一世一代、なんて言葉が当てはまる場面が自分の人生に訪れるなんて思ってもみなかった。それでも、今日の私は何の冗談でもなくそれだけの心積もりをしている。
彩葉への告白。
ずっと望み続けてきたことでもあり、逃げ続けてきたことでもある。元から自分の気持ちを素直に伝えるのなんて得意じゃないのに、それが愛の告白ともなれば尚更だ。
何が言いたいかというと、私は間違いなく人生で一番の緊張を味わっていた。
「人の字を手のひらに三回描いて……文字ってどうやって飲めばいいの?」
微かな震えが止まらない手を眺めながら困惑する私は、周りから見れば相当奇妙に映っただろう。あらかじめこうなることは予想できていたから緊張に効くおまじないなんかはあらかた調べてきたけど、今のところ効果は全くなかった。
あとは相手の顔を野菜だと思って話すとかもあったけど、彩葉の顔の良さは確実に野菜の暗示を貫通してくるから期待はできない。
告白するシチュエーションは色々考えた結果、あまり気取らずにいつも通りを心掛けることにした。
人生経験豊富なヤチヨと朝葉君に相談したら、そういう重要な場面ほど浮つかずに地に足をつけて臨んだ方が賢明とのこと。
二人とも『そうらしいよ!』って伝聞形だったのが少し気になるところではあるものの、納得できる案を出してくれたのはありがたい。
お互いの家からそこまで離れていない場所で良さそうなポイントをいくつか調べてもらって、せっかくだから少しデートでもしてから──告白する。
それが、二人と一緒に考えた私のプラン。
かぐやちゃんは告白することを決めてから弱気になっていく私をずっと励まし続けてくれた。
自信を持つ為に何度も『芦花は可愛いから大丈夫!』とか褒められたのは恥ずかしかったけど、かぐやちゃんの言葉は裏表がなくて心に響くからすごく救われた。
途中からは相談に乗ってくれていた二人も参加して、勢い余った朝葉君が『芦花ちゃんが世界で一番可愛い!』なんて口を滑らせたものだから、左右からの強力な圧力を受けて萎びた葉物野菜みたいになっていた。
「ふふっ」
思い出し笑いが漏れて、少しだけ緊張が和らいでいくのがわかった。そうだ、せっかくの一世一代なら多少無理をしてでも自信を持った方がいい。
どうせこんな状況で自然体でなんていられないんだから。
「よし、大丈夫……私は可愛い、私は可愛い、私は可愛──」
「芦花、おまたせ」
「ひぎゅっ……!」
かぐやちゃん式自己暗示に夢中になっていた私は、背後から近づいてくる顔の良すぎる想い人に気づかなかった。
あまりにも驚き過ぎて、危うく舌を噛みそうなところをすんでのところで耐える。
声の方向に顔を向けると、見覚えのある秋らしい服装に身を包んだ彩葉が立っていた。
私が前に勧めたものだけど、まさか着て来てくれるとは思わなかった。最近は少しずつこういう洒落っ気も出してくれて嬉しく感じる。
とはいえ、今の私はちょっとそれどころじゃない。
「い、彩葉……今の聞いてた?」
「少しだけどね。そんな自分に言い聞かせなくても、芦花はいつだって可愛いよ?もちろん今日も可愛い」
「……ありがとう」
もうここで告白しちゃダメかな?
前までは当たり前だった膨れ上がる気持ちを抑え込むことが、今はとても窮屈に感じる。
……いや、流石にまずいか。出会い頭でいきなりの告白なんて辻斬りとそう変わらない。大胆な告白は女の子の特権というけど、大胆が過ぎればテロになってしまう。
「それにしても、芦花と二人で遊ぶのってなんか久しぶりかも」
私がある程度落ち着きを取り戻してから、彩葉が懐かしむようにそんなことを言った。
彩葉への気持ちを自覚してからあまり二人きりでは会わないようにしてたから、ひょっとしたら一年半ぶりかもしれない。
「そうだね。かぐやちゃんが来てからはそんな時間とかなかったし」
「基本振り回されっぱなしだからね。ほんっとにあの悪童は……」
口ではそんなことを言いながらも、嬉しそうな笑みが隠せていなかった。
かぐやちゃんが月に帰るなんて話が出てから二、三ヶ月しか経っていない。朝葉君のこともあったし、今みたいにみんな一緒にいられることがきっとすごく嬉しいんだと思う。
そんな彩葉を見ていたら、何だか私まで嬉しくなってしまった。
「よかったね。みんな一緒で」
「……うん、本当に。あっ、この前は報告ありがとね」
「ううん、また何かあれば協力するから」
思い出したようにされたお礼は、朝葉君の無理を報告したことについてだろう。若干の悪さを含んだ彩葉の笑顔を見る限り、もう当人たちでの話し合いは済ませたみたいだ。
「ちなみにだけど……あの後、朝葉君に何かした?」
「いや?別に変なことはしてないよ?……ちょっとSETSUNAを何戦かやっただけで」
「あっ、そうなんだ」
わからされちゃった……ってコト?
そういえば今朝朝葉君から送られてきた応援のメッセージにも何となく力がなかったような気がする。
大丈夫かな……もし可能なら感想を詳細に教えてほしいところではあるんだけど。
ふと腕時計を見ると、待ち合わせの時間から結構経ってしまっていることに気づいた。こうして話してるだけでも楽しいけど、それだけで潰してしまうには今日の時間は貴重過ぎる。
「それじゃあ、そろそろ行こっか」
「そうだね……ん?」
彩葉の戸惑うような声に思わず背筋が伸びる。
彩葉と歩く時にはいつも空けている一人分の距離が、今日はない。当然意図してのことだし、距離感はかぐやちゃんを参考にしていた。
いつもよりも近くで見る彩葉の顔に否応なく鼓動が早まるのを感じる。
「せっかくの……デ、デートだし……ね?」
顔に集まる熱を無視しながら勇気を出して『デート』という単語を使う。こんなこと、前までの私なら考えられなかった。
こういう台詞もかぐやちゃんならすんなり言えちゃうんだろうな、なんて思いながら彩葉の顔を恐る恐る見ると、綺麗な顔に鳩が豆鉄砲を喰らったような表情が浮かんでいた。
「……芦花がそういうこと言うの、珍しいね?」
「あ、あはは。似合わない?」
「ううん、そんなことないよ」
その表情はすぐに緩んで、見惚れるくらい優しい笑顔へと変わっていった。
「せっかくもんね、楽しいデートにしよ?」
「は、はい……」
至近距離での想い人の笑顔と夢みたいな台詞を真正面から浴びて、わかってしまった。
惚れた弱みとか関係なく、私は彩葉に勝てないみたいだ。
いつもより近くで見る彩葉は、想像していたよりもずっと豊かな表情を見せてくれた。
ウィンドウショッピングをすれば、季節の服や化粧品の値段に目を白黒させたり。オシャレな喫茶店に入ってみれば、ケーキを口に含んで頬を緩めたり。ゲームセンターでゾンビを銃撃するゲームをすれば、ゲーマーっぷり発揮してキリッとした真剣な顔を見せてくれたり。
そして、彩葉が楽しそうな笑みを私に向ける度に、その笑顔をずっと見ていたいと思った。
そう思えば思うほど、これから訪れる緊張の瞬間が頭をよぎる。もちろん私も彩葉とのデートを楽しんでいたけど、それ以上にそっちのことで頭が一杯だった。
陽が落ち始めてからは焦りからか更に拍車がかかっている。
「ねえ芦花……何かあった?」
「え?」
それでも表面上では取り繕えていたと思っていた私の考えを打ち砕くように、彩葉に心配そうな目線を向けられてしまった。
「今日一日なんか様子が変だったから。もしかしたら悩み事でもあるのかと思って」
上手く隠せていると思ってたけど、彩葉にはバレちゃってたらしい。まあ、最初にあんなところを見られている時点で今更だったのかもしれない。
「そ、そうだった?ごめんね、せっかく時間作ってくれたのに……」
「気にしないで。久しぶりに芦花と二人で遊べて楽しかったし」
言葉を一度止めて少し間を空けた後、彩葉は少し照れくさそうに口を開いた。
「気が向いたらでいいから、朝葉だけじゃなくて私にも相談してよね?……私も、芦花のことは大切に思ってるんだから」
……本当に、姉弟揃ってズルい二人だ。
そんなことを言われたら勘違いするに決まってる。友達とかじゃなくて、もっと深い『大切』だって。
場所とかタイミングとかなんて伝えるかとか、今まで散々悩んでたことが嘘みたいに消えていって、代わりに剥き出しになった純粋な気持ちだけが残った。
「──好き」
どちらともなく自然と足が止まって、至近距離のまま目線が合わさった。
いつか朝葉君と話題に挙げた宝石のような彩葉の瞳の美しさが、今だけはとても恐く感じる。
それでも、ここで逃げるわけにはいかない。
「わかってるんでしょ?私の気持ち……私は、彩葉のことが好きだよ」
本当はわかってるはずの彩葉が、なんで何も言ってこなかったのかはわからない。それでも彩葉のことだから、何かしら気を遣ってのことだとは思う。
その気遣いを無碍にすることになるけど、私はこれ以上自分の本音から目を背けないと決めたんだ。
伝えることは伝えた。
何度も頭で捏ねくり回した文言とは全く違うものになってしまったけど、口に出してしまった以上これが最善だったと思うしかない。
一周まわって穏やかな心持ちになっていると、彩葉がゆっくりと私に手のひらを向けた。まるで拒絶の意思を示すように。
……そっか、やっぱりダメだよね。
ああ、これ一人になった時一気にくるやつだな……なんて考えてながら溢れそうになる涙を堪えていると、彩葉の右手の角度が変わりその上に左手が置かれる。
所謂T字が両手で作られていた。
「ちょっ……と待ってね?」
「あ、うん」
あまりにも逼迫した様子の彩葉に、決壊しかけてた涙腺が仕事を再開して涙が引っ込んだ。
人間ってこのスピード感で涙引っ込められるんだ……。
「……え?芦花が、私を好き?え?……あ、ドッキリ?」
「だ、大丈夫?」
瞳にぐるぐると螺旋を描く彩葉はどこから見ても気が動転してるようにしか見えなくて、思わず心配の声をかけてしまった。
すると、彩葉は突然何かに気づいたように動きをピタリと止めて、片手で顔を覆いながら私に小さく頭を下げた。
「ごめん、芦花がドッキリでそんなこと言う子じゃないってわかってるのに……ちょっとテンパった」
「そ、それはいいんだけど。彩葉は私が彩葉のこと好きって知ってたんじゃないの?」
律儀に謝ってくれたことへの嬉しさもそこそこに、今のところ一番の疑問をぶつける。
「いやいやいや!己が恥ずかしくて仕方ないけど全然気づかなかったよ?」
「でも、朝葉君の記憶を見たなら知ってるはずなんだけど……」
私たちの頭一杯に疑問符が浮かび、誰も回答を持っていない地獄のような静寂が支配する。
そこで彩葉のポケットに入っていたスマホが震え出した。向けられた視線に頷くと、彩葉は救いを求めるようにスマホを取り出す。
画面に映っていたのは、先日大変お世話になった電子の歌姫だった。
その極めて気まずそうな表情から、今までの私たちのやり取りは知っていると考えて良さそうだ。
『ご、ごめんね?盗み聞きするつもりは……バリバリあったんだけど』
「あったんだ……」
申し訳なさそうな割に自白に躊躇いがないところにかぐやちゃん味を感じる。
とはいえ、このタイミングで連絡があったということは何かしらヤチヨ側でわかることがあるのかもしれない。
期待を込めて画面に視線を向けると、ヤチヨは気の毒だとでもいうように目を逸らしながら口を開いた。
『えっとね?今FUSHIに聞いてみたら、流石にプライバシーの侵害だから芦花と朝葉の相談シーンはカットした……って』
「「……」」
地獄への道は善意で舗装されている。今ほどこの言葉を実感したことはない。
色々と察してしまったのか灰のように色が抜け落ちて固まる彩葉。脳がこれ以上の労働を拒否して思考停止する私。
感情が限界を超えた私たちの醜態は、見かねたヤチヨによって場が仕切り直されるまで続いた。
「えっと、それじゃあ改めまして」
意識を切り替えるための咳払いをしてから、私は本日二度目の一世一代を迎えた。
「……彩葉のことが好き。友達よりも、もっと深い繋がりが欲しい」
既に復活した彩葉は、私の告白を真剣な面持ちで受け止めると、私の目をしっかりと捉えて口を開いた。
「私はかぐやもヤチヨも、もちろん芦花も大切。だけど、誰かを一番にはできない」
自嘲するように小さく笑って、それでも彩葉は目を逸らさなかった。
「ごめん、最低なこと言ってる自覚はある。でも、私は大切な人に優劣なんてつけられない……だからもっと他の、芦花を一番大切にしてくれる人の方が──」
「それでいいよ」
彩葉の言葉を遮って、自分の言葉を捩じ込む。
少しマナーは悪いけど仕方ない。こっちは今更彩葉以外の人なんて考えられないんだから。
「彩葉の一番にして欲しいんじゃないの。私が彩葉の傍にいたいの」
朝葉君たちに話したことと同じ。
私の根底は変わらない。
「彩葉が嫌じゃないなら、傍にいさせてほしい。彩葉のことをずっと支えさせてほしい」
心からの言葉だからか、余計な思考を挟まずにスルスルと出てくる。かぐやちゃんは常時こんな感じなのかもしれない。
私の言葉を聞いた彩葉は、そこで初めて目線を少し逸らした。よく見れば耳の先が少し赤くなっている。
「……そんなに、私がいいの?」
「彩葉じゃなきゃ嫌だよ」
「う、うぐぅ……」
可愛らしい呻き声を漏らして俯いてしまった彩葉に、思わず笑みが溢れそうになった。
いつもは照れさせられる側だから照れさせる側の景色は新鮮だ。これはこれで悪くない。
「えっと……それじゃあ、あの、不束者ですが……」
「はい……こ、こちらこそ……」
「「……」」
事件発生、会話の締め方が全くわからない。
一呼吸挟んで立て直した彩葉に当たり障りのない返事をしたのはいいものの、お互いこういう経験がなさすぎてここからの進め方がさっぱりわからなかった。
さっきまでの余裕が嘘のように胸中が焦りで満ちていく。
どうしよう……あれかな?やっぱりキスとかした方がいい……のかな?いやでも、いきなりは引かれる?ここからの展開もちゃんとヤチヨと朝葉君に聞いておけばよかった……。
お互いに間合いを測るような沈黙が続いてから、またしても絶妙なタイミングで鳴り出した彩葉のスマホに二人して肩を跳ねさせる。
でもその音は着信音というよりはアラートに近い音で、彩葉もそれに気づいたのか急いでスマホを取り出した。
画面には予想通りヤチヨが映っていたけど、その表情は先ほどよりも焦りを含んでいる。
『二人とも良い雰囲気のところごめんね!』
「い、いや……大丈夫」
「う、うん。それでどうかしたの」
『それが……』
少し返事が淀む私たちをよそに、ヤチヨが表示されていたスマホの画面が切り替わって彩葉の家の映像が映し出される。
そこには、かぐやちゃんに物理的に引き止められながらもぶつぶつと何かを呟きながら虚な瞳で少しずつ自室に向かう朝葉君が映っていた。
……え?何この状況?
『かぐやが二人の様子が気になるって言うからさっきまでの状況を伝えたら、隣で聞いてた朝葉が急に発狂ちゃって』
「えぇ……」
「な、なんで?」
さっきまでのやり取りが二人にも知られているのは恥ずかしい限りだけど、その後のパワーワードで全部吹っ飛んでしまった。
なんで朝葉君は突然発狂なんてしたんだろう。
『「自分の早とちりのせいで迷惑を掛けちゃったから二人に顔向けできない。もう月に帰るしかない」ってスマコンをハッキングしようとしてて……』
「今すぐ家戻るから!かぐやには手出してでも全力で阻止するように伝えといて!」
『りょ!』
「私も行く!」
思った百倍やばい状況だった。
元はといえば朝葉君からの情報提供で始まったことだから、それが間違っていたとなれば責任を感じてもおかしくはない。
それにしたって、こんなことで月に帰られてしまったら纏まる話も纏まらなくなってしまう。
「朝葉君、大丈夫かな!?」
「月には私とヤチヨの許可がないと絶っ対に帰れないからそこは大丈夫!」
「あ、そうなんだ……」
どうやら朝葉君は、自由に帰省することすらできなくなってしまったようだ。
安心ではあるけどなんとなく可哀想な気もする。
あと、当たり前みたいにヤチヨと共謀して朝葉君の行動範囲を管理している彩葉に戦慄した。
これから私も管理されてしまうんだろうか……。
それはそれでちょっとアリだな、と思ってしまった私は多分色々と末期なんだと他人事のように思った。
自分の早合点で地獄みたいな空気を生み出しておかしくなった朝葉。
「もうマジ無理生きていけない月帰る……」
「朝葉が時代遅れのギャルみたいに!?」
『月はダメ!またみんなに怒られちゃうよ?』
「じゃあ転生する……」
『「もっとダメッ!!」』