そうなんだすごいね。ナチュラルに過去の悪事を自白しつつ犯罪教唆をするんじゃあないよ。そもそも、こんな都市の真ん前で騒ぎを起こしたら直ぐに警備の人が駆けつけてくるんじゃないのか? ほら、ここにも門番さんが居るし」

 

 役に立ったかどうかはともかく、解説を聞いた青年は目の前の凶事は直ぐに終息するのではないかと門番の方を見た。だがしかし、門番は動かない。直立不動のままで、騒ぎを見ているんだか見ていないんだか分からない視線を周囲に向けていた。

 なんだろう、さっきまで普通だった人が急に異様な物に見えて来たなと青年は訝しんだ。

 

「あの、門番さんあそこで馬車が襲われてますよ?」

「ここは南門だ。さっき見かけた顔だが、ここでは厄介ごとを起こすなよ」

「えっ? だからそこで厄介ごとが――」

「ここは南門だ。ここでは厄介ごとを起こすなよ」

「NPCか!? 街の入口に居る同じ事しか言わないNPCなのか!? 何で目の前で起きてる厄介ごとガンスルーできるの、こわっ!?」

「ここは南門だ。ここでは厄介ごとを起こすなよ」

 

 やかましいよ。同じ事しか言わない門番に驚きつつも青年は悟った。あの厄介ごとの狙いは自分だと。なぜならわーわーと騒ぎつつも、盗賊の人も騎士の人もちらちらとこちらを気にするそぶりを見せているからだ。明らかに出入り待ちの姿勢だった。それを感じ取ったのか、もう一人の同行者である猫耳の獣人少女がわくわくしている。生きやすそうで羨ましいよと青年は呪った。

 そして本当に門番は一寸も動こうとしない。きっと、ぎりぎり管轄の外なのだろう。

 

「ここでは厄介ごとを起こすなよ!! ここでは厄介ごとを起こすなよ!!」

「うわああああ、全身鎧の癖に気持ち悪いフットワークで通せんぼしてくるぅ!? 嫌だ、あの集団に突っ込むぐらいなら別の門から出たいから帰らせてくれぇ!?」

「何事も諦めが肝心。……にゃ。そろそろ行かないと騎士の人達本当に死んじゃうかもしれない。にゃ」

 

 引き返そうとしたがそれを門番になぜか阻まれた青年は、人死にが出るかもしれないという言葉で渋々と参戦することにした。こんなくだらない事で死人が出るなど、寝覚めが悪いにも程がある。

 そして、青年が嫌々参加したら盗賊達は喜々として青年に群がって来たので、全員あっさりと自動反撃でぶっ飛ばせてしまった。理不尽にはなす術も無いが攻撃にはめっぽう強い。それが青年の手に入れた力の全てであるが故に。

 

「虚しい勝利だ。というか、凶器持ちに素手で勝っちゃうのもどうなんだろう。自分の意志で体を動かしてたわけじゃないから、絶妙に嬉しくないなこれ……」

「げっへっへっへっ、凄まじいご活躍でしたねアニキぃ。傍から見てると達人みたいな動きでやしたぜぇ。表情は恐怖で引き攣ってやしたが」

 

 現実は理想的にはいかないものだ。格好良く複数の敵を倒すだなんて、今まで平和な世界で生きて来た青年に出来る訳がない。襲われれば怖いし、勝手に動く体も怖い物だ。そんな様子を見て、猫耳少女が腹を抱えて笑いまくっているが些細な事だろう。青年にとっては、もはや理不尽など何時もの事なのだから。

 そして、戦闘を終えた青年にはさらなる理不尽が待ち受けていた。

 

「ああ、ありがとうございます旅のお方!! 危ない所を助けられましたわ!! 実はわたくし、今回お忍びで――」

「あー、あー!! 聞きたくない、見たくない、関わりたくない!! お忍びの貴族だか王族だか皇族だかの事情なんて、これっぽっちも聞きたくありませんのでさよならあああああああああ!!」

 

 馬車の中でたっぷり待ってたであろう豪奢な衣服を着た女性が食い気味に話しかけてきたので、青年は両手で耳を塞いで森に向けて一心不乱に走り出す。聞いたが最後まず間違いなく理不尽に巻き込まれる。この世界に来て短いながらも、青年の経験則が全力で逃げろと訴えかけていた。猫科の二人もその後に続いて一同を置き去りにして行く。倒された盗賊達がどうなるかなど、青年にも猫達にもまったく興味は無かった。どうせ騎士の人達が何とかするだろう。

 ただし、貴族のお姫様はその限りではない。逃げ出した青年達の後をとんでもない速度で追いかけ始めたのだ。知らなかったのか、お嬢様からは逃げられない。

 

「おまちくださいませー!! わたくし、お忍びの公爵家のものでしてー!!」

「いやああああ!? ドレスの金髪縦ロールお嬢様が、スカートたくし上げながら爆走してくるぅ!? 何でそんな恰好でこっちより速いんだよ、絶対おかしいだろこれぇ!?」

 

 一行はそうして森の中に突入し、暫くの間気の済むまで走り続けた。遭遇した魔物なのか野生動物なのかよくわからない者達は、青年の自動反撃で対処したので何も問題は無い。一番の理不尽は並走しながら説明をまくしたてるお嬢様だ。何がしたいのかと言えば、説明がしたいだけなのだろう。まさに髪型と同じ様に、役割に徹していると言う訳だ。

 

「金髪縦ロールだからロールに徹してるってか!? やかましいわ!!」

「待ってくださいよアニキぃ。薬草の群生地から離れちまいますぜぇ。まったく、アニキってばたまに意味不明な事を言うんでゲすよねぇ」

「異世界人は一人ごとが多いらしい。……にゃ。うちの里に来る異世界人もそう言うのが多いから、きっと心が摩耗してるのがデフォなのかも。にゃ」

「やかましいわ畜生と猫娘!! 異世界人が疲れてるのはこの世界のせいに決まってんだろうが!!」

 

 走りながら絶叫してると息が切れますよ。そんな訳で吐きそうなぐらい息の切れた青年は、その辺の木の幹に寄りかかりながらようやく足を止めた。その間にも貴族のお嬢様はべらべらと意味があるんだか無いんだか分らない事をまくしたてていたが青年はそれどころでは無い。走り過ぎて叫び過ぎて、文字通り片腹痛いのである。猫耳少女も笑い過ぎてお腹が痛そうだ。

 そうして、ひとしきり喋って満足したのか貴族のお嬢様は追って来た時とは打って変わって、しゃなりしゃなりと歩きながら帰って行った。扇子を広げて仰ぎながら、実に優雅である。

 

「え、帰るのは良いけどお姫様一人だと危ないんじゃないか?」

「あら、スライムが出ましたわ。せいっ!! 木っ端程度相手にもなりませんわー、オーッホッホッホッ!!」

「あっ……、うん……」

 

 ぽんぽんの痛みから復活した青年が立ち去るご令嬢の危惧をしたが、そのお嬢様は襲い来る水鞠の様な生き物を扇子の一振りで両断していた。そんなに強いなら盗賊とか余裕で倒せただろ。青年は思ったが口にはしなかった。よかったね、魔物や野獣に襲われるお姫様なんて居なかったんだ。

 

「心配は無さそうでよかったけど、何しに出て来たんだあの令嬢は……」

 

 それは誰にもわからなかった。多分作者も何も考えてない。

 安堵した青年は、今度はなんともなしに周囲に視線をさ迷わせた。アレがそろそろ来る頃かと思ったが、きょろきょろとしても誰も居ない。どうやら今ではないらしい。

 

「森の中だから木こりさんが来るかと思ったが……、まあいいやそのうち来るだろう。こっちがびっくりするタイミングで」

「何言ってんすかアニキぃ。こんな魔物の出る森の中に木こりが居る訳ないじゃないでゲすか。本当に異世界人ってのは物を知らねぇんでゲすねぇ」

「だから異世界人は面白い。……にゃ。きっとこれからも非常識さで笑わせてくれるに違いない。にゃ」

「お前らいい加減にしないとそろそろ本気で泣くぞ。いいのか、恥も法外もなく泣き叫ぶぞ? いい大人をそんなに泣かせたいのかお前らとこの世界は」

 

 それが異世界の倣いであるならば。むしろそれが望みなのではないかとも思える。

 しかして、青年達は気を取り直して薬草の群生地を探し始めた。ぼーっと突っ立っててもお仕事は進まないので致し方無し。ここでは意外にも、猫耳少女が薬草の植生に詳しいらしく心当たりにまで先導してくれた。何でも彼女の里では薬草集めは大事な収入源だったのだとか。使わないだろうに異世界人に良く売れるとかなんとか。なんとなく理不尽の匂いがする。

 それはともかくとして、猫耳少女が初めて自分の助けになった事に、青年はなんとも言えないもどかしさを覚えるのだった。

 

「へー、いっぱいあるけど摘んでいいのはしっかり成長した奴だけなんだな。そうか、山菜取りのルールと同じなのか。そりゃあまあ、現実ならそうだよな」

「後から来た人の為に一つ、来年の為に一つ。……にゃ。そうしないと同じ場所で毎年取れなくなっちゃうから。にゃ」

 

 何となくはんなりしながら、青年と猫耳少女は薬草を摘んで行く。今回は三人の徒党なので十枚一組で三束分の納品だから割かし大変だ。おまけに青年にはまだ、薬草の良し悪しが解らないのでどれを摘むべきか迷ってしまう。そんな青年の背後から、音もなく忍び寄っていた猫耳少女がもたれ掛かりながらどれを摘むべきか教えてくれた。

 青年の体がどきりと跳ねる。恐怖で。

 

「あ、あ、あ、あの……。当たってます、爪が。肌に食い込んで痛いから、あとなるべく離れてくれると嬉しいなーって……」

「んー? 当ててんのよ。……にゃ。そんなに震えられると、なんだかぞくぞくってしちゃう……。にゃ」

 

 こんなに嬉しくない当ててんのよが他にあるだろうか。いや、無い。反語。

 青年はカタカタと体を震えさせながら薬草を摘み続け、それを見る猫耳少女はぞくりぞくりとした甘い嗜虐心に頬を染める。色恋事かと思ったか? 残念、理不尽だよ。青年の中に技能として息づく心的外傷は、今日も今日とて青年を悩ませ弄ぶのだ。

 周囲の警戒をしている直立猫はやれやれ人の雄雌は常時発情期で困ると思ったが、実際にはそんな甘ったるい物ではないのは明白である。

 

 こうして、青年と不快な仲間達の最初の冒険は幕を閉じた。これからの日々に暗雲を感じさせるがそんな事は知った事ではない。ただ確かなのは、世の不条理とは誰にでも等しく訪れる者ではないという真理だけがこの世界の心理だという事。青年はきっと、これからも悩まされ続けるのであろう。

 ちなみに結局、その日は木こりさんは現れなかった。そんな日もある。青年はそれはそれで嘆いた。

 

 

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