彩葉の弟は様子がおかしい   作:真球猫

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第五話

 

 

 

「なんなのよ……旨いじゃないのよ……なんなのよ、あんた……久しぶりの美味しいご飯で……身体が喜びに満ちていくじゃないのよ……」

「パンケーキ食べてなかった?」

「地球にはね、甘いものは別腹っていう言葉があるんだ」

「ヴェ〜オモロ〜!」

 

 どうでもいいことを話してる二人を無視しつつ、ついでに今日飛んでいったお札の枚数も無視してポタージュを口に運ぶ。

 

「ムカつくっ!くそっ、ムカ旨い……」

 

 濃厚なのにしつこくない甘味は生のトウモロコシ由来であり、パンケーキとはまた別の上品さを持っている。

 冷房も入れていない真夏の部屋だというのに、胃に温かいものが入ると心が喜びの感情を出力した。

 

 かぐやによって作られた今まで部屋に並んだことのないような豪勢な料理の数々。

 パンケーキを食べた後とはいえ育ち盛りの高校生の胃がそれらを欲しないわけもなく、私は料理の悪魔に見事籠絡されてしまった。

 

「悪魔」

「悪魔じゃないよ、かぐやだよ〜♪」

「よかったね。素敵な名前付けてもらえて」

「やっぱりそう思うっ!?でへへぇ〜いいでしょ〜!」

 

 定期的に朝葉が褒めるせいでかぐやの有頂天っぷりは留まることを知らない。

 

 私が付けた名前を気に入ってもらえているのは悪くない気分だけど、こいつはあまり調子に乗せ過ぎない方がいいと直感が告げていた。

 

 

 

 

「ねえ、マジでここでは匿えないよ」

 

 美味しい物で満腹になるなんていつぶりだろう、なんて思考を追い払う。

 

 このイレギュラー・料理でき・エイリアンは今日だけでも散々やってくれた。

 責任の大半を目を離した私と朝葉で折半したとしてもまだ残るくらいだ。

 

 当の本人は、私の言葉を聞いた様子もなく楽しそうにノートPCを弄っている。

 

 なんか、見覚えというか身に覚えがあった。

 嬉しそうにピアノを弾いてる私が重なって見える。

 何がそんなに楽しかったのか、今となってはもうわからない。

 

「できた!」

「っ!ま、まさか、サイバー犯罪とかじゃないですよね!?」

「だったらさすがに僕が止めるよ」

 

 そう言って苦笑する朝葉。しかし、こいつはかぐや関連では信用ならない。

 犯罪となれば止めるだろうけどそれ以外は笑顔でゴーサインを出す姿が容易に想像できる。

 

「ケータイゲームキットで作ったの!これで犬DOGEといつも一緒だって!」

「これってたしか……」

「懐かしいね。兄さんから彩葉がもらったやつ」

 

 ドヤ顔しながらPCに繋いでいたたまご型のゲーム機に映る犬のキャラクターを見せられる。

 お兄ちゃんからもらったはいいが、遊ぶ機会がなくて放置していた物だから使う分には構わない。

 けど、こんなキャラクターいたか?

 

「ね〜明日は何の料理する?食べたい物ある?」

「一生住む気満々かよ……」

「だって他にどこ行けばいいの〜?もし捕まっちゃったらかぐやちゃん解剖されちゃうかも〜」

「それは困ったねぇ。どこかに救ってくれる王子様はいないもんかな〜?」

「あんたらね……」

 

 好き勝手なことばかり言いやがって……!

 しかし、放り出すと私にも色々不利益が降ってくる可能性があることも事実。

 

 はあ……マジでなんでこうなったの?

 

「……迎えが来るまででいいのね?」

「いいのっ!?」

「目立たない!許可なく外でない!私の邪魔しない!これ守れるならここにいていいよ」

「え……?じゃあかぐやは、どこにも行けず楽しみもなくずっとこのままってこと……?」

 

 縄で縛られてミノムシ状態になったかぐやを幻視する。

 今の時代、家の中で無料で触れられる娯楽も多い。

 少なくとも外に出て危ないことをされるよりはマシだ。

 

「自分でハッピーエンドにするんでしょ。巻き込まないで」

「プップクプ〜ッ!」

「この話無かったことに……」

「やっぱり一緒にハッピーエンドへ行こう〜?おねがぁいっ♡」

「ピ〜ピュ〜♪」

「ちょっとぉ!無視するの禁止!」

 

 都合の悪いことは笑って誤魔化すあんたがそれを言うか。

 私達のやり取りを楽しげに見守っていた朝葉が、場を仕切り直すように軽く手を叩く。

 

「はいはい、二人ともそこまで。彩葉、もうそろそろなんじゃない?」

「あっ!ホントだ……。この時間まで予習するつもりだったのに……」

「どこ行くのっ!?またかぐやを置いてくのっ?」

 

 タイミングよく鳴ろうとしたアラームを解除し、ひっつき虫と化したかぐやを引き離す。

 

「ツクヨミに行くだけ。あんたもスマコン持ってるなら行けるでしょ?」

「そうだった!じゃあ、また三人でお出かけだねっ!」

「あ〜……それはちょっと……」

「なんでよっ!」

 

 意外っ!それは朝葉からの拒絶っ!

 歯切れの悪い朝葉にかぐやが食ってかかる。

 

 そうなんだよね……。

 仕方のないことだけど、私だって何度も悔しい思いをした。

 

「朝葉はね、スマコンを着けられないの」

「ごめんね、かぐや」

「え?なんで?あれるぎぃってやつ?」

 

 よくそんな単語知ってるな。

 多分料理を作る時に調べたのだろう。さすがは料理でき・エイリアン。

 

「アレルギーってより、単純に目が過敏なんだ」

「海に行った時とか大変だったよね。海水とか砂が目に入るだけで大騒ぎして」

「昔からどうも目の刺激に弱いんだよねぇ。だから悪いけど、ツクヨミには二人で行ってきな。僕は配信で見るから」

「ん、わかった。じゃあかぐや、準備するよ」

「む〜っ!なんかよくわからんけど……わかった」

 

 渋々という文字を顔に貼り付けたような表情。

 それでも最後には納得するあたり、少しづつ成長はしている……のか?

 

「あっ、忘れてた。食費は定額制っ!」

「増えたっ!?」

「あ〜そりゃ大事だね」

 

 そうだろうそうだろう。

 お金は大事。どこかの巫女もそう言っていた。(言ってない)

 

 二人で椅子と布団に座りながらスマコンを着ける。

 かぐやは何故か私の手首をずっと掴んでいる。

 初めてで不安って感じでもなさそうだけど、なんでだ?

 

 私達の準備が完了したのを確認してから「目一杯楽しんで!」と言い残して部屋を出ていく朝葉。

 ちゃんと鍵を閉めてくれるのはありがたいが、自分の部屋でもやってほしい。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 軽く息を吸い込んで、かぐやと呼吸を合わせる。

 

「せーのっ」

 

 目を閉じると、スマコンを通じて夜の海に飛び込んだような光景が押し寄せてくる。

 そうして、私達の視界は暗闇に溶けていった。

 

 

 

 

 ◇◇

 自分の部屋に入って扉を閉め、今日は珍しく鍵を掛ける。

 

 引っ越して来た時に少しだけ奮発して買った椅子に座り、机の引き出しを開く。

 そして、左奥にある窪みに指を引っ掛けるとゆっくりと持ち上げた。

 

 二重底。

 古典的だが、身内から物を隠す程度なら十分に機能する。

 

 そこまでして隠したかった物。

 軽く手に収まるサイズの触り心地の良いそれを引き出しから取り出した。

 

 スマコン。

 

 ケースのカラーリングは灰色で、ほんの少し傷が付いていることから少なくとも新品ではないことがわかる。

 

 クッション性のある背もたれに身体を預け、淀みのない動きでスマコンを両の目に着けた。

 

 若干の違和感は感じるものの、苦になるほどではない。

 このまま三日間生活しろと言われてもまったく問題にならないだろう。

 

 二人には嘘を吐いてしまった。

 しかし、余計な齟齬を作るわけにはいかない。

 これは僕の望みにも関わることなのだ。

 

 そのままゆっくりと瞼を閉じる。

 特に掛け声を発することもなく、僕も彼女の世界へと旅立った。

 

 

 

 

「──太陽が沈んで、夜がやって来ます」

 

 厳かな声だ。

 それでも澄み切った美しさを見出してしまうのだから、彼女──ヤチヨの声はどんな芸術品よりも価値がある。

 

 仮想空間ツクヨミ。

 

 ヤチヨが管理人を務める、高度に発達したVR技術によって作られた空間。

 多くのクリエイターとそのファン達で賑わう、現代で最もアツい場所。

 

 瞼を開くと、何度見ても圧倒されるような絶景が広がっている。

 

 和のテイストを前面に押し出した建築物。

 されどあらゆる場所から色とりどりの光で照らされ、慎ましい雰囲気は全くと言っていいほどない。

 空には絶え間なく星々が輝き、そこを光の粒子で形作られた巨龍が優雅に泳ぐ。

 

 幻想的なのは景色だけではない。

 街に目を向ければ、目見麗しいアバターのプレイヤーが所狭しと闊歩している。

 ほとんどのアバターに共通しているのは、何かしらの動物的特徴を持っているということ。

 

 ヤチヨは自身のリスナーのことを『神々のみんな』と呼んでいることから、ツクヨミのプレイヤーは八百万の神をモチーフにしてキャラメイクできるようになっているのだと思われる。

 

 僕のアバターはというと、そんなにこだわってはいない。

 

 髪の色を黒にして、同じ色の狐耳と尻尾が生えていることくらいだ。

 衣装も地味な黒の甚平。せめてものオシャレ兼万が一知り合いに会った時に備えて黒の狐面をしている。

 

 見事に全身真っ黒である。

 直接生えているものと狐面を合わせて、狐耳がダブルになってるのが少しだけシュールだ。

 

 プレイヤーネームは『A』。

 

 ツクヨミ内で人と喋るつもりはないし、誰かに名前を呼ばれる予定もないので適当だ。

 意外とこういう人も多い。

 

 いつもは煩く視界を埋め尽くしているノイズも、ツクヨミ内だと一切その姿を見せなくなる。

 ヤチヨの美しい世界に汚らしいそれを持ち込まなくて済むことにログインする度安堵する。

 

 拾ったうちわを扇ぎながら適当に時間を潰すと、ウィンドウが表示されて控えめなアラームが作動する。

 

 ……そろそろ時間か。

 あらかじめ目的地の近くには来ていたので、特に急ぐこともなく歩を進める。

 

 そして、夜の海を模して作られた円形のライブステージに辿り着いた。

 

 設置された巨大なモニターには、すでにヤチヨの配信開始前に見られる待機画面が映し出されていた。

 どうやら予定通り間に合ったみたいだ。

 

『キタキタキタキターッ!これがないとツクヨミの夜は始まらないっ!本日のヤチヨミニライブ!今夜も完全生中継をツクヨミ各地にもお届け中でぇーすっ!』

 

 忠犬・オタ公が声高らかに叫ぶ。

 モニターに映されたカウントダウンに合わせて、ツクヨミ中から声が上がる。

 

 カウントがゼロになると、除夜の鐘を思わせる音が響き渡り巨大な鳥居が姿を現す。

 そして、鳥居の上の人影がゆっくりと立ち上がる。

 

「お待たせっ!」

 

 ツクヨミの主役、月見ヤチヨが現れた。

 

 人の心を掴むとはこういうことを言うのだろう。

 彼女が一言発しただけで、その場の空気が一色に染められた。

 

「ヤオヨロー!神々のみんな〜、今日も最高だったー?」

 

 毎度お決まりの口上。

 しかし、それが逆に今から始まることへの期待をこれ以上なく高めていく。

 

「うんうん、よ〜し!今宵もみんなを誘っちゃうよ〜⭐︎」

 

「Let's go on a trip!」の掛け声と共に、再び会場の空気が一変する。

 熱狂に包まれた先ほどとは反対に、今度は痛く感じるほどの静寂が支配して。

 

 届けるような、祈るような歌声が響き渡った。

 

 歌が始まると同時に会場が水で満たされる。

 ツクヨミ内なので当然問題ないが、慣れていない人が数人慌てているのが視界の端に映る。

 

 ……まだ、始まったばかりなんだけどな。

 感動で思わず涙が溢れそうになる自分に呆れてしまう。

 

 この瞬間に感じる全てが綺麗だ。

 海中をモチーフにした幻想的な演出は、君が見た世界を僕達にも教えてくれる。

 鈴が鳴るような声が美しいメロディに乗って耳に届く度、心に涼風が吹く。

 

 そして、燦然と輝く君の瞳は一度目にしたら頭に刻み込まれて離れない。

 黎明の空をくり抜いたようなその瞳に、彩葉は何度ときめいたのだろうか。 

 

 ただヤチヨの歌に聞き惚れて、その優雅なパフォーマンスに見惚れていた。

 

 すると、空中でクラゲと集まったヤチヨが子供サイズになって分身をした。

 ヤチヨはAIライバーだ。人間にはできないパフォーマンスもこなすことができる。分身もその一つ。

 

 会場の各地にミニヤチヨが降り注ぎ、ファンの隣に座ったり話しかけたりとものすごいファンサービスを行っている。

 

 そして、僕の下にも一人のミニヤチヨがやってきた。

 

 近くまで来たというのに軽く手を振るだけなのを見て、僕が所謂無言勢であることを察したのだろう。

 ニコリと微笑むと、手頃な高さにある可愛らしい頭を差し出してきた。

 

 ……これは、そういうことだろうか?

 彩葉の般若顔を幻視しつつ、おっかなびっくりとミニヤチヨの頭を撫でる。

 

 するとミニヤチヨは嬉しそうに笑みを深め、ウインクを一つしてからフワフワと浮いて去っていった。

 

 その笑顔が、ツクヨミにはないはずの体温の記憶が、君をあの子と重ねさせる。

 

 

 彩葉が育てた月のお姫様に、君は似ている。

 

 

 いけない。ライブを楽しみに来たのに関係ないことを考えるべきじゃないな。

 

 ……君の努力を肯定し、願いを叶える存在は僕じゃない。

 そんな資格、あるはずがない。

 

 僕はただ信じて前に進むだけ。

 この道が、君の幸せにも続いていると信じて進み続けるだけだ。

 

 素晴らしい歌と一周回って恐怖を覚えるファンサに心を打たれつつ、僕はヤチヨのミニライブを堪能した。

 

 

 

 

「ここでお知らせ!ヤチヨカップっていうイベントを開催しま〜す⭐︎」

 

 曲が終わり観客の熱狂も落ち着きを見せた頃、ヤチヨの口から重大発表が行われた。

 

 内容は『ヤチヨカップ』という大会の開催報告。

 期間内に最も新規ファンを獲得したライバーが優勝者となり、賞品としてヤチヨとコラボライブをする権利が与えられるというもの。

 

 会場のあちこちから「ヤチヨがライブでコラボ!?」「配信でなら多少はあったけどなぁ」「誰と!?やっぱ黒鬼かなっ!?」など、俺は詳しいんだと言わんばかりに古参ファン達が声を上げている。

 

 こうすることによって新規ファンの人もことのすごさがわかるだろう。

 これでサクラではなく純粋なファンの人達なのだから、オタクとはつくづく推しに奉仕する生き物である。

 

 自分のことを棚に上げつつそんなことを考えていると、何やら会場へ豪奢な屋形を引いた虎が侵入してきた。

 

 大迫力の抜刀音があたりに響き渡ると、屋形が内側からバラバラに切り裂かれる。

 

 その中から現れた三人の男。彼らを知らずにツクヨミ、少なくともKASSENプレイヤーは名乗れない。

 

「よお、子兎共!お前らの帝様が来たぜっ!」

 

 明朗快活を体現し、この世に存在する気風の良い男性への褒め言葉のほとんどが当てはまるであろう赤髪の鬼──『帝アキラ』が声を上げる。

 身に纏うのは胸元を大きく開けた派手な衣装。しかし、要所で見せるどこか気品を感じさせる所作は彼がただの俺様系キャラではないことの何よりの証左だ。

 

 後ろに続く二人もインパクトで負けてはいない。

 

 片角の白髪男──『雷』は深く被ったフードから覗く熊耳がチャームポイント。沈着な態度も相まって非常にギャップ萌えというやつだ。

 これで戦闘では魔法職の頭脳プレイと芭蕉扇を振り回す脳筋プレイを使い分けるのだから、女性のみならず男の子も大歓喜である。

 

 むしろインパクトでは一番なのかもしれないのは、桃色と黒を基調とした地雷系の衣装に身を包んだ鬼角と虎耳の男?である『乃衣』だ。

 ……いや、彼が男性なのは知ってるんだ。

 声だってそれ単体で聞けば男そのものなんだ。

 けどあり得ないくらい可愛いらしいんだ。

 普通にデートに行きたい。(真顔)

 

 まるでライブをジャックするかのような登場。

 帝が指を弾くと、あたりに展開されたウィンドウに彼らのスポンサーと直近の大会優勝歴、そしてオリジナル曲が流れ出す。

 

 彼らの名は『ブラックオニキス』。

 

 通称『黒鬼』と呼ばれる三人チームの彼らは、現代でトップクラスの人気を誇るゲーム『KASSEN』において輝かしい成績を残し続けるeスポーツ界のスターだ。

 

 アイドルとしての側面も持っており、卓越したゲームの腕前に加えておまけでは済ませられない歌唱とダンスの技術は、他のライバーには簡単に真似できないオリジナリティとなっている。

 

「また、祭りが始まるな」

「俺って今日も作画良すぎ♡でしょ♡」

「俺達に優勝してほしいよな?底なしの夢を見せてやるぜ!」

 

 大量の華やかな紙吹雪が蒸気と共に噴き出される。

 相変わらず、ファンへの夢の見せ方をわかっている人達だ。

 かくいう僕も表に出していないだけで心が踊っている。

 

「ってことで、俺ら優勝するから。ヤチヨちゃんライブよろしくね?」

「そういう運命なら、もちろんヤチヨは従うよ〜」

 

 帝からの挑発的な笑みにも動じずにこやかに答えるヤチヨ。

 

 もし黒鬼がヤチヨカップを優勝するのなら、賞品であるライブは素晴らしいものになるだろう。

 パフォーマンス、知名度、カリスマ性。

 どれを取っても不足がないどころか相応しいとすら思える。

 

 ただ──

 

「ヤァァァチィィィヨォォォーーーッ!!!」

 

 会場中に響き渡る恒星のような声。

 

 その出所を見て、自然と笑みが浮かんだ。

 きっとその姿を見て彩葉も同じことを思っただろう。

 

 ──金髪ギャルいかぐや姫。 

 

「かぐやがヤチヨカップ優勝するっ!そんで、絶っ対コラボライブするっ!彩h、むーっ!」

 

 途中で隣にいた狐耳のプレイヤー、恐らく彩葉に口を無理やり閉ざされていたが、すでにその宣言は会場中が聞き届けてしまった。

 

 当然、僕も。

 

 胸が高鳴る。

 本当に久しぶりに、純粋な高揚なんていう感情が胸の内をくすぐる。

 

 ヤチヨの心が震える歌声とも黒鬼に見せてもらう夢とも違う、明日に進むのが楽しみになるような希望の煌めきがその宣言にはあった。

 

 どれが優れているという話じゃない。

 今日の僕には偶々その煌めきが刺さったのだ。

 

 沸き立つ心をすぐに諌めようとして、やめた。

 今だけはこれで良い。心地の良いこのワクワクに、身を委ねていたい。 

 

 ヤチヨは微笑みながら何かしらを呟き、帝は「面白くなりそうだな」と溌剌とした笑みを浮かべていた。

 やはりどちらも簡単には揺るがない大物だ。

 

 さて、そろそろ彩葉達も帰ってくるだろう。

 特にこのあと会う予定はないが、備えておくに越したことはない。

 

 そんなことを考えていたらスマホと連動したメッセージアプリから通知が来た。

 

『芦花ちゃん「夜遅くに本当に申し訳ないんだけど、今からお話ってできない?」』

 

 どうやら、僕の夜はまだ終わらないらしい。

 長丁場になることも想定して、カフェイン飲料の類も用意しなければ。

 

 ほどよい疲労感と、この短時間に心に詰め込まれたたくさんの感情を抱えて僕は現実に戻った。

 

 

 

 

 ◇◇

「待って!忘れ物っ!」

 

 推しと二人きりの空間に耐えきれず、しどろもどろになりながらその場を去ろうとする彩葉の両手がヤチヨの手によって包まれる。

 

 今日彩葉が持っていたのは『握手券付きライブチケット』。

 ライブ後にヤチヨと握手する権利が付与されたファン垂涎の超希少な代物だ。

 

「あ……ありがとうございますっ!」

 

 ミニヤチヨ状態であるとはいえ、念願の推しとの接触に限界化寸前になりながらもなんとか別れの挨拶は吐き出された。

 

 狐耳を揺らしながら大きくお辞儀をすると、そのまま逃げるように一目散に駆け出す。

 

 そんな慌ただしい様子の彩葉に微笑みを浮かべながら、ヤチヨはその姿が見えなくなるまで見送った。

 

「いつも来てくれてありがとね、彩葉……」

 

 本人に届かない言葉を口の中で燻らせて、月のように輝くミラーボールを見上げる。

 

「君にも届いてるかな。届いてたらいいな……」

 

 宛名のない言葉が空を揺蕩いながら、ツクヨミの夜は更けていった。

 

 

 

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