コンサル・D・ルフィ~我が社は海賊王になる。海賊王という状態のKPIについて~ 作:デバッグ担当大臣
東の水平線がわずかに白み始めた、夜明け前の淡い薄闇。
その混沌とした光の中で、一本マストのスループ船は、海面を切り裂くように滑走していた。
巨大な縦帆がパンパンに膨らみ、船体を大きく左へと傾かせる。
波頭を破る船首からは、白い飛沫が豪快に吹き上がり、甲板を濡らした。
船内はすさまじい轟音に包まれている。
マストの根元からは「ミシミシッ!」「バリバリ!」と骨が軋むような大音が鳴り響き、引き絞られた
怒鳴り合わなければ隣の奴の声すら聞こえない騒音の中、30人あまりのならず者たちが、ぎちぎちに詰まった甲板で、朝の冷気を浴びながらぎらついた目を輝かせている。
彼らは商船に気づかれぬよう、偽装の旗を掲げて近づいていた。
相手は鈍重な商船。
すでに大砲の射程内、肉声が届く至近距離だ。
舵を握る船長がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、天を指差した。
「お前たち!!!いつまで質素な旗を掲げてるんだい!」
「さっさとアタシの美しい旗を拝ませてやりな! 」
合図とともに、偽装の旗がするすると落ち、代わりに漆黒の布地が頭上で一気に弾けた。
浮かび上がったのは、不気味に微笑む白い骸骨と交差する大腿骨の海賊旗だ。
海賊たちは大声で吼えた。
「武器を捨てろ! 無条件で降伏すれば命は保証する!」
その声を聞いた商船の乗組員たちは、パニックの中で一瞬動きを止めた。
彼らの戦意は、突きつけられた黒き旗と命の保証という甘い言葉によって完全に瓦解した。
彼らは次々と武器を海へ投げ捨て、船首で膝を折った。
海賊のスループは、無防備な獲物へと接舷した。
海賊たちが
だが、彼らの目的は、荷の奪取だけではなかった。
甲板に降り立った瞬間、船長は冷酷な命令を下した。
「アタシは汚いものが大嫌いなのさ……アタシの美しさを損ねるような奴らは生かしちゃおけないよ。」
「お前達!!!全員海の藻屑にしちまいな! 」
命の保証は嘘だった。
武器を持たぬ商船員たちは、あまりの裏切りに言葉を失った。
直後、凄惨な虐殺が始まった。
無防備な彼らに、海賊のカットラスが容赦なく振り下ろされる。
「騙したな! この、汚い海賊ども!」
最後の瞬間、商船員たちは素手で、あるいは折れた板切れを手に取って、狂ったように海賊に飛びかかった。
だが、武器を持たない彼らに抵抗する術はない。
彼らの必死の抵抗は、海賊たちのあざ笑うような吼え声と、銃声、あるいは悲鳴によってかき消された。
木胴と木胴が削り合い、きしみ続ける二隻の境界線は、またたく間に赤く染まった。
悲鳴と怒号が飛び交う殺戮は、ものの15分とかからずに終わった。
商船の甲板は、流された血によって赤黒い泥と化している。
海賊たちは、目もくれず、船倉から金貨の詰まった木箱や、高級なラム酒の樽を、
笑い声を上げながらスループ船へと次々に運び出していく。
数十人のクルーで動かすスループ船にとって、重い商船そのものは足手まといでしかなかった。
彼らが欲したのは、小箱に収まる富と、刹那の快楽だけだ。
「お前達!!!いつまでモタモタ荷物を運んでんだい! さっさと火をつけて引き揚げるよ! 」
船長の、ヒステリックだがどこか愉悦に満ちた声が響く。
海賊たちはスループ船へと戻りながら、商船の甲板に防水用のタールを容赦なくぶちまけた。
接舷鉤が外され、二隻の距離がわずかに離れる。
その瞬間、一人の海賊が火のついた松明を商船の甲板へと投げ込んだ。
ゴオオッ! と、暁の海に凄まじい音が弾けた。
タールに引火した炎は、生き物のようにマストを駆け上がり、瞬く間に商船全体を巨大な炎の塊へと変えた。
紫色の朝焼けに染まり始めた空を、真っ赤な炎がより一層不気味に、鮮烈に染め上げていく。
まだ息のあった商船員たちが、炎に包まれながらのたうち回る影が、黒いシルエットとなって浮かび上がった。
地獄の底から響くような断末魔の叫びが、朝の潮風に乗って届く。
だが、スループ船の甲板にいる海賊たちは、その光景を極上の見世物のように眺めていた。
「こいつは最高の
一人が奪いたてのラム酒の樽の頭を叩き割り、中身をラッパ飲みする。
悪魔のようなあざ笑う声を上げ、互いの武器を打ち鳴らして踊り狂った。
狂気の祝祭を乗せた快速スループ船は、背後で激しく燃え盛る商船の炎を浴びながら、
海へと滑るように再び走り去っていく。
海風にパタパタと不気味な羽ばたき音を立てる黒い海賊旗だけが、
昇り始めた太陽を背に、いつまでも揺れていた。
◇◇◇
スループ船が停泊する港の、ひんやりとした石造りの倉庫。
その薄暗い空間には、血の混じった略奪品が無秩序に積み上げられていた。
「ひぃ、ふぅ……早く整理しないと、また殴られる……」
怯えた声を漏らしながら箱を運ぶのは、雑用係の少年、コビーだった。
恐怖に震える手でラム酒の樽を引きずろうとした、その時。
バキンッ! と、凄まじい音を立てて樽の頭が内側から弾け飛んだ。
「ふぁ……よく寝た。目的地に着いたか?」
中から現れたのは、赤いベストを着た一人の少年だった。
麦わら帽子を目深に被り、その奥にある瞳にはすべてを見透かすような冷徹な「虚無」が宿っている。
「ひゃあああっ!? に、人間!?」
腰を抜かすコビーを、少年は値踏みするようにじっと見つめた。
その視線は、ただの子供のものではない。
未開の市場を分析する、冷徹な経営者のそれだった。
少年は自身の麦わら帽子を指先で回しながら、感情の起伏を感じさせない平坦な声で、静かに言った。
「ここはどこだ。」
「こ、ここはアルビダ様のアジトの倉庫ですっ!」
「あの商船の荷物の中に紛れ込んでたんですか!?」
コビーは狂暴な海賊一味に見つかる恐怖に怯えながら、小声で捲し立てた。
なぜこんな危険な手段を、と問うコビーに対し、ルフィは表情を変えずに樽の破片を踏み越えた。
「そうだ。別の町へ移動する手段を探した結果、この樽が最も
「と、投資……? 普通はまず船を作るか、買うかするものです」
「それは悪手だ」
ルフィは倉庫に積まれた略奪品を一瞥し、淡々と言い放つ。
「タイム・トゥ・マーケットの問題だ。」
「船を造る時間、あるいは購入する資金を調達するコストは、事業の開始を不必要に遅らせる。我が社が優先すべきは、一刻も早く市場へ参入し、事業を軌道に乗せることだ。最初から大きな
少年の語る言葉は、この略奪と暴力が支配する海において、異様なほど冷徹な合理性に満ちていた。
「ア、アセット……?」
聞き慣れない言葉の羅列に、コビーはただ困惑するしかなかった。
しかし、目の前の少年が放つ圧倒的な冷徹さに気圧され、問われるままに自身の現状を白状していた。
ここが残虐非道な女海賊「レディー・アルビダ」のアジトであること。
自分は二年前、釣りに出かけた先で運悪く海賊船に遭遇し、
それ以来、命惜しさに航海術の知識を提供しながら、
最底辺の雑用係としてこき使われていること。
海軍基地のある町シェルズタウンに、賞金稼ぎをしている恐ろしい男がいること――。
「ボクには逆らう勇気なんてないんです。怖くて、毎日ビクビクしながら生きるしかなくて……」
涙を流すコビーを、ルフィは同情も軽蔑もしない無機質な目で見つめていた。
その脳内では、アルビダ一味という組織の問題点が冷酷に弾き出されていた。
「恐怖によるトップダウン経営か。短期的には統制が利くが、従業員のエンゲージメントは最低で生産性が低い。その上、商船を皆殺しにする略奪は
「え……?」
コビーは唖然とした。
ルフィは麦わら帽子の位置を直すと、倉庫の天井を、あるいはその先にある広大な海を見据えるように、淡々と言った。
「我が社は海賊王になる。」
「えええっ!? か、海賊王って……この大航海時代の頂点、富と名声のすべてを手に入れるという意味ですか!?」
「そうだ。だが、富と名声、あるいは自由などという抽象的な定性目標ではない。」
「海賊王という状態を
「これらを掛け合わせた数値を最大化させ、最終的にひとつなぎの大秘宝 を手にする。」
「ええええっ!? な、何ですかその数値化!? というか無理です無理です! 絶対に無理です! 死ぬに決まってます!」
絶叫し、ガタガタと震えるコビー。
しかし、ルフィの瞳の奥にある「虚無」は微塵も揺らがなかった。
少年は自身の死すらも、すでに事業計画に織り込み済みであるかのように、静かに言い放った。
「我が社がなるって決めたんだから、そのために戦って死ぬなら、それでいい。」
「死ぬなら、それでいい……?」
コビーは息を呑んだ。
目の前の少年は、決して狂気で命を軽んじているわけではない。
最悪のシナリオすらも完璧にシミュレーションし、その上で完全に腹を括っているのだ。
命惜しさに自分の夢を捨て、暴力に屈し続けてきた自分とは、根本的な考え方が違いすぎる。
コビーの胸の奥で、燻っていた小さな火がわずかに大きくなった。
「ボクも……ボクも死ぬ気で海軍に入ってみせます! 雑用なんかじゃなく、海軍将校になって、こんな悪い奴らを取り締まるんだ!」
自分の言葉でビジョンを掲げたコビー。
ルフィはその様子を見て、満足そうにわずかに目を細めた。
「海軍か。いいキャリアプランだ。お前の持つ航海術というスキルなら、市場価値は十分に――」
ドゴォン!!
激しい爆音とともに、石造りの倉庫の頑丈な扉が、跡形もなく吹き飛んだ。
爆風とともに砂煙が舞い込み、巨大な影が立ちはだかる。
「誰を捕まえるってぇ!!?コビー!!!」
地響きのような怒声を上げたのは、巨大な鉄の金棒を肩に担いだ巨漢の女。
一味の最高権力者、レディー・アルビダだった。
その後ろには、抜刀した手下たちがギラついた目を光らせて控えている。
アルビダは憤怒に顔を歪めながら、コビーに金棒を突きつけた。
「コビー! この海で一番美しいものは何だい?」
いつもなら恐怖で命乞いをするように「アルビダ様です」と言っていた。
コビーの身体が、条件反射のようにガタガタと震え出す。
その時、ルフィが二人の間に平然と割り込み、アルビダを見つめて淡々と言い放った。
「コビー。なぜそんな市場価値の低い経営者の無駄な承認欲求を満たすために、お前の貴重な労働力を搾取させているんだ? 海軍に突き出すと言ったんだろう。早く損切りしろ。」
「何だい?訳が分からないことをごちゃごちゃと?」
アルビダが目を見開く。
だが、そのルフィのあまりにも巨大で冷静な正論は、コビーの心に宿った最後の恐怖を完全に消し飛ばした。
コビーは涙を流しながらも、喉がちぎれんばかりの声で叫んだ。
「そうだ……そうだ! この海で一番醜いのは、部下を怯えさせて喜んでるお前だーーーっ!!! このいかついクソばばあーーっ!!」
「死に晒せ、クソガキがァーーーッ!!」
怒髪天を突いたアルビダが、その巨大な質量を乗せて鉄の金棒を容赦なく振り下ろした。
まともに喰らえば骨ごと肉塊に変わる一撃。
コビーが恐怖に目を瞑った瞬間、凄まじい破壊音が倉庫内に轟いた。
――だが、肉が潰れる音はしなかった。
「想定以下の
ルフィは平然と立っていた。
脳天を直撃したはずの金棒は、少年の頭部を深く沈み込ませているだけで、血の一滴すら流させていない。
「な……!? 金棒が、めり込んで……!?」
アルビダの手下たちが驚愕の声を上げる。
ルフィは自身の悪魔の実によって得たゴムの肉体という既得権益を誇示するように、沈んだ頭部を限界まで引き絞り、凄まじい勢いで弾き返した。
その反動だけで、アルビダの巨体がズシンと数歩後退する。
「な、なんだお前は! 化け物か!?」
「今ので、我が社の
ルフィは平然と言い放つと、アルビダを無視し、背後に控える手下たちへと視線を移した。
「アルビダ一味の構成員諸君。現在の労働環境に満足しているか。お前たちが命をかけてリスクを負い、略奪した財宝の九割は、アルビダ個人の美容費と酒代という無駄なコストに消えている。それで満足しているのか。」
感情を排したルフィの正論が、手下たちの胸に突き刺さる。
倉庫内に動揺が広がった。
「今ここでアルビダを切り、我が社に参画するなら、現行の二倍の報酬で雇ってやる。賛同する者は、武器を床に置け。」
海賊たちは顔を見合わせ、じりじりと後ろに下がった。
アルビダを援護する動きを、完全に止めたのだ。
しかし、彼らは武器を落としはしなかった。
海賊たちはなおもぎらついた目でルフィを睨みつけている。
「アタシの目の前で引き抜きなんて真似を……っ!!」
屈辱と怒りで顔を真っ赤に染めたアルビダが、再び鉄の金棒を狂ったように振り回した。
「そんな戯言を信じる奴がいるかィ! 」
風を切る凄まじい音が倉庫内に鳴り響き、
アルビダの全力を乗せた金棒が、ルフィの側頭部へ向かって横一線に奔る。
だが、ルフィは避ける仕草すら見せなかった。
「交渉決裂か。ならば、まずは経営陣の刷新から始める」
ルフィはあらかじめ後方へ極限まで伸ばしていた右腕を、一気に解放した。
「『ゴムゴムの』――」
アルビダの金棒がルフィの頭部に触れる寸前、音速を超えたルフィの拳が、彼女の顔面の正中線へと容赦なく突き刺さった。
「――『
ドゴォン!!!
凄まじい衝撃波が走り、アルビダの巨躯は鉄の金棒もろとも、倉庫の分厚い石壁を粉砕しながら遙か彼方の洋上へと文字通り吹き飛んでいった。
崩落した壁の隙間から、朝の鋭い光が差し込み、ルフィの冷徹な横顔を照らし出す。
ルフィは右腕を引き戻すと、愕然と立ち尽くす手下たちを再び見据えた。
「これでお前たちの
静寂が倉庫を支配した。
差し込む朝光の中で、手下たちは粉砕された壁と、ルフィの底知れない瞳を交互に見つめた。
そして、一斉に武器を放り出して蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
◇◇◇
数十分後。ルフィとコビーは、港に係留されていた一味の小型帆船に乗り込み、出航の準備をしていた。
「ルフィさん。結局、誰もついてきませんでしたね……。あんなに良い条件で誘ったのに、みんな逃げちゃいましたよ」
操舵を任されたコビーは、未だに緊張の抜けない声で、水平線を見つめながら言った。
対するルフィは、甲板に腰掛け、さも当然かのように首を振った。
「それはそうだろう。どこの馬の骨とも知れない人間に『給料を二倍にするからついてこい』と言われて、はいそうですかと命を預けられるか。」
「えっ……。分かっていて、あの提案をしたんですか?」
驚いて振り返るコビーを、ルフィは無機質な瞳で見つめ返し、淡々と言い放った。
「今の我が社にはまだ、KPIである『
ルフィは懐から海図を取り出すと、それを冷徹な目で見つめながら指先である地点を叩いた。
「まずは早急に我が社の実績を作る必要がある。コビー、海軍基地のある町へ向かう。そこにいる独裁的な海軍を排除し、我が社の初成果とする。ついでに、そこにいる
KPI(現在値/ 目標値)