彩葉の弟は様子がおかしい   作:真球猫

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第九話

 

 

 

 

「い、彩葉?大丈夫?」

「へへへ……大丈夫で〜す」 

「……これは重症やねぇ」

 

 机に突っ伏したまま答えた私を見て、朝葉がお手上げとばかりに呟いた。

 

 熱中症で倒れてからというもの、冷房の使用とかぐやの騒音対策に勉強睡眠は朝葉の部屋ですることが半ば強制されてしまったので、体調に問題があるわけじゃない。

 

 問題は、明日に迫ったビックイベント。

 『帝VSかぐやの竹取合戦』が始まってしまうことだった。

 

「相手はプロだよプロ!どう考えたって勝てるわけないのに……」

「かぐやは?」

「真実と芦花に付き合ってもらって作戦会議中」

 

 かぐやに作戦なんてものが立てられるのかは疑問でしかないけど。

 

 帝アキラ──お兄ちゃんから持ちかけられた、かぐやとの結婚を賭けたKASSENでの勝負。

 私達が勝ったらお願いを聞いてくれるらしいけど、プロゲーマー相手にアマチュアの私達が勝てるビジョンが浮かばない。

 

 それなのに、かぐやはヤチヨカップ終盤で順位を上げるチャンスだって息巻いてるし。

 そもそも、やる前から負けを考えるようならここまで人気になってない。

 

 私も当然のように巻き込まれて、こうして益もないのに頭を抱えてるのだ。

 負けるとわかってる戦いに挑むなんて、やる気が出るはずもない。

 

「さすがに黒鬼が全力でやると一方的になり過ぎるしね。そういうことはしない人達やから」

「……つまり、舐めプされるって?」

「捉え方の問題やね、ファンへの見せ場を作ってるとも考えられる。それに、理由はどうあれ向こうが力を抑えてるんやったら、彩葉達にもチャンスが……」

 

 ある、という言葉を飲み込んだ朝葉は悪くない。

 むしろ、無責任なことを言わないだけ誠実だとすら思った。

 

 私達はお兄ちゃんがどれだけ努力を積み重ねたか知っている。

 特に朝葉は、ファンとして長年黒鬼を追っているのだから、私達とは大きな差があることもわかってるはずだ。

 

 それでも、胸の中がものすごくモヤモヤした。

 

 勝てないと思われてることにじゃない。

 朝葉の目が私達に向いてないことが、気に食わなかった。

 

「……ねえ、かぐやに送られてきたメッセージって見せたよね?」

「うん。さすが兄さんだよ。賭けの要素を出すことで、ファンの人達だけじゃなくてかぐやも焚き付けた。あれはモチベーションになるね」

「……じゃあさ」

 

 ああ、また馬鹿なこと言おうとしてるな。

 

 最近いつもこうだ。

 かぐやと朝葉のことになると、何だか変にムキになってしまう。

 

「朝葉も、私と賭けをしてよ」

「……ん?なんで?」

「賭けはモチベーションになるんでしょ?下がりきった私のやる気、出させてよ」

「かなり無茶苦茶なこと言ってる自覚はおありで?」

 

 わかってるよそんなこと。

 でも、これは理屈じゃない。

 

 心がムシャクシャして抑えが効かないんだ。

 

「もしお兄ちゃんに負けたら、あんたの言うこと何でも一つ聞いてあげる」

「彩葉、そういうことを簡単に──」

「もし私達が勝ったら!」

 

 言葉を遮って強引に続ける。

 これで、少しでも私達に目を向けて欲しくて。

 

「私のお願い、一つ聞いて」

「……そんなことせんでも、彩葉からのお願いなら」

「ええから。この賭け受けるの?受けへんの?」

 

 両目で朝葉の瞳を捉え続ける。

 こうすれば、朝葉は首を横には振れないと知ってたから。

 

「……わかったよ。賭けを受ける」

「約束やからね」

「了解。……これで本当にやる気出るん?」

「少なくとも、さっきよりかはね」

 

 シレッと嘘を吐いた。

 いや、やる気は確かに出たけど後悔の方が遥かに大きい。

 なんで私は分の悪い勝負で更にリスクを負うようなことを……。

 

 ……まあでも、吐いた唾は飲めない。

 私はかぐやが絡むとチョロ葉になって、朝葉が絡むとバカ葉になるんだ。

 心底認めたくはないけど、受け入れるしかない。

 

「明日、ちゃんと見とってね」

「うん、応援しとるよ」

 

 何故か苦笑いしながら頷く朝葉に首を傾げる。

 

 とりあえず、勉強に早く区切りをつけて少しでも練度を上げないと。

 

 できることを残したまま後悔はしたくないから。

 

 

 

 

『逆転ーッ!決まってしまった!勝者、ブラックオニキス───ッッ!!』

 

 ……まあ、現実はそう上手くはいかないよね。

 

 本当に各々見せ場のある試合だったと思う。

 真実がお兄ちゃんのファンサで倒れた時には頭を抱えたけど、ヤチヨが助っ人に入ってくれるという奇跡が起きたので結果オーライ。

 

 あの黒鬼からゲームを一つ取れたし、かぐやとの二人がかりとはいえお兄ちゃんを倒せたのには確かな達成感があった。

 

 それでも、負けは負け。

 

 かぐやは地面に身を投げ出す勢いで悔しがってるし、私も気合を入れてた分ショックが大きかった。

 

 だから、これが何の為の勝負だったか忘れてた。

 

『ヤチヨカップの優勝者は、かぐやいろP〜〜〜っ!!』

 

 ヤチヨによって告げられた結果に、聞き間違いかと思ってモニターを見ると確かに私達の名前が表示されていた。

 スポットライトが私達に当てられる。

 

「えっ……え、負けたのに……や、やっっったああああああああ!」

 

 かぐやの喜びの声が聞こえてきても、私はまだ実感が湧かなかった。

 

「一緒に歌いましょう♪」

 

 あ、すごい実感湧いてきた。

 ヤチヨに認められたら何でも受け入れられる気がする。

 

 会場にいた大勢の人達から拍手をもらう中、その人混みが割れていくのが見えた。

 

「おめでとう、かぐやちゃん、彩葉」

「げっ、やば、結婚!」

 

 現れたのは雷さんを引き連れた帝アキラ。

 お兄ちゃんだ。

 

 そういえば結婚の話もあった。

 かぐやも含めてすっかり忘れていた。

 

「これじゃ、勝ったとは言えないな。ま、元々無理やり結婚する気なんてねーし」

「だよな!」

 

 周りの人達の反応を見たお兄ちゃんが仕方がなさそうにそう言った。

 

 ……まあ、そりゃそうか。

 色々と尊敬できない部分も知ってるけど、少なくともそんなことをする人じゃないことはわかってる。

 

「んで?彩葉のお願いってなに?」

「え、いいの?……引っ越ししたくて、保証人になってもらえないかと」

「家ごと買わなくていいの?」

「結構ですっ!」

 

 成金発言をするお兄ちゃんに「家ごとっ!?」と食い付くかぐやを抑えつける。

 

「お安い御用。じゃ、俺らファンのとこ行くから。……あいつにもよろしくな」

「……うん」

 

 安心したように微笑んだあと、他の人に聞こえないように耳元で囁いてからお兄ちゃんは雷さんと一緒にログアウトしていった。

 交流があるんだから自分で伝えればいいのに……。

  

 その後、ヤチヨから激励の言葉をもらって、私達はどこか浮き足だったままツクヨミからログアウトした。

 

 

 

 

「二人とも、ヤチヨカップ優勝おめでとうっ!」

 

 ログアウトしてから少し時間を置くと、クラッカーを持った朝葉が部屋に突撃してきた。

 

 かぐやのドヤ顔自画自賛に笑顔で付き合ってあげてる朝葉の姿を見ていて、ふと思い出した。

 

 あれ?この場合、私と朝葉の賭けはどうなるんだ?

 

 お兄ちゃんは周りの反応を見て私達の勝ち扱いにしてくれたけど、それは黒鬼としての立場があったからだ。

 朝葉が同じようにする義理はない。

 

 ……これ、もしかしてしなくても私が朝葉のお願い聞かなきゃいけないってことだよね?

 

「そうだ、彩葉」

「は、はいっ!」

「例の賭けだけど──」

 

 背筋が勝手に伸びる。

 別に変なお願いをされるわけじゃないことはわかってるのに、変な緊張感が身体を縛った。

 口を開く朝葉がやけにゆっくりに見えて。

 

「彩葉の勝ちだし、お願い聞いてあげなきゃね」

「……え?」

 

 その言葉に疑問符が浮かんだ。

 

「いや、私お兄ちゃんに負けたんだよ?賭けは朝葉の勝ちじゃないの?」

「兄さんは自分が負けたってことにしたんでしょ?なら、僕がそれに反するわけにはいかないよ」

 

 ……結局お兄ちゃんが中心なのか。

 馬鹿みたいな不満がまた噴き出そうになる。

 

 でも、それは頭に乗せられた温かい重みによって消えてしまった。

 

「頑張ったね。二人ともすごく強かったよ」

「……姉の頭を撫でるな」

「ははは、失礼しました」

 

 こんな子供っぽい褒められ方で、全部が報われた気持ちになってしまう。

 

 かぐやも羨ましかったようで、朝葉に何故かメチャクチャ震えられながら頭を撫でられて非常にご満悦そうな顔をしていた。

 

「で?彩葉がそこまでして僕にしたいお願いってどんなことなの?」

「……あっ」

 

 やばい、どうしよう。

 ムシャクシャしたから吹っ掛けただけで、別にお願いがあるわけじゃなかった。

 

 確かに捉え方によっては、私が普通じゃできないようなとんでもないお願いをしようとしてるようにも見える。

 

「……ほ」

「ん?」

「保留!一旦保留でっ!」

「え?保留?……まあ、彩葉がそう言うならいいけど」

 

 お兄ちゃんばっかり見てて嫉妬したから賭けを吹っ掛けましたなんて口が裂けても言えない。

 使い道は思いつかないけど、何かあった時のために権利を持っておくのも悪くはないか。

 

 満足感やら達成感やら感情が忙しいけど、悪くない気分のままその日は終わっていった。

 

 

 

 

「そっか、兄さんに保証人になってもらえたんだ」

「うん、助かったよ。一番ネックなのがそこだったし」

「じゃあとうとう引っ越しかぁ〜」

 

 翌日、引っ越しの為に諸々の準備を始めようと昨日あったことの詳細を朝葉に話していた時のことだ。

 私達は、朝葉の口から信じられないことを聞いた。

 

「寂しくなるなぁ。二人で暮らすなら色々必要だろうし、何かあれば言ってね。買い物でも荷運びでも付き合うから」

「「え?」」

「え?」

「「ん?」」

「ん?」

 

 奇跡のシンクロ反応をしてしまった私とかぐやに対して、朝葉も困惑しているのかオウム返しをしている。

 

 いや、困惑しているのはこっちなんだが?

 

「朝葉、一応聞くね?」

「う、うん。何だかすごく怖いけどちゃんと答えるよ」

 

 ありえない推測が頭を過ぎって、その確認の為に朝葉に問いかける。

 

 まさか、そんなわけはない。

 そんなわけはないことはわかっているが、一応確認しておくに越したことはない。

 

「朝葉が今住んでるのは?」

「ここだね」

「私達が引っ越した後に住んでるのは?」

「ここだね」

「……何で?」

「あれ?日本語通じてる?」

 

 どちらかというと、今日本語が通じていないのはあんたの方だ。

 

「え?じゃあ朝葉は、この映えないつまんない部屋に一人で住んだままってこと!?」

「引っ越すのは二人でしょ?僕がついて行く必要なくない?」

「「は?」」

 

 こいつは本当に……。

 なんでこうも人の地雷を容易く踏めるのだろうか。

 

「もういいや。かぐや、縄で縛って連れてくよ」

「りょ〜!」

「対話!対話をしようよ人ならさっ!」

 

 焦った様子の朝葉に渋々持っていたビニールロープを床に置くかぐや。

 今度ふざけたことを言ったら問答無用だぞ?

 

「同棲はさすがにまずいって……」

「「なにを今更」」

「……同棲と半同棲には、エベレストよりも高い壁が──」

「「ないよ」」

 

 私とかぐやが意識共鳴するくらいには無理のある理論を展開している。

 

「だいたい、私達は家族なんだから同棲じゃなくて同居でしょ」

「かぐやは違──」

「新解釈登場したんだよね?妹か娘か、結論は出ましたか?」

 

 黙秘権を行使する朝葉にロープをチラ見せして脅す。

 

 っていうか、なんでこんなに抵抗するんだ?

 まるで私達と暮らすのを渋るかのような態度に段々腹が立ってくる。

 

 もういっそのこと『お願いカード』切るか?

 いや、あれはまだとっておきたいし……。

 

「ほら、このままだと彩葉怒っちゃうよ?それに一緒に暮らした方がお金も節約できるし、何より楽しいじゃん?良いことづくめだよ?」

「そうかな……そうかも……」

 

 よし、かぐやの洗脳が効き始めてる。

 この調子ならあと一押しだな。

 

「……でも、引っ越しの費用は二人が頑張って稼いだお金から出してるでしょ?さすがに僕はそこまでの金額を出せないし、何もしてないのについていくわけにはいかないよ」

「配信のイラスト素材提供して、かぐやの我儘に付き合って、手の回らない家事とか私の予習の手伝いまでしてくれた人、手を挙げて?」

 

 おら、何黙ってんの?

 とっとと手ぇ挙げなよ。

 言っとくけどもう黙秘権はないよ?

 

「これだけ色々やって何もしてないとか、逆に失礼なんじゃない?」

「そもそも一緒に来ないっていう発想が出たことにびっくりだよ!なんでそんな考えに……え、もしかして芦花と同棲?」

「論理が飛躍どころか飛翔しちゃってるじゃん。そんなわけないでしょ……」

 

 かぐやは芦花と朝葉の怪しさを教えてから露骨に二人の関係を疑い始めていた。

 でも、お姉ちゃんさすがに同棲は気が早いと思う。

 

「……仕方ない。かぐや、やっておしまい」

「朝葉……一緒に暮らそう?かぐや、朝葉がいないと寂しいな……?」

「引っ越します」

 

 私と同じかそれ以上のチョロさで陥落した朝葉。

 最初からこれでよかったな……。

 

 結局なんであんなに渋っていたかはわからなかった。

 でもまあ、とりあえずかぐやと朝葉が側にいてくれるなら何でもいいか。

 

 いつもの私のように敗北の苦汁を舐めている朝葉を尻目に、そんならしくもない考えが頭を過ぎていった。

 

 

 

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