姫と従者のRadio Duo   作:びーびー

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シュガーソングとビターステップ

 

「おはよう姫」

「んん?……あれ、あーちゃん?」

 

 小学校に入学して数年、私たちは俗にいう幼馴染として互いの家を行ったり来たりしながら日々を謳歌していた。

 

 今日は休日だが、両親がともに出かけるということで朝から椎名家にお邪魔をしている。

 

「昨日話したよ、今日は朝から来るって」

「まだねむーい、一緒に寝よー」

「寝ないよ」

 

 そう言いながら姫香のベッドに腰を掛けながら、彼女の背中をなでる。

 

 姫香はくすぐったそうに布団をかぶって顔を隠す。

 

「春さんに怒られるよ?」

「っぐ、でもまだ眠いよ!あーちゃーん!」

「私はドラえもんじゃないんだけど」

 

 何とかしてーと言外に叫ぶ姫香に苦笑いしつつも、これもよくあることでもある。

 

 甘えられてる、という認識でいいのだろう。

 

 姫香は小学校に入学してから外では明るい優等生とでもいうような仮面をかぶっている。

 

 しかし私と二人の時や両親には幼いころに戻ったように甘えてくる。

 

 まぁ私も甘えられて悪い気はしないし、姫香に答えるように楽器にも手を出すようになった。

 

 最初はピアノから始まり、父の部屋にあったギター、ドラムはちょっと用意できなかったのでストンプで応用したり、声で楽器の代用をしてみたりといろいろ。

 

 音楽に関することについてだいぶ無茶ができるこの体に任せていろいろとやってみた。

 

 最近は私が楽器系の音を出して姫香が歌うというのが二人のブームであったりする。

 

「まったく……」

 

 そう言いながらベッドから腰を上げて姫香の机を拝借する。

 

 軽く両手で叩いてみて音の響きを確認し、ちらりと背後を見ると何かを期待するように 

布団の隙間から目を輝かせる姫香の姿が視界の端に映る。

 

「っ!」

 

 軽く息を吸い、その期待に応えるように特徴的なドラムイントロをスタートさせる。

 

 そのリズムに後追いするようにギターサウンドを口ずさむ。

 

「シュガビタだー!」

 

 イントロの一小節が終わるか終わらないかで先ほどまでぐずっていた姫香が布団を跳ね上げてベッドから飛び降りてくる。

 

 挑発するように目線をやれば枕もとのペットボトルをマイク代わりにリズムに乗りながら、体を揺らし満面の笑みを返してくる。

 

 『シュガーソングとビターステップ』

 

 とあるアニメのエンディング曲とタイアップしたこの曲は、軽やかなメロディーと心地よいリズムで聞いたものの心を鷲掴みにした曲であり、最近の姫香のベストヒットだった。

 

 そしてイントロが開ける。

 

「ワン、トゥ、スリー!」

「っ超天変地異みたいな狂騒にも慣れて、こんな日常平和と見間違う。RamblingCoaster揺さぶられながら、見失えないものは何だ?」

 

 鋭くカウントを取ればピッタリのタイミングで姫香が歌いだす。

 

 さっきまでぐずっていたのが嘘のようだ。

 

 楽しい音楽、優しい両親、愉快な幼馴染。

 

 前世とは比べ物にならない暮らしに最近は両親とも打ち解けてきたように思う。

 

 楽しい音楽会はご近所迷惑の声とともに落とされた春さんのげんこつによって終わるまで続いた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まだジンジンするよー」

「なんで私まで……」

「うちの馬鹿が原因なのはわかるけど、特別防音ってわけじゃないんだから朝から騒がれたら困んのよ。ご近所に文句言われんのも嫌よ、私」

 

 ため息交じりに料理を盛り付ける春さんの半眼を躱しながら私と姫香はダイニングテーブルに腰を下ろす。

 

「でもママが怒りに来たの2曲終わった後だったよね」

「ふっ」

 

 そんな姫香の言葉に満足げに鼻を鳴らす。

 

 自慢ではないが私たちの演奏は正直素人というレベルでは収まらないくらいには卓越している。

 

 音楽の謎チートがあった私は言うまでもなく、なぜか姫香も才能あふれる少女だった。

 

 というか音楽しかできない私とは違い、様々な分野で才能を見せる彼女はコミュニケーション方向でもその際をいかんなく発揮している。

 

 本当に友達100人いるのではというレベルで友人が多い彼女は、その方面に難を抱える私を見捨てることなくクラスに溶け込ませてくれている。

 

 神様、仏様、姫香様である。

 

「別に下手なんて言ってないじゃない。ただ世の中には物音が聞こえるだけでもうるさいって騒ぐ輩がいんのよ」

「えー!まっさかー」

「妙に実感こもってますね……」

「だったらさー!」

 

 嫌なことでも思い出したのか顔をしかめる春さんに姫香はにこやかに近づいていく。

 

 あれは、自分のかわいさを十分に理解した姫香の必殺おねだり攻撃か。

 

「パパの防音室、貸してよー!」

 

 姫香の父親である肇さんは日本国内でも結構有名なギタリストらしく、その関係で家にもちゃんとした防音室兼作業部屋が備え付けられている。

 

 私も姫香も肇さんとは何度も利用したことはあるが、私たちだけでの利用は春さんに固く禁止されている。

 

 肇さんは姫香のおねだりにすぐに頷いていたが、春さんに張り倒されていた。

 

「何度も言ってるけど、パパの大事な仕事道具や資料があるんだから目の届かないところではダメに決まってるでしょ。姫知ってるの?あの部屋には100万円以上するギターが何本もあるのよ」

「知ってるよー弾かせてもらったこともあるし」

「とにかく人として一人前になるまではだめよ」

「えー!」

 

 まぁ確かにいくら大人びているとはいえ小学生二人で高価な楽器もある部屋を使わせるわけにはいかない、か。

 

 姫香も学校みたいにちゃんとしているところを見せればいいのに、春さんや肇さんも前ではまだお転婆だから。

 

「あーちゃん、なんとか言ってよー!」

「いや、私は妥当だと思うよ。姫、この間も肇さんのギター弾こうとしてバランス崩して転んでたし」

「えー!あーちゃんはどっちの味方なの!」

 

 どっちの、と言われれば間違いなく姫の味方だが、だからと言ってそれが春さんの敵になるとは思わない。

 

 春さんだって意地悪をしているわけではなく姫のためを思ってのことだが、やはりそのあたりは小学生。

 

 親の忠告の有難みはなかなかすぐにはわからない。

 

 私も両親ができて初めて親の有難みを知ったのだから。

 

「もーあーちゃん!」

「姫、ご飯食べよう」

 

 わがままモードになった姫はなかなか治らない。

 

 治すには音楽かおいしいご飯が必要だ。

 

 幸いにも今は朝ごはんの時間。

 

 私たちの目の前にはおいしそうな焼き魚が並んでいる。

 

「いただきます」

「もー!いただきます!」

 

 完璧な火加減で焼かれた鯖の切り身は箸を入れると軽く湯気を立ててその身から脂を滴らせる。

 

 それを口に入れればしっかりと聞いた塩味と鯖の脂がマッチして白米が欲しくなる。

 

 間髪入れずお茶碗から白米を口に入れればその先はもう。

 

「ふぅ」

 

 気が付けばお茶碗は空になっていた。

 

 向かいでは姫が二杯目ご飯を元気よく口に放り込んでいる。

 

「私も」

 

 ふといつまでも食卓に来ない春さんを探しながら、ご飯をお代わりするためにキッチンへと向かう。

 

「?」

 

 そこには春さんがいつもは見せない険しい表情をしてスマートフォンを耳に当てていた。

 

「光たちが?……えぇ。事故!?」

「……え?」

 

春さんの口から漏れた言葉の意味が分からず口か声が漏れる。

 

「あ、灯!?ごめん、ちょっと待ってて」

 

 そう言って春さんは通話を切るが、事故という言葉に前世の自分の最後を思い出し、吐き気がこみあげてくる。

 

「ママたち?事故なの?」

 

 自分が発したのかもわからない平坦な声が口から漏れる。

 

「大丈夫!心配することないわ!肇さんが様子を見に行ってくれるって!」

「でも……」

 

 血の気が引く音が自分の中から聞こえる。

 

 春さんの慌てようも含めて、悪い想像が次から次へと浮かんでは消える。

 

 上下左右もわからないくらいに世界が揺れて、気づけば床に膝をついていた。

 

「あーちゃん?」

「灯!」

 

 状況がわからない姫の言葉に答える余裕もない。 

 

 春さんが慌てたように私を支えてくれているがその感触もない。

 

「……やだ」

 

 言葉とともに涙が目から零れ落ち、それは止まるどころかその量を増していく。

 

 思い出したくもない前世の最後が妙にリフレインする。

 

「やだ、やだ」

 

 あの時はまだ両親が与えてくれる暖かさを知らなかった。

 

 でもそれを知った今、それがあの時のようになくなってしまうと思うと、どうしようもなくなる。

 

 身体の中に大きな穴ができてしまったかのようにそこからすべてが零れ落ちていく錯覚にとらわれる。

 

 何も、考えられない。

 

 ただ、この身を喪失感が埋め尽くしていく。

 

「あぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁああああ!」

「あーちゃん!」

「大丈夫、大丈夫だから!」

 

 私を落ち着かせようと抱きしめてくる春さんから逃げるように手を振りまわす。

 

 姫の声から逃げるように足を動かす。

 

 それでも大きな手も小さな手も私を逃がしてはくれない。

 

「いやだっ!……いやぁ!」

 

 無くなってしまうならいらない。

 

 与えられたものがなくなるからこそ苦しい。

 

 だったら、初めから何もいらない。

 

「ああああああああああ……!」

 

 しばらくして私の世界があの時のように黒に包まれた。

 




暗いシーンはすぐに終わります。
次回は明日予定。
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