彩葉の弟は様子がおかしい   作:真球猫

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第十八話

 

 

 

「う〜ん……うわ、体重っ……くもないか」

 

 そこまで久しぶりでもない、肉体での目覚め。

 月で過ごしていたせいか身体を持っていることに多少違和感はあるけど、誤差レベルだ。

 

 できるだけ急いで帰れるよう努力はした。

 

 しかし、月ではそこまで長くない時間でも地球では数日は経ってしまっているだろう。

 

 彩葉達に心配をかけてしまっていないか不安だ。

 

 月に戻ったあと、月人達との話は驚くほどスムーズに進んだ。

 

 元々引き継ぎデータの共有が終わった時点で、僕は少しだけ使い勝手のいい一般月人でしかない。

 

 お偉いさん方は舟を貸し出した時点である程度この展開を読んでいたようで、会議室の申請くらい軽いノリで地球への帰還許可が出された。

 

 なんでかぐやの時にこれができなかったんだ……。

 まあ、僕とあの子では色々事情が違うから仕方ないところもあるけど。

 

 そんなこんなできっちり片をつけることができた。

 肉体への再接続も上手くいったようだ。

 

 身体の感覚がゆっくりと戻っていき、瞼を開くことができるようになる。

 

 見慣れたというには使い始めて日の浅い自室の天井が目に入った。

 ベットからは動かされていなかったようだ。

 

 身体を起こそうと視線を下げて──翡翠のような翠緑の瞳と目が合った。

 

「おはよう、寝坊助さん」

「……彩葉」

「あれ?姉さん呼び期間はお終い?」

「在庫切れです。しばらく再入荷の予定はありません」

「ふふっ、残念」

 

 わざとらしく揶揄ってくる彩葉から顔を背ける。

 

 切羽詰まっている時には気にならないけど、同い年かつ精神的にはずっと年下の相手を姉と呼ぶのは少しだけ覚悟がいるのだ。

 

 彩葉もそれをわかった上で揶揄っているんだろう。

 ……記憶を見られてから立場が逆転しっぱなしだな。

 

「ずっとここにいたん?」

「ううん、偶々様子を見に来てただけ。運が良かったみたいやね」

「……そっか」

 

 嘘はついてないんだろうけど、きっと何度も様子を見に来てくれたんだろう。

 殺風景だったはずの部屋に、見たことない私物がたくさん置かれているし。

 

 変わった置物の比率が多い……多分かぐやのかな。

 

「他の二人は?」

「かぐやは食材の買い出し、ヤチヨはツクヨミでちょっと仕事があるみたい」

「そうなんだ……あれ?学校は?」

「ちゃんと行っとるよ。今日は土曜日」

 

 窓から差し込む日差し的に今は恐らく昼時。

 まさか僕のせいで学校を休み続けているのかと心配したけど、そこはさすがに大丈夫みたいだ。

 

「学校と言えば、ちゃんと芦花と真実にも謝った方がええよ。二人ともすごく心配しとったんやから。あと、雷さんと乃依君からもお兄ちゃん経由で連絡入っとるから、あとで返信しとき?」

「み、みんなはどこまで知って……?」

「ほぼ全部」

「終わった……」

 

 謝罪会見パート2の開催が決定した。

 

 彩葉達との話し合いもかなり骨が折れたけど、他の四人もまた違った理由で苦労しそうだ。

 

 まあ、元はと言えば全部僕のせいだから自業自得なんだけど……。

 

「あ、そうだ。はい、これにサインして?」

「え?何これ……誓約書?」

「そう、私が作ったの」

 

 唐突に差し出された一枚の誓約書。

 

 なんで寝起きから誓約書にサインさせられるんだろう?

 連帯保証人詐欺かな?

 

 『私酒寄朝葉は、以下の事項を遵守することを誓います』という物々しい文の下に、見るからに激ヤバな言葉が並んでいた。

 

「えっと、色々ツッコミどころはあるんやけど……まずこの『酒寄彩葉による電子機器の管理を受け入れます』ってなに?」

「またスマコン使って月に帰らんように私とヤチヨでちょっとだけ細工するから、それに同意してもらうだけ。あ、スマホも少し借りるけど、気にせんでええからね?」

 

 気にしますが?

 ちょっと消しゴム借りるみたいなノリで個人情報の塊を借りようとしないでほしい。

 

 ……でも、僕の行いが彩葉を傷つけてしまったことは事実だ。

 

 それで少しでも彩葉の不安が和らぐのなら是非もない。

 

「ま、まあ了解しました。それで次は『専門機関による視覚と味覚の治療を受診いたします』これは……うん、なくてもいいんじゃ……」

「まだ噛まれ足りないみたいやね?」

「誠にごめんなさい」

 

 誠心誠意頭を下げさせていただいた。

 

 できればあれはもう勘弁願いたい。

 死因のいくつかを思い出してしまう。

 

 あとなんか変な扉を開きそうになる。

 多分芦花ちゃんがやられてたら一撃でアウトだった。

 

「受けなきゃダメに決まっとるやろ?どっちもしっかり治して、かぐやのご飯の美味しさと美しさを骨の髄まで教え込むんやから」

「それかぐやがやるべきことやない……?」

 

 なんでかぐやの料理の良さを彩葉経由で教えられるんだ。

 これが後方彼氏面というやつですか……。

 

「あとは『東大工学部に進学いたします』……え?」

「どうせ月に帰るからって、進路のことなんて考えてなかったやろ?」

 

 すごい、あらゆることがバレている。

 もしかして、僕は一生彩葉に逆らえなくなったんじゃないか?

 

 確かに、先生方には申し訳なかったけど正直進路希望とかは適当に書いていた。

 

「もちろん、他にやりたいことがあるならそっちを優先するべきやけど、何にもないならとりあえず私と同じ進路目指してもええんやない?」

「彩葉と同じ?東大はわかるけどなんで工学部?」

 

 確か彩葉は母さんと同じ法学部を目指していたはずだ。

 

 かぐやと出会ったことで母さんへの執着は消えたようだから、進路を変えることに違和感はない。

 でも、わざわざこの時期に理転する理由がわからなかった。

 

「ヤチヨに身体を造ってあげたいの。……できれば、協力していただけたらなと」

「ああ、そういうことなら喜んで……ん?」

 

 今すごいこと言わなかった?

  

「造る?身体を?」

「そう」

「錬金術で?」

「現代科学で」

「……わーお」

 

 どうやら彩葉は果てしない茨の道を選んだようだ。

 

 しかし、納得感もあった。

 彩葉の目指すハッピーエンドには、間違いなく必要なことだろうから。

 

「……やっぱり、嫌?」

「そんなわけないやろ?むしろ頼ってもらえて嬉しいよ」

 

 断るなんてあり得ない。

 

 彩葉の夢に協力できて、ヤチヨへの恩返しにもなる。

 いいことずくめだ。

 

 みんなへの贖罪も含めて、これからは身命を賭して──

 

「一応言うとくけど、無理だけはしない方がええよ……」

 

 思考を読んだかのようなタイミングの言葉に、思わず背筋が伸びる。

 

 でも、彩葉の声色はこちらを責めるようなものではなく、寧ろ純粋な助言のように感じた。

 

 あと何故か目が虚になっている。

 

 唐突な様子の変化に首を傾げていると、彩葉は更に一枚の紙を追加で取り出した。

 

 誓約書二枚目である。

 

「え?おかわり?」

「いや、これ私の分……」

「彩葉の?」

 

 確かに、彩葉のサインが入っている。

 

 中身も僕のものとは違うようだった。

 健康に関することや過度な労働の制限についての内容が主になっている。

 

「やっとやりたいことができたし、ちょっと気合い入れて頑張ろかな〜って徹夜したら、かぐやとヤチヨに……ね」

「それはそうなるやろ……」

 

 彩葉の語り口はとても弱々しい。

 この家のカーストは既に出来上がっているようだ。

 

 一番下は間違いなく僕だろう。

 ペットか何かかな?

 

「これ、サインしなかったらどうなるん?」

「首輪を着けられて家に監禁される。ちなみに私は一回されかけた」

「なんで抵抗してしもたん……?」

「なんか……すぐに受け入れたら負けな気がして」

 

「馬鹿やったなぁ」と乾いた笑みを浮かべる彩葉の様子から、相当な修羅場があったことは想像に難くない。

 

 同じ目に遭うことだけは絶対に避けなければ。

 

「多分やけど、かぐや達が帰ってきたら朝葉も私とおんなじ誓約書渡されると思うよ」

「なんでぇ……?」

「『彩葉がやらかしたならどうせ朝葉もやらかす』って二人とも言うとったし」

「……僕ら信用無さすぎやない?」

 

 その通りだから反論しようもないけど。

 

 首輪をされて本当の意味でペットになるわけにもいかない。

 

 ここは大人しく受け入れよう。

 

「朝葉」

 

 サインを書き込みながら、かぐやとヤチヨに笑顔で誓約書を渡される絵面を想像してダメージを受けていると、彩葉に名前を呼ばれた。

 

 顔を上げて、視線を合わせる。

 何を言われるかは何となくわかっていた。

 

「おかえり」

「……うん、ただいま」

 

 ここはまだハッピーエンドじゃない。

 目指す方向が決まっただけだ。

 

 これからも辛いことはあるだろう。

 もしかしたら、月に帰らなかったことを後悔するかもしれない。

 

 それでも、みんなと足並みを揃えることができた。

 僕が本当の納得できる道を選べた。

 

 今はただ、その事実だけで満足だった。

  

 

 





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