姫と従者のRadio Duo   作:びーびー

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アカシア

 

 一度目の人生は物心ついた時から家族というものがいなかった。 

 

 赤ちゃんポストというものに預けられたと聞いたのは中学にあがるころだったか。

 

 どうやら現代のセイフティーネットである孤児院のなかでも特に悪い環境を引いた私は先の見えない幼少期を過ごした。

 

 中学生特有の謎の全能感ゆえか、その地獄から逃げ出そうとしたが、馬鹿な中学生はその先でブラックということも生ぬるいような会社に引っかかり真の地獄を味わうことになる。

 

 所詮は子供を卒業できていなかった私は、四畳半にも満たないぼろ部屋の布団の上で薄い壁から聞こえてくる隣のおっさんのいびきに頭を抱えていた。

 

 同じ年の子たちが高校に通いながら青春を謳歌している最中、目の下に黒い隈を作りながら身を削りながら働くという環境に心は折れかけていた。

 

 唯一の楽しみはいびきのおっさんが譲ってくれた、画面がひびだらけのスマートフォンで寝る前に動画配信サイトで聞く様々な音楽。

 

 灰色の世界の中で唯一色が灯るその瞬間は私にとっての希望というものだった。

 

 懐メロと言われるものから最新のEDM、アニソンからがちがちのロックまでありとあらゆる音楽こそがあの頃の自分を動かしていたのだろう。

 

 カラオケに行く金などはなかったから重機の騒音が鳴り響く現場で歌を歌い、楽器に触れる機会などなかったから机をピアノやドラムに見立てた。

 

 そうしているだけで今の苦しみを忘れられた。

 

 あと少しで、18歳になればもっと条件の良い職場に移ることもできるかもしれない。

 

 そんな希望はしかし、儚く散るのだろう。

 

「あっ……」

 

 終わりはあっけなく訪れた。

 

 お互いに疲れてたんだろう。

 

 限界ぎりぎりで動かしている現場は少しのかけ違いが重大な事故につながる。

 

 ドライバーは私を見落とし、私は車の動きを見落とした。

 

 強い衝撃、一瞬の激痛。

 

 暗くなっていく視界の先には今度こそ完全に壊れてしまったスマートフォン。

 

「もっと聞きたかった……もっと、うた、い、た……」

 

 怒声が響く現場を尻目に私の意識は沈んでいき、そして。

 

 あっけなくまた目覚めた。

 

「あぇ?」

 

 思わず漏れた声はいつもの自分より相当幼く活舌が回っていない。

 

 ぼやける視界に、最初は事故の後遺症を疑ったが、すぐにそうじゃないことに気づく。

 

「灯ーご飯ですよぉ」

 

 そんな言葉とともに口元に押し付けられる何かの感覚にぼんやりとしたままの意識でも自分がどうなっているのかを何となく理解する。

 

 「あぅー!」

 

 食事を終えて手持ち無沙汰になった手足を振り回すもまるで力が入らない。

 

 現場作業に荒れた手はすでになく、目の前まで持ってきたそれはまるで焼きたてのパンのようにふくふくとしている。

 

 体自体はほとんど動かず寝返りの一つもうてやしない。

 

 私は転生していた。

 

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「灯ーご飯よ!」

「ぁい」

 

 水無瀬灯。

 

 吊りあがった眼とむっつり引き結ばれた唇が意思の強さを感じさせる少女、まあ私だ。

 

 転生を自覚してから数年、前世では考えようもなかった環境になじめないでいた。

 

 言葉が喋れるようになって数か月、無償の愛とでもいうべきものの受け取り方がわからずに、私は子供らしくない大分大人びてぎこちない対応を実の両親にかましていた。

 

 専業主婦である水無瀬光。

 

 イベント系の会社に勤めているらしい父、水無瀬澄人。

 

 そして私の3人家族。

 

 優しい両親は当初ぎこちない私に対して戸惑った様子だったが、個性とでも捉えてくれたのだろうかしばらくしたら変わらずに、いや今まで以上の愛を注いでくれている。

 

 おおらかなのかそうじゃないのか、家族というものを知らない私にとっては注がれる愛を戸惑いながら受け止めながらも両親に深い感謝と尊敬の念を抱いていた。

 

「あら?姫ちゃんは?」

「……いじけてる」

 

 そう言いながら私は自分の後ろに渋々ついてくる少女の背中を押して母の目の前に持ってくる。

 

 戸惑いながらも穏やかな日々を送る私にとって目下の難題といえば、現在私の隣でふてくされた顔をしている少女の存在だった。

 

 両親ともに親友同士の家族がお隣に住んでいて、何の偶然か同じ年の女の子を授かった。

 

 どこの野球漫画だと突っ込みたいところだが、共働きお隣さんである椎名家はまだ小さい娘を日中時間帯親友に預けることにした。

 

 預けられた当初は見知らぬ環境故か泣いてばかりだった少女の面倒を見ていた私は当然少女になつかれることになる。

 

 椎名姫香。

 

 父である椎名肇さんと母である椎名春さんの一人娘で、将来美人になることが宿命づけられたかのように愛らしい目鼻立ちと鈴を鳴らすような声をもった私の幼馴染だ。

 

「あーちゃ、あそぼ!」

 

 そう言って笑いかけてくる彼女だが、その愛らしい見た目とは裏腹にかなりのお転婆な負けず嫌いであり、さらにこちらの手加減をよく見抜くという厄介さ。

 

 今日も先ほどまでオセロで遊んでいたが、さすがに少女に負けることはない。

 

 ないが、そうなると姫香の目が潤み始めてしまうためうまい具合に負けようとして、失敗した。

 

「あーちゃ!」

 

 負けるには負けたのだが、途中からのあまりにもひどい手抜きに彼女はすぐに気づき、 

 

 涙目になりながらこちらをにらんできていて困っていたのだ。

 

 何とか昼ご飯を口実にやり過ごそうとしたがそれも失敗し、ついさっきまで私の背後でくっつきお化けになっていた。

 

「そんなあなたたちにビッグニュース!今日のお昼はオムライスでーす!」

 

「オムライス!私これすき!」

 

 母の言葉に走って席につく姫香を追って私の足も自然と軽くなる。

 

 自慢というわけでもないが母、光の料理の腕は一級品でその中でもふわトロオムライスは絶品だ。

 現に先ほどまでのふくれっ面が嘘みたいに姫も満面の笑みを浮かべている。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 明るい声がそろい、私たちの歓声が響く。

 

 前世では料理する場所もなく、外食する金もなかった自分にはたまに少し高いカップ麺を買うくらいしか贅沢がなかったが、母の料理は当然それを軽く凌駕する。

 

 一心不乱に食べ進めることしばし、あっという間に私たち二人の皿は空になっていた。

 

 満足そうに食器を母に渡し、口をゆすいだ姫香は、おなかが膨れて眠くなったのか瞼をこすりながら私の方に近づいてくる。

 

 そんな姿を見て母は嬉しそうに私の分の食器も受け取り、私にウインクをしてキッチンへと歩いていく。

 

「あーちゃ、お歌!」

 

 そう言って姫香は私の隣にころんと寝転がる。

 

 またか。

 

 苦笑しながら姫香の顔を見ると先ほどの不機嫌を忘れたようにニコニコと私を見ている。

 

「今日はどうする?」

 

「新しいの!」

 

 そもそもの始まりは彼女がうちに預けられて泣いているところを励まそうと前世の歌を歌ったことだった。

 

 前世とあまり年代は変わらないものの、発展の仕方が違うのか前世であった歌がほとんど無い事を知った私は、新しい音楽を楽しみながらも前世の歌を求めていた。

 

 そんな中で泣いてる姫香を見てつい口からこぼれたのは『回る空うさぎ』という曲。

 

 vocaloidというソフトを用いた楽曲の中でも特に灯が気に入っていた曲だった。

 

 そのせつなくも壮大なメロディーは姫香を落ち着かせ、彼女の心をがっちりと掴み、涙はすぐに止まった。

 

「すごいねー!」

 

 拙い言葉で自分がいかに感動したかを熱心に語る少女の姿にほだされ、その日からたくさんの歌を歌い、そして彼女とも、共に歌ってきた。

 

 歌を歌うことが楽しかった。

 

 自分の歌を喜んでくれることがうれしかった。

 

 姫香と、歌うことが楽しかった。

 

「新しいの、ね」

 

 そう言いながら記憶をさらう。

 

 新しい人生で驚いたの自分の記憶、スペックだ。

 

 前世のもう何年も前にさらっと流しで聞いた音楽の歌詞やメロディーが苦も無く浮かんでくる。

 

 まぁ音楽限定ではあったが、それでも十分楽しんでいる。

 

「あーちゃ!」

 

 急かすようにこちらを見上げる姫香の瞳の輝きと、とある曲の歌詞がリフレインする。

 

 あやすように彼女の髪をなでて軽く息を吸う。

 

「透明よりも、綺麗なあの輝きを確かめに行こう。そうやって始まったんだよ……」

 

 午後の優しい光に私の歌声が反射する。

 

 リズミカルに揺れる姫香のつむじを見ながら優しく背中を叩いていると歌の途中から姫香の動きが緩慢になっていき、そして歌い終わるころには彼女の口からは静かな寝息が漏れていた。

 

「そうやって始まったんだよ。……寝ちゃった。」

 

 そんな姫香の背中をなでているとブランケットが私たちに優しくかけられる。

 

 顔をあげると母が優しい笑顔で私たちをみていた。

 

 妙に気恥しくなり母の目線から逃れるようにブランケットを顔まで上げて、あたたかな午後の日差しに身を任せるとすぐに睡魔が襲ってくる。

 

「ありがと」

 

 小さくそう母にお礼を言うと、ブランケットの向こうの陽だまりがくすりと笑ったような気配がした。

 

 

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