コンサル・D・ルフィ~我が社は海賊王になる。海賊王という状態のKPIについて~ 作:デバッグ担当大臣
オレンジの町の片隅にある、静まり返った酒場。ゾロは木製のテーブルに足を放り出し、一枚の紙切れを不機嫌そうに眺めていた。
それは、海軍の報告書の写しだった。
「おい、ルフィ。この書類の文句、一体どういうことだ。……『支部近海における定期軍事演習の最中、航海術を持たない民間人の漂流船を発見。人道に基づき、オレンジの町まで安全に曳航・移送した。』」
ゾロが呆れたように書類を叩くと、カウンターの奥で高級なワインボトルを品定めしていたルフィが、感情の起伏が一切ない平坦な声で答えた。
「我が社を運ぶために船を使いましたなんて報告書を
ルフィは麦わら帽子を目深に被り直すと、瞳をゾロへと向けた。
ゾロがニヤリと笑った、その時だった。
「ふーん。海軍をタダ働きさせる海賊なんて、初めて見たわ」
酒場の扉の隙間から、軽やかな足取りで一人の少女が姿を現した。
オレンジ色の髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべた彼女の目は、ルフィたちが座るテーブルの上の書類をじっと見つめていた。
「誰だ、てめぇ」
ゾロが警戒して刀の柄に手をかけるが、少女は怯える素振りも見せず、ルフィの前に歩み寄った。
「通りすがりの優秀な航海士よ。さっきの話、小耳に挟んじゃった。あんたたち、自分たちじゃろくに船も動かせないんでしょ?」
ルフィは表情を変えず、少女を上から下まで観察した。
「お前の言う通り、現在我が社には
「ええ、この近海の海流も天候も、すべて私の頭の中に入ってるわ。どう? 喉から手が出るほど欲しい人材でしょ」
少女は自信たっぷりに胸を張った。ルフィは小さく頷く。
「口頭だけでは信用要件を満たさない。即席の
ナミは鼻で笑うと、1秒の淀みもなく即答した。
「南南東、風速8ノット。ただし15分後に一時的な突風が吹くわ。港の裏の地形のせいで気流が巻くのよ」
ルフィは懐から取り出した海図と計測器を一瞬だけ確認し、虚無の瞳をナミに向けた。
「……
「話が早くて助かるわ。私の名前はナミ。年間契約料として、とりあえず一千万ベリーを前払いで請求させてもらうわね」
一千万ベリー。
その法外な金額が酒場に響いた瞬間、ルフィの無表情な顔に、わずかな動揺が走った。
「……ナミ。その
「ダメよ、現金一括の前払いじゃなきゃ契約しないわ。お金を払えないなら、この話はなかったことにして。じゃあね」
ナミが背を向けて立ち去ろうとすると、ルフィは無言のまま悩むそぶりを見せた。
それを見たナミは、ふと思いついたように足を止め、意地悪く口元を歪めて振り返った。
「あ、そうだ。いい稼ぎ口を教えてあげましょうか。今、この町を占拠してる『道化のバギー』って海賊がいるんだけどね」
「バギー……か。」
「そう、あいつの賞金首は、海軍から千五百万ベリーの懸賞金が掛けられてるわ。あんたたちが本当に強いっていうなら、あいつを狩ってその賞金を私の契約金に回したらどう? さらに財宝も溜め込んでるみたいだしね」
ナミの言葉を聞いた瞬間、ルフィは瞳の奥に、冷ややかな確信を灯らせた。
「なるほど。
「おうよ」
ゾロは三本の刀を腰に帯び直すと、嬉々として立ち上がった。
◇◇◇
広場へ移動したルフィとゾロの前に立ちはだかったのは、大砲を積み上げたド派手な拠点の中心で不敵に笑う、道化のバギーだった。
「あァ!? さっきからわけの分からねェ横文字ばっかり並べてスカしてんじゃねェよ、カタカナ使えば賢く見えると思ってんのか、中身スカスカの麦わらがァ!!」
赤鼻を真っ赤に猛らせたバギーが、バラバラの実の能力で自らの両手を切り離し、何十本ものナイフを握らせて空中から襲いかからせる。
宙を舞うバギーのバラバラの肉体を、ルフィは避ける素振りすら見せず、虚無の瞳で凝視した。
「――なるほど。
彼の脳内で、目の前の「切り離された肉体」が最悪の形で結びつき、新たな事業計画が爆誕した。
「ビジネスモデルの
ルフィは万年筆を胸ポケットに収めると、右腕を遥か後方へと引き伸ばした。
「ゴムゴムの――『
直後、爆音と共に放たれた超高速の拳が、空中を浮遊していたバギーの顔面の正中線へと寸分の狂いもなく炸裂した。
「ぶはァッ!?」という短い悲鳴を残し、バギーの肉体はバラバラに分解した状態のまま、町の遥か彼方の空へと派手に吹き飛んでいった。
◇◇◇
数週間後。波間に揺れる船の、以前よりも格段に磨き上げられ清潔になった船室。
その一角にある調理場で、ルフィは綺麗にのり付けされた赤いベストを着て、真剣な面持ちでフライパンを握っていた。
ジュウジュウと小気味よい音を立てて、大儲けした金で調達した最高級の霜降り肉が手際よく焼かれていく。
ルフィは左手で滑らかにフライパンを揺らしながら、脇に置いた書類に目を通し、感情の起伏が一切ない平坦な声で語り始めた。
「――バギー一味の排除に伴う初期投資は、我が社の労働力のみ。それに対する
テーブルの上には、木箱から溢れんばかりの金貨の山と、整理された他の海賊たちの手配書が並んでいた。
その前に座るナミは、目の前の金貨の山と、肉をスマートにひっくり返しているルフィを交互に見つめながら、魂が抜けたような顔で呟いた。
「ねぇ、ちょっと待ちなさいよ。……バギーを倒したのもビックリしたけど、この金額、明らかにおかしいわ。バギーの懸賞金とお宝だけじゃ、どう計算しても合わないのよ! 私はただ、あんたに言われた通りに何度か海軍の窓口へ行って、換金してきただけなの。……あんた、裏で一体何をやらかしたのよ?」
ナミの疑問に対し、ルフィはトングで肉の焼き加減を厳しく確かめるような仕草をしながら、平坦な声でロジックを開示した。
「バギーの能力から着想を得た、我が社の新規事業だ。お前は、海軍から一切の指名手配を受けていない。つまり、海軍の換金窓口を合法的に利用できる。一方で、周辺の海賊たちはどれだけ他の海賊を倒して賞金首を手に入れても、自分自身が指名手配犯であるため、海軍の窓口へ行けば即座に逮捕される。すなわち、彼らは賞金首という
ルフィはフライパンに謎の調味料をプロっぽくサッと振りかけながら、ナミに視線を向けた。
「ここに目をつけ、我が社は近海の海賊や賞金稼ぎを対象とした、
ナミは呆然と口を開けた後、激しく頭を抱えた。
「海軍のシステムを便利屋代わりに使って他人の賞金首で大儲けする海賊なんて聞いたことないわよ!」
隣で自慢の刀を磨いていたゾロが、ニヤリと不敵に笑った。
「だが、俺が一人で海賊狩りやってた頃を思えば、いちいち海軍基地まで賞金首を引きずっていく手間が省けるのは確かだな。
――それに、大金目当てに強奪しに来る馬鹿な海賊どもが後を絶たねェが、そいつらを片っ端から斬り伏せるのは、いい訓練になる。都合のいい商売だ」
ルフィは肉にじっくりと火を通すようにフライパンに蓋をすると、金貨の山からナミの年間契約料である一千万ベリーをトングの先で指し示した。
「その通りだ、
「……ま、まぁ、約束のお金はきっちり貰えるみたいだし、これだけ稼げるなら財務窓口くらい、やってあげないこともないわよ」
ナミは一瞬で目を輝かせ、がめつく金貨を抱え込んだ。
「以上が今期の決算報告だ。」
ルフィがそう締めくくり、パチリとフライパンの火を止めて蓋を開けた、まさにその瞬間だった。
船室の奥から、それまでの美味しそうな匂いをすべて掻き消すような、不穏な黒い煙が一気に立ち上った。
じりじりと肉が焼ける音を通り越し、何かが完全に炭化していく激しい異臭が室内に充満する。
「おい、ルフィ。さっきから真面目な顔して料理してると思ったら、火葬でもしてんのかって煙が出てんぞ」
ゾロが煙にむせびながら、空っぽの皿を手に眉をひそめた。
ルフィが平然とお皿に盛り付けたのは、見る影もなく真っ黒に染まった、完全なる炭の塊だった。
「……ちょっと待ちなさいよ!」
ナミが皿の上の炭を指差して絶叫した。
「あんた、決算報告しながらずーーっと手際よく料理に集中してたじゃない! なんでそんなに滑らかに動いておきながら、結果がただの消し炭なのよ!?」
ナミの至極真っ当なツッコミを受け、ルフィの無表情な顔がわずかに固まった。
ルフィは無言のまま、懐から一本の万年筆を取り出すと、指で回しながら、平然と言った。
「問題ない。これは加熱プロセスにおける熱量の過剰投資だ。表面の炭化は想定の範囲内であり、可食部における
ルフィはカチカチに硬化した炭をナイフで叩いた。
カンカン、と硬質な石のような音が船室に虚しく響く。
「こんなに稼いでおきながら、まともな飯すら出てこないの!?」
「業務環境の改善が必要だな。……よし、経営課題に、
ルフィは冷徹な瞳の奥に、次なる市場への野心を滾らせた。
KPI(現在値/ 目標値)