コンサル・D・ルフィ~我が社は海賊王になる。海賊王という状態のKPIについて~ 作:デバッグ担当大臣
波に揺れる船上。
ナミは海軍基地での換金業務を終え、重い現金の袋を甲板に放り投げた。
「ふう、今回も満額で換金完了よ。でも、今日の海軍の窓口担当、やけに緊張してたわ。私がちょっと請求書をトントンって机に叩いただけで『ひいっ!』と短い悲鳴を上げて両手を挙げるのよ。きっと配属されたての新人だったのね」
ナミが呆れたように肩をすくめると、甲板で海図を開いていたルフィが、顔も上げずに答えた。
「いや、それは違う。我が社の社会的信用が向上した結果だ。継続的な賞金首の持ち込みにより、海軍の中で我が社の
「海賊が海軍のお得意様になってどうするのよ!」
ルフィは至極真っ当なツッコミを無視する。隣で刀の手入れをしていたゾロが、不敵に笑いながら口を挟んだ。
「で、そのビビり上がった海兵から、何か面白い話でも聞き出せたのか」
「あ、そうそう。泣きそうな顔で『こちらの案件も、もしよろしければ、処理していただけないでしょうか……!』って、この周辺のデータが入った書類を押し付けられたのよ。最近の海軍は、民間人への情報共有が手厚くて親切ね」
ルフィは書類を受け取ると、素早く目を走らせた。
◇◇◇
小高い丘の上に建つ、白壁の壮麗な大邸宅。
その一角にある日当たりの良い庭園に面した応接室で、病弱な少女カヤは、窓の外の木に登った少年が身振り手振りを交えて語る言葉に、瞳を輝かせていた。
「それでよ、カヤ! その巨大な金魚のフンがあまりにも巨大だったから、俺はそれを大陸だと勘違いして上陸しちまったんだ!」
「まあ! ウソップさん、それは本当ですの?」
「ああ、嘘じゃねぇとも! 勇敢なる海の戦士、ウソップ様の冒険譚に一切の虚飾はない!」
クスクスと嬉しそうに笑うカヤ。
その様子を、部屋のソファに腰掛けたルフィ、ゾロ、ナミの三人が見つめていた。
やがて執事が時計を見てから、カヤに向かって口を開いた。
「お嬢様、もうお時間です。お約束の事業家の方々が来ております」
ルフィは綺麗にのり付けされた赤いベストを正し、切り出した。
「これより、我が社の
ルフィは複雑なグラフや図式が確かな精度で書き込まれた資料を机に滑らせた。
「我が社のグランドライン進出プロジェクトにお前の余剰資金を
「あ、あの、ポート……ふぉりお……?」
カヤは机の上に広げられた難解な書類を見つめ、困惑したように眉をひそめた。
「ごめんなさい、私、そういう難しいお話はよく分からないの。だから、その出資は出来ないわ」
あっさりと、だが致命的な失注だった。
屋敷の長い廊下に出るなり、ナミが深くため息をつき、自らの額を派手に押さえた。
「ルフィ、あんたね! 病気で療養中のお嬢様に向かって、いきなり数字と横文字の暴力を叩きつけてどうするのよ! もうちょっと手心を加えるとか、相手に寄り添う姿勢はないの!?」
「問題ない。提示したロジックには、一切の破綻はなかった。」
ルフィの指先で、万年筆が――くるり、くるりと、音もなく回り始めた。
ゾロが無言でその手元に目をやる。
「何よ」とナミが視線で問うが、ゾロは「……いや」と首を振っただけだった。
回転が、ふいに止まる。
「……訂正する。ロジックの限界だ。我が社には、理念を魅力的に構築して顧客の感情に届ける『
ルフィは手元の分厚い資料を仕舞うと、廊下の窓から見える庭園へと視線を向けた。
その視線の先には、先ほどまでカヤを笑顔にさせていた少年の背中があった。
ルフィは窓を開けて、そのまま飛び出した。
「ウソップ。提案だ。我が社へ参画しろ。」
「はあ!? いきなり何言ってんだてめぇ! 俺は誇り高きウソップ海賊団の大船長だぞ! どこの馬の骨とも知れねぇやつの提案なんか受けるか!」
ウソップは自慢の長い鼻をさらに高く突き出し、不快感を露わにした。しかし、ルフィはその剣幕に眉一つ動かさず、静かに告げた。
「お前の持つ能力の市場価値を高く評価している。お前の語るホラ話はただの虚偽ではない。聴衆の心を完全に掌握する、
「し、しーえむおー……? なんだその美味そうな響きは」
ウソップが困惑して一歩下がると、ルフィはさらに距離を詰めた。
「だが、それを具現化するための
「な……っ!?」
ウソップは息を呑んだ。村の人間からはいつも「嘘つき」と煙たがられ、誰からもまともに相手をされてこなかった自分の言葉。それを、この少年はこれ以上ないほど大真面目に評価しているのだ。
胸の奥が熱くなるのを感じた。だが、ウソップは拳を強く握りしめ、ルフィの底知れない瞳を真っ直ぐに見据え返した。
「だが、断る! 俺の夢は、俺自身の力で叶えてみせる!」
ルフィは、それ以上食い下がらなかった。
「そうか。」
ただ短くそう返すと、懐から海軍の公印が押された報告書を取り出し、無言でウソップに突きつけた。
「な、何だよこれ……」
「持っていろ。海軍の作成した脅威分析報告書だ。」
戸惑いながらもそれを受け取り、目を通したウソップの顔から、みるみる血の気が引いていった。
「カ、カヤの資産を狙う武装集団が、近日中にこの島に上陸……!?」
「そこに書いてある通りだ。」
ルフィはそれだけ言うと、興味を失ったように背を向けた。
夕暮れの光が、遠ざかるルフィの背中と、報告書を握りしめたまま立ち尽くすウソップの影を、長く引き伸ばしていた。
◇◇◇
薄暗い夜明け前の海岸。島の中心部へと続く一本坂で、ウソップは大量の油が詰まった大きな樽を抱え、必死の形相で中身をぶちまけていた。
「へへへ! 攻めてくる海賊どもめ、ここを通ろうとすれば全員すっ転んで身動きが取れなくなる算段よ! 勇敢なるウソップ様の仕掛けた極悪非道の罠を思い知れ!」
高笑いしながら油を撒き散らすウソップ。しかし、勢い余って自らの足元にまで大量の油が流れ込んでいることに、彼は全く気づいていなかった。
「あ」
次の瞬間、ウソップの両足は綺麗に宙を舞った。「どわあああああーーーっ!?」という情けない絶叫を残し、ウソップは自ら撒いた油の上を滑り落ち、坂の下の巨大な岩へと背中から派手に激突した。
その様子を、坂の上の茂みからルフィ一行が見つめていた。
「おいルフィ、あいつ大丈夫か」
ゾロが呆れ果てたように呟くと、ルフィは静かに答えた。
「侵入経路を一本坂に限定し、足留めを行う防衛策は合理的だ。だが、安全管理と
「ちょっと、何の採点してんのよ! 敵を罠にかける前に自滅してるじゃない!」
ナミが引きつった顔で叫んだ、まさにその時。
波打ち際に不気味な黒い船が接舷し、奇妙なサングラスをかけた男を先頭に、抜刀した海賊たちが次々と上陸してきた。
「いいか野郎ども。この島の丘の上に、箱入り娘が親の遺した莫大な資産を持っている。護衛は執事のみだ。――こんなに割のいい仕事はねェぜ」
サングラスの男――ジャンゴが下卑た笑いを漏らし、坂道へと足を向けた。
そして、地面を覆う油と、その先で腰を押さえて震えるウソップを見て、鼻を鳴らした。
「ふん、何だこの坂道は。油だと? 小賢しい真似を……。おい、面倒だ、道を変えるぞ」
部下たちが一斉に進路を変えようとした、その瞬間。
ウソップは満身創痍の体を引きずって立ち上がり、震える手でパチンコを構え、決死のハッタリを叫んだ。
「まっ、待ちやがれ! そっちの道はやめておけ……お前らのために言ってやってるんだぞ! そっちには俺の率いる百戦錬磨の部下、100人が待ち伏せてるからなァ!!」
その気迫に、ジャンゴはピタリと足を止めた。
「……チッ。おい、油ごときなら、怖くはねェ! 強行突破するぞ!」
海賊たちが一斉に、足元を警戒しながら油の坂へと殺到する。
「……見事だ。ウソップの
「まかせろ!」
ゾロの鋭い抜刀の一閃が、坂の頂点にそびえる大木を根元から切り倒した。
倒れた大木は、ウソップが撒いた大量の油に乗って、坂道を猛烈な勢いで滑り落ちていく。
油で足元の覚束ない海賊たちは回避行動すら取れず、迫り来る大木の面制圧によって、悲鳴と共にまとめて海岸へと押し流され、一網打尽にされた。
「おのれ……小癪な真似を……!」
唯一、大木を跳躍でかわしたジャンゴが着地し――そして、坂の上の茂みでこちらを見下ろすルフィの姿を、はっきりと視認した。
その口元が、屈辱にわなわなと震え出す。
「て、てめぇ……まさか、そんな高みから、人の仕事ぶりを見物してやがったのか……!? 自分は現場に降りてきもしねェで、安全な場所から他人の戦いを眺めてんじゃねェェェッ!!」
「現場には、優秀な
「その理屈が腹立つっつってんだよォ!! 」
ジャンゴが懐からチャクラムを引き抜き、満身創痍で立ち尽くすウソップの首筋めがけて、容赦なく振りかぶった。
――だが、その腕が振り抜かれることはなかった。
ルフィは、遥か後方の岩に巻き付けて極限まで引き絞っていた右腕を、すでに解放していた。
「ゴムゴムの――『
音速を超えた拳が、チャクラムを振りかぶったジャンゴの顔面へと炸裂した。
「ぶふぉっ!?」という短い声すら衝撃波に掻き消され、ジャンゴの体はサングラスごと海岸の崖を派手に粉砕しながら、遥か水平線の彼方へと吹き飛んでいった。
砂まみれのウソップの前に、ルフィが歩み寄る。
「ウソップ。」
「な、なんだよ……」
「お前のナラティブが、敵の全兵力を意のままに動かした。今日の戦果の中で、最も価値のある一手だ。」
ウソップはぽかんと口を開けた。
「……お、俺の、嘘が……?」
「そうだ。――CMOのオファーは、まだ有効だ。」
ウソップは、しばらく黙って自分の撒いた油の跡を見つめていた。
そして、ふん、と鼻を鳴らす。
「……ふん! そこまで言うなら、仕方ねェな! 勇敢なる海の戦士ウソップ様が、特別にその『しーえむおー』ってやつを引き受けてやるよ! ただし大船長は俺だからな!!」
「
◇◇◇
数時間後、潮風が吹き抜ける港の岸壁。
引き渡されたばかりの新しい帆船の横で、ウソップは全身に包帯を巻き、見送りに来たカヤに向かって大見得を切っていた。
「――そうさ、カヤ! 実はお前の資産を狙って、近海の極悪な海賊団がこの島を襲撃しに来てたんだ! だが、勇敢なるウソップ様はすべてを予期していた! 俺の優秀な部下であるルフィとゾロに命じて、海岸線で敵をばっさばっさ倒してやったのさ! この全身の傷は、お前とこの屋敷を守り抜いた誇り高き勲章よ!」
「まあ……! ウソップさんが、私を、この屋敷を守ってくださったの……!?」
「ああ、そうだとも! 俺は今後もこの百戦錬磨の荒くれ者どもを従え、海の果てにある全てを見て回って、世界一の勇敢な海の戦士になるんだ! どうだ、それが俺の未来だ!」
カヤは両手を頬に当て、これまでにないほど瞳を輝かせていた。
そして、そっとルフィの方へと向き直った。
「……あの、事業家さん。昼間は、ごめんなさい。難しい書類のことは、今もよく分からないの。でも――ウソップさんの冒険の未来に、あなた方が一緒にいてくださるのなら。そのお話には、私、とてもワクワクいたしますわ。……そういう出資なら、喜んで」
カヤの隣に立つ執事が静かに一礼し、ずっしりと重いトランクを差し出した。
「お嬢様のご意志にございます。どうか、事業にご活用ください」
トランクを受け取ったルフィの隣で、ナミが呆れたように小声で耳打ちした。
「ちょっとルフィ、いいの? あいつ、あんたたちのことを自分の部下みたいに言ってるわよ。しかも出資の決め手、あいつのホラ話じゃない」
「それでいい。顧客が満足するなら。名目上の代表権は
ルフィは羊の頭の船首を持つ美しい船体を見上げた。
「本日をもって、この船の名称を『
「せ、センスが独特すぎる……。」
ゆっくりと岸壁を離れていくゴーイング・コンサーン号。
ウソップは大きく手を振り、カヤはいつまでもそれに応えていた。
「次の目的地は、航海者たちの胃袋を牛耳る巨大な市場だ。」
KPI(現在値/ 目標値)