遅ればせながら、復活上映感謝感激雨アラモードでございます。
「誰も構ってくれないせいでかなり具合が悪いんだよ──ッ!」
「この時期はみんな忙しいからねぇ」
私の魂からの叫びに、朝葉がのほほんとした様子で相槌を打った。
すっかり暖房が必須の季節になり、あれだけ暑かった外が数ヶ月でこんなにも寒くなることに地球の恐ろしさを感じた今日この頃。
朝葉の言う通り、最近はみんなそれぞれ忙しくしていることもあって中々構ってもらえない。
そもそもが彩葉や朝葉は受験に向けて猛勉強の時期で、それは真実や芦花も例外じゃない。
それでも彩葉は勉強をしながら頑張って時間を作って相手をしてくれるけど、ヤチヨや芦花との時間もあるから独占するのは難しい。
なら朝葉はというと──目の前で机に齧り付く姿を見れば一目瞭然だ。
受験対策をしながらヤチヨの身体を造る為の勉強もしているようで、ツクヨミの感覚実装に関する研究資料や論文なんかを漁ってる姿をよく目にする。
最初の頃は熱中しすぎて『月人と人間を両方経験している僕こそが一番の実験材料なのかも……』とか言いながら自分を実験動物扱いしようとしたもんだから、すぐさま誓約書に新しい文面が追加された。当然の結果である。
「朝葉〜!一緒お出かけいこうよ〜!」
「う、う〜ん……」
脇腹にひっつきながら上目遣いにねだると、朝葉はそこから逃げるように姿勢をずらして私とノートの間で視線を行き来させた。
彩葉と朝葉は私たちが作った誓約書によって勉強の時間を制限されている。
そうしないと二人とも人間の活動限界を余裕で超えてしまうから。
しかし難儀なのは、彩葉はその内容をしっかり守ってくれてるけど、朝葉は頻繁にというかほぼ毎日それを破ってしまうこと。
あまりにも守らないから時間を超過する度にペナルティをつけるようになったくらいだ。
それでも一向に改善しないので、とうとう彩葉による躾(SETSUNA)が常駐のお仕置きになったことでようやくマシになってきた。
「……そうだね、ちょうどいい時間だし」
少し前に芦花からのタレコミで痛い目を見たことを思い出したのか、朝葉は若干顔を青くしながらタブレットの電源を落とした。
そのまま優しく私の肩に手を置いて少しだけ距離を取ると、スマホを取り出してメッセージアプリを起動させる。
「彩葉はヤチヨと一緒か……邪魔しちゃ悪いよね。芦花ちゃんか真実ちゃんに連絡してみようか?」
「いーや!今日は朝葉と二人っきりで遊ぶ!」
そこは譲れないという態度を示すと、朝葉は一瞬だけ表情を強張らせてからすぐにいつも通りの笑みを浮かべた。
「うん、わかった。二人で遊びに行こう」
「よっしゃあ!そうこなくっちゃ!朝葉と二人でお出かけなんてパンケーキ食べに行った時以来だよね?楽しみ〜!」
「なかなか機会が無かったもんね」
「……そうだね〜」
首筋の傷跡に手を添える朝葉に、我ながら曖昧な相槌を打ちながらジト目を向ける。
この人はま〜た嘘吐いてる。
朝葉がさりげなく私と二人きりにならないようにしてるのなんて、とっくの昔から気がついてるのにね〜。
かぐやちゃんは勘が鋭いから、そういうのすぐわかっちゃうわけですよ。
「やっぱり、まだ恐い?」
「……え?」
彩葉からの話である程度の心境は聞いてたけど、正直ここまで根深いものだとは思ってなかった。
それでもこのまま騙されたふりを続けるのはなんだかモヤモヤするから単刀直入に尋ねると、朝葉はまるで『なぜそれを……』とでも言いたげな顔をしている。
「……まさか、バレてないと思ってたの?」
「かぐやは記憶を直接見たわけじゃないし、流石にバレないかな〜って……」
「ずっと前からバレてましたが?」
もしかして、まだ私のことを赤ちゃんか何かだと思ってるじゃないだろうか?
もう立派なレディーなんですが?
不満を込めて視線を送ると、朝葉は何故か不安そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「勘違いしないでほしいんだけど、決してかぐやのことが嫌いなわけじゃ──」
「そこは心配してないから大丈夫!」
なんだ、そんなことを考えてたのか。
今更そんな疑いを持つほど、私の朝葉に対する解像度は低くない。
「朝葉ってば私のこと大好きだもんね〜?」
「もちろん。大好きだし愛してるよ」
「……おお」
「どういう反応?」
最近は彩葉も少しずつ素直になってきてるけど、流石にここまで明け透けじゃない。
瓜二つの顔で正反対の反応をされるから、頭が誤作動を起こして変な反応になってしまった。
「……朝葉って誰にでもそういうこと言ってない?」
「そんなことないさ。片手に収まる……かはちょっと怪しいけど」
「十分多いじゃんっ!」
指を折りながら誤魔化すようにそっぽを向く朝葉に思わずツッコミを入れる。
とんでもないモンスターがいたもんだよ。
何が一番恐ろしいって、多分全部本心から言ってることが何よりも恐い。
「まあ、それは一旦置いといて!今日はそんな朝葉に、大天才かぐやちゃんがその症状の治療法を考えてきてあげたよ!」
「……ありがとう、聞かせてくれる?」
すごく綺麗な愛想笑いを浮かべる朝葉は、まるで子供のお遊戯会でも観覧するような態度だった。
くそう、ナメやがって!今に吠え面かかせてやるからなっ!(小悪党)
「その名も『一日中ベッタベタにくっついてればその内慣れんじゃね?』作戦っ!!」
「ツッコミどころが多すぎるなぁ……」
やっぱり……とでも言いたげか様子で頭を抱えてしまった。
これ以上ない妙案のはずなのに、一体なにがそんなに気に入らないんだろう?
「一日中って、お出かけしながらくっつくつもり?」
「そうだよ?」
「世の中ではね、そんな風に仲睦まじい男女はカップルというラベルを貼られてしまうんだよ」
「知ってるよ?」
「知ってるなら尚のことよろしくない」
朝葉は眉間に少しだけ皺を寄せると、腕を組みながら右足に重心を乗せた。
『これからあなたに苦言を呈します』のポーズが彩葉と全く同じで思わず笑いそうになる。
「かぐやだって僕とカップルだとか思われたら嫌でしょ?」
「別に?」
「……ンン゛ッ!どちらにせよ、僕らがそういう風に見られるのは避けないと」
「え〜?別に良くな〜い?」
大袈裟に咳払いをする朝葉は、なんだか堅物モードに入ってしまってるみたいだ。
こういう話になると融通が利きにくくなるところは、もしかしたら噂のお母さんとやらに似たのかもしれない。
確かに私と朝葉はそういう関係ではないけど、それくらい仲が良さそうに見えることは別に悪いことではないと思う。
というか──
「……朝葉だって、散々芦花と寝落ち通話だの密会だのしてたくせに」
「待ちなさい、なんか危険な尾ひれの付き方してるよね?『寝落ち』ではなし『密』でもなかったよ?」
嗜めるように訂正されてしまったけど、朝方までぶっ通しの通話は普通に寝落ち通話と遜色ないし、周囲に内容を隠しながらの会合は密会どころか逢瀬だよ。
仮にそれを抜きにしても、朝葉の言ってたことは朝葉自身にも当てはまってしまっている。
「朝葉と芦花も十分仲睦まじいけどね〜?」
「芦花ちゃんも想いを成就させたし、今後はそんなこともなくなるよ。これからはただの家族として接するだけだからね」
「いや、それは余計ヤバいんじゃ……」
当たり前のことのように真顔で言ってるけど、血縁でもない異性相手に『朝葉』の家族扱いは仲睦まじいどころじゃ済まないような気がする。
……まあ、芦花に頑張って慣れてもらうしかないか。
「とにかく、かぐやには心に決めた人がいるんだから。その人以外と気軽にベタベタするのはよくないよ?」
「でも、彩葉は朝葉なら別にいいって言ってたよ?」
「彩葉さん……?」
「今の子の価値観わからん……怖い……」なんて朝葉は言ってるけど、彩葉にとっての朝葉が特別なだけだと思う。びっくりするくらいサラッと許可出たし。
しかし、ここまで言ってもまだ朝葉は難色を示していた。
最近わかってきたことだけど、こういう時の朝葉には本音で話してあげるのが一番響いてくれる。
「……難しかったら、無理はしてほしくない。でも、できることなら──」
朝葉が離した距離を自分から詰めて、今度は正面から懐に潜るように抱きつく。
一瞬身体が硬直するのを感じたけど、今度は距離を取られることはなかった。
「もっとたくさん、朝葉と触れ合えるようになりたい」
「……それ、ズルいなぁ」
朝葉はそう言ってから小さくため息を吐くと、仕方がないとでも言うように笑いながら恐る恐る頭に手を置いた。
「僕も同じだよ、君に寂しい思いはしてほしくない」
そのままゆっくりと頭が撫でられる。
ぎこちないし少しだけ震えてるけど、温かく包み込んでくれるような慈愛を感じる手つき。
彩葉が撫でてくれる時とよく似ているけど、感じ方が違うのはやっぱり手の大きさが違うからかもしれない。
華奢な上に中性的な顔立ちだからか、こういう時じゃないと朝葉が男の子なんだってことを忘れてしまう。
本人に言ったらしばらくへこみそうだけど。
「じゃあ……?」
「……いいよ、試してみよう」
「よっしゃあっ!デートだぁ!」
野太い声を上げる私を眺めていた朝葉が、ふと何かに気づいたように顎に手を添えた。
「デートか……もしかしたら人生初かも」
「それは『朝葉』としての人生で?」
「いいや、地球に来てから初めて」
「マジ!?」
「大マジ」
びっくりした、朝葉が地球に来てから一度もデートしたことないって言ったのかと思った。
例え性別がどちらであっても絶対にモテるであろう朝葉が、デートに誘われたことがないはずない。
つまり、それだけ数多くの人の好意を袖にしてきたということで。
朝葉に非はないんだろうけど、ちょっとだけその鈍感さが恐ろしくなってきた……。
「強いて言えば、あの花火大会がギリデート判定かな?」
「あ〜!あれ楽しかったよね!」
「うん、二人の浴衣姿もすごく綺麗だったし」
「でもヤチヨの配信を理由に帰ろうとしたことは忘れてないよ?」
「ゴメンナサイ……」
あの時のことは今でもちょっとどうかと思う。
理由があったのはわかったけど、それはそれとしてもっといい断り方は絶対にあったはず。
まあ、あの時は私も彩葉も朝葉がどんなことを言おうと帰す気はなかったけど。
他の女の子を理由にデートを断るのは考えうる限り最悪の選択肢だ。
普段の気遣い屋な朝葉ならそんなこと言わないだろうから、それだけ精神的に追い詰められてたってことなんだろう。
「……朝葉はあの時、ちゃんと楽しめてなかったんだね」
「いやいや、楽しくはあったよ?……でも、他にも色々考え事はしてたかな」
誤魔化すように笑う朝葉の態度から、それが考え事なんて生易しいものじゃなかったことが嫌でもわかった。
これから自分がすることは本当に正しいのか。
間違っていたとしても進むべきなのか。
たくさん悩んで、苦しんで、それでもどれかを選ばなきゃいけなくて。
あの時は私も彩葉も色々悩んだけど、朝葉はきっとそれ以上に悩んでたんだ。
「じゃあさ!」
それなら、朝葉にとってのデートをそんな悲しい思い出のままでは終わらせられない。
「今日こそは最高に楽しいデートにしないとね!」
やるべきことはこれ以上ないほど単純だ。
あの日の苦悩すら笑えるくらい、今日をもっとハッピーで笑顔に溢れてる日にしちゃえばいいだけ。
朝葉は少しだけ目を見開いてから頬を緩めて、それからどこか覚悟を決めたように顔をキリッとさせた。
「そうだね。初めてで至らないところもあるだろうけど、ちゃんとエスコートできるように頑張るよ」
「何言ってんの?違うよ?」
「……ん?」
キリッと顔がすぐに崩れて困惑の表情を見せる朝葉にビシッ!と指を差し向ける。
「今日は私がエスコートするの!だから、朝葉は難しいこと考えなくていいからね!」
朝葉はデートビギナーなんだから、デート経験豊富(彩葉限定)なかぐやお姉さんがリードしてあげるのは当然の摂理。
この際だから、いつも絶妙に子供扱いしてくる朝葉に義姉(予定)の威厳をわからせてやるチャンスでもある。
「いやいや、そういうのは男の子の役目だし……」
「朝葉ってたまに考え方が前時代的だよね」
「ぜ、前時代的……?」
なんとなく思ったことを口に出したら「ぼ、僕ってもしかして……ろ、老害……?」と震え出してしまったので、とりあえず勝手に話を進めることにした。
地球での価値観が現代スタートのヤチヨとは違うんだから、むしろかなり柔軟な方だとも思うけど。
そもそも朝葉は老人じゃない(過激派)
「……そういえば、かぐやは配信で顔出ししてるし普通に出かけたらバレちゃうんじゃない?」
「ああ、それなら……こう!」
復活した朝葉の疑問に答えるように、首元から髪をかきあげる。
すると、すっかり馴染んだ金髪が二人と初めて出会った頃の髪色に染まっていく。
随分前に彩葉に見せた時の技術だ。
「じゃっじゃ〜ん!」
「そっか、確かにその機能を使えばバレる心配はないね……それにしても」
珍しくまじまじと顔を見つめてきたあと、何やら嬉しそうな顔を向けられる。
「まだそんなに経ってないはずなのに、なんだか懐かしく感じるね。その髪色もかぐやに似合ってて僕は好きだよ」
「……タチカワテンネンヒトタラシ」
「タチカワテンネンヒトタラシ!?」
さっきの発言といい、彩葉とはまた別方向で厄介な朝葉にぴったりなあだ名をつけてあげた。
本人は不服そうな顔をしていたけど、我ながらかなり的を射たあだ名だと思う。
かくして、私たちは二人でデートへと繰り出すことになった。
学名 タチカワテンネンヒトタラシ。
タチカワスパダリオオクソボケの近縁種。
元々は同一種であると考えられていたが、互いに誑し合う習性を発見したことで別種であることが明らかになった。
なお、両種ともにコズミックワンパクワルワラベには弱いという性質を持っている。