ヴェルグンデの嘲り   作:ほいれんで・くー

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16. 埋め立て

「はい、その試みが始まったのはちょうど三年前でした。今、僕は十三歳です。人生のほぼ四分の一がこの試みに費やされたわけです。そして、それもあとほんの一ヶ月で終わろうとしている⋯⋯一つの時代の終焉だと言う人もいます。終焉とはいえ喜ばしいことだと。なにせ沼の種族が絶滅するのですから」

 

「ご覧ください。遠くに見えるあれが沼です。といっても、もはやあれを沼と言って良いのか⋯⋯僕たちはあの沼のかつての姿をよく知っています。知っているからこそ、今のあれを見ても沼だと言えるわけです。知らない人からすると⋯⋯汚い水たまりにしか見えないでしょうね。黄土色の水が溜まった、四角い水たまりです」

 

「悟ったようなことを言う人がいて、その人によれば終わりとは新たな始まりに過ぎないとのことです。沼が消滅した後は、輝かしい未来だけが待っていると⋯⋯でも、僕としてはそれは疑問です。僕は逆にこう問いかけたい、つまり、その逆に、始まりとはすべて終わりを意味しているのではないか、と。僕にとっては、僕の人生そのものが、ひとつの終わり⋯⋯つまりこの試みの完遂を志向していました。僕の人生を一言で表現するのならば、破壊と崩壊と、それから平坦化です。これだけですよ。僕の人生だけではありません。僕と同じ山の種族の、僕と同世代の者たちは、みんな僕と同じように自分の人生を表現するはずです」

 

「⋯⋯先ほどから釈然としない顔をしておられますが、どうしたのですか?⋯⋯なるほど、十三歳にしては言葉遣いも体つきも大人びている。ええ、確かにそのように言われます。これは僕が格別恵まれているからではありません。僕たち山の種族はかなり早熟なのです。言葉を喋り始める年齢は他の種族と変わりませんが、いざ喋ることを覚えたら後は素晴らしい速度で語彙と思考を獲得していく。僕たちはだいたい八歳で大人と同じように考え、大人と同じような口調で話すようになります。言語だけではありません。肉体もほとんど大人と同じになります。成長が早いのです。ええ、沼の種族とは違うのですよ。沼の連中と来たら大人であっても僕たち山の種族の五歳児くらいの思考力と言語力しかありません。彼らは生まれつき劣っているのです。種族として劣等なのですよ」

 

「山の種族と沼の種族との間で抗争が生じたのは、もう千年以上も前からだと言われています。しかし記録を見てみると、千年前は千年前で『我々山の種族は沼の種族と数千年にわたる抗争を繰り広げており⋯⋯』ということが書いてある。これはつまりどういうことかというと、僕たちの種族はこの世に発生した時からいがみ合い、憎しみ合い、蔑み合って来たということです。何も驚くには値しません。あなたたちの種族でも、憎しみ合いと殺し合いの末に今の世界と社会を形作っているのではありませんか? 神話でも、大抵の場合は戦争と征服について描かれます。そして最後には、勝者だけが残る。敗者は神話を残せないのです。敗者に神など存在しませんからね」

 

「最新の研究によれば、僕たちはもともと一つの種族だったのではないかということです。生物学的にも、考古学的にも、そのことを強く示唆する動かしがたい証拠が出てきている。大昔の僕たちの祖先はどこかからこの山と沼へやってきて、別々に分かれて暮らし始めた⋯⋯研究はそのように言うのです。しかしながら、学者たちはいつも性急です。彼らは自分たちだけが真相に辿り着いたという誇りと優越感から、自分たちには他の者たちに対して道徳的な勧告を行う資格があるし、またその義務があると思い込むのですね。だからこのことに関しても、彼らは言うのです。『もともと私たちは一つの種族だった。だから仲良くすべきだ。互いに武器を捨て、憎しみを捨てよう。さもなければ破滅だ』とね」

 

「彼らの言い分は立派なものです。言い分に応じて、彼らの精神そのものも立派であれば良いのですが。手っ取り早く言ってしまえば、彼らの勧告とは彼らの歪んだ自尊心の端的な表れに過ぎません。その証拠に、彼らに対して反対の意見を表明すれば、彼らは途端に牙を剥き出しにしてこちらを攻撃してくるのです⋯⋯本当に僕たちに勧告することを考えているのならば、まずは説得と対話をするべきところにも拘わらず。ですが、まあこのことに関してはこれまでにしましょう」

 

「しかし、研究そのものについては一言付け加えておかねばなりません。つまり、僕たちがもともと一つの種族だったというのは、僕にとっては充分納得ができるし、そうでなければおかしいということです。むしろ僕は、そのような研究結果が出てきたことを歓迎すらします。そうでなければ、僕たちがこれほどまでに根深く抱えている沼の種族への憎しみを説明できないからです。人間というものは、敵に対しては敬意すら抱くことができます。しかし、もっとも身近な肉親、恋人、配偶者に対しては、往々にして三度殺しても殺し足りないと思うほどの憎しみを抱くものです。僕たちはきっともともとひとつの種族で⋯⋯そして憎しみ合っていた。不幸な種族だったでしょうね。しかしその不幸もそろそろ終わりです」

 

「それでも千年、いや、数千年という長い時間が経って、僕たちは決定的に異なってしまった。僕たちは違う種族になりました。僕の肌を見てください。きれいな赤色でしょう? 沈みかけた夕日の最後の残光だなどと言われます。僕にはそれが誇らしい。しかし、沼の種族は毒々しい緑色です。見るからに不潔で、汚らわしく、怖気をふるいます。もし僕が今の意識を保ったまま、肉体だけ沼の種族になったとしたら、僕は錆びた金属缶の破片で自分の肌を削ぎ落とすでしょうね。残虐だと思いますか? しかし、これとまったく同じ方法で沼の種族は僕たちの種族の赤ん坊を殺すのです」

 

「山の種族は肌が赤いだけではなく、髪の毛も黄金です。美しいでしょう? 昼間の太陽のように輝いています。高貴な輝きです。沼の連中は⋯⋯月のような陰気さです。青い髪の毛⋯⋯いったい、青い髪の毛などというものが存在して良いのでしょうか? 僕たちは背が高い。筋肉も骨格も優れている。それに比べて沼の連中ときたら⋯⋯ぶよぶよと水気を含んだ肉体に筋肉らしい筋肉はなく、骨も貧弱です。年月というものは恐ろしいものです。これだけの差を生んだのですから。もし、仮に僕たちがこのままさらに数千年過ごしたとしたら、差はさらに拡大したでしょう。僕たちは天使になり、彼らは悪魔にでもなったかもしれません。もうそのようなことを想定する必要はないのですが」

 

「それでは、僕たちの沼の種族に対するこの憎しみ、敵愾心、蔑みは、僕たちの肉体と同じく生得的なものなのでしょうか? 学者たちはこの点でかなり中立的で、かつ慎重です。要するに学者たちは『すべては環境と遺伝との輻輳だ』と言うのです。僕たちは生まれつき、沼の種族に対する憎しみを覚えやすい神経構造をしている。これは確かでしょう。僕たちにとって彼らの肌の色、彼らの髪の色、彼らの言語の響き、彼らの体臭は耐え難い。しかし、あなた方にとってはさほどでもないはずです。ええ、僕たちだって、それくらいの中立性は持っています。言うなれば、僕たちはちょっと異常です。でも、やはりそれだけではない。僕たちは教育によっても沼の連中への憎しみを教え込まれます」

 

「先ほどもお話しましたが、僕たちは三歳頃から意味のある言葉を話すようになる。僕たちの種族では、言葉が話せるようになることを一つの契機と見て、すぐに学校に入れてしまいます。早すぎるという人もいますが、あなた方の種族でも早ければ三歳から幼稚園という就学前教育施設があるではありませんか。もちろんカリキュラムに関しては僕たちの学校は高度です。僕たちは基本的な読み書きと計算を習った後は、ひたすら詩と文学と哲学と歴史、それから数学を学びます。どれも山の種族として知っておかねばならない一般的な教養です。学校には本人の望む限り在学し続けることができます。ですが、大抵は八歳頃に学校を終えて社会に出ていきます。別の種族の学校へ留学しにいく者たちもいます」

 

「学校で最も重要なのは、沼の種族への憎しみを涵養することです。一日に三時間は必ず沼の種族についての授業を受けます。何も知らないのにそれを憎むのは愚かなことですからね。僕たちはすべて知った上で彼らを憎まなければならないのです。沼の種族の言語、歴史、文化、風習、法律、生活様式⋯⋯僕たちはほとんど僕たち自身のことを学ぶのと同じくらいの時間と労力をかけて沼の種族について学んでいきます。学べば憎しみが消えるのではないかと言う人もいますが、その心配は杞憂です。僕たちの神経構造は彼らへの憎しみが増すようにできていますから。まさに、環境と遺伝の輻輳です。知れば知るほどに僕たちは彼らを憎むようになっていくのです」

 

「少し、沼の種族についてお話しましょうか。まず、彼らは水中で出産をします。生まれてきた子どもたちには早々に入れ墨が施されます。種族を支配する高貴な一族ならば複雑な紋様を、戦士ならばやや複雑な紋様を、一般庶民ならばひと筋かふた筋の紋様を、奴隷ならば入れ墨は入れられません。彼らは固定した社会構造を有していて、一度その階級に生まれてしまったら、生涯を通じてその階級の中で生きなければなりません。おぞましいことです。僕には想像もしたくない。生まれたての幼い肉体に入れ墨を入れるのは過酷なことで、最も複雑な入れ墨を入れることになる支配者の子どもの中には、その段階で死んでしまうものも多いのだとか。それでも彼らは嘯くわけです、『入れ墨に耐えられないのならばこの子は生きるべきではなかったのだ』と。なんとも冷酷で、酷薄な種族だと思いませんか」

 

「彼らの食生活もまた、彼らの性格を反映しています。彼らは農耕などしません。彼らは沼でとれる魚やカエル、虫などを食べているのです。食料採集役はいつも決まって奴隷です。たまに支配者階級が戯れとして採集することもあるのだとか。どうでも良いことです。それよりも問題なのは彼らの食文化です。いえ、彼らに食文化などというものがあるのか⋯⋯彼らは調理などということはしないのですから。彼らは生きたまま丸呑みにします。彼らが言うには、それこそが自然の恵みを直接的に享受する最良の食べ方なのだそうです。彼らの住宅は植物の細いツルをつなぎ合わせ、編み合わせて作ったもので、壁には沼の泥と彼らの排泄物を混ぜ込んで作ったモルタルを塗り込んでいます。これがすさまじい臭気を放つのです。彼らが言うには、このモルタルこそが彼らを無数の病気から守っているそうですが⋯⋯迷信の類でしょうね」

 

「彼らは臭気に満ちた沼の中で生活をしています。彼らにはほとんど何も資源がないので、いつも何かしらの手作業をして工芸品を作り、それを外部に売ってわずかに金を得ているのです。資源がない⋯⋯沼の中には何かしら使えるものがありそうなものですが、そういったものはまったくない。どうやら、かつてはあったらしいのです。かつての沼はもっと花が咲き乱れていて爽やかな風が吹く、楽園のような場所であったと歴史書には書かれています。沼側の歴史書ではありませんよ、山側の歴史書に書かれているのです。沼には多種多様な植物が育っていて、その植物は薬草として、またはその他の資源として高く売れたのだとか。沼の人間も熱心にそれを育てていたそうです。しかしながら、今ではまったく見る影もありません。彼らは自分たちで自分たちの最も美しいものを破壊したわけです⋯⋯そして今は、臭い家に暮らしている」

 

「奴隷については先ほどお話しました。奴隷たちが沼を一日中行ったり来たりしてせっせと食料を確保します。一般庶民の仕事は家の建設と補修です。戦士たちは前線に出て僕たち山の種族と戦い、支配者たちは豪華な宮殿で何もせずにゆっくりとしている⋯⋯そんなところです。支配者たちの宮殿は石造りで、乾いており、金銀細工できらびやかに装飾されています。あの沼になにか美しいものがあるとしたら、あの宮殿でしょうね。しかし宮殿の中には特に醜い種族の中でも最も醜い一族が住んでいる⋯⋯皮肉なものです」

 

「そうやって学校を出た後の僕たちは何をするのか? 僕たちには法律らしい法律も、行政らしい行政もなく、政治的代表も機関もありません。だから義務とか権利といったものはないので、別に働かなくても良いのです。食べ物は山にいくらでもありますし、山の斜面を少し掘れば宝石や貴金属が豊富に出てくるので、それを外で売れば必要なものは何でも手に入る。山の種族は互いに強い友愛で結ばれていて、あえて働く者も働かない者も、能力のある者も能力のない者も平等です。一つだけ掟があるとしたら、沼の種族への憎しみですね。これだけは持っていなければならない。だから僕たちの種族において学者たちは嫌われています。彼らは不用意な勧告を行って、掟を破るのですからね。あなた方の社会でも、掟を破る者は嫌われているはずです。世の中には法律と慣習だけではない、掟も確かに存在するのですよ」

 

「ですが、大抵の場合、僕たちは兵士になります。兵士になって沼の種族と戦うのです。防衛のために戦う⋯⋯これだけは外に頼るわけにはいきませんからね。武器は外からいくらでも手に入りますし、戦いで負傷しても外の病院に行けば良いので、僕たちはかなり有利な立場にいます。僕たちは近代的な兵器で武装していますが、沼の連中は劣った兵器しか持っていません。それならば戦いはいつも山の種族が圧勝するのではないかと思われるかもしれませんが、なかなかそういうわけにもいかないのです。防衛するのは容易いのですが⋯⋯容易いといっても、常に犠牲はあります。攻め込むのが問題なのです。ええ、攻め込むのが難しい。つまり、攻め込んで沼の種族を攻撃するとなると、こちらはまったく手も足も出ない。沼という環境はそれほどまでに過酷なのです」

 

「数千年間も決着がつかなかったのは、まさにこれが原因でしょう。互いに攻めきれないのです。あなたは実力の劣る者同士の決闘を見たことがありますか? あれは実に悲惨なものですよ。互いに剣を持って対峙している。恐れと興奮で体は震えていて、剣筋は定まっていない。戦い始めても、互いに致命傷を負わせることができない。浅い傷ばかりが無数に刻まれていって、最後は泥まみれ、血まみれになる。それでもやはり決着がつかない。僕たちの種族も同じです。僕たちは明確に沼の種族よりも優れていますが、優れたものが必ず勝つわけではありません。それは歴史を見ても明らかでしょう。優れた者が勝利するのではなく、勝利した者が優れた者と呼ばれるだけです。そして僕たちは未だに勝利を得ていないので、厳密には優れた者ではないのです。しかし、僕たちが優れた者であるという蓋然性の高い予測をすることはできます」

 

「戦場の悲惨さについては言うまでもありません。あなた方でもよく想像できると思います。僕は八歳で学校を卒業するとすぐに軍務に就きました。それで、いきなり前線送りです。前線は山の麓にあります。僕はそれまで山の中腹以下には行ったことがなかったので、下界の環境には驚かされました。空気は淀んでいて埃っぽく、しかも沼から漂ってくる臭気が耐え難い⋯⋯そう、沼は僕たちの山のすぐ麓にありますからね。前線に着いたその次の日から戦闘です。僕は機関銃陣地に配属されました。銃手です。陣地は堅固に防御されていて、銃のかたわらには弾丸が山積みになっていました」

 

「朝もやと共に彼らは前進してきました。前方の警戒線からは信号弾が発射されて、僕たちは所定の位置につきました。敵は音もなく忍び寄ってきましたが、僕たちには丸見えです。射程内におびき寄せた後に、一斉射撃を加えました。敵はバタバタと倒れていきます。敵は裸にそのまま装備をつけているので、こちらの弾が命中するたびに肉が弾け飛んで真っ赤な血しぶきが上がるのがよく見えました。ええ、山の種族と沼の種族、共に同じ血の色です。だからこそ彼らのことは呪わしい⋯⋯許しがたい存在です」

 

「こちらの射撃を浴びながらも、彼らはどんどん新手を繰り出して前進してきます。死体の山ができても彼らは一向に気にしないのです。まったく死を厭わない⋯⋯彼らは社会構造としてそのような心理を抱くようになっているのです。こちらの陣地は一線、また一線と抜かれていきます。僕の陣地にもついに敵が入ってきました。機関銃の弾はとっくの昔に撃ち尽くしていたので、僕は手近にあった鉄パイプで彼らと殴り合いをしました。僕は何人かを倒しましたが、結局背後を取られて頭を殴られてしまいました。僕の頭のこの部分を見てください。今でも傷跡があるでしょう? よく死ななかったものです」

 

「気絶して、僕は彼らに連れて行かれました。僕は捕虜になったのです。彼らが捕虜を取るのだとは知りませんでした。それまでのところ、僕たちはいつも相手を皆殺しにしていましたし、相手も僕たちを皆殺しにしていたからです。だから、数千年の長い歴史で彼らの捕虜になったのは、あるいは僕が初めてかもしれません。いえ、僕だけではありません。その戦いでは何人もの山の種族の若い兵士たちが捕虜になりました。捕虜として沼に連れて行かれたのです」

 

「捕虜になったのだから、拷問でも受けたのかとお思いでしょう。しかし、そのようなことはありませんでした。僕たちは宮殿に連れて行かれて、各々個室をあてがわれて、そこで毎日安逸に暮らしたのです。毎日清潔で栄養のある食事⋯⋯山での食事そのものです。それが給仕されて、労役もなければ取り調べもなし、自由時間には運動も読書もできました。変わったことといえば、一日に一回だけ緑色のあまり良い匂いのしない薬液を飲まねばならないということがありました。これは沼地の病気を防ぐために必要だというのです」

 

「薬液を飲むと、いつも体がかっと熱くなりました。頭はぼんやりとして、視界がぼやけます。様々な幻影が目の前を高速で流れ過ぎていって、宇宙の創造から今この瞬間にまで、長い時間を魂が遍歴したかのような気分になります。終わってみるといつも僕たちは涙を流していて、それでも気分はすっきりとしているのです。彼らによれば、これはこの薬液の副作用だということでした。一度、この薬液はどうやって作っているのか聞きました。彼らが言うには、これは沼にしか生えない植物から抽出しているのだそうです。そこで初めて、彼らがどうやって外の種族からモノを買っているのかがわかりました」

 

「ともあれ、僕たちは三ヶ月後には解放されました。最後の一ヶ月になると僕たちはもっと自由になっていて、宮殿の外に出て自由に沼の社会を見て回ることもできました。奴隷たちの生活は悲惨で⋯⋯一般庶民たちも戦士たちも大方は似たりよったりでした。そのように見聞を積んで、彼らに対して理解が深まったか、ですか? それについては先ほどもお話をしましたが、知れば知るほどに憎しみというものは増すのですよ、僕たちの場合は。彼らの社会を知れば知るほどに、僕たち捕虜はこの沼の種族はこの世に存在してはいけない種族であると強く思うようになりました。僕たちに毎日食事を運んでくる宮殿の侍女たち、僕たちに毎日親しげに声をかけてくる宮殿の支配者たち、僕たちを家に招いて粗末な食事を分けてくれようとする一般人たち⋯⋯そのみんなを僕は憎らしく感じました。消し去ってやりたい、絶滅させてやりたい。その思いが爆発寸前になったところで、僕たちは山へと送還されました」

 

「さて、山に帰った後の僕たち捕虜は、集まって一つの会を結成しました。僕たちの思いは一つでした。そう、沼の種族の完全なる根絶、絶滅です。僕たちは盛んに会合を開き、議論をし、どのようにすれば沼の種族を絶滅させられるかを考え抜きました。僕たちの会合について快く思わない連中もいました。学者連中がそうでしたし、また一般人の中にも僕たちをやんわりと嗜めるものもいました。憎しみは憎しみだけで良いではないか、なにも彼らを絶滅させるには及ばない、私たちと彼らはこの数千年間互いに憎しみ合ってきたし、彼らは許せないほどに憎しみ深い存在ではあるけれども、だからといって絶滅させるには当たらないではないか。数千年間そうであったように、憎しみと共存しつつもこのまま生きていくほうが良いのではないか⋯⋯そのように言うのです」

 

「ですが、だんだん状況が変わってきました。あれ以来、戦争はますます激しくなり、沼の連中はどんどんこちらの兵士を捕らえては沼へと連れ去るようになりました。そして、僕たち捕虜第一号と同じようにもてなしをし、薬液をたっぷりと飲ませて、それからこちらに返してくるのです。帰ってきた捕虜たちは僕たちとまったく同じ意見でした。いかなる手段を用いても、沼の連中は絶滅させなければならない⋯⋯次第に僕たちの会合は大きくなり、結社となり、一つの政治的な勢力となりました。数千年の歴史の中で、結社ができたのは今回が初めてでしょうね」

 

「そして、ついに僕たちは三年前にある結論に達したのです。のみならず、僕たちはそれを実行に移しました。まったく、まとまった政治的勢力というものがこれほどまでに強力なものであるとは思ってもみませんでした。勢力としては遥かに劣る沼の勢力がこれまで僕たちに対抗できたのも、言ってみればちゃんとした政治的勢力が社会をしっかりと抑え込んでいたからでしょう。ともあれ、僕たちは大事業を開始したのです。抵抗する者たちは多かったのですが、そういう者たちには山を下りてもらいました」

 

「スロープはご覧になりましたか? そう、あれです。頂上から無数に麓に向かって伸びていますね? あのスロープには線路が付属していて、線路には大型のトロッコが載っています。このトロッコに土砂を積載して、頂上から落とすのです。スロープには勾配が設けられていますから、運動エネルギーだけで楽に下界まで届きます。のみならず、線路は沼にまで続いています。トロッコは沼にたどり着くと、待っていた兵士たちによって中身をぶちまけられ、またウインチによって頂上へと運ばれていくのです」

 

「もうおわかりですね。僕たちは沼を埋め立ててやろうとしているのです。僕たちの山を使ってね」

 

「最初の頃は、沼の連中も猛烈に抵抗をしました。しばしばスロープの建設現場は襲撃を受けましたし、トロッコも攻撃を受けました。ですがそのたびに丹念に敵の攻撃を潰していき、一年後にはほとんど彼らの戦士は全滅しました。今ではまったく妨害を受けていません」

 

「こちらとしても無傷というわけではありませんでした。沼は広大で、深く、完全に埋め立てるには莫大な土砂が必要です。僕たちはせっせと地面を掘り、土砂を運び出し、掘り出した宝石や貴金属を外部に売って機械を買い入れました。今では⋯⋯ごらんのとおり、もはや山は山らしさを完全に失っています。先ほどまで話していた内容は、三年前の状況です。今はまったく違う。今の山は、ほとんど丘のようなものですね。最近は勢いが足りないので、人力でトロッコを押しています。動力車を買いたいのですが、もう地面を掘っても価値のあるものはまったく出てこないので⋯⋯」

 

「しかしながら、沼はもうあと一区画を残すだけです。あと一ヶ月で沼は完全に消えるでしょう。それと同時に、おそらく僕たちの山も消えて、完全なる平野だけが残ると思います。山を削って沼を埋め、残ったのは平野だけ⋯⋯しかもその平野は、何も生まない不毛の平野です。それでも僕たちは沼の種族を絶滅させることに成功するのです。数千年間の歴史における、初めての快挙と呼べる事業でしょう。僕たちはついに勝利するのです!」

 

「⋯⋯ええ、疑問はあります。その疑問が、僕にさらなる疑問をもたらしているのです。はたして、終わりとは始まりを意味するのか? もしそうならば、始まりとは終わりを意味するのではないのか? 僕たちは沼の種族を滅ぼして、新しい時代を始めようとしています。しかし、この時代は終わりを意味しているのではないか? その終わりとは、もちろん、僕たちの種族の終わりで⋯⋯僕たちは沼を埋め立てるために、山を削りました。完全に削ってしまったのです。山を失った僕たちは、では何の種族なのでしょう? 僕たちは、何者でもなくなってしまったのではないか?」

 

「はい。疑問というのはつまり、これはすべて沼の種族の側が企んだことだったのではないかということです。僕たちは捕虜になった。捕虜になって薬液を飲まされた。捕虜になった者たちはみんな、同じ薬液を飲んでいたのです。同じ薬液を飲んだ者たちが政治的な結社を作り、山を削るということを同時に発案して実行した⋯⋯偶然だと思いますか? 僕は偶然だとは思っていませんし、僕以外の結社のメンバーの大半も、偶然だとは思っていません」

 

「それでも僕たちは後悔なんてしていません。僕たちは心の底から満足しています。僕たちはこの後、外界へ出ていくことになるでしょう。外界で僕たちが種族として生存できるかどうかはわかりません。長い時間をかけて、僕たちは淘汰されて地上から消え去ってしまうかもしれません。いえ、あるいは⋯⋯この方がもっと現実的でしょうが、僕たちはあと数世代もしないうちに消え去るかもしれません。それでも僕たちは後悔なんてしていないんです」

 

「今でも僕は、あの薬液を飲みたくてたまらなくなります。毎晩、強い不安感と焦燥感に襲われて、眠ることができません。それなのに、あの薬液を得ることはもう二度とできない。そのことを思い知るたびに、僕の心は沼の種族への憎しみで染め上げられます」

 

「ついに僕たちは沼の種族を滅ぼしました。僕たちはそのことを後悔なんてしていません」

 

(「埋め立て」おわり)




※以下、作者による作品メモ

前に「山の種族と沼の種族がいて、互いに憎しみあっており、ある時山の種族が山を切り崩して沼を埋め立て始めた。沼はなくなったが、山もなくなった。後には不毛の真っ平な土地だけが残った」という散文詩のようなものを書いたのですが、今回はそれを小説の形にしました。個人的には二つの種族の社会と文化の違いについて書けたのが良かったです。
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