「芦花〜、真実〜、教えて〜?」
『『いいよ〜』』
海での遊び以降、さらにかぐやと仲良くなった芦花と真実は配信でのコラボまで行うようになった。
少し嫌な言い方だけど、既に数字を持っている二人とのコラボは新しいファンを獲得するのにはうってつけだったみたいだ。
まあ、かぐやはそんなの考えてないんだろうけど。
コラボの内容は色々やってたけど、今日は一段とかぐやに気合いが入っている。
無理もない。
ずっとやりたがっていた、KASSENの初プレイなんだから。
『っと、ルールはこんな感じ。かぐやちゃん筋いいね〜』
「でしょ〜っ!んじゃ先生、コメントよろしくお願いしますよぉ〜」
「僕がいる意味はなに?新手のイジメ?欲張り我儘ときてイジメはもはやガキ大将だよ?……いや、ここはリトルプリンセスと言っておくか」
「なんで悪く言い切れないの……」
弟のお人好し加減に思わず勉強の手を止めてツッコんでしまう。
人を悪く言うことがまったくない朝葉だけど、身内や友達に対してはその傾向がより顕著になる。
もっとハッキリものを言った方がいいこともあると思うんだけど……。
「真実からKASSENに詳しい人なら朝葉だって聞いたからさ!」
『ツクヨミに入れなくてもアドバイスならできるでしょ?海来れなかった分手伝ってあげなよ〜』
「それはいいけど、お役に立つかはわからないよ?」
「う〜ん……」と試合のリプレイを見直しながら顎を撫でる姿は本当にコーチみたいだ。
「マクロは初心者なのにセオリー通りに進めてるからまず百二十点。ミクロはセンスしか感じないから5千億兆点くらいかな。伸び率によっては行くとこまで行くぞこれ……」
「まく?みく?まみまみ?」
『呼んだ?』
とりあえず褒められたことしかわからん、という様子のかぐやに朝葉が苦笑する。
「マクロっていうのは試合全体を通した作戦や立ち回りのことで、ミクロっていうのは相手との直接対決でのプレイスキルとか細かい立ち回りとかのことだね」
「なるほど……。でも、マクロはセオリー通りやっただけだよね?」
「KASSENはシンプルなルールに見えるけど、勝つためには細かい手順がたくさん必要な複雑さもあるんだ。だから、初心者はまずセオリー通りにゲームを進められるだけで超偉いってこと。それに──」
試合の映像が、かぐやの戦闘シーンに切り替わる。
「かぐやはミクロのセンスがズバ抜けてるからね。芦花ちゃんと真実ちゃんに教えてもらった基本のルールさえ覚えれば、すぐに上手になれるよ」
コーチからの色良いコメントに、かぐやが「ムフーッ」と完璧なドヤ顔を披露している。
「帝にも勝てるかなっ?」
「いつかは届くかもしれないね!」
「今勝ちたいんですがっ!?」
「赤ちゃんが完璧なクラウチングスタートを決めても、いきなりオリンピック選手にはなれないよ」
あ、露骨にかぐやのテンションが下がった。
ヤチヨカップの順位で依然としてトップを独走する黒鬼をかなり意識しているらしい。
まあでも、朝葉の言っていることはもっともだ。
むしろかなりオブラートに包んでる方だと思う。
「っていうかさ。朝葉はなんでそんなにKASSENに詳しいの?」
「あ〜……それはねぇ……」
『朝葉君の最推しは黒鬼だもんね〜』
『私に並ぶ帝様推しは朝葉くらいなもんだよぉ?』
話が危険な方向に向かい出したな?
……もしかして芦花と真実、朝葉が海に来れなかった報復にちょっと揶揄おうとしてない?
だとしたら計算違いだ。
間違いなくちょっとでは済まないぞこれ。
「……は?朝葉、どういうこと?」
「かぐやさん、話をしよう。人間には対話という素晴らしい機能が搭載されているんだ」
それから三時間かぐやの不満と嫉妬と八つ当たりをぶつけられて、朝葉が絞ったあとの果物のようにしおしおになっていた。
朝一番搾りの完成である。
側から見ている分には面白かったけど、さすがに長いのとうるさかったので芦花達は申し訳なさそうな顔で早々に離脱し、私もそそくさと朝葉の部屋に移った。
ヤチヨを最推しにすればよかったのに……。
◇◇
最近は楽しいことばかりだ。
いや、最近だけじゃない。
地球に来てから……彩葉達に会ってからずっと楽しくて、心がウキウキしっぱなしだった。
配信で求婚コメントがたくさん来たから、KASSENでかぐや争奪戦を開催したりもした。
『ちょっと待ってね。今瞼引きちぎってスマコン着けるから』
『やめいっ!』
『あっ、いろPへの求婚コメもある』
『十七年連れ添った両瞼よっ!さらばだっ!!』
『ホンマにやめんかっ!』
って、二人とも大慌てで面白かった。
……あとで二人から叱られた時は押し入れに閉じ込められかけたけど。
コンサートをしたり、お金もたくさん入ってきたりして。
私は地球で、思いっきりやりたいことができている。
彩葉は、なんだかんだ言って私にすごく優しくしてくれる。
家に居てもいいって言ってくれた。
ライバー活動を手伝ってくれた。
私の料理を、すごく美味しそうに食べてくれた。
だから、私は彩葉が大好き。
一方で、朝葉は私と距離を取ってくる。
もちろんいつもすごく優しくしてくれるし、仲良くもしてくれてると思う。
だから最初は、私が女の子の姿だから気を遣ってくれてるのかなって思ってた。
でも、多分違う。
もっと朝葉の心の奥にある……恐怖?みたいなものを感じた。
それは私を恐がってるわけじゃなくて、私を通して別の何かに怯えてるみたいだった。
その証拠に、朝葉は自分から私に触れてくれない。
偶に彩葉を撫でたり、芦花とか真実とは軽い接触はするのに、私にはそれをしてくれない。
それがすごく寂しかった。
でも、嫌われているわけじゃないのはわかってる。
このまま彩葉と三人で過ごしていけば、きっとみんなでハッピーエンドに辿り着ける!
そう……思ってたのに。
「どうしよ、どうしよっ……」
彩葉が道の真ん中で倒れちゃった。
家が狭くなってきたから、引っ越し先を見に行くために二人でお出かけに来て。
私がオススメした物件に呆れたみたいな顔をしたと思ったら、急に座り込んでそのまま倒れた。
身体はすごい熱くなってて、何とか日陰には移したけどこの後どうすればいいかわからない。
私が色んなことさせちゃったから?
たくさん邪魔して無理させちゃったから?
もしかして、彩葉はこのまま死んじゃうの?
そんな考えが浮かんで、いよいよ思考が絶望感で一杯になりそうになった時。
スマホが鳴った。
名前を確認する余裕もなくて、反射的に通話に出た。
「も、もしもし!」
『かぐや?今部屋行ったら、まだ帰ってないみたいだったからさ。少し帰りが遅いみたいだけど、大丈夫?』
通話の相手は朝葉だった。
思考を挟む余地もなく言葉が口から勝手に出る。
「彩葉が倒れちゃった!身体があつあつで、息も苦しそうで!」
『……わかった。今どこにいるか言える?』
息を呑む音がしたあと、それでも落ち着いた声で聞かれた。
そのおかげか私も少しだけ冷静になれて、できるだけ詳しく場所を話した。
『すぐに行くから、安心して待っててね』
その言葉で、身体から力が抜けそうになるくらい安心できた。
「朝葉っ!」
「お待たせ。彩葉は?」
「ここっ、どんどん苦しそうになってて……」
電話してから本当にすぐに来てくれた朝葉は、彩葉の様子を確認してすぐに鞄から何かを取り出した。
それは冷たいシールみたいなもので、首とか脇とかに一杯貼ってたからそれを私も手伝った。
「熱中症だね。水分を摂らせたいけど、意識が戻らないと難しいか……」
「……彩葉、死んじゃう?」
恐る恐る聞いたら、朝葉は真剣な顔で首を横に振った。
「人間に絶対はない。けど、この状態で死ぬ可能性はかなり少ないよ」
そう言って私に向けて伸ばした手が、空中で止まった。
その手は行き場を失ったみたいに彷徨って、見ててわかるくらい震えながら……私の頭に置かれた。
「かぐやが手伝ってくれたからだよ。ありがとう、偉かったね」
彩葉を背負いながら、朝葉は撫でてくれた。
多分すごく恐いのに、私が不安そうだから我慢してくれてる。
それが……本当に嬉しくて、胸が一杯になった。
「家まで走る。かぐやは無理にスピード合わせなくて大丈夫だからね」
「ううんっ!かぐやも走る!」
「……そっか。周りに気をつけて、万が一にも事故にならないようにね」
「あいよっ!」
早く彩葉を涼しいところに連れて行かなくちゃ。
その一心で、私達は家に駆け出した。
◇◇
視界のノイズが煩くて堪らない。
今日は一段と勢いが強くてまるで砂嵐だ。
心なしか、本物のノイズのような幻聴まで聞こえてくる。
吐き気にも似た気持ち悪さが臓腑を荒して思わず嘔吐きそうになった。
彩葉を家に送り届けた後、かぐやにその後を任せて僕はバイトに来ていた。
かぐやには彩葉に責任を感じさせない為にバイトは休めない、と言ってある。
なんとも聞き苦しい言い訳だ。
僕はただ、彩葉に合わせる顔がないだけなのに。
「……兄さんとの約束、破っちゃったなぁ」
──危険な兆候が見えたら無理矢理にでも休ませてええ。
兄さんは僕を信頼しきった表情でそう言った。
その信頼を僕は裏切った。
彩葉の様子がおかしいのは、当然わかっていた。
一度は自分の部屋で寝かせて楽をさせようとしたけど、その後また元のスタイルに戻すことに頷いたのだからやっていることは変わらない。
兄さんとの約束を破ってまで自分の望みを優先し、彩葉の苦痛を見て見ぬフリした自分の邪悪さに嘲笑しか浮かばなかった。
「あ、朝葉さん。その、大丈夫ですか?」
スタッフルームで壁に寄り掛かっていると、後輩のみおちゃんが心配そうな声をあげた。
でも人のことはよく見ているようで、何度か見られたくないところも見られていた。
今この時も含めて。
「さっきからなんだかご気分が優れてないように見えて……。あっ!私何か気に障ることしちゃいましたか!?」
……そうか、僕にはもう仮面を被る体力すら残っていないのか。
あまりの情けなさに涙が出そうになる。
「えっ!?な、泣いてっ?ほんとに何かしちゃったんですか私!?」
「いや、ごめんねっ。みおちゃんがバイト中に人を気に掛けられるようになったことへの感動で涙がちょちょぎれちゃって……!」
「わ、私だってそれくらい……あいや、いつも酒寄先輩と朝葉さんに助けてもらってばかりですけど!」
「いいのいいの、後輩は先輩を頼ってナンボだよ。ただ、彩葉と僕がどっちも出てる時はできるだけ僕の方を頼ってね」
不調を訴え続ける身体に鞭を入れながら、何とかいつも通りの姿を自分に貼り付ける。
「心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だから、休憩入っちゃいな」
「は、はい。……あの、お身体に気をつけて」
「……うん、ありがとう」
少し強引に話を終わらせてスタッフルームを後にする。
もう少しなんだ。
もう少しで、僕の望みが叶うんだ。
そうすれば、みんなだってきっと──
信じてきた道がガタガタと音を立てて揺らいでいるように見えた。
それでも、今更引き返すことも別の道を選ぶこともできない。
全部背負って、進むしかないんだ。