暴れウンピョウから始まる異世界生活   作:ネイムレス

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第五話

 前回のあらすじ。依頼の為に街の外に出たらいきなり盗賊に襲われる馬車に出くわした。近くにいた門番さんは管轄外なのか動かない、それどころか街に戻ろうとするのを反復横跳びで妨害してくる。ちらちらと護衛の騎士や盗賊が見ているので、仕方なく青年は参戦し自動的に倒してしまう。そして満を持して公爵令嬢登場。聞いても居ないのに説明を唐突にし始めたので、聞きたくないと逃げたら森の中にまで爆走してついて来た。ひとしきり説明したら満足して雑魚魔物を両断しながら帰って行ったが、青年はどっと疲れた所を猫耳少女に爪を当ててんのよされ恐れおののいた。

 木こりさんは前回出なかったが、そう言う日もある物さ。迷わず行けよ。行けばわかるさ。どこへかは知らんが。

 

「ふああああああああ……、やっと朝か……。結局あんま眠れなかったな……」

 

 青年はその日、鶏が鳴くよりも早く目覚めていた。欠伸をかみ殺しながら、ボリボリと頭を乱暴に掻く。異世界に転生してから初めて宿泊した宿屋は、安いだけあってあまり寝心地はよろしくは無かった。そのせいか寝不足になってしまったが、布団も枕も硬くてごわごわしていたので仕方がないだろう。

 そう言えばと、一緒に寝ていたはずの直立猫の姿を求めたが、それは果たして狭い部屋の壁際にぐったりと落ちていた。

 

「何やってんのお前……。床で寝るのは良いけど、なんか微妙にダメージ受けてない?」

「うっ、ううっ……。アニキぃ……、気持ちよく寝てたら何故だか突然凄い衝撃でぶっ飛ばされて気絶しちまったみたいで……。何だったんでやしようねぇ……」

「……さあ、皆目さっぱり心当たりがないな。寝ぼけて壁に飛びついたんじゃないか? うんきっとそうだよちがいない」

 

 何やら朝からずたぼろになっている直立猫を見て、唐突に自身の自動反撃の技能と昨夜寝付けなかった原因の一つがこの畜生のいびきだったなと思い浮かんだ青年だったが何も言わないでおく。いびきに反応して自動迎撃が無意識に出たなんてことはきっとないだろう。でも、次からは耳栓かせめて寝床は二つに分けようと思う。深い理由は無いけどそう心に決めた青年であった。

 

「まあ、これくらいの怪我なら毛づくろいすれば治るんでやすけどね。ペロペロ……、ほらこの通り。切り傷打ち身肩こりはこれ一発でゲすよ」

「なにそれ、こわっ!? ゲームでありがちな謎回復スキル!? せめて生き物としての整合性は持とうよ!?」

 

 よくわからん理屈と行動で体力を回復する。この世界の獣人ならばこのくらい朝飯前なのだろう。凄いね、人体!! 青年は深く考えるのを止めた。

 

 それにしてもと、青年は昨日の事を思い浮かべる。それは森から帰還して例の門番を素通りし、街の中に入ってすぐの事であった。

 

「青年、異世界人とお見受けした。ならば、今夜のお宿は料金設定がお安めで個室のあるあちらの宿屋がお勧めです。薬草採集の報酬でも食事付きでそれなりに過ごせる事でしょう。それではさようなら」

「あー、今くる形かー。そう言うパターンかー」

 

 そんなやり取りがあったので、青年はこのお宿を異世界で初めての宿泊施設に決めたのである。言われるままに従うのも何だが、他に情報源も無く猫科達も特に反対はしなかった。依頼の報酬を受け取ってから実際に宿に赴いた所、料金が本当にぎりぎり足りた位なので逆に助かったまである。因みに他の宿だと食事がなかったり、同じ値段で一部屋しか借りられなかったりと死活問題だったのだ。

 猫耳少女と一晩一緒に過ごしたら、青年の命はきっと今頃無かっただろう。恐怖で。だから妙に乗り気だった少女には、泣きながら別室で宿泊して頂くよう頼み込んだのだ。英断であった。

 

「夕餉はまあ、美味かったよな。パンとかめちゃくちゃ硬くて顎が疲れたけど。後は部屋がもう少し清潔ならなぁ……」

「なぁに言ってんすかアニキぃ。安宿で出て来る料理にしちゃああれでも上等なもんでゲすよ。部屋だって虫も湧いてないし掃除も行き届いてて、ドヤ街の雑魚寝部屋より遥かにマシな方でやしょう」

 

 そうは言っても異世界人、特に青年の生まれた国では潔癖症的な清潔さが普通であった。出来るならお風呂にも入りたかったが、公衆浴場は宿には無くて別施設で料金もお高いのだとか。なんか思ってたんと違うと、青年の異世界への憧れにまた一つ皹が刻まれる。

 だが、くよくよしていても仕方がない。青年は気を取り直して顔でも洗うかと井戸に向かう。そして井戸の使用が有料と知って世知辛さに泣いた。世の中金か。

 

「冒険者ギルドで稼ぐにしてもだ、そろそろ装備の一つでもそろえた方が良いんじゃないかと思うんだよ。丸腰だとスキルがあっても、なんて言うかそこはかとなく不安だろう?」

「言わんとする所は解るけど、何とも情けない動機だね。……にゃ。でもそれなら、武具屋さんに行ってみるのが良いと思う。にゃ」

 

 思い立ったが吉日。そんな青年の不安を解消する為に、一行は猫耳少女の案内で武器と防具を同時に商うお店に足を延ばす。そして、店に入るなり店主に何も買わなくてもいいから服を売ってくれ、と懇願されて青年はドン引きした。何でも、転生者の衣服は貴族に職人にと大人気で喉から手が出るほど欲しい物らしい。

 確かに直立猫も以前に転生者の持ち物は高く売れるとか言っていたが、こんなに露骨にせびられるとは思っても居なかった。しかもその理由が、珍しいからではなく着心地が良いからと言うのだから余計にげんなりする。代わりにと差し出された衣服は、確かに触り心地が今の衣服よりも悪くて着替える気にはなかなかなれなかった。

 

「初期装備が今の所一番の高級品ってのもなぁ……。防御力と着心地は反比例でもするのかよ」

「防御力ってのが何かは知りやせんが、まあ基本的に鎧だの鎖帷子だのは着心地のいいもんじゃねぇでゲすね。着心地より命あっての物種でゲしょう」

 

 確かに、着心地の良い衣服を売れば性能の良い武器や防具が幾らでも買える事だろう。だが、よくよく考えると自動反撃のある青年に高価な防具が必要なのだろうかという疑問が芽生えた。きっとそれは、着心地を優先するための言い訳では無いと、青年は心の中で誰とは無しに言い訳をしておく。

 では、ここは武器を優先するのが電子遊戯的にも正解なのではなかろうかと青年の脳は導き出した。

 

「ええ……、銅の剣が宿代の何日分だこれ……。鋼の製品は桁が一つ上じゃん。こんなの買える奴いるのか……?」

「冒険者は基本的に買えないと話にならない。……にゃ。数撃ち品の安物で済ませるのも手だけど、整備料金が高くつくからあまりお勧めはしない。にゃ」

 

 つまりは、安物買いの銭失いと言う訳だ。それに何と言うか、武器に施された意匠が何と言うか既視感を感じさせる。これはそう、温泉街とかで売ってる奇抜な龍と剣が組み合わさったあれみたいな……。もしかしてこれも異世界由来の物なのだろうかと、そこはかとなく青年は戦慄する。

 戦慄するだけだと怖いままなので、とりあえず聞いてみることにした。

 

「何で温泉街のキーホルダーみたいなデザインが採用されてんだ……? しかもそう言うのに限って値段が高いんだけど、実用性とか考えないのか?」

「えっ、異世界人って皆こう言うデザインが好きなんじゃねぇんですかい? 世界中どこの都市に行っても今は高級品程こんな意匠でゲすぜ。実際これで異世界人はモリモリ討伐してるらしいですぜ。格好つけてないで素直になりやしょうぜ、アニキぃ」

 

 まじで言ってんのかと思ったら直立猫の目は本気だった。青年は深く考えるのが怖くなったので、話を逸らそうとする。可及的速やかに。

 

「……無駄に角ばった木刀とかも売ってそうだな。この異世界人を全力でカモにしてやろうって言う心意気は見事だよ。魔王かなんかに滅ぼされちゃえばいいのに」

「魔王はもうだいぶ前に転生者に滅ぼされた。……にゃ。それでもポンポン異世界人が来るから、今はもう観光客みたいな扱い。にゃ」

 

 ほんと最低だなこの異世界。悪意の塊みたいだ。青年は心の中で天を呪い、地に唾棄したい気分となる。

 

 それはそれとして、これはもう店主には悪いが冷やかしでしたと謝って帰るべきかと青年が思案していると、そんな青年の背後からぽんと肩に手が置かれた。また猫耳少女かと警戒したが、希少技能由来の悪寒は走らない。では、いったい何者かと青年が振り向くとそこには――

 昨日会ったばかりの木こりさんがなぜか立っていた。今回二回目である。

 

「青年、異世界人とお見受けした。ならば、初めての武器は値段も安くて手入れも簡単な樫の杖がお勧めです。リーチもあって取り回しも良く手に馴染む事でしょう。それではさようなら」

「木こりさん!? え、いつ店に入って来たの!? 今まで居なかったよね!? もしかして店の奥に居たの!?」

 

 そんな事は些細な事である。大事なのは、青年の手持ちのお金ではもう既に樫の杖ですら買えないと言う事実の方が問題なのだ。だから、まさかりを担いでえっちらおっちらと店の奥に戻って行く木こりさんを見送っていても仕方がない。今はただ、心の中で感謝を送るのみ。ありがとう、親切な木こりさん。

 はてもさてても、無い袖は振れないわけだがどうしよう。青年がそんな事を思っていると、ぽんと今度は太ももの辺りを直立猫が気安く触って来た。

 

「水臭いですぜアニキぃ。分割した報酬はおいらの分にゃ手を付けてませんからこれで購入しやしょうや。なぁに、今日もこれから依頼で稼げば良いんでゲすよ。いざとなったら、他にも稼ぐ方法は幾らでもありやすし。ゲェヘヘヘヘヘヘ」

「畜生……、おまえゲスな奴だと思ってたけど良い所もあるんだな……。だが犯罪教唆は止めろ」

 

 宿泊する時に頑なに猫の振りをしていたのはこう言う理由があったのか。あれでも、それだと宿代を踏み倒した事になるのでは――青年は深く考えるのを止めた。

 

 そうして手に入れた樫の杖は、杖と言うよりはただの長い棒の様にも見える。だが、造り自体はしっかりとしているし、長い棍棒と言うよりは穂先の無い槍の様な印象であった。これならば、自動反撃に頼らずとも戦えるかもしれないし、何より自動反撃自体の範囲を伸ばせるだろう。特に根拠や理由は無いが、なんとなく青年の中でそんな確信があった。そしてそれは、この世界においては間違いではない。

 

「いやー、馬子にも衣裳って奴でゲすねぇ。戦士と言うより羊飼いって感じで似合ってやすぜアニキぃ」

「ぷふ……、でもこれならへっぴり腰で待ち構えながら自動的に敵を倒す事も無くなりそう。……にゃ」

「やかましいよ、畜生&猫娘。でも、カンパはありがとうございました」

 

 料金は結局ちょっと足りなかったので、猫耳少女も手持ちのお金から出してくれていた。この世界に来てから初めて仲間の温かさと有難みに触れて、青年の中でじんわりと人情って奴が溶け広がって行く。なんか理不尽の連続から急に流れが変わったが、これは自分の時代がついに来ちゃったかなと青年は内心思い始めていた。へへっ、異世界も案外捨てたもんじゃないな。そんな気持ちさえ湧いて来るのだから現金な物である。現金で培われた絆故に間違いではない。

 

「よし、じゃあ早速こいつで今日こそ討伐依頼をしてやろうぜ。あ、店主さんありがとうございました。また何かあれば――ぐえっ!?」

 

 去り際に店主の方を見ながら歩いていた青年は、店の出入り口の所で背中に斜め掛けしていた杖が引っかかって盛大にすっ転んだ。青年にそうする様に助言した猫耳少女はもちろん大爆笑し、直立猫も指さしながらゲヒゲヒ大笑いしている。こいつらこの為に金出したんじゃなかろうかと思える程に、青年はすっ転んだ事よりも胸の奥の痛みで泣きそうになっていた。先ほど感じた淡い思いなどどっかに吹き飛んでいるのは言うまでもない。

 どうせこんなこったろうと思ったよ。青年はそう思ったが、あえて口にはしなかった。悔しいから。

 

 装備を新調したと言うのにこの体たらく。どうやら青年にとっては異世界と言う物は憧れから最も遠い言葉らしい。それでも、日々の暮らしはそんな彼を放っておいてはくれない。理不尽だろうと、世界から愛されているのは間違いないのだから。

 負けるな青年。くじけるな青年。君の異世界生活はまだまだ始まったばかりである。

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