朝だというのに、空の青さはどこかに激しさを秘めていた。遠い南の海に巨大な熱帯性低気圧が発生していて、予報によれば明日にはちょうどこの地方の上空を通過するらしい。明日の仕事はどうなるのだろうかと思いながらも、おそらくは雨と強風でずぶ濡れになりながらも出勤することには変わるまいと私は確信していた。確信の裏にはほろ苦さがあって、それは実験用の迷路に入れられたネズミが覚えている悲哀と似た種類であるのは確かだった。
風はいつもより激しかった。風の音が私の頭痛をますます悪化させた。嵐が近づいてくる時はいつも頭痛がして、時には幻聴のようなものまで聞こえてくる。幻聴といってもそれほど深刻なものではなくて、それは小鳥の鳴き声だったり、子どもが大声で九九を唱えたり歌を歌っていたり、あるいは老人がひたすら路面のひび割れに落ちているタバコの吸い殻に文句を言っていたりと、まるで意味がなく、まるで切迫感のないものが聞こえてくるのだった。深刻な幻聴ならば自分の行動を責めたり、思考を否定したりすると私は聞いたことがあった。ゆえに、この時も私は幻聴を気にしていなかった。この時の幻聴は、誰かがぶつぶつと、なぜ席を譲ってくれないのかと繰り返している声だった。その真意は測りかねたが、とにかく無害なのは間違いなかった。
家から駅までは徒歩で十五分かかる。のろのろと私は進んでいった。街は朝の静寂に沈んでいる。子どもたちが学校へ急いで走っていく。私と同じような勤め人たちが、私と同じ方向へ向かって進んでいく。急ぎ足ではあるが、どことなくとぼとぼとした印象も受ける。ハイヒールを履いた女性の足音が甲高く響いていた。足音に混じって、また幻聴が聞こえてきた。席を譲れ、譲れ、お前、元気そうじゃないか……私は幻聴をそのままにしておき、他の勤め人たちと競争するように駅へ向かって、そして定期券をかざして改札を抜けた。時刻はいつも通りだった。おそらく一分どころか、数十秒の誤差もない。
明日はダイヤが乱れるだろう。電車を待っている間、私はぼんやりと考えていた。この駅の周りは嵐の時には特に強く風が吹き抜けるから、席を譲れ、明日はここにこうして立っているだけで、なんで元気そうなやつに限って座っているんだ、ずぶ濡れになってしまうだろう。職場に着替えは置いていない。下着まで濡れたらどうしようか。席を譲れ。近くのコンビニで下着は調達できる。だが、背広はどうしようか。席を譲れ……頭痛がさらに激しくなってきたので、私は頭痛薬が飲みたくなった。だが、私はそのまま耐えることにした。この際、頭痛を覚えている方がかえって私の役に立つはずだった。
いつもの上りの電車は定刻通りにホームに進入してきた。電車が止まり、ホームドアが開く。その動きが妙にゆっくりしたものに思えた。電車から降りてくる人はあまりいない。私は鞄を抱えるようにして車内に入った。この駅においては、まだ電車はさほど混んでいない。混んではいないが、座席はすべて埋まっている。だが、この日に限っては、なぜか一番端の席が空いていた。私は周囲に目をやることもなく、するっと臀部だけを動かすようにして目の前の座席のスペースに体を捩じ込み、そして腰を下ろした。隣に座っているのは大柄な男で、どこか苦しそうな息をして眠っていた。
席を譲れ、席を譲れ。なんだ、また譲らないのか。どうしてそんなに元気そうなのに、席を譲らないのか……電車が発車するのと同時に、またあの幻聴が聞こえてきた。今までにないほど明瞭な幻聴だった。まるで、すぐ近くにいる人物から発せられている声のように感じられた。私は思わず車内を見回した。向かい側の座席には老人、勤め人、若者、高校生などが座っていて、どの人たちも浮かない顔をしていた。通路に立っている人たちも似たような顔をしていて、ほとんどみんなスマホを弄っている。吊り革広告が目に入る。不動産投資、企業説明会、英会話教室、沿線の医院紹介……窓の外は素晴らしい速度で街並みが流れていく。空はますます青いが、ガラス越しのせいか激しさは感じられない。
ふと、右斜めにいる若い女性が目に入った。一メートルと離れていない。女性は通路に立っていて、吊り革を手にしていた。電車がカーブに差し掛かるたびに大きく揺れ、揺れに対応するために背の低いその女性は懸命に吊り革を保持している。まるで嵐の海で激浪に襲われているヨットのようだった。
女性は黒く長い髪の毛を三つ編みにしていて、顔には黒縁の丸い眼鏡をかけている。優しい顔をしていて、しかし疲労感が滲み出ている。背には小さめの緑色のリュックサックを背負っていて、体の前側にも小さな茶色のバッグを抱えていた。
よくよく見るとそれはバッグではなかった。隙間から小さな白い手が見えた。それは赤子だった。一人の赤子がその若い女性によって抱かれているのだった。どうやら、赤子は生まれてからまだ間もないようだった。三ヶ月か、あるいは五ヶ月くらいだろうか。顔はよく見えない。若い女性……若い母親は右手で吊り革を持ち、左手で優しく赤子を揺らしてあやしていた。私の中ではまだ幻聴が聞こえてきていた。席を譲れ、譲れ、譲れ……そんなにも元気そうなのに……まるで耳元で囁かれたようだった。吐息すら感じられた。私はその瞬間にはもう弾かれたように立ち上がっていて、その母親に声をかけていた。
「どうぞ、おかけになってください」
母親は最初、話しかけられているのが自分自身であることに気づいていないようだった。きょとんとしたような顔をして、ちょっとだけ眼鏡の奥の両目を白黒させた後、愛想笑いのように表情を和らげてから答えた。
「いえいえ、お気遣いなく……」
笑みは温かく、言葉遣いは上品だった。私はさらに促して、ようやく母親と赤子に座ってもらうことができた。母親は優しく微笑んで、私に言った。
「どうもありがとうございます」
私は会釈を返すと鞄を手に取って、母親の目の前に立った。その場から移動するつもりはなかった。すでに車内はますます混雑してきていて、あえて移動するのも面倒になっていた。それだけに、私は良いタイミングで若い母親と赤子に席を譲ることができたと思った。今度は吊り革を手にするのは私で、揺れに翻弄されるのも私だった。それでも私は満足していた。下車する駅にはまだ数駅あった。わたしは窓の外を眺めていた。
ふと、また幻聴が聞こえた。良かった。良かった。座れた。座れた。良かった。良かった……
その声は明らかに私の目の前から聞こえていた。私は、座席に座っている母親と赤子にちらっと視線をやった。母親は疲れていたのだろうか、目を閉じてじっとしている。それでも左手はやはり赤子に添えられていて、慈しむように、守るように赤子を揺らしている。上から覗き込むような形になって、その時になって初めて赤子の顔が見えた。髪の毛は頭頂部にまばらに生えていて、毛量はまだ少ない。顔はいかにも生後数ヶ月というような作りで、ただ目だけが輝いていた。黒目がちの両目は好奇心に満ちた光を纏っていた。
幻聴は、この母親から聞こえてきたのだろうか?
そんなことを考えていると、いや、違うという声がした。私の視線は赤子に吸い寄せられた。俺が言ったんだ。俺が座れて良かったと言ったんだ。それは確かに赤子から聞こえていた。それでも赤子は私と視線を合わせることなく、あっちに向いたりこっちに向いたりしている。
この赤子が私に話しかけてきているのだろうか? そのように私が思っていると、赤子からまた声がしてきた。そうだよ、俺だよ。私がなおも見つめていると、声がまた聞こえた。さっきはすぐに席を譲ってくれてありがとう。おかげで母さんも休むことができた。毎晩俺が夜泣きをするから疲れているんだ。
私は心の中で赤子に話しかけた。これはテレパシーの一種なのかな。君は何か特別な力を持っていて、それで私に話しかけているのかな。それとも、やはり私の幻聴なのかな。嵐が近づいている時、私は幻聴が激しくなるのだが。
赤子が答えた。人間は誰しも特別な力を持っている。どの人間でも、例外なく力がある。ただ、それは生まれたばかりの頃の話であって、成長すると力は消えてしまう。生まれたばかりの俺たちはあまりにもか弱いから、世界が俺たちを憐れんで、この力を授けてくれるのさ。
私は心の中で言った。それでは、力が消えてしまった私たち大人は、世界からもう愛されていないということなのかな? 私たち大人は、慈しみに値する対象ではないということなのかな? 母親は今や眠りに落ちているようだった。それでも左手でまだ赤子を守っていた。
赤子は答えた。つながりというものは必ずしも片方だけがなにかをするものではない。一方が慈しみ、他方が慈しまれるというのは、同時に慈しまれる方が慈しみ、慈しむ方が慈しまれるということを意味する。なるほど、俺の母さんは俺を慈しんでいる。だが、母さんは俺によって慈しまれているのだ。世界とお前とも同じことが言える。お前が世界を慈しむのならば、お前はまた世界によって慈しまれるということになるのさ。この世には「する」と「される」の二つがあるが、これに違いなんてない。同一のものなのさ。
いつの間にか、降りるべき駅まであと三駅になっていた。車掌のアナウンスはどこか遠くから聞こえるようだった。腕時計を確認すると、いつもとまったく変わらない時刻を指し示していた。私はさらに心の中で言った。それは慈しみだけではなく、愛でも同じことが言えるのかな? 私は窓の外に視線をやりつつ、ほんのちょっとだけ赤子に視線を向けた。
赤子はちょっと眠そうな顔をしていて、大きな宝石のような目を少し潤ませていた。赤子は答えた。愛でも同じさ。そしてたぶん、憎しみでも。愛も憎しみも同じだろう。
私はさらに言葉を続けた。私は、世界を愛することができるだろうか? もう、この世界を愛することがなくなって、相当な時間が経ってしまったように感じるが。
そう、私はもはや、この世界というものを愛していない。かといって、憎んでもいない。私は世界に裏切られたと感じることも、あるいは世界に助けてもらっているとも思っていない。いうなれば私はこの世界に対して無関心で、たまに無関心であることを自覚することがあっても、その無関心すらも許容するほどにこの世界は広すぎる。それに対してただ一人の人間に過ぎないこの私はあまりにも無力で、しかも無力であることに何ら感慨を抱いていない。無力であることを嘆くことも、無力である自分を積極的に受け入れてやることもない。そもそも世界とはそのようなもので、喩えていうのならば空の青さとか、沛然とする降る雨、吹き荒ぶ強風のようなものだと思っている。そんな私が、ふたたび世界を愛することができるのだろうか?
赤子はますます眠そうに瞼を閉じたり開いたりしていた。それでも赤子は答えた。難しく考える必要はない。お前はさっき、母さんに席を譲ってくれたじゃないか。だからお前はもう、世界を愛している。だからお前はすでに、世界に愛されているのさ。
はっとしたような思いがした。赤子はさらに言った。いうなれば、お前は火花なのさ。せっかく点火したのにすぐ消えてしまった線香花火がほんの少しだけ発したような、そういう火花だ。一瞬の輝き、一瞬の煌めき、一瞬のエネルギーの放散。それがお前だ。そんなお前の愛はさらに小さな火花の尾であり、枝であり、その残像のようなものだ。それは闇全体を昼間のように照らすにはあまりにも小さい。それに、お前という火花は次の瞬間にはもう消え去って、この世界には存在しない。そしてこの世はまったき闇だ。だが……赤子からは大きな欠伸の声がした。目の前の赤子も、大きく口を開けていた。生後数ヶ月の赤子でも欠伸をするのを私は知らなかった。
赤子は言葉を続けた。だが……火花は闇の中であってこそ輝くし、闇もまた火花があってこそその暗さを保つことができる。世界の広さはそのままお前という存在の無限の背景となっている。一瞬の輝きのためには、無限の背景が必要なのだ。
駅まではあと一駅で、もうあと数分の距離にまで来ていた。もはや目を瞑ってしまった赤子は、眠そうな声で言った。お前は愛の火花だ。せいぜい輝いて、消えてしまうが良い。そして闇には、光の軌跡だけが残る……
駅に着いたことをアナウンスが告げた。私は赤子と母親に再度目を向けた。先ほどまでは、赤子はただ母親に守られているだけのように見えた。だが、その場を去りいく私が振り返りながら見た時には、二人は互いに支え合っているように見えた。
電車から降りると、すぐにドアが閉じられた。ホームは大変な混雑だった。青い空はさらに激しさを剥き出しにしていた。電車はゆっくりと発車し、やがて速度を上げて走り去った。後部の運転席の窓が太陽光を反射して、一瞬の煌めきを残していった。
私の耳に、また幻聴が聞こえてきた。何かの音楽、老人のしわぶき、子どもたちのはしゃぎ声……頭痛がする。
そこでようやく私は、あの赤子の声には声がなかったことに気がついた。
(「火花」おわり)
※以下、作者による作品メモ
バス停でバスを待っている時に赤ん坊に顔を見つめられる……そういう自分の経験を前の話の「溶ける」で盛り込みましたが、今回の話もある意味ではその変形です。やろうと思えば人はどんなものとも対話をすることができます。