ゼロの使い魔 虚無の少女と英雄王の宝物庫   作:僕の考えた最強のルイズ

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第4話 ゼロの少女は、使い魔の傷を隠す

 

 

才人は、部屋に戻るなり床に沈んだ。

 

正確には、ルイズが支えきれないふりをしながら毛布の上へ転がした。実際には彼一人を抱えるくらい難しくもなかったが、そんなところを誰かに見られたら説明が面倒になる。だからルイズは、息を切らしたふりをして膝をつき、床に倒れ込んだ才人を睨みつけた。

 

「このバカ使い魔」

 

「……勝ったのに、第一声それかよ」

 

「勝ったからって、傷が消えるわけじゃないでしょ」

 

才人は言い返そうとして、痛みに顔をしかめた。頬には擦り傷、腕には打撲、肩にも青銅の拳が掠めた痕がある。骨に異常はなさそうだが、普通の高校生が初めて受けるには十分すぎる痛みだった。

 

ルイズは水差しと布を取る。表情は不機嫌に保ったまま、手つきだけはできる限り丁寧にした。

 

「染みるわよ」

 

「もうちょっと優しく言えないのか」

 

「優しくしたら調子に乗るでしょ」

 

「怪我人に厳しすぎる……!」

 

文句を言いながらも、才人は大人しくしていた。さすがに体が限界なのだろう。先ほどまでワルキューレを相手に立っていた少年とは思えないほど、今は力が抜けている。

 

ルイズは傷を拭いながら、内心で息を吐いた。

 

生きている。

 

それだけで、胸の奥に沈んでいた硬いものが少し緩む。決闘が始まった時点で、才人が死ぬ前には必ず止めるつもりだった。実際、致命傷になる前に介入できるだけの力もあった。

 

それでも、痛めつけられる才人を見ていた。

 

ガンダールヴを確認するために。王律鍵の反応を知るために。原作の流れを大きく崩さないために。

 

どんな理由を並べても、その事実は変わらない。

 

「なあ」

 

才人が薄く目を開ける。

 

「お前、怒ってる?」

 

「怒ってるわよ」

 

「決闘したから?」

 

「それもある」

 

「それも?」

 

ルイズは布を水に浸し直した。

 

「勝手に危ないことをしたから。私の言うことを聞かなかったから。あと、怪我をしたから」

 

「最後、俺のせいなのか?」

 

「そうよ。怪我なんて、する方が悪いの」

 

「無茶苦茶だな」

 

才人は小さく笑った。痛そうな笑い方だった。

 

ルイズは視線を落としたまま、軟膏の入った小瓶を開ける。普通の薬に見えるが、中身はわずかに薄めた宝物庫由来の秘薬だった。本来なら、打撲程度はすぐ消せる。けれど、そこまでやるわけにはいかない。

 

だから、自然に治る範囲を少しだけ早める程度に留める。

 

「これ、何の薬?」

 

「打ち身に効く薬」

 

「高いやつ?」

 

「私のものよ。文句ある?」

 

「いや、ありがたいけど」

 

才人は少しだけ黙った。

 

「……ありがとな」

 

ルイズの手が止まりかけた。

 

「何が」

 

「止めてくれて。最後、たぶん俺、加減分かってなかった」

 

「分かってるなら、最初から無茶しないで」

 

「でも、あそこで引いたら駄目だろ」

 

「その理屈でいつか死ぬわよ、あんた」

 

「死なねえよ」

 

「何の根拠もないわね」

 

才人は答えなかった。彼自身も分かっているのだろう。勝てたのは自分の実力ではない。剣を握った瞬間、体が勝手に動いた。見えなかったものが見え、重かった剣が手に馴染み、相手の動きに体が追いついた。

 

それは高揚でもあり、恐怖でもあったはずだ。

 

「俺さ」

 

才人は左手を見た。

 

「剣を握った時、変だった。なんか、体が勝手に動いた。あれが、先生の言ってた……なんとかってやつなのか?」

 

「まだ分からない」

 

「またそれかよ」

 

「分からないことの方が多いのは本当よ」

 

「じゃあ、分かってることは?」

 

ルイズは才人の左手を見た。今は静かなルーン。その奥で、何かが眠っているように見える。

 

王律鍵は、まだ腰の隠し鞘で熱を残していた。才人が剣を握った瞬間、蔵は確かに揺れた。もし次に彼が、本物の宝具へ触れたらどうなるのか。

 

考えたくもない。

 

「武器を持つと、体が勝手に使い方を覚える可能性がある」

 

「それ、めちゃくちゃ便利じゃねえか」

 

「便利なものほど危ないのよ」

 

「なんで」

 

「便利だから、頼りたくなる。頼り続けたら、引き返せなくなる」

 

才人は黙った。

 

ルイズは包帯を巻く。強くしすぎないように、けれど緩まないように。手当てをしながら、こんなことをしている場合ではないと思う自分もいる。王律鍵を確認しなければならない。コルベールに何を聞かれるかも考えなければならない。ギーシュ戦で目立ちすぎた才人をどう守るかも考える必要がある。

 

それでも、今は目の前の傷から目を逸らしたくなかった。

 

「終わり」

 

「お、意外と手際いいな」

 

「意外とは余計よ」

 

「いや、貴族のお嬢様ってこういうのしないかと思って」

 

「……必要ならするわ」

 

才人は少しだけ驚いたようにルイズを見た。

 

その視線が妙に落ち着かなくて、ルイズは立ち上がった。

 

「寝てなさい。しばらく動いたら駄目」

 

「腹減った」

 

「は?」

 

「決闘したし、痛いし、疲れたし、腹減った」

 

「寝てなさいって言ったでしょ」

 

「飯食ってから寝たい」

 

「我儘な使い魔ね」

 

「怪我人だぞ」

 

「怪我人なら大人しく寝てなさい」

 

言い合いながら、ルイズは扉の方を見る。食堂へ連れていけばまた注目を集める。かといって、このまま空腹で放っておくのも気が引ける。

 

少し考えてから、ルイズは扉を開けた。

 

「外に出るわよ」

 

「飯?」

 

「使用人の食堂に行きなさい。シエスタがいるはずよ」

 

「シエスタって、さっきのメイドの子か」

 

「そう」

 

才人の顔が少し明るくなったのを見て、ルイズは無性に面白くなくなった。

 

「何よ、その顔」

 

「いや、優しかったからさ」

 

「……ふうん」

 

「なんだよ」

 

「別に。行くなら早く行きなさい。廊下で倒れても知らないわよ」

 

「お前、ほんと一言余計だな」

 

才人は痛む体をかばいながら立ち上がった。ルイズは一瞬手を貸しそうになり、慌てて腕を組む。才人はそれに気づかないまま、ふらつきながら廊下へ出ていった。

 

扉が閉まる。

 

ルイズはすぐに腰の隠し鞘へ手を伸ばした。

 

王律鍵は、小さな装飾鍵の姿に戻っていた。けれど、指先に触れる熱は完全には消えていない。才人の左手に刻まれたルーンが、まだどこかで蔵の中身を呼んでいるような感覚がある。

 

「最悪ね」

 

小さく呟く。

 

ガンダールヴと王の財宝。相性は良すぎる。才人が武器を選ばないなら、王の蔵に眠る原典にも触れられる可能性がある。もちろん、鍵はルイズの手元にある。蔵を開く権限も自分にある。だが、今日の反応を見る限り、絶対とは言い切れない。

 

黄金の奥で、何かが笑った気がした。

 

使える。

 

ルイズは鍵を握りしめた。

 

「黙ってなさい」

 

才人は道具ではない。

 

自分にそう言い聞かせる。

 

しばらくして、扉が軽く叩かれた。

 

「ミス・ヴァリエール。シエスタです」

 

「入りなさい」

 

入ってきたシエスタは、盆を手にしていた。温かいスープとパン、軽い肉料理。怪我人向けに消化の良さそうなものを選んでいるあたり、相変わらず抜け目がない。

 

「才人は?」

 

「厨房の方で食事を召し上がっています。少し痛むようですが、歩けていました」

 

「そう」

 

「ご命令通り、目立たないようにしています」

 

「命令じゃないわ。ついでよ」

 

「はい。ついで、ですね」

 

シエスタは柔らかく微笑んだ。

 

ルイズは眉をひそめる。

 

「何よ、その顔」

 

「いえ。ミス・ヴァリエールは、相変わらずお優しいなと思いまして」

 

「優しくないわよ。使い魔を管理しているだけ」

 

「はい。管理ですね」

 

「……シエスタ」

 

「はい」

 

「わざとでしょ」

 

「少しだけ」

 

シエスタは悪びれずに答えた。

 

普通の学院メイドなら、貴族令嬢にこんな物言いはしない。けれどシエスタは、ルイズに対してだけは時折、距離を間違えたような近さを見せる。もちろん、人前では絶対に出さない。二人きりの時だけだ。

 

ルイズはそれを許している。

 

許してしまっている。

 

「才人さんは、良い方ですね」

 

シエスタがぽつりと言った。

 

ルイズの眉が動く。

 

「もう評価したの?」

 

「はい。わたしのことで怒ってくださいましたから」

 

「別に、あんたのためだけじゃないわ。あいつはそういう性格なのよ。目の前で誰かが困っていたら、後先考えずに首を突っ込む」

 

「だから、心配ですか?」

 

「当然でしょ。すぐ死にそうだもの」

 

「妬いているのかと思いました」

 

「はあ!?」

 

ルイズの声が裏返った。

 

シエスタは盆を机に置きながら、少しだけ楽しそうに目を細める。

 

「才人さんが、わたしに少し懐いてくださったようでしたので」

 

「懐くって、犬じゃないんだから」

 

「使い魔では?」

 

「それは私が言うのはいいけど、あんたが言うと違うわ」

 

「難しいですね」

 

「分かって言ってるでしょ」

 

シエスタは答えず、ルイズの横へ近づいた。自然な動きだった。けれど、その足運びには音がない。幼い頃から何度も見た動き。学院の床を歩く普通のメイドとは、根本的に違う。

 

「ミス・ヴァリエール」

 

「何」

 

「才人さんは、どこまでご存じなのですか?」

 

ルイズは黙った。

 

その問いの意味は一つではない。自分が日本を知っていること。王律鍵のこと。ガンダールヴのこと。虚無のこと。これから起こるはずの出来事のこと。

 

「ほとんど何も」

 

「そうですか」

 

「話せないわ。まだ」

 

「はい」

 

シエスタはそれ以上聞かなかった。聞かないでいてくれるところが、彼女の優しさであり、怖さでもある。

 

ルイズは小さく息を吐いた。

 

「今日の決闘で、才人の左手が反応した」

 

「ガンダールヴ、ですか」

 

「声が大きい」

 

「失礼しました」

 

シエスタはすぐに頭を下げる。

 

ルイズは腰のあたりへ視線を落とした。

 

「それだけなら想定内。でも、王律鍵まで反応した。才人が剣を握った瞬間、蔵が開きかけた」

 

シエスタの表情がわずかに引き締まる。

 

「危険なのですか?」

 

「分からない。でも、良くはないわ。あの子が宝具に触れたら、何が起きるか読めない」

 

「才人さんを遠ざけますか?」

 

「それは無理。才人は私の使い魔で、同郷人で、日本へ帰るための手がかりでもある。それに……」

 

「それに?」

 

ルイズは少し言葉に詰まった。

 

シエスタが待っている。

 

「放っておけない」

 

ようやく出した言葉は、ひどく小さかった。

 

シエスタは静かに微笑んだ。

 

「はい」

 

「何よ」

 

「いえ。安心しました」

 

「何が」

 

「ミス・ヴァリエールが、才人さんを駒としてだけ見ていないことに」

 

ルイズは反射的に言い返そうとして、やめた。

 

駒。

 

その言葉は、胸の奥に刺さった。自分は才人を利用するつもりがある。日本へ帰る手がかりとして、原作の流れを知る鍵として、ガンダールヴとして。そう見ている部分は確かにある。

 

だからこそ、違うと何度も言い聞かせなければならない。

 

自分の奥にいる王は、きっと才人を有用な手として見る。

 

けれど、ルイズはそうしたくなかった。

 

「シエスタ」

 

「はい」

 

「才人を見ていて。あの子、絶対また無茶をするから」

 

「承知しました」

 

「ただし、あんたの力は見せないこと」

 

「はい。ミス・ヴァリエールの許可なく、余計なことはいたしません」

 

その言い方が少し硬くて、ルイズは目を細めた。

 

「不満?」

 

「少しだけ」

 

「才人を助けたかった?」

 

「はい」

 

シエスタは正直に頷いた。

 

「でも、ミス・ヴァリエールが止めたので止まりました」

 

「……ごめん」

 

「謝らないでください。わたしは、あなたが理由なく止める方ではないと知っています」

 

そういうところが、ずるい。

 

ルイズは視線を逸らした。

 

シエスタは深く一礼し、部屋を出ていった。扉が閉まった後も、ルイズはしばらくその場から動けなかった。

 

才人は自分の使い魔。

 

シエスタは自分の側にいる少女。

 

どちらも、放っておけない。

 

そして、どちらも自分の思い通りには動かない。

 

夕方になり、才人が厨房から戻ってきた。腹が満たされたせいか、顔色は少し良くなっている。だが、部屋へ戻る途中で誰かに声をかけられたらしく、妙に落ち着きがなかった。

 

「何その顔」

 

「いや、別に」

 

「別にって顔じゃないわよ」

 

「……キュルケって人に会った」

 

ルイズのこめかみがぴくりと動いた。

 

「それで?」

 

「なんか、決闘見てたって。すごかったわね、みたいなこと言われた」

 

「ふうん」

 

「あと、夜に部屋へ来ないかって」

 

空気が止まった。

 

才人は言ってから、まずかったと気づいた顔をする。

 

ルイズはゆっくりと立ち上がった。

 

「へえ」

 

「いや、俺は別に行くとは言ってないぞ」

 

「へえ」

 

「なんで二回言った?」

 

「使い魔のくせに、主人の許可なく女の部屋へ行くつもり?」

 

「だから行くとは言ってないって!」

 

「鼻の下伸ばしてたんでしょ」

 

「伸ばしてねえよ!」

 

「キュルケはそういう女よ。人をからかうのが好きなの。特に私をね」

 

「お前、あの人と仲悪いのか?」

 

「良く見える?」

 

「見えない」

 

「なら聞かないで」

 

ルイズは腕を組んだ。胸の奥がざわざわしている。才人がキュルケに誘われたこと自体は、予想できた。ギーシュ戦で目立った以上、キュルケが興味を持つのは自然だ。彼女の性格を考えれば、才人をからかい、同時にルイズの反応を楽しむくらいはする。

 

分かっている。

 

分かっているのに、不快だった。

 

才人は自分の使い魔だ。保護対象だ。日本へ帰る手がかりだ。だから、勝手に動かれると困る。それだけのはずだった。

 

それだけのはずなのに。

 

胸の奥で、誰かが囁く。

 

我のものに手を伸ばすか。

 

ルイズは息を止めた。

 

まただ。

 

怒りとも嫉妬とも違う、もっと傲慢で、もっと冷たい所有の感覚。才人を人間としてではなく、手元にあるものとして見ようとする声。

 

違う。

 

ルイズは唇を噛んだ。

 

才人は物じゃない。使い魔という立場で縛っている自分が言えたことではないが、それでも、心の底ではそう思っている。

 

「ルイズ?」

 

才人が不安そうに覗き込む。

 

「顔色悪いぞ」

 

「何でもないわ」

 

「またそれかよ」

 

「本当に何でもない」

 

ルイズは顔を背けた。

 

王律鍵が、腰の奥でかすかに熱を持っている。戦いだけではない。強い感情にも、あの鍵は反応する。いや、もしかすると鍵ではなく、自分の中の王の記憶が揺れているのかもしれない。

 

才人は困ったように頭を掻いた。

 

「行かねえよ」

 

「何が」

 

「キュルケって人の部屋。なんか、面倒になりそうだし」

 

ルイズは振り返った。

 

「本当に?」

 

「疑いすぎだろ」

 

「信用がないのよ」

 

「昨日召喚されたばっかで信用も何もないだろ」

 

「それもそうね」

 

才人はため息をついた。

 

「でも、あの人美人だったな」

 

次の瞬間、枕が飛んだ。

 

「痛っ!」

 

「やっぱり鼻の下伸ばしてるじゃない!」

 

「感想くらい言ってもいいだろ!」

 

「よくないわよ、このバカ犬!」

 

「犬じゃねえ!」

 

騒ぎながら、才人は少しだけ笑っていた。ルイズも、怒ったふりをしながら、胸の奥の重さが少し薄れていくのを感じた。

 

それでも、消えたわけではない。

 

才人は自分の使い魔だ。

 

そう言い聞かせるたびに、奥底の声が笑う。

 

ルイズはその声を押し殺し、いつものように顎を上げた。

 

「今日はもう寝なさい。明日からはもっと働いてもらうわよ」

 

「怪我人なんだけど」

 

「動けるなら働けるでしょ」

 

「鬼かよ」

 

「主人よ」

 

才人は文句を言いながら、床の毛布へ戻っていった。ルイズは窓の外へ視線を向ける。夜の学院は静かで、昼間の騒ぎが嘘のようだった。

 

けれど、何も終わっていない。

 

ガンダールヴ。

 

王律鍵。

 

シエスタの沈黙。

 

キュルケの誘惑。

 

そして、自分の中で目を覚ましつつある、王の声。

 

ルイズは腰の隠し鞘へ触れた。

 

熱は、まだわずかに残っていた。

 

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