ボヤけた思考が少しずつ輪郭を帯びていき、やがてはっきりと覚醒する。
瞼を開くと、いつもよりもかなり見通しの良い視界が慣れない部屋の光景を映し出した。
カーテンからは陽光が薄く漏れており、隙間から雲が流れていくのが見える。
何とも清々しい朝。
いや、もう昼に差し掛かる時間かもしれない。
どちらにせよ、こんなに気分がいいのは本当に久しぶりだ。
やはりゴールを認識できたのは大きい。
甘えた考えの自分に呆れるが、それがどうでも良くなるほどには心が晴れやかだ。
昨夜はライブが終わったあと、かぐやと彩葉を二人にするために少し遅くまで外出していた。
きっと、各々抱えているものを整理する時間が必要だろうと思ったから。
そんなことをしていたので、必然的にいつもよりも寝るのが遅い時間になってしまった。
今が夏休みで命拾いした。
顔を洗うために自室から出る。
胸の内があまりに軽いものだから、思わずかぐやのオリジナル曲を口ずさんだ。
「あっ!それかぐやの曲じゃ〜ん!」
「お、かぐやおはよう〜」
鼻歌まじりに歌っていたら、なんと歌手ご本人様が登場してしまった。
かぐやも真昼間からテンション全開で絶好調な様子。
それは非常に喜ばしいことだけど、手に持った出刃包丁は置いてほしいところだ。
一瞬アサシンでも現れたのかと思った。
「朝葉なんかご機嫌だねぇ〜」
「いやいや、かぐやさんほどではございませんよぉ〜。なにかいいことあったの?」
「そうそう聞いてっ!彩葉が花火大会に誘ってくれたのっ!」
「おやおや、なんとそれは……」
そうか、花火大会はこの時期だったか。
かぐやが顔面崩壊する勢いで喜びを露わにしているが、無理もない。
なんたって、初めて彩葉から遊びに誘われたのだから。
「じゃあ、おめかしとかもしちゃう感じ?」
「そりゃあもう!思いっきりねっ!」
「やる気満々だねぇ〜!」
何てことのない会話。
しかし、僕の脳内で警鐘が鳴り始めた。
……なんだ?この妙な胸騒ぎは。
かぐやが笑顔で、僕も気分が良い。
今この空間に悪いことなんて一つもないはずだ。
それなのに、違和感が纏わりついて離れない。
何気なくかぐやの顔を見る。
まんまるな美しい真紅の双眸が、怪しく輝いた気がした。
「でも、二人だけじゃナンパとかされちゃうかもなぁ」
かぐやは当たり前のように僕の手を取ると、自然な動作で身体を密着させてきた。
ふわりと流れ星のような金の軌跡達が流れていって、甘酸っぱい香りが振り撒かれる。
一瞬遅れて脳が現状を把握してから、全身が恐怖で凍りついた。
やめてくれ。
そんなに近づいたら、真っ白な君が汚れてしまう。
君には綺麗なままでいてほしいんだ。
というか出刃包丁は本当に一旦置いて?
別の意味でも恐怖を感じてきちゃうから。
「だから、守ってくれる人がほしくて」
しまった、と思った時には遅かった。
かぐやの狙いは、僕から判断能力を奪うこと。
「朝葉も一緒にさぁ」
その口をどうにか止めようとして。
でも、その手段を咄嗟に用意できなかった。
「花火大会、行こう……?」
「……はぁ」
小さい息が一つ漏れてしまったのは、どうか許して欲しい。
浮かれていた。
そうとしか言いようがなかった。
花火大会だけはまずい。
引っ越しはまだギリギリ許容範囲内だけど、花火大会は齟齬が起こるリスクが高過ぎるのだ。
そもそもなんでケアをしておかなかった?
事前に予測できたのだから、いくらでも避けようはあったのに。
……いや、反省は後回しだ。
兄さんのKASSENを思い出せ。
失敗した時に必要なのは最速のリカバリー。
この状況ならまだ取り返せる。
幸いかぐやは僕の予定を把握していない。
理由を作って言いくるめれば、あとはどうとでもなる。
とにかく、我が姉君からさえ逃げきれれば。
「いやぁ、行きたいのはやまやまなんだけどね〜!あいにく今日は芦花ちゃんとの予定が──」
「へぇ〜、不思議だね?その芦花ちゃんから朝葉も誘ったらって提案をもらったんだけど?」
「…………」
背後から底冷えするような声がした。
見なくてもわかる、十七年間聞き続けてきた声だ。
それを抜きにしても、普通に今は顔を見たくない。
多分この地球上で一番怖い顔をしてるだろうから。
かぐやを見ると、ニンマリと勝ち誇った笑みを浮かべている。
どうやら僕は二人に謀られたようだ。
「朝葉?」
「……ハイッ」
「花火大会、一緒に来て?」
「……」
「
「……ハイ ッ」
賭博で負けて人生崩れる人って、こんな気分なんだなぁ……。
そんな嫌な学びを得て、僕は首を縦に振る。
姉よりすぐれた弟なぞ存在しないということを、身をもって教えられてしまった。
最近多くなってきた拒否権の剥奪によって、僕は花火大会について行くことになった。
彩葉が自分の意思を出してくれるようになって嬉しい反面、この上なくやりずらいことも確かだ。
今はせっかく花火大会に行くならと、かぐやの発案で浴衣をレンタルできるお店に来ている。
僕は私服のつもりだったけど、二人の圧によって着替えることになってしまった。
……なんだか、思い通りにいくことが一つもない。
灰を基調とした色合いの浴衣は、作りも肌触りも非常に良い。
こんな時でなければテンションが上がったのかもしれないけど、残念ながら今の僕にはそんな余裕はない。
「さて、どうやって抜け出すか」
男物の浴衣なので、着付けはかなり早く終わった。
このアドバンテージを活かさない手はない。
かぐやと彩葉が浴衣の着付けをしている隙間時間。
抜け出すのなら、これが最後のチャンスなのだ。
しかし、理由付けは必須だ。
無断で抜け出したら、僕を探して二人の時間がなくなってしまうだろうから。
……車にでも突っ込むか?
いや、運転手の人に迷惑がかかってしまう。
それに、結局二人のお出かけ自体がご破算になる可能性が高い。
色々考えて案を出してみても、僕が危篤になる方向性しか思いつかなかった。
遂には『デート 脱走 方法』とかいう色んな意味で最低な検索履歴をスマホに残しそうになったその時。
SNSの通知から一筋の光が舞い込んできた。
これだ、これしかないっ!
「お待たせ〜!どおどおっ?」
「あ、朝葉……その、この浴衣──」
「二人ともっ!」
着付けを終えたかぐやと彩葉がタイミング良く店を出てきた。
色味は白と濃紺で対極だけど、ひまわりの柄がお揃いでとても良く似合っている。
しかし、それは一旦後回しだ。
掴み取った微かな光を、どうにかなれ〜〜!と祈りを込めて言葉にした。
「僕、ヤチヨの配信が始まったから帰るねっ!!」
「「は?」」
「スマセンッナンデモナイッスッ」
……まあそりゃそうだよね。
あまりにも博打が過ぎた。
さすがのヤチヨ信者の彩葉でも、今回ばかりは通用しないみたいだ。
博打の負けを博打で取り戻そうとするのは愚かなこと。
僕はまた新しい学びを得てしまった。
時には諦めも肝心だと、偉い人も言っていた。
せっかく来たのだから、今はとにかく花火大会を楽しむことにしよう。
人はこれを現実逃避という。
これ以上二人に怪しまれるわけにはいかない。
正直、自分でも今日の振る舞いはかなり様子がおかしい自覚があった。
最後のチャンスを逃したのだから、大人しく負けを認めるしかない。
電車で移動し、花火大会の会場である土手に到着した。
夕方に差し掛かって、比較的涼しくなった気温とやや湿った風を頬に受ける。
あたりは人足で賑わっていて、屋台を巡る人や場所取りをする人などで溢れていた。
その中であっても、彩葉とかぐやの二人は目立つ。
見目麗しい容姿に加えて、今日は浴衣で着飾っているのだから当然だ。
二人から少しだけ距離を取りつつ、いつでも側に寄れる位置をキープする。
今時ナンパなんて少ないだろうけど、一応男避けの名目で呼ばれたのだから気にかけておいて損はない。
「見て見て、指食べようとしてる!」
「痛くないの?それ……」
何やら小型の蟹を釣っている彩葉とかぐやをぼんやりと眺める。
二人の距離は、僕から見てもとても近い。
かぐやは最初からべったりだったけど、熱中症の件があってからは彩葉の方からも歩み寄っているように見えた。
きっとお互いを大切に想い合っているんだろう。
楽しそうに笑い合う二人を見れるのは、とても嬉しい。
それと同時に、何とも言えない不安もあった。
知っている知識との齟齬が起こる可能性。
そして、僕の決意が揺らいでしまうことへの不安。
彩葉やかぐやと過ごす時間は楽しい。
それは、芦花ちゃんや真実ちゃんと話す時間も、黒鬼のKASSENを見ている時間も、ヤチヨの歌を聴いている時間も同じだ。
そして、そんな時間を過ごす度に本当に僕の選んだ道は正しいのか不安になる。
──一度やると決めたことは、何があっても貫き通すこと!
そんな時は、昔教わった言葉を思い出す。
そうだ、僕はやると決めた。
ならあとは貫き通すだけ、簡単なことだ。
「ふふっ」
「朝葉が蟹見てニヤニヤしてる……食べちゃだめだよ……?」
「ちょっとかぐや、いくら今日の朝葉が変だからって急に蟹食べ出したりは……しないよね?」
「しないよ。少し思い出し笑いしてただけ。それより、花火の時間までもう少しだよ」
「ヤバッ!ご飯買わないと!」
屋台を全制覇する気満々のかぐやに彩葉と顔を見合わせて微笑み合った。
これは相当な量を持たされそうだな……。
本当に屋台を全制覇して、滑り込みで花火の開始時間に間に合った。
レジャーシートに食べ物達を下ろして、三人で座り込む。
「ひょわ〜楽しすぎ〜!楽しキングダムッ!」
牛串の美味しさに感動したのか、両腕で新たな国を建国したかぐやを彩葉が真似する。
それに気を良くしたかぐやが彩葉にじゃれついて、また楽しげな雰囲気があたりを漂い始める。
……なんか、今まで考えていたのとは別方向でここに居たくなくなってきたな。
独り身にこの空気はちょっとだけツラい。
今日の彩葉はテンションが高い。
いや、素を隠さないようになった。
昔は割とノリが良い方だったのを思い出す。
何で自分を隠すようになったのか。
それは、変わってしまった母さんとの確執ができてしまったから。
じゃあ、母さんが変わった元の原因は何だった?
何の気なしに始めた連想ゲームで、体感温度が急激に下がり始めた。
気分が悪くなって、せり上がってきた胃液を必死に飲み下す。
今更吐こうが泣こうがどうでもいいけど、二人の時間を邪魔することはしたくない。
やっぱり何かしら理由をつけてこの場を離れよう。
そう思って立ち上がろうとすると、かぐやが口を開いた。
「月ってさぁ、味も温度もなくてまぁじつまんないの。決められた役割をずーっと繰り返すだけなんだよね」
その言葉で、身体がその場に縫い付けられる。
聞き慣れないかぐやの平坦な声は妙に耳に残った。
「全然想像できない……」
「かぐやだけ、浮いてたんだ」
……そうか。
君は、月で孤独だったんだね。
「寂しいし退屈。毎日繰り返し、退屈、死にそう、もうやだ、どっか行きたーい!って思って。窓から彩葉達の世界を見たら、みんな好き勝手動いてて、複雑で、一回きりで、自由に見えた」
確かに、月と比べたら地球は違って見えるだろう。
かぐやが逃げたいと思うのも無理はない。
「でも、みんな抑えてもいるんだよね、自分の気持ち。もっと大事な物のために」
自分の気持ちより、大事な物。
僕にとってのそれは何だったか。
もう随分前になくしてしまったような気がする。
「なに?大人じゃん」
「えへ〜、彩葉の真似〜!」
彩葉の茶化すような言葉にかぐやが笑う。
僕も何かを言おうとして、口が上手く動かないことに気づいた。
思っていたよりも、この会話が心にきているみたいだ。
「一個聞いていい?」
「なに?」
「彩葉は、お母さんのこと好き?」
彩葉の口から、息を呑む音が聞こえる。
「好き、好きか。……どうだろう、わかんないな」
誤魔化しではなく、自分の気持ちを言語化するのが難しいんだろう。
それだけ、彩葉にとって母さんは大きな存在だから。
「そうだね。嫌いになれたらなって、何回も思ったよ」
「……そんなん、彩葉、余計に可哀想じゃ〜んっ」
震えた声で明るく振る舞いながら、かぐやが笑顔を作った。
「てかごめんね!怒ったって良かったのに。かぐやにはわかんないって、言いたかったっしょ?」
「……違うよ。言いたかったんじゃない。言いたくなかったの」
「……そっか」
これはきっと二人だけの話だ。
彩葉の言葉には強い想いが込められていて、それだけ彩葉にとっては大切な話だったんだろう。
「朝葉はどう?お母さんのこと、好き?」
「……母さんのことか」
軽く咳払いをして声を出せるか確認する。
メンタルは少しも改善していない。
それでも答えなくてはと、何とか口を開いた。
話す内容は、考えるまでもない。
「愛してる」
空に咲いた大輪の花火を見ながら、迷いなく言葉を発した。
「好きとか嫌いとかを決める前に、愛おしいって思っちゃったから。多分、これからもずっとそう思い続ける」
赤ん坊の頃。
母さんの顔が見えて、この人を愛して良いんだって思えた時、どれだけ嬉しかったか。
「名前は最初の贈り物ってね。酒寄という家に生まれて朝葉っていう名前をもらった時点で、僕は家族を愛さずにはいられないのだよ」
話を大袈裟にして少しだけおどけて見せれば、かぐやはコロコロと笑ってくれた。
彩葉は少しだけ複雑そうな顔をしたあと、呆れたように息を吐いた。
そこまでが、僕の話せる精一杯だった。
朝の爽快な気分はどこへやら、ギリギリのメンタルを酷使しながらかぐやと彩葉の会話を聞く。
かぐやは月に強制送還されてしまうこと。
それを自分のエンディングとして受け入れていること。
本当は、もっと彩葉と歌いたいとも思っていること。
そして、お迎えの日に派手にライブをしたいこと。
かぐやが話している間、彩葉はずっとかぐやを見つめていた。
言いたいをことを飲み込むように。
それでも納得しきれないように。
かぐやは目を輝かせて花火を見ていた。
その光景を焼き付けるように。
決して忘れてしまわないように。
そんな二人を、僕は木偶のようにただ黙って眺めていた。
花火が終わり、人足も少なくなってようやく僕達も帰路に着き始めた。
かぐやはまだ興奮が冷めやらないという様子で、あたりを機敏に動き回っている。
隣を歩く彩葉は、いつもより歩みが遅い。
それは暗い夜道のせいか、それとも告げられた事実を受け止めきれないせいか。
「朝葉は……どっか行っちゃったりしないよね?」
小さく震えた声に胸が締めつけられる。
すぐ横にある彩葉の顔を見ることができない。
見てしまったら、更に決意が揺らぐと思ったから。
彩葉の欲しい言葉はわかっていた。
何があってもずっと側にいる。
それが僕に望まれた答え。
でも──
「わからない」
「……え?」
か細い声を上げる彩葉に罪悪感が湧く。
望んだ言葉をあげられなくてごめん。
だけど、ここで思ってもいないことを言う気にはなれなかった。
「僕らも違う人間である以上、いつか道が別れる時は来るよ」
これは事実だ。
これから彩葉も自分の道を見つけるだろう。
きっとそれは、僕が選んだ道とはまったく違うもののはずだ。
「でも大丈夫。ヤチヨもライブの時言ってたでしょ?」
『どんなに辛い道のりでも、楽しかったなーって記憶が足元を照らすよ』
「今日みたいに楽しかった日のことを彩葉が覚えていてくれる限り、僕らは繋がっていられるから」
そう自分にも言い聞かせた。
僕との思い出が、彩葉の足元を照らしてくれると信じて。
「彩葉はさ、かぐやのことどうするつもりなの?」
少し強引かもしれないけど、話題を切り替える。
このまま話してるとボロが出そうだ。
「……どうって?」
僕の内心を察したのか、追及するようなことはせずに乗ってくれた。
「月に帰るのを見送ってあげる?それとも……」
「……わかんない。どうすればいいか、なんにも──」
「彩葉はどうしたい?」
相変わらず顔は見れなくて情けない限りだけど、できる限りの想いを込める。
「彩葉のやりたいようにやるべきだよ」
「私は……」
沈黙が僕達を包み込む。
しばらくして、隣から覚悟を決めたように息を吸う音が聞こえた。
「いやだ。かぐやがいなくなるなんて、絶対嫌だ」
「……そっか」
安心した。
齟齬が生まれなかったからじゃない。
彩葉が、ちゃんと本心を口に出せたことに安心した。
「かぐやは連れて行かせない。色々考えてみるけど、多分ツクヨミで戦うことになると思う」
「それは、一人で?」
「……ううん。こうなったら意地張ってる場合じゃない。芦花と真実……あとは、お兄ちゃんにも相談してみる」
チラリと目だけで隣を見る。
彩葉の瞳に、迷いはもうなくなっていた。
これでいい。
こうなった彩葉の強さは知っている。
もう僕がお節介を焼く必要は本当になくなった。
「なら、やっぱり僕も瞼を引きちぎって参戦を──」
「馬鹿なこと言わないの」
少しだけ戻ってきた心の余裕を振り絞って冗談を言えば、鋭いツッコミが入る。
それに二人で笑っていれば、かぐやがずるいと言って突撃してきた。
やっぱりこの二人は笑顔が似合う。
ずっと笑っていてほしいと心から思った。
◇◇
「ヤチヨ、かぐやを守ることってできないかな?」
「調べてみたけど、どこからアクセスしてるかもわからなかったんだよね、ごみん」
彩葉からの問いにできるだけ普段の自分を貼り付けて答えた。
ツクヨミ内の屋外ミーティングルーム。
そこに集まっていたのは、彩葉からのSOSに応えた黒鬼と芦花と真実。そして私。
かぐやが月の住人であり、迎えが来てしまうという話をすんなりと受け入れた面々は、どうすればかぐやを守れるかという話に移行していた。
「相手が現実で手出しできないんなら、ツクヨミで追い払えばいいんでしょ?」
手詰まりを感じさせる空気の中、帝が何ともシンプルな答えを出した。
「私もやる。何ができるかわからないけど……お願いします」
頭を下げる彩葉に、みんなも戦う決意を固めた。
「んじゃ、準備だな。乃依」
「えー、あれぇ?めんどー」
「リーダーは絶対」
黒鬼は既に対抗策を練り始めていた。
きっとチートツールの準備をするんだろう。
大切なもののためなら、それ以外を切り捨てる強さを持っている人達だから。
管理人としては止めなければいけないけど、事情が事情だからできるだけダメージのないようにしたい。
だって、私の為にもやってくれたんだもんね?
「来年もみんなで海行こうね」
「温泉も行こう!」
「ありがとう」
芦花と真実が優しく彩葉に声をかけている。
……二人とも、ごめんね。
どっちも行けなくて。
私も二人と色んなところ、行きたかったな。
「あのさ、ヤチヨ。もう一つお願いがあって……」
芦花と真実を眺めていたら、彩葉から呼ばれてしまった。
「なんだいなんだい?」
「実は、卒業ライブのプロデュースをして欲しくて……だめかな?」
「……もちろんいいよ〜!お任せあれ〜!」
そっか、この時にお願いしてくれたんだ。
どんな結果になっても、ライブが最高なものになるように。
彩葉は……私を本当に大切にしてくれてた。
ありがとう、みんな。
ごめんね、みんなと一緒に居られなくて。
涙が溢れそうになるのを耐えていつもの笑顔を作る。
もう少しで、全部が終わる。
そうしたら、私はどうなっちゃうのかな?
そんなことを考えていた時だった。
「なあ、朝葉は何て?」
「瞼引きちぎってでも参戦するとか言ってたから叱っといた」
「ははっ、あいつらしい」
時が止まったように感じた。
今、二人は何て言ったの?
「朝葉君、そんなこと言ってたの?」
「よくそんな発想が出るよねぇ」
「逆に新しい発想だな。害しかないが」
「ちゃんと教育しといてよね〜。偶にとんでもないこと言うんだから」
他のみんなも、まるで知ってて当たり前かのように誰かについて話してる。
それが、すごく楽しそうで。
私だけ世界から追い出されたみたいな気持ちになった。
「ねえ彩葉。……朝葉って、誰?」
「ああ、ヤチヨは知らないよね」
彩葉は少し申し訳なさそうにしたあと、当然のことを言うような顔で口を開いた。
「
「……そっか。そうなんだ」
彩葉に……弟?
そんなの知らない。
そんな人、いるはずない。
頭が混乱して、上手く思考ができない。
どんどんわからないという言葉だけが積み重なって、やがて一つの可能性に辿り着いた。
「……嘘」
そんなことが、本当にあるの?
もしそうだとしたら、世界はなんて残酷なんだろう。
そんなの、私に起こったことと比べても遜色ないほどの悲劇だ。
彩葉達の楽しげな話し声がやけに遠く聞こえて。
それでも確かめるように、一言だけ呟いた。
「そこに、いたんだね」
酒寄彩葉の弟、酒寄朝葉。
それが、
それじゃあ、私に会いに来れなくても仕方ないか。
真面目で優しい君のことだから、きっと非はなくても自分を責め続けたんだろうね。
どれだけ傷ついたの?
どれだけ背負ったの?
どれだけその手を汚してしまったの?
な〜んだ、私もとっくに悪い人だったんだねぇ。
君にそんなに辛い思いをさせて。
それを知らずに彩葉ばっかり見てたんだから。
ツクヨミに痛覚がないことを初めて恨んだ。
この胸の痛みを少しでも実際に感じられれば、罰を受けた気になれるのに。
ただ漠然とした罪悪感だけが思考を漂っている。
……ちゃんと、謝らなきゃ。
謝って許されることじゃないけど、謝らないと。
全部が終わって、それでもまだ時間があったなら。
また、君と会って話がしたいよ……。