「まだまだ足りない!どうすればいいのだーっ!」
灼熱の日差しが降り注ぐビーチにかぐやの声が響く。
普通に迷惑になるからやめてほしい。
かぐやはライバーとして破竹の勢いで突き進んでいる。
インフルエンサーである芦花や真実から教えを受けたこともあり、まったくの新人からヤチヨカップ二百八十位と大健闘といえる順位にいた。
しかし、そんなもので満足する我儘姫ではないわけで。
トップである黒鬼との差がなかなか縮まらないことにやきもきしているようだった。
「もう結構色々やったしね〜」
「やはりここは彩葉が着ぐるみを脱ぐことで新たな需要をだね──」
芦花と真実がそれぞれ答えるが、片方は聞き捨てならなかった。
真実の手元にあった焼きそばをひったくり、一口で勢いよく啜り込む。
「あ〜!嘘!今の嘘っ!」
そんな言い訳も虚しく、真実の前には空になった容器だけが置かれた。
三つも食べたんだから、このくらいはいいだろう。
今私達は海に来ている。
メンバーは私、かぐや、芦花、真実の四人。
ビーチに敷かれたレジャーシートやパラソルの下で休憩している最中だった。
「やっぱ歌!オタクもみんな喜んでたし!」
「オタク言うな」
「彩葉〜新曲作ってよぉ。伴奏もしてぇ」
「これ以上勉強とバイトの時間は減らせません」
純然たる事実を述べてかぐやの要求を突っぱねる。
海に来てることを指摘されたが、マジなエリートは遊びも疎かにしないものだ。
まだ関係が拗れる前、お母さんが似たようなことを言っていたのを思い出す。
あの時は、まだ厳しくも優しい人だった。
そんなお母さんからの教えを、私と朝葉で目を輝かせながら聞いたものだ。
「このままじゃ、優勝できない……」
マズい、かぐやの周りにしおらしいオーラが漂い始めた。
悲しげな声色、潤んだ瞳、身体の一挙手一投足まで他人の同情を買うことに振り切った動作。
私と朝葉はこれに勝ったことがないのだ。
「かぐやのこと助けて?彩葉に、演奏してほしい……」
お願い、負けないで私!
私が今負けちゃったら、今後の勉強やバイトの予定はどうなっちゃうの?
拒否権はまだ残ってる。(ホンマか?)
ここを耐えれば、かぐやに勝てるんだから!
「……ま、まあ。時間が空いてたら……ね」
次回を告げるまでもなく私の敗北が決まってしまった。
「よっしゃーっ!もっともっと配信するぞーっ!」
「なぜ断れない……なぜ……」
「チョロ葉〜」
「チョロ葉だね〜」
なんだその不名誉極まりないあだ名は。
「……私がチョロ葉なら朝葉はガバ葉だけどね」
ここにいない弟にも自分の負けをお裾分けする。
朝葉はかぐや絡みの物事の許諾ラインがガバガバ過ぎるのだ。
今度会ったら直接言ってやろう。八つ当たりである。
「そういえば、朝葉君って何で来れなくなっちゃったの?」
「急に無理になったとしか聞いてなかったよね〜」
「朝葉はね〜。なんかジッカ?ってとこに帰っちゃったよ〜」
かぐやの言葉に場の空気が凍りつく。
「……え?実家って、例のお母さん語録制作者がいる彩葉の実家!?」
「大丈夫なの?何かひどいこと言われたりとか……」
まあ、芦花と真実は私とお母さんの関係を知っている。
この反応も無理はない。
「あ〜大丈夫大丈夫。いや、大丈夫ではないけど何とかなってるから大丈夫」
「全然信用できないよっ!?」
「朝葉は昔からお母さんとの相性良いから、なんか言われてもヘラヘラして流せるんだ」
……私と違って、という言葉はさすがに飲み込んだ。
正論を振り翳してこちらを抑圧してくるお母さんに、毒気を抜くような態度で煙に巻く朝葉は好相性だ。
私は同じようにはできなかった。
朝葉は私達家族を繋いでくれているように見える。
お兄ちゃんには頻繁に会いにいっているし、長期休みには必ず実家に帰ってる。
きっと朝葉がいなかったら、私達はほとんど繋がりを失っていただろう。
そんな姿を見て「私は親不孝者やね」なんて冗談めかして言ったことがあったけど「そんなわけないやろ」って真顔で怒られたっけ。
あれは、少し怖かったな。
「朝葉もくればよかったのに〜。一緒に水着選んだんだしさぁ〜」
かぐやと芦花は一緒に水着を買いに行ったようで、それに朝葉も同行したらしい。
帰ってきたら顔こそ穏やかな笑みを浮かべていたけど、足元がガクガクだったのには驚いた。
数時間に及ぶファッションショーと荷物持ちは、さすがの体力自慢の朝葉でもだいぶキツかったようだ。
芦花からの気遣いを漢気で耐えたと誇らしげに言っていたけど、多分甘えてた方がお互い幸せだったと思う。
男子は見栄を張りたがるというのはあながち間違いではないのかもしれない。
「朝葉も色々水着試着してたし、絶対来た方がよかったよぉ〜。……あっ」
水着を買いに行った時のことを思い出していたであろうかぐやの不満気な声が、不自然に途切れた。
その時、かぐやが来てから慣れ親しんでしまった嫌な予感を感じ取る。
私はいつの間にこんな特殊技能を習得したんだ?
「そういえばさ、朝葉の首の傷ってどうやってついたやつなの?」
かぐやが何気なく発した疑問によって、本日二度目の空間冷凍が行われた。
こいつ、物怖じという概念がないのか?
「さすがにそれを聞くのはちょっと……」
「そ、そうだよね。言いたくないこととかもあるだろうし……」
大きい傷、それも首というデリケートな部分についたものだ。
いくら友達であっても軽々しく話題には挙げられない。
二人とも遠慮の姿勢を見せてはいるが、その目にはどこか興味の色が浮かんでいる。
人の怪我の理由が知りたいというと外聞が悪いが、友人の知られざる過去に触れたいというのであればわからないでもない。
実際、朝葉のアレはただの怪我ではないのだ。
特に私にとっては。
三人の目に射抜かれて、逃げ場がないことを悟る。
一つため息を吐いてから「朝葉には私が言ったこと内緒にしてね?」と約束させた。
「あれは、私達を助けてくれた時についた傷なの」
私がまだ小学校に入ったばかりのことだ。
珍しく両親のまとまった休みが取れたことで計画された家族旅行。
そこで、悲劇が起きた。
車での移動中、急に対向車が減速せずに突っ込んで来たのだ。
車を運転していたお父さんは、反応できていないように見えた。
当たり前だ、あんなの誰だって反応できない。
それを見て、幼かった私は『もうダメだ……』ってただ震えることしかできなかった。
でもその時、隣から朝葉が飛び出した。
いつの間にシートベルトを外していたのか、それすら私は気づくことができなかった。
朝葉は目も合わせずに私の肩に優しく手を置いてすぐに離すと、助手席に座っていたお母さんを後部座席に引きずり込んで、父さんの頭を押して無理やり下げさせた。
咄嗟のことで全然動きは見えなかったけど、起こったことを言えばそれだけだ。
でも、もしそれがなければお父さんはあの時死んでしまっていたかもしれない。
だって、元々お父さんの首があった位置には、大きな硝子片が突き刺さっていたから。
あれが実際にお父さんの首に刺さっていたら……考えただけでも血の気が引いた。
そのかわり、朝葉は代償を支払うことになった。
お父さんの座席に刺さっているものと比べれば小さいが、鋭い硝子片が朝葉の首を掠めたのだ。
当時六歳の子供の首だ。
軽く硝子片が掠っただけでも致命傷になり得た。
幸いすぐに冷静さを取り戻したお父さんとお母さんの的確な対処によって、朝葉は何の後遺症もなく怪我を治すことができた。
……まあ、ひと段落したあと二人によって行われた怒りと悲しみと心配と感謝が詰まったお説教は、見ているだけだった私とお兄ちゃんが背中に滝汗をかいてしまうほどには恐ろしかったけど。
ちなみに、怒りと心配がお母さんで悲しみと感謝がお父さんだ。
どっちのお説教も別ベクトルで絶対に受けたくない。
あの時救われたのは、何もお父さんだけじゃない。
私も救われた。
何もできなくて、これから起こる惨劇に震えるだけの弱い自分が嫌で堪らなくて。
でも、朝葉に肩を少し触られただけで心がフワリと軽くなった。
あの時、朝葉は私の心も救ってくれたのだ。
「そんなこんなで、朝葉の傷はその時についたものなの。これで納得した?」
さすがに詳しい話は恥ずかしくてできないので『旅行中に危なかったところを朝葉が助けてくれた』くらいの話にまとめた。
それでも普段のおちゃらけた印象を変えるには十分だったようだ。
かぐやは「かっけぇーっ!」と目を輝かせ、芦花と真実も表情の中に尊敬の色が見える。
これ、言わない方がよかったかな?
この光景を見た朝葉が顔を困らせている絵面が容易に想像できる。
……だってしょうがないじゃないか。
あんたはいつも人ばっかり持ち上げて、自分のすごいところを全然表に出してくれない。
偶には私だって、あんたみたいに『私の弟はすごいんだぞ』って自慢しても許されるでしょ?
昔から常々抱えてきた鬱憤が、三人の素直な反応のおかげで少しだけ晴れていくように感じられた。