悲報、お母さんがママになった。
なにを言っているかわからないと思うが、私もわからん。
「なんで昨日の今日で立ち絵があるの?」
「立ち絵って言わなーい!あーちゃんのv体だよ。かわいい!」
「っていうかこの絵は、お母さんでしょ?」
そう言いながらお茶の用意をしているお母さんに目をやると、歳にそぐわぬてへぺろ状態。
それが似合うのは我が母ながら恐ろしい。
「ちなみに3Dはお父さんの伝手で準備してあるわよ」
「はっ!?お金は?」
「私たちからのプレゼント、よ」
V体はまだお母さんが描いたものだからまだわかるが、3Dは話が違う。
確かにVライバー誕生当初ほどの金額ではないが、それでも軽くプレゼントできる金額ではないだろうに。
「私の周りが私たちに甘すぎる!」
「いえーい!」
「春さん、いえーい!」
「っていうか姫!」
私がVライバーになるのを断っていたらどうする気だったのか。
……いやそうじゃない。
「姫、私が断ってもこれを盾に押し切る気だったでしょ!」
「正解!」
「正解じゃない!」
そんな風にじゃれ合っているとお母さんから書類を手渡される。
「何これ?」
「お父さんから企画書、だって」
「ちなみに場所はもうパパのスタジオに用意してあるよ!」
「私の知らないところで完全に外堀が埋められてる!?」
なぜこんなことに……
恐るべきはフラストレーションのたまった姫の行動力と家族の甘さか。
パラりと渡されたイベント会社勤務のお父さん謹製の企画書を見るとその表紙に目を落とす。
「姫と従者のRadioDuo、ねぇ」
そこには姫をさらに派手にした様子のキャラクターと執事の恰好をしたキャラクターがそれぞれマイクとギターをもっている姿がプリントされていた。
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「準備おっけぃ」
あれからはあっという間に準備が整っていった。
そして気づけば私は姫と二人で肇さんのスタジオの一角にいつの間にか設置された配信ブースに立っている。
まぁ正確には立っているのは私だけで姫はパソコンの前で何やら設定をしている。
「それにしてもこんな軽装で簡易とはいえ3D配信ができるのはすごいよねぇ」
そう言いながら両手足につけられたブレスレットと頭につけたヘアバンド、お腹にまいたベルトを軽く触る。
技術の進歩は著しいとのことで重さをほぼ感じないこれらの機器により昔とは比べ物にならないほど滑らかに画面の向こうの私は動いている。
「じゃあ、始めるよあーちゃん」
「いいよ」
時間は土曜日の夜8時。
動画配信サイトを見る人は多いかもしれないが、所詮は無名の配信者だ。
宣伝もしていないし、配信枠の待機者も数名ほど。
ほとんどはお母さんが描いたかわいいキャラクターに惹かれた人だろうが、それを繋ぎ止められるかは私たち次第。
ちらりと両手に目をやって付け爪のように取り付けられたトラッキング機器によって滑らかに画面上の私の指先がギターのピックを掴む。
「3,2,1……きゅー!」
「ふっ……!」
配信がスタートしたことを確認して、鋭く息を吐き、ギターにピックを走らせる。
企画書に書いてある通り、1発目にガツンとかますための選曲。
前世では音楽番組のオープニングに使われたギターのサウンド。
印象的で一度聴いたら忘れられないその旋律をかき鳴らしていく。
配信画面上では私のV体がリアルと遜色ない動きでギターを弾いていて、それに合わせて姫のV体が笑顔で手拍子をしている。
「……はい、始まりました、姫と従者のRadioDuo!東都の皇女こと姫でーす!」
「どーも姫に拾われたネームレス。従者ことアネモネです」
「あーちゃん、すごかったよオープニング!ギュインギュインって」
「ありがと。さてこのラジオは週に1回程度の頻度で私と姫様が有る事無い事喋りながら、おすすめの音楽を紹介していくものとなっております」
興奮しっぱなしの姫を抑えながら台本に沿ってラジオの紹介していく。
姫にも内緒で用意した切り札が効きすぎたようだ。
段取りをすっかり忘れている姫に軽くチョップを食らわせながら話はそれぞれのキャラクターへと移っていく。
「あたしはバーチャル東都の皇女!みんなは気軽に姫って呼んでね」
「そして私は生まれた世界とは別の世界に転生して戸惑ったところを姫様に拾われた名無しの従者です。姫様はあーちゃんと呼びますが、皆様は気にせずアネモネと呼んでください」
ちらりとコメント欄を見るがいまだに書き込みはない。
まあ視聴者数は少し増えているから気にせず話を続ける。
「さっきあーちゃんがおすすめの音楽を紹介するって言ったけど、私たちが紹介するのはこの世界のものだけじゃありませーん!」
「まあ大半はこの世界の音楽をお届けすると思いますが、ときたま私の生まれ故郷の世界の音楽で聴かれていた名曲たちも紹介出来たらと考えています」
「異世界に転生したら私の知っている音楽がなかった!?名曲を異世界に紹介するぜ!って感じ?」
さすがに名曲たちをオリジナルとして発表するのは気が咎めたためありのままの設定を使わせてもらった。
Vライバーとしてはそこまで突飛じゃない設定だろう。
ちなみに両親たちにはだいぶ前に前世のことは話をした。
大物なのかはわからないが、思いつめて話をした私が肩透かしを食らうほどにのんきな反応だったことはここに伝えておくとする。
「私たちへの質問は概要欄のメールフォームかコメントにお願いします。答えられるものにはしっかりと答えますよ」
「秘密なものは秘密だよ!秘密は女性を輝かせるアクセサリだからね!」
「姫、どこでそんな言葉覚えてくるの?」
「秘密!」
ここまでで言わなければならないことはほとんど終わった。
後は私と姫で2、3曲演奏してエンディングだ。
「それでは早速行きましょう。記念すべき1曲目」
「やっぱり記念だから悩んだけど、ラジオってことでピッタリの曲!」
姫の言葉を合図にギターとボーカル以外を収録したカラオケを用意する。
「ポルノグラフィティさんの『ミュージック・アワー』」
その言葉とともに若干ノイズを混ぜたイントロが始まる。
歌詞には入ってないがなぜかやりたくなるラジオ音声風のイントロで遊ぶ姫を見ながら準備を整えたギターをで音楽を刻み始める。
配信画面は半分に別れ、半分は姫が歌う姿が、そしてもう半分には私のギター演奏が映し出されている。
歌い始める前に設定していたとはいえ、よく姫はここまで配信ソフトを使いこなせるものだと感心しながらサビに向けて演奏も盛り上がっていく。
「「let's get to your love」」
「キーミが胸を焦がすーから!夏が熱を帯びてくー!そーして僕は渚へと!誘うナンバーを届けてあげる!」
楽しくてたまらないといった様子の姫はサビに入った途端、立ち上がり片手を上下左右に振り始める。
昔見たライブ映像でポルノグラフィティの面々がやっていた変な踊りを面白がって姫に教えたら思いのほか気に入ってしまったのだが、まさかそれを配信で始めるとは。
もちろん配信画面にもその様子はしっかりと映ってしまっている。
マイクからも遠ざかってしまい配信としてはよくないことだろう。
でも。
それでも頭を抱えたくなる気持ちも姫の笑顔で吹っ飛んでいく。
彼女の声と笑顔は配信画面を通してでも伝っていると、確信をもってそう言える。
「この夏は、例年より。想像しい日が続くはずさー!」
とはいえ後で反省会は必須だ。