コンサル・D・ルフィ~我が社は海賊王になる。海賊王という状態のKPIについて~ 作:デバッグ担当大臣
海に浮かぶレストラン「バラティエ」の店内は、活気と料理の香しい匂いで満ちていた。
その喧騒を割って、一人の金髪の男が、流れるような足取りでルフィたちのテーブルへと近づいてくる。
男は純白のコックコートをまとい、目元を隠す前髪の隙間から、ただ一点――ナミだけをじっと見つめていた。
コンと澄んだ音を立てて、ナミの前に色鮮やかな皿が置かれる。
「お待たせいたしました、海より深く美しいマドモアゼル。こちらは私が自ら厨房で腕を振るい、あなたのためだけに仕上げた特製の海の幸のパスタでございます。ああ、あなたのその可憐な瞳の輝きに比べれば、どんな最高級のワインも色褪せてしまう……!」
ハートの目をしながら、軟体動物のように身をよじるサンジに、ナミは引きつった笑みを浮かべた。
「あ、あら……ありがとう。……って、ちょっとウソップ! あんた何どさくさに紛れて私のエビに手を伸ばしてんのよ!」
「いや、これはその、毒見だ! お前が倒れたらこの船の金庫番がいなくなっちまうからな!」
ウソップがフォークを握り直して言い訳し、その隣でゾロは我関せずと酒を呷っている。
その時、店の入り口付近から、怒号と何かが激しく衝突する音が響き渡った。
目を向けると、痩せこけた男が床に這いつくばっていた。
頬はこけ、目は落ち窪み、着ている物は潮に灼けてボロボロだった。
「頼む……何か、何か食わせてくれ……。死んでしまう……」
「金のない奴は客じゃねェ!」
容赦なくコックたちに蹴り飛ばされ、男は外のデッキへと転がり落ちた。
サンジはその様子をじっと見つめていた。
◇◇◇
デッキの上では、男が力尽きたように横たわっていた。
その目の前に、カツン、と静かに皿が置かれる。
サンジは煙草に火を点け、紫煙の向こうからぶっきらぼうに言い放つ。
「食え」
「……だが、俺は、金を持ってねェ……」
「いいから食え」
男は震える手でスプーンを掴み、貪るようにしてスープを口に掻き込んだ。
咀嚼するたびに、涙が、鼻水が、堰を切ったように溢れ出る。
「うめぇ……! うめぇよ……! 生きてて……よかった……!!」
サンジは静かに目を細め、波の音だけが二人を包み込む。
その静寂を切り裂いたのは、温度のない声だった。
「
サンジの肩がピクリと跳ねる。
振り返った先――麦わら帽子を深く被った少年が、二人を見下ろして立っていた。
その手元で、万年筆の尻が、トン、トン、と掌を叩いている。
「あ? なんだてめェは」
「そのやり方では、資金が尽きた瞬間に顧客は再び飢える。真の社会貢献とは、利益を出しながら永続的に価値を提供し続ける
掌を叩く音が、ふつりと止んだ。
「訂正する。我が社は一部始終を見ていた。お前は一皿で、
「……何を言ってやがる」
「
褒められているのは分かる。
だが少しも嬉しくない。
サンジは眉をひそめたまま、煙を吐いた。
「俺は目の前の腹減った奴に飯を食わせる。それだけだ」
「そこだ。」
ルフィの声のトーンは変わらない。だがその視線が、初めて真っ直ぐにサンジを射抜いた。
「『目の前の』。それがお前の理念の
サンジの喉が、一瞬詰まった。問いから目を逸らすように、煙草の煙を激しく吐き出す。
「うるせェ! 腹減ってる奴に飯食わせるのがコックだ。金ってのは腹のたしになるのかい?」
ルフィは表情ひとつ変えず、たった一言だけを返した。
「加入しろ。」
「は?」
一瞬、間が空いた。サンジの怒りが行き場を失い、間の抜けた声が漏れる。
ルフィは構わず右手を差し出す。
「我が社の
サンジは答えなかった。
窓越しに見える厨房で怒鳴るゼフの後ろ姿へ一瞬だけ目をやると、タバコを床に落として踏み消した。
「断る。俺の職場はここだ。――この店と、あのクソジジイには、一生かけても返しきれねェ借りがあるんでな」
デッキの隅では、いつの間にか、あの痩せこけた男の姿が消えていた。
空になった皿だけが、綺麗に置かれていた。
◇◇◇
数時間後。
大きな音と共に、バラティエの窓が一斉に激しく振動した。
水平線の彼方から、ボロボロに損壊した巨大なガレオン船が、主砲を撃ちながら接近してくる。
その船には東の海最大の兵力を誇る、首領・クリークの海賊艦隊の海賊旗がはためいている。
船がバラティエに接舷すると同時に、重厚な黄金の鎧を身にまとった大男――クリークが、大勢の飢えた部下を引き連れて店内に乱入してきた。
「海のド真ん中に、食い物の山が浮いてやがる! 貴様らの店にある食料をすべて出せ! 逆らう奴は全員皆殺しだ!」
クリークの咆哮に、店内は一瞬でパニックに陥る。
その怒号の中、ゾロが静かに立ち上がり、刀の柄に手をかけた。
「おい、ルフィ。今回は斬っていいのか」
ルフィは着席したまま、乱入してきた集団を端から端まで、値踏みするように眺めた。
「懸賞金の付いた首領と幹部だけだ。他は傷を付けるな。」
「敵を前に選別の指示してんじゃないわよ!」
ナミの悲鳴じみたツッコミをよそに、ルフィは立ち上がり、クリークの正面に歩み出た。
「
その指摘に、クリークの額に青筋が浮かび、顔面が怒りで真っ赤に染まった。
「あぁん……? 何もかも分かったような口を利きやがって。てめェ、噂の口先屋だなァ? 教えてやるよ、てめェら口先屋はなァ――自分じゃ米粒ひとつ生み出さねェで、他人の作ったモンに値札を貼って上前をはねるだけの、寄生虫なんだよォ!!」
「他人が生み出したものを、対価も払わず奪って生きてきたお前が言うと、説得力が違うな。」
「ぶち殺す!!」
クリークは巨大な大戦槍を振り上げ、ルフィ目がけて猛然と突き進んだ。
その一撃は、バラティエの床ごとルフィを粉砕せんとばかりの破壊力を秘めていた。
しかし、ルフィはただ静かに右腕を後ろへと伸ばしていく。
その腕は、まるでゴムのようにどこまでも長く、長く伸びていった。
「『ゴムゴムの
超高速で放たれた拳が、大戦槍ごとクリークの黄金の鎧を打ち抜いた。
凄まじい衝撃波とともに、東の海最強と呼ばれた男は、一言の悲鳴もあげることなく店の壁を突き破り、ズドォン!と巨大な水柱を上げて墜落した。
◇◇◇
一ヶ月後。
バラティエの横に停泊する、かつてのクリーク海賊団の巨大な主力艦は、見る影もなく変貌を遂げていた。
砲門はすべて撤去され、代わりに巨大な煙突から香ばしいスープの煙が立ち上っている。
船内は「動く保存食品加工工場」と化していた。
「よっしゃあ! 今日の生産数、また昨日の記録抜いたぞ!」
活気の満ちる厨房で、男たちが、目を輝かせながら一糸乱れぬ動きでタマネギを刻んでいる。
壁には大きな板が掲げられ、生産スコアと一人ひとりの名前がずらりと書き込まれていた。
「見ろよ、俺の名前がまた上に上がった! 今回の報酬、これで倍だぜ!」
「くそ、抜かれた……次は俺が取り返す!」
かつて海賊として恐れられた男たちが、生産スコアを競い合い、子供のように盛り上がっていた。
そのスコア板の一番上――誰よりも高い数字の横で、一人の男が黙々と、鬼気迫る速さで野菜を刻み続けている。
あの日、デッキで泣きながらスープを掻き込んでいた、痩せこけた男だった。
頬には肉が付き、その包丁さばきは、もう素人のものではなかった。
それを見下ろすデッキの上で、サンジは呆然と口に咥えたタバコを落とした。
「……信じられねェ。あいつら、つい先日まで調理のずぶの素人だったんだぞ。それがなんで俺のレシピの味を再現してやがるんだ。……いや、それより前によ。」
サンジは、いつの間にか隣に立っていたルフィへ、タバコを拾いながら胡乱な目を向けた。
「なんでてめェを殺しに来てた連中が、揃いも揃って、嬉々としててめェの下で働いてんだ。一ヶ月で一体何があった」
「食事と報酬を提示した。それだけだ。」
「『それだけだ』で済むか!! 過程を全部飛ばすんじゃねェ!!」
サンジの絶叫を意に介さず、ルフィは眼下の工場へ視線を戻した。
「お前の卓越した技術をそのまま模倣させるのは不可能だ。だが、調理工程を限界まで細分化し、マニュアルに落とし込めば、一定の
「理屈は分からねェが、お前らのやってることは狂ってる……」
サンジは冷や汗を流しながら、しかし目の前の光景から目を離せずにいた。
報酬のために躍起になっているだけのはずが、いつしかその手つきは、確かに料理人の手に変わりつつあるように、彼には見えた。
その横から、ウソップが鼻を高く突き出しながら、新商品の缶詰を掲げて割り込んできた。
「おいルフィ! 見ろよ、このウソップ様が考案した最強のパッケージを! 無人島に遭難したキャプテン・ウソップと料理人サンジが、飢餓の極限状態の中、友情の果てに編み出した奇跡のスープ! この感動のドキュメンタリーがびっしりよ! 全海の涙を誘うこと間違いなしだな!」
「誰がてめェと遭難したんだよ!」
サンジの猛烈なツッコミを無視し、ルフィは缶詰を手に取ると、じっと見つめた。
「素晴らしい。プロダクトの付加価値を跳ね上げる
「え? あ、いや、俺はただ自分のカッコよさをアピールしようと……」
ルフィの大真面目な査定に、ウソップは引きつった笑みを浮かべて一歩引いた。
「ちょっとルフィ、大変よぉ!!」
そこへ、大量の取引書類と、はち切れんばかりに膨らんだベリーの袋を両手に抱えたナミが、血相を変えて走ってきた。
「クリーク達の懸賞金をぶんどってきたわ! それと、海軍支部にこのスープを売りつけたら、あいつら美味い美味いって泣いて喜んで、買ってくれたのよ! 笑いが止まらないわ!」
ナミは目が完全にカネの形になり、恍惚の表情で札束に頬ずりしている。しかし、すぐに我に返ってルフィを睨みつけた。
「……って、ちょっと待ちなさいよ! よく考えたらこれ、海賊の残党が作ったスープを海軍に横流ししたってことよね!?」
ルフィはナミからベリーの袋を受け取ると、その重量を確認して微かに頷いた。
「問題ない。海軍の兵站における『劣悪な洋上食』という
ルフィは視線をサンジへと戻した。
「サンジ。我が社の流通網を使えば、世界中の飢えた
サンジは言葉を失い、自分のレシピで作られた料理が、世界へと出荷されていく光景を見つめていた。
「返事は要らない。事実がお前を説得する。」
ルフィはそれだけ言うと、背を向けて歩き去った。
◇◇◇
茜色に染まる海原から、冷たい潮風がバラティエのデッキを吹き抜けていた。
旅立ちの荷を肩にかけたサンジは、かつての仲間たちに背を向けたまま、一歩を踏み出そうとして――その足を止めた。
「サンジ」
低く、地を這うような老コックの声が、夕闇の迫る海に響く。
ゼフは太い腕を組み、一本足で真っ直ぐに立っていた。
何も言わなかったが、その視線は、サンジが握りしめている拳の微かな震えを、そして彼がその胸の奥底で、あの狂ったコンサルの提示した「世界」にどうしようもなく突き動かされていることを、すべて静かに受け止めていた。
「口先だけのガキだと思ったが、執念だけは認めざるを得ねェ。あのイカれたガキの船に乗れば、お前の料理は世界中の海へ届く」
ゼフの言葉は、夕日の赤に溶けていく。
「お前が夢見る、すべての食材が集まる奇跡の海オールブルーを、その目で見てこい。……これは命令だ」
込み上げるものが、一瞬で決壊した。
サンジの背中が激しく波打ち、こらえきれずに溢れ出た涙が、古いデッキの木目を黒く染めていく。
サンジはゆっくりと振り返ると、その場に崩れ落ちるようにして、両手と額を床にこすりつけた。
「ジジイ……!! 長い間……くそお世話になりました……!!! この御恩は、一生……忘れません……!!!」
背後で鼻をすするコックたちの声。遠くで鳴る、静かな波の音だけが、劇的な別れの時間を祝福するように包み込んでいた。
まさに、その静寂の瞬間だった。
「
一切の温度を排した事務的な声が響いた。
サンジは涙をバッと拭い去ると、鬼のような形相で跳ね起き、ルフィの胸ぐらをつかんで激しく前後に揺さぶった。
「余韻を欠片もくれねェな! てめぇはよ!!!???」
KPI(現在値/ 目標値)
※本連載における