彩葉の弟は様子がおかしい   作:真球猫

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第十七話

 

 

 

 僕と彩葉は一度も喧嘩をしたがことがない。

 

 理由は色々あるけど、一番は喧嘩をする必要がなかったから。

 

 何かしらやらかしても、その時軽く指摘し合うだけで事足りた。

 お互いに自分の非を認めることへの抵抗が少ない性格だったから。

 

 単純に機嫌が悪くて喧嘩することもなかった。

 

 僕が彩葉に腹を立てるなんてことはあり得ない。

 彩葉も偶に八つ当たりをすることはあっても、喧嘩にまでは発展しない。

 

 我が家の男達は気の立った女性の扱いに関してこれ以上なく鍛え上げられている。

 僕もその系譜なので、僕と彩葉の間で諍いが起きることはほぼ皆無だった。

 

 だから、急に彩葉と姉弟喧嘩をすることになって。

 

 生まれて初めての経験に、僕は妙な緊張感を感じていた。

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 首を狙ったブレードを何とか蹴りで弾く。

 

 投擲されたブーメラン形態のブレードを躱わしつつ、戻り際に被弾しないようそちらに意識を割いた。

 必然的に、彩葉からはほんの少し意識が逸れる。

 

 そのタイミングを待っていたかのように繰り出された、もう一本のブレードによる斬撃。

 足下を狙ったそのブレードを踏みつけて、かろうじて威力を殺した。

 

「あっ……!」

 

 そのまま全体重を乗せて、ブレードを踏み砕く。

 これでやっと一本目の武器が破壊できた。

 

「やるね……けど、まだまだっ!」

「こっちはもう勘弁してほしいかな……!」

 

 序盤は彩葉と戦うことへの不慣れでまともに動けなかった。

 そのせいで、既にゲームを一つ取られてしまっている。

 

 僕はこのゲームを落とすことができない。

 

 何とか気持ちに整理をつけて動けるようにはなったけど、それでも戦況は芳しくない。

 原因は、彩葉に僕の動きが完全に読まれてしまっていること。

 

 元々彩葉は学習能力がズバ抜けて高いけど、それでもこのレベルで読まれるのはおかしい。

 

 恐らく、記憶を見られたことが悪さをしている。

 

 ヤチヨの八千年とは比べるまでもないけど、十七年分のデータを持たれているんだ。

 思考や動きの癖なんて、ほとんど筒抜けだろう。

 

「まったく、思考盗聴を疑うよ。頭にアルミホイルでも巻こうかな?」

「朝葉の考えることくらいわかってるっつーの!」

「それかぐやに言ってたセリフじゃないか……浮気はよくないよ?」

「大丈夫!朝葉は弟みたいなもんだから!」

「実際弟なんだよなぁ……」

 

 軽口を叩き合いながらも、お互いに手は緩めない。

 ブレードでの攻撃を幾度となく弾き、逸らし、避ける。

 

 依然として彩葉の勢いは止まらないが、武器が一本になったことで手数は確実に減少している。

 

 これ以上HPを削られる前に賭けに出るしかない。

 

 何度目かの打ち合いの末、彩葉が距離を取りつつワイヤーを射出する。

 

 恐らく牽制が目的であるそのワイヤーに、僕はわざと引っ掛かった。

 

「──っ!」

 

 彩葉ならこれが罠であることも勘付いているだろう。

 

 でも、これは彩葉に分のある賭けだ。

 乗らずにはいられないはず。

 

 予想通り、彩葉は躊躇いもなくワイヤーを引いた。

 

 上半身を腕ごと拘束される。

 ちょうど兄さんが彩葉に倒された時と同じ形だった。

 

 飛び出すように駆け出した彩葉は、ブレードを大きく振りかぶる。

 まさに切りつけられるその直前、絶妙なタイミングで半歩だけ身を引いた。

 

 僕を拘束していたワイヤーごと身体が斬撃を受ける。

 しかし、HPを全て削りきるには少しだけ浅い。

 三割ほど残ってくれたことが確認できた。

 

 大振りの隙を晒して無防備になった彩葉に、わざと一呼吸置いてから構える。

 

「しまっ──!」

「取った!」

 

 反射的に身を守るように構えられたブレードに、渾身の掌底を叩き込む。

 

 少しずつ削っていた甲斐あってブレードの耐久値は底をつき、真ん中からへし折れた。

 

 その事実を確認して、張り詰めていた気が緩んだ。

 

 武器は二本とも完全に破壊した。

 彩葉はもう戦闘を続行できない。

 

 これは勝った。

 さすがに勝ち確。

 僕ここから無事に月に帰れたら月人達の為にたくさん働くんだ!

 

 勝利を確信し、思考が油断に染まりきったその瞬間。

 彩葉の身体が大きくよろめいた。

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

 倒れ込んでくる彩葉を反射的に抱き止める。

 

 攻撃する時に力を入れすぎた?

 まさか、今頃になって記憶を見た反動が……?

 

 突然の出来事に僕は完全に動揺してしまった。

 

 すると、何の躊躇いもなく彩葉の両手が背中に回される。

 そしてそのまま身体を預けるようにして抱きしめられた。

 

 何だか、覚えのある体勢だ。

 確かヤチヨカップのライブ前にも、こんな風に身を預けられた気がする。

 

 しかし、今回はあの時のハグのような優しいものではない。

 絶対に逃さないという意思が込められた、脱出不可能の拘束だった。

 

 意図が読み取れず彩葉の顔を見る。

 そして、身体が芯から凍りついた。

 

「捕まえた」

 

 瞳孔が縦に開いて、無表情に僕の顔を見つめている。

 その表情に、本能的な恐怖を掻き立てられた。

 

 彩葉の口が開かれる。

 アバター表現の一種でしかないはずの鋭く尖った犬歯が鈍い輝きを放つ。

 

「ね、姉さん……?嘘だよね……?」

 

 最近百発百中の嫌な予感を感じて、縋るように問いかけた。

 お願いだから、予想から外れていてくれと。

 

 でも、その牙を見た瞬間に本能で理解してしまった。

 僕は彩葉に、獲物として認識されているんだと。

 

 可愛いらしい見た目や縁起がいいイメージのせいで忘れがちだが、狐は立派な肉食獣。

 獲物を襲い血肉を貪る残虐な捕食者なのだ。

 

 鋭い呼吸を挟んだ後、彩葉はその牙を僕の無防備な首筋に突き立てた。

 

「ガブゥッ!!」

「いやああああああああっ!」

 

 喉がこれ以上ないほどの悲鳴を奏でる。

 どこにそんな力があったのか、引き剥がそうとしてもびくともしない。

 

 HPバーを確認する。

 三割はあったHPが現在進行形でゴリゴリと削られていた。

 

 KASSENは武器の種類が豊富な上、徒手でもダメージが通る自由度が売りのゲーム。

 しかし、さすがに噛みつきによる攻撃にダメージ判定は設定されていなかったはずだ。

 

 となれば、この状況を引き起こした黒幕におおよその見当がついてくる。

 

「ヤチヨ!これどうなってんの!?」

「ん〜?何のことを言ってるのかよくわからないにゃあ?狐は肉食動物だから、牙が鋭いのは当たり前だよ?」

「そんな判定作ってなかったよね!?絶対このために仕込んだでしょ!」

「あーあー、聞こえな〜い」

 

 わざとらしく耳を塞いで悪戯に微笑むヤチヨ。

 

 そうだった、ヤチヨもかぐやなんだから。

 このくらいのことは当たり前にやってくる。

 

「姉さんやめて!今確実にJKがしちゃいけないことしてるよ!?」

「フーッ……!フーッ……!」

「まずい、ガチの狐になってる……!」

 

 完全に餌としか見られていない。

 首筋に突き立てられた牙がどんどん深く食い込んでいく。

 

 痛覚がないから痛みは感じないけどものすごく恐い。

 主にこんなことを思いついた発想力と実行に移す行動力が。

 

 HPの残量は刻一刻と減っていく。

 いくら何でもダメージが高すぎやしないか?

 

 もうチートやチーターやろこんなん!

 このままだと彩葉に負けてしまう!

 

「誰かーっ!男の人ーっ!助けてーっ!!」

「こっちに来るな、かぐやちゃんの教育に悪い」

「ヤチヨー?今どうなってんのー?何も見えないんだけどー?」

「かぐやにはまだ早いからね〜?もう少し大人になってから一緒に見ようね〜?」

「狐が共食いしてやがるぜ。世も末だな」

「誰か一人でも助けるって発想は出ないのかなぁっ!?」

 

 かぐやの視界を遮る兄さんとヤチヨ、そしてこの世の儚さを嘆くFUSHI。

 三人と一匹とも、この異常な状況を止める素振りが一切ない。

 

 その、なんだ……人の心とかないんか?

 

「くうっ……!こんな……ことで……」

 

 結局必死の抵抗も虚しく、HPが完全に削られてしまった。

 身体が桜の花びらとなってはらはらと散っていく。

 

 リスポーンする直前、噛みつきを解いた彩葉が不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

「私の勝ちだね」

 

 まるで兄さんやかぐやのような、自信に満ちた笑顔。

 

 その彩葉の顔を見て、いつか母さんに冗談で言ったことを思い出した。

 

 母さん、喰われたのは僕の方だったよ……。

 

 

 

 

 ◇◇

 勝ったのは私です(姉の威厳)

 

 朝葉が武器を狙ってくることは事前に予想していた。

 問題は何度頭の中でシミュレーションしても、HPを削りきる前に武器を破壊されてしまうということ。

 

 格闘戦では何をやっても朝葉に避けられて終わる。

 でも、武器を失うのは避けられない。

 

 どうにかして武器を失った状態から朝葉に勝たなくちゃいけなかった。

 

 解決法がわからないまま手詰まりを感じていた時。

 その状況を打破してくれたのは、やはりかぐやだった。

 

『武器がないなら噛みついちゃえばいいんじゃない?ゾンビみたいに!』

 

 映画の影響かそんなこと提案をしたかぐやに最初は呆れていたけど、考えれば考えるほど有用な策だった。

 

 私を直接攻撃できない朝葉は、至近距離になるほど取れる手段が限られてくる。

 捕まえて離さなければほぼ勝ち確だ。

 

 噛みつきによるダメージ判定の追加はヤチヨにお願いした。

 ちょっとダメージが高めに設定されていたけど、まあ許される範囲だ。

 

 あとは朝葉を確実に捕まえられるシチュエーションを考えて、できる限り再現性を高めていった。

 

 そして、初めての姉弟喧嘩は私に軍配が上がる結果となった。

 

「まさかあんな形で負けるなんて……」

 

 朝葉はぐったりと項垂れながら縄で拘束されている。

 

 この縄はペナルティとして設定されていた特別製で、朝葉がリスポーンすると自動的に縛ってくれる。

 ヤチヨ曰く、これで移動やウィンドウの操作などもできなくなるらしい。

 

「……まあ、負けは負けだもんね。お望み通りにするといいよ」

 

 そう言いながら、朝葉は小さく笑った。

 

 見慣れた優しい微笑み。

 何かを我慢して隠している微笑み。

 

 ……今までの私だったら、これで満足してたと思う。

 

 これまで通り朝葉と一緒に過ごせるから。

 どんな形でも一緒にいられればそれでよかったから。

 

 でも、もう私はそれじゃ満足できない。

 

「お兄ちゃん、ちょっと武器貸して」

「……おう」

 

 勝負が終わった段階で側に来てくれてたお兄ちゃんに、金棒を借りる。

 

 そこから刀を引き抜いて、朝葉を縛っている縄を全て断ち切った。

 

「……え?」

「朝葉」

 

 まだ、やり残したことがある。

 私達の初めての喧嘩を、こんな形だけのもので終わらせたくない。

 

 だから──

 

「本音を聞かせてほしいの」

 

 困惑する朝葉に目を合わせて、自分勝手な望みを口にした。

 

 記憶は見た。

 考えていることも、何となくわかる。

 

 でも、まだちゃんと朝葉の口からは聞いてない。

 

「ほ、本音?それならさっき言ったよ?」

「それ以外にもまだ言ってないこと、あるよね?」

 

 ここでは幸せになれない。

 確かに、あれも朝葉の本音の一つだと思う。

 

 だけど、私は知っている。

 もっと心の奥底に抱えてる言葉があるって。

 

 朝葉は驚いたように目を見開いて私の顔を見た。

 そして諦めたように小さく息も吐くと、ゆっくりと口を開いた。

 

「みんなともっと一緒にいたい」

 

 落ち着いた声色。

 でも、込められた想いは決して軽いものじゃない。

 

「もっとたくさん話したいし、やりたいことも山ほどある」

 

「地球でみんなとハッピーエンドを目指す道だって、何度も考えた」

 

「でも、やっぱり罪悪感に耐えきれなかった。……だから、月に帰ることだけを希望にしてたんだ」

 

「これが、僕の本音だよ」

「……そっか」

 

 話し終えた朝葉は、沙汰を待つように私の顔を見つめている。

 

 気持ちは理解できる。

 その痛みまではわかってあげられなくても、苦しむ姿は全て見たから。

 

 それでも、やっぱり認めたくないと思った。

 

 きっと、他のみんなもそれぞれ言いたいことがあるはずだ。

 

 なのに、かぐやもヤチヨもお兄ちゃんも、私に朝葉と話す時間をくれている。

 

 みんなの厚意を無碍にはしない。

 

 朝葉は本音で話してくれた。

 なら、私もそれに応えなきゃ。

 

「話してくれてありがとう。……私も、ちゃんと本音で話すね」

 

 以前かぐやに勧められた言葉を思い出す。

 少しだけそれを飛び越えることになるけど、意味合いとしては変わらないから問題ない。

 

 理解できないというのなら、何度でも言い聞かせて心に刻みつけてやればいい。

 

「愛してる」

 

 朝葉が小さく息を呑んだ。

 

 少し前なら絶対に言葉にできなかったと思う。

 でも、今では何の抵抗もなくすんなりと言えた。

 

 かぐやの言った通り、家族に自分の気持ちを伝えることなんて普通のことなのだから。

 

「朝葉も含めて、みんながいないと私は幸せになれないの」

「……僕は」

 

 言葉を探すように俯く朝葉を見て、既視感を覚えた。

 まるで、数ヶ月前の自分を見ているようだ。

 

 今まで見たことないほど泣きそうな顔をして。

 それでも涙を溢さないように堪えてる。

 

「人間でも月人でもない、訳のわからない存在なんだよ?」

「そんなのかぐやで慣れっこだよ。それに、私達の弟であることに変わりはないでしょ?」

「取り返しのつかない失敗だってした」

「何度でも言うよ、あれは朝葉のせいじゃない」

「……姉さんのことを、傷つけた」

「私もあんたを騙したんだから、お互い様だよ」

 

 一つ一つ、解きほぐすように答えていった。

 

 私の本音をわかってもらえるように。

 ちゃんと、私を見てもらえるように。

 

「僕は、僕の為に生きなきゃいけないんだ……」

「……わかってる。だから、私も覚悟を決めた」

 

 ヤチヨに誰も諦めないと誓った時から、覚悟はできている。

 どれだけ難しくても、絶対に成し遂げたいこと。

 

 私のやりたいことが、ようやく見つかったんだ。

 

「私が朝葉を幸せにする」

 

 朝葉を優しく抱きしめながら、言葉に決意を込めた。

 

 自分で幸せになれないというのなら、私が幸せにすればいい。

 これは、朝葉の記憶を見た瞬間から決めていたことだった。

 

 

「罪悪感に耐えきれないなら一緒に背負う。傷つくことがあったら側で癒し続ける」

 

「生まれてきてよかったって、感情を得てよかったって思えるくらい幸せにしてみせる」

 

「だから、もうどこにも行かないで」

 

「私達と一緒に生きて」

 

 これが私の本音。

 

 自分勝手で都合のいい話かもしれない。

 それでも、私はこの道でハッピーエンドを目指したいと思った。

 

 この気持ちに嘘はつけない。

 

 朝葉は少しの間時が止まったように身体が固まったあと、大きく息を吐き出した。

 

「……その言葉、もっと他に言うべき人がいるんじゃない?」

「今あんたに言わないで誰に言うの?」

「いくらでもいるでしょ……」

 

「ほんとにクソボケなんだから……」という呟きがかろうじて耳に入る。

 

 お、なんだ?

 まだ噛まれ足りないのか?

 こっちはいくら噛んでやったっていいんだぞ?

 ちょっとだけ楽しかったし。

 

 ……なんて、本当はわかってる。

 この軽口は、朝葉の強がりだ。

 

 昔から変なところで意地っ張りなんだから。

 

「……ごめんなさい」

 

 小さいけど、はっきりとした声。

 きっと、朝葉がずっと言いたかった言葉。

 

「何も言わずに月に帰って……本当にごめんなさい」

「……うん、許すよ。私も騙して傷つけちゃってごめんね」

 

 朝葉が悪いから仕方ないなんてかぐやと言っていたけど、やっていいことと悪いことはある。

 

 最後にちゃんと謝ってこそ、姉弟喧嘩は成立するのだ。

 

「姉さん」

 

 小さな笑い声が耳元で聞こえた。

 お父さんが生きていた頃のような、無邪気な笑い声。

 

「ありがとう。……僕も愛してる」

 

 そう言って、抱きしめ返してくれた。

 朝葉の涙が私の肩口を濡らしていく。

 

 静かな泣き方だ。

 声を上げるでもなく、ただ溜め込んだものが自然に流れ落ちるように涙が溢れている。

 

 思えば、こんな風に朝葉に甘えられたことは初めてだ。

 

 いけないことだとわかってはいるけど、どうしても嬉しく感じてしまう。

 

 やっと、本当の姉弟になれた気がしたから。

 

 

 

 

「行かせると思う?」

「やっぱこいつツクヨミに監禁するべきじゃないか?」

「お、やっちゃう〜?」

「やっちゃおやっちゃおっ!」

「同じ水槽に住ませてやってもいいぜ?」

「なんでみんなそんなに監禁推しなの?流行なの?」

 

 あの後、見守ってくれてたみんなも交えながらたくさん話をした。

 

 そして、各々ある程度言いたいことが言えて朝葉がしおしおの朝一番搾りになった頃。

 また月に戻るとかいうバカアホ発言をかまし出した。

 

「数日とはいえお世話になったからちゃんと挨拶とかしたいし、あの舟も借り物だから返さないとね」

「真面目か!ていうか、その舟返しちゃったらどうやって帰ってくるの?」

「肉体とはさっき再接続できたから、月からでも戻って来れると思う。スマコンを着けたままにしてくれてて助かったよ」

 

 そこら辺の理屈は私にはわからないけど、朝葉が嘘をついているようには見えなかった。

 

 それでも、不安なものは不安だ。

 ここまでやって結局離れ離れなんて、笑い話にもならない。

 

 不満を込めて視線を送ると、朝葉は苦笑しながら小指を立てた右手を差し出してきた。

 

「大丈夫、今度はちゃんと自分の意思で帰ってくるから。ほら、約束」

「……はあ、わかった」

 

 ため息を吐いて、朝葉と小指を絡める。

 

 私の我儘を聞いてもらったのだから、このくらいは受け入れないと。

 自分の要望だけを押し付けるような真似はしたくない。

 

「絶対、帰ってきてね」

「うん、必ず」

 

 朝葉は律儀にその場の全員と指切りをしてから、舟に乗って月に向かっていった。

 

「……さてと!」

 

 朝葉はきちんと自分の事に片を付けに行った。

 私も負けてはいられない。

 

 やりたいことがたくさんもある。

 あそこまで大見得を切ったのだから、やり遂げられるように今からできることをしないと。

 

 朝葉が帰ってきた時、ちゃんとお姉ちゃんとして胸を張っていたいから。

 

 ひとまず、ずっと避けていたお母さんとの連絡から始めることにしよう。

 

 

 

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