ゼロの使い魔 虚無の少女と英雄王の宝物庫   作:僕の考えた最強のルイズ

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第5話 ゼロの少女は、錆びた剣を選ばせる

 

才人は、翌朝になっても少しぎこちない歩き方をしていた。

 

ギーシュとの決闘で受けた打撲は、ルイズが手当てしたおかげで見た目ほど悪くはない。だが、青銅の拳で殴られ、地面を何度も転がった体が一晩で元通りになるはずもなかった。本人は平気な顔をしているつもりらしいが、階段を下りるたびに小さく顔をしかめている。

 

ルイズはそれを見ないふりをした。

 

「遅いわよ」

 

「怪我人に言うことか、それ」

 

「歩けるなら怪我人じゃないわ」

 

「鬼かよ」

 

「主人よ」

 

才人は不満そうに唇を尖らせた。だが、それ以上は言い返してこない。昨夜、キュルケの誘いを断ったことで、少しは危機回避を覚えたのかもしれない。もっとも、本人は「面倒そうだったから」と言い張っていたが。

 

ルイズは、廊下を歩く才人の左手へ視線を落とした。

 

今は静かだ。あのルーンは光っていない。昨日、剣を握った瞬間に才人の動きは変わった。まるで体そのものが武器の扱い方を知っているかのように、青銅のワルキューレを打ち砕いた。

 

そして同時に、王律鍵が蔵を開こうとした。

 

その熱が、まだ感覚として残っている。

 

「なあ」

 

才人が振り返った。

 

「俺、今日も雑用?」

 

「そのつもりだったけど、予定変更よ」

 

「嫌な予感しかしない」

 

「城下町へ行くわ」

 

才人の顔が明るくなった。

 

「外に出られるのか?」

 

「勘違いしないで。遊びじゃないわ。あんたの武器を買いに行くの」

 

才人は自分の左手を見た。

 

「武器……」

 

その表情から、昨日の感覚を思い出しているのが分かった。剣を握った瞬間、体が勝手に動いた。恐怖より先に、勝ち筋が見えた。その異常さは、才人自身にも残っているはずだ。

 

「昨日みたいなことがまた起きたら、丸腰のままじゃ危ないでしょ」

 

「でも、武器を持ったら持ったで、なんか変になるんだろ」

 

「だからこそ、変なものを握らせるわけにはいかないの」

 

ルイズは歩き出した。

 

才人に武器を持たせるのは危険だ。王律鍵との接続が強まるかもしれない。ガンダールヴが、王の蔵に眠る宝具の原典へ干渉しようとするかもしれない。

 

けれど、丸腰にしておく方がもっと危険だった。

 

才人はもう、ただの見物人ではいられない。ギーシュとの決闘で目立った。人間の使い魔というだけでも珍しいのに、剣を握れば貴族のゴーレムを倒せると周囲に知られてしまった。

 

なら、せめて扱う武器はこちらで選ぶ。

 

変に高価でも、妙な曰く付きでも、余計な魔力を帯びたものでも困る。

 

そう思っていたはずなのに、ルイズの奥底で別の感覚が囁いていた。

 

持たせるなら、相応のものを選べ。

 

ルイズは眉をひそめる。

 

それは、自分の考えではない。いや、完全に違うとも言い切れない。武器を見る目。質を見極める感覚。担い手に相応しいものを選ぶ王の視線。

 

余計なお世話よ。

 

胸の中で呟き、ルイズは才人を連れて学院を出た。

 

城下町は、才人にとって初めて見る本格的な異世界の街だった。

 

石畳の道。馬車。露店の呼び声。見たことのない野菜や香辛料。空を飛ぶ竜籠。杖を手に歩く貴族と、その横を避けて通る平民たち。学院の中だけでは見えなかった生活の匂いが、街には満ちていた。

 

才人は落ち着きなく辺りを見回していた。

 

「すげえ……本当に異世界なんだな」

 

「今さら?」

 

「学院だけだと、なんか夢みたいだったからさ。こうやって街を見ると、ほんとに人が暮らしてるんだって感じがする」

 

その言葉に、ルイズは少しだけ黙った。

 

ここは物語の舞台ではない。

 

知っている出来事が起こる世界。知っている名前の人間が生きている世界。けれど、彼らは筋書きのために存在しているわけではない。笑い、怒り、腹を空かせ、泣き、死ぬ。

 

才人がそれを感じ取ったのなら、悪いことではない。

 

「はぐれないで。あんた、文字も読めないんだから」

 

「子ども扱いすんな」

 

「迷子になりたいの?」

 

「すみません、ついていきます」

 

素直なのか反抗的なのか分からない返事をして、才人はルイズの横へ並んだ。

 

ルイズは城下町の裏道を迷いなく進む。大通りを通れば目立つ。貴族令嬢が人間の使い魔を連れて武器屋へ向かうなど、噂の種でしかない。だから、少し遠回りでも人目の少ない道を選んだ。

 

才人が怪訝そうにこちらを見る。

 

「お前、意外と詳しいな」

 

「何が」

 

「道。貴族のお嬢様って、こういう裏道とか知らないと思ってた」

 

「ヴァリエール家の娘を何だと思ってるのよ」

 

「いや、世間知らずのお嬢様?」

 

「後で覚えてなさい」

 

「怖っ」

 

才人は笑っていたが、ルイズは視線を逸らした。

 

幼い頃、アンリエッタと城を抜け出した。表通りを避け、護衛の目をすり抜け、知らない店へ入り、知らない人間と話した。成長してからは、姿を変えて依頼を受けたこともある。

 

その記憶が、この街の道を自然に選ばせている。

 

もちろん、才人に話すつもりはない。

 

武器屋は、通りの奥まった場所にあった。

 

表に飾られた剣や槍は、見栄えだけなら悪くない。磨かれた刃。立派な柄。貴族の護身用や、騎士見習いが買いそうな品が並んでいる。才人は店先で目を輝かせた。

 

「おお、剣だ」

 

「武器屋なんだから当たり前でしょ」

 

「いや、実物見るとテンション上がるだろ。ゲームとか漫画みたいで」

 

「その感覚で武器を持ったら怪我するわよ」

 

ルイズは店の扉を開けた。

 

中には、油と金属の匂いが満ちていた。壁には剣、槍、斧、短剣。棚には防具や手入れ道具が並ぶ。店主はルイズの身なりを見るなり、揉み手をしながら近づいてきた。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。どのような品をお探しで?」

 

「この使い魔に持たせる剣を」

 

店主の視線が才人へ向いた。少し驚き、すぐに商売用の笑みに戻る。

 

「ほう、人間の使い魔でございますか。でしたら、こちらなどいかがでしょう。扱いやすく、見栄えもよろしい品でして」

 

差し出された剣を、才人は恐る恐る受け取った。左手ではなく、右手で持っている。ルイズが朝から念を押していたからだ。

 

まだ左手で握るな、と。

 

才人は剣を持ち上げ、すぐに顔をしかめた。

 

「重っ」

 

「当たり前でしょ」

 

「昨日は、なんか軽かったんだよ」

 

「だから、それが異常なの」

 

ルイズは店主の勧める剣を見た。造りは悪くない。だが、良くもない。刃の厚み、重心、鍔の処理。実戦で使えなくはないが、才人に持たせるには少し癖が強い。

 

何より、王の財宝の中に眠る武具を基準にすれば、どれも鈍く見える。

 

駄目だ。比べるな。

 

この世界の剣として見れば、十分な品もある。宝具の原典と普通の武器を並べて評価する方がおかしい。

 

ルイズは何本か手に取り、重心を見る。才人はその横でぽかんとしていた。

 

「お前、剣分かるのか?」

 

「少しだけ」

 

「少しだけの動きじゃないだろ、それ」

 

「黙って見てなさい」

 

店主も少しだけ目つきを変えた。貴族令嬢が気まぐれに武器を選んでいるのではないと気づいたのだろう。

 

「お嬢様は、お詳しいようで」

 

「身を守るものを見る目くらい、貴族なら必要でしょ」

 

「ごもっともで」

 

誤魔化しながら、ルイズは棚の奥へ視線を移した。

 

そこで、声がした。

 

「おいおい、そこの嬢ちゃん。見てくれだけの棒切れ選んでんじゃねえよ」

 

才人が固まった。

 

「今、誰か喋った?」

 

「剣よ」

 

ルイズは即答した。

 

「なんでそんな冷静なんだよ!」

 

「この世界に来てから、今さら喋る剣くらいで驚くの?」

 

「驚くだろ普通!」

 

「普通じゃない世界に来たでしょ」

 

才人が納得できない顔をしている間に、ルイズは声のした方へ歩いた。

 

店の奥、埃を被った棚に、一本の剣が立てかけられていた。片刃の長剣。錆び、古び、ぱっと見ただけでは価値があるようには見えない。だが、そこにあるだけで、妙な存在感があった。

 

デルフリンガー。

 

ルイズは名を知っている。

 

才人の相棒となる、意思ある剣。

 

「おう、やっと見たな。そこの坊主じゃなくて、まず嬢ちゃんが来るとは思わなかったが」

 

剣が喋った。

 

才人は後ずさる。

 

「マジで喋ってる……」

 

店主は慌てて手を振った。

 

「ああ、それは古いだけの喋る剣でして。口ばかり達者で、買い手もつかず。お嬢様のような方には、もっと良い品が――」

 

「才人」

 

ルイズは剣から目を離さずに言った。

 

「左手で握ってみなさい」

 

「いいのか? 朝は駄目って」

 

「今だけ。私が見ている前で」

 

才人はごくりと喉を鳴らした。恐る恐る、左手を伸ばす。

 

その手が柄に触れた瞬間、左手のルーンが微かに光った。

 

同時に、ルイズの腰の奥で王律鍵が熱を持つ。

 

ギーシュ戦ほど強くはない。けれど、確かに反応している。デルフリンガーに対してというより、才人とデルフが繋がったことに、王の蔵が耳を澄ませたような感覚。

 

デルフリンガーが、ぴたりと黙った。

 

才人が眉をひそめる。

 

「どうした?」

 

「……おでれーた」

 

剣が低く呟いた。

 

「相棒じゃねえか。いや、相棒なんだが……なんだこりゃ。妙なもんまで絡んでやがる」

 

ルイズの目が細くなる。

 

「妙なもの?」

 

デルフリンガーはかたりと鍔を鳴らした。

 

「ああ、いや。こっちの話だ。昔のことはよく覚えてねえんだが、相棒の匂いはする。けど、嬢ちゃん。あんたも大概、変な匂いがするな」

 

店主がきょとんとする。才人も意味が分かっていない顔だ。

 

ルイズだけが、静かに警戒を強めた。

 

こいつは気づく。

 

すべてではない。王律鍵の正体も、宝物庫も、英雄王の記憶も分かってはいないはずだ。だが、普通の剣よりもずっと深いところで、才人とルイズの異常を嗅ぎ取っている。

 

「私はただの貴族よ」

 

「ただの貴族は、そんな目で剣を見ねえよ」

 

デルフリンガーが笑うように鳴った。

 

「ま、いいさ。相棒、俺を買え。悪いようにはしねえ」

 

「俺に言うのかよ」

 

「お前さんが持つんだろ?」

 

才人はルイズを見た。

 

「これでいいのか?」

 

ルイズはデルフリンガーを見つめた。才人の相棒として、本来選ばれる剣。ここで避ければ流れは変わる。だが、避けたところで安全になるとは限らない。むしろ、ガンダールヴに合わない武器を持たせる方が危険だ。

 

そして何より、この剣は知っている。

 

才人にとって必要なものになる。

 

「これにするわ」

 

店主は露骨に驚いた。

 

「本当によろしいので? お嬢様なら、もっと立派な剣をお持ちいただけますが」

 

「この剣がいいの」

 

「しかし、そいつは口が悪くて」

 

「私の使い魔も口が悪いから、ちょうどいいわ」

 

「おい」

 

才人が文句を言う。

 

デルフリンガーが愉快そうに鳴った。

 

「いいねえ、気に入ったぜ嬢ちゃん」

 

「私はあんたに気に入られたくないわ」

 

「つれねえな」

 

ルイズは店主と値段の交渉を始めた。正直、金に困っているわけではない。王の財宝を開けば、金貨などいくらでも用意できる。だが、それをするわけにはいかない。今のルイズは、学院に通うヴァリエール家の三女だ。常識の範囲で買わなければならない。

 

結局、店主は厄介払いできると考えたのか、かなり安く売ることにした。

 

才人はデルフリンガーを背負いながら、まだ不思議そうな顔をしている。

 

「なあ、ありがとう」

 

「何が」

 

「剣、買ってくれて」

 

ルイズは顔を背けた。

 

「使い魔が丸腰だと、主人の恥になるだけよ」

 

「それでも助かる」

 

「感謝するなら、ちゃんと使いなさい。あと、勝手に抜かないこと」

 

「剣を買ったのに?」

 

「危ないからよ」

 

デルフリンガーがからからと笑った。

 

「嬢ちゃん、過保護だな」

 

「黙りなさい、錆び剣」

 

「お、言うねえ」

 

才人は少しだけ笑った。

 

その笑顔を見て、ルイズは胸の奥が緩むのを感じた。危険だと分かっていても、武器を持ったことで才人が少し安心したなら、それは無駄ではない。

 

店を出ると、城下町は夕方の色に染まり始めていた。

 

帰り道、才人はデルフリンガーと小声で話していた。剣と話すという光景にも、もう慣れ始めているらしい。適応が早いのか、諦めが早いのか分からない。

 

ルイズは少し前を歩きながら、周囲の会話を拾っていた。

 

「またモット伯の馬車が来てたらしいぞ」

 

「今度はどこの娘を屋敷に入れるんだか」

 

「若い女中を見るとすぐ声をかけるって話だ。金払いはいいらしいがな」

 

モット伯。

 

その名を聞いた瞬間、ルイズの足が止まりかけた。

 

才人が気づく。

 

「どうした?」

 

「何でもないわ」

 

「またそれかよ」

 

ルイズは歩き出した。

 

忘れていたわけではない。だが、思ったより早い。モット伯。貴族。若い使用人を屋敷へ連れていこうとする男。そして、その流れの先にいるのは、シエスタだ。

 

才人はまだ知らない。

 

シエスタが巻き込まれれば、彼はまた怒る。間違いなく動く。止めても行くだろう。

 

そしてルイズも、黙っているつもりはなかった。

 

自分の庇護下にある者へ手を伸ばすなら、相応の返礼をする。

 

胸の奥に、冷たい感覚が灯る。

 

ルイズはそれを押し込めた。

 

まだ早い。まだ、何も起きていない。

 

学院へ戻る頃には、空はすっかり茜色になっていた。才人はデルフリンガーを背負ったまま、少しだけ誇らしげにしている。子どもっぽいとルイズは思ったが、口にはしなかった。

 

その夜、部屋の明かりを落とした後も、才人はしばらくデルフリンガーを眺めていた。

 

「なあ、デルフ」

 

「なんだ、相棒」

 

「俺、本当にこれ使えるのかな」

 

「使えるさ。お前さんはそういう手をしてる」

 

「そういう手って何だよ」

 

「さあな。忘れちまった」

 

「便利なところだけ忘れるなよ」

 

才人は呆れたように笑い、やがて疲れに負けて眠った。決闘の怪我も残っている。城下町を歩いたことで体力も尽きたのだろう。

 

ルイズはベッドの上で目を閉じたまま、眠ったふりをしていた。

 

デルフリンガーが、かたりと小さく鳴った。

 

「相棒、お前さんも妙だが……」

 

声は低い。

 

才人には届いていない。

 

「あの嬢ちゃんも、大概だぜ」

 

ルイズは静かに目を開けた。

 

暗がりの中で、腰の奥の王律鍵が、かすかに熱を持っていた。

 

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