幽幻生物圏   作:彼岸花ノ丘

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収斂進化

 呪力生命体が生まれてから、六十年。

 死後二百年という記念(?)すべき年はあっという間に過ぎて、そこから十年が経った。

 球体型ウミクサ……今ではモタケとエリィは呼んでいる……は屋敷中に分布を広げた。この小さな生き物が屋敷を分解してボロボロにしていると気付いた時にはエリィも慌てたが、その分解量は少なく、エリィの呪力による修復が十分間に合う程度だった。

 今ではモタケを食べる生き物もいて、個体数は一定で抑えられている。実害がないなら放置でいいやと、そのままにしていた。あちこちにモタケ類が生え、様々な形の新種が生まれている。

 また屋敷内が賑やかになった。エリィにとってそれはとても喜ばしい。

 喜ばしいのと同時に、一つ気になる事が出来た。

 

【……………これ、やっぱり、キノコ……だよね?】

 

 エリィが見ているのは、書庫の本棚に生えたモタケの一種。

 元々は球体のような形のウミクサを起源に持つモタケ。しかし今、その身体には丸みのある『傘』があり、長さ十センチぐらいの太い『柄』まである。

 何処からどう見ても、キノコだ。色は他の呪力生命体と同じく真っ白だが、白いキノコもあるのだから特段奇妙でもない。

 勿論呪力生命体とキノコには全く関係性はない。有機生命体の一種であるキノコに対し、モタケは呪力から生じた呪力生命体。血縁関係どころか構成物質からして全く違う。

 全く違うが、しかし共通点も多い。

 キノコは倒木などの有機物を分解し、その過程で生じるエネルギーや物質で成長・繁殖を行う。対してモタケは屋敷の床や本棚など、エリィによって生み出された物体を分解し、それをエネルギー源や構成物質にして生きている。

 キノコもモタケも、どちらも分解者という生き方をしているのだ。

 『生き方』が同じ場合、合理的な形態も同じになる事が多い。水中を泳ぐのであれば流線型の身体が好ましく、土に潜るのなら手足は短い方が邪魔にならない。同じ生き方の生物が同じような形態になるのは必然と言えよう。

 このように起源の異なる生物同士が、同じような環境に適応して似た姿となる事を収斂進化と呼ぶ。キノコとモタケも分解者として合理化した結果、似たような形態に落ち着いたのだ。

 さて。そんな訳でキノコそっくりな外見となったモタケを、エリィはじいっと見つめる。見つめたまましばし考え込んだ。

 

【……これ、食べたら美味しいかな?】

 

 そして閃きを口走った。

 確かにモタケはキノコに似ている。だが似ているだけで、これは呪力の塊である。呪力とは人を呪い殺す力だ。

 その塊を食べるというのは、狂気の発想であろう。

 ……と言いたいところだが、エリィは呪力生命体がなんなのかいまいち分かっていない。専門家でない彼女には、呪力生命体の成り立ちや生理機能も不明だ。モタケがキノコっぽい事以外、よく分からない。

 無論、キノコなら食べていい、という事もない。キノコには有毒種が非常に多く、致死性のものも少なくない。毎年かなりの数の人間が死んでいるのが実情だ。迂闊に食べれば悲惨な目に遭う可能性が十分にある。

 しかしエリィは悪霊。既に死んでいて、毒で死ぬような肉体は持ち合わせていない。

 よってキノコの毒成分も通じない。エリィはそこまで論理的には考えていないが、【私はもう死んでるし別にキノコ毒ぐらい平気でしょ】と思っている。上流階級の生まれであるが、エリィは割と冒険心に溢れた子供だった。

 

【……ていっ】

 

 思い立ったら吉日。そう言わんばかりに、エリィはモタケを一本掴んで毟る。柄だけで長さ十センチ。中々の大物だ。

 生キノコは食べた事がない。出来れば焼いて食べたいとはエリィも思うが、領主の娘である彼女は自炊なんてした事がなかった。仮にあったところで、マッチも薪もこの家にはない。

 食べるなら生しかないだろう。

 

【ばくっ!】

 

 そこで躊躇わずに生で食うのがエリィという女である。

 傘の部分に歯を突き立て、噛んでみればほろりと崩れた。噛んだ時には弾力を感じたが、噛み千切ると形を保てないようで瞬時に霧散してしまう。

 口いっぱいに広がる、呪力。

 元を辿れば、呪力生命体の身体を形作る呪力は全てエリィに由来する。霧散した呪力も、エリィの身体に馴染んでいく。

 ごくん、と飲み干す必要はない。染み渡る呪力を、じっくりと感じる。

 

【……………】

 

 しばし、エリィは何も語らない。目を閉じて、そのまま立ち尽くす。

 やがてエリィはこくんと頷き、

 

【う、うまーっ!?】

 

 思わず味の感想を叫んでいた。

 美味い。

 そうとしか言えない味だった。甘いとか、辛いとか、苦いとか、生前感じていた味覚のどれにも当てはまらない。ただ美味いと、そんな感覚だけが込み上がってくる。

 しかも強烈だ。

 強い、という意味ではない。じんわりと口の中から身体中に『美味しさ』が浸透し、意識全体を塗り潰してくる。

 これがモタケの効果なのか、それとも悪霊だからなのか。どちらでもいいやとエリィは思う。細かい事なんてどうでも良くなるぐらい、モタケは美味しいのだから。余韻が消えていく最後まで、ただただ味を堪能してしまう。

 領主の娘として生まれたエリィは、それなりに良いものを食べて育ってきた。高価=美味ではないが、品質が悪くて美味しいものは殆どない。そこらの平民より余程美味しいとのを食べてきたのは間違いない。

 そんなエリィでもこんなに美味しいものは始めてだ。

 

【も、もう一個、食べたいなぁ】

 

 次が欲しくなる。キョロキョロと辺りを見回し、他のモタケがないか探す。

 今やモタケはそこそこ栄えた種族。一体生きるのに広い面積が必要なので、個体密度はかなり低いが……それでも屋敷内の何処にでも見られる。

 書庫に生えているモタケも、エリィが食べたもの以外にちゃんとある。

 ただしよく見ると、傘の形が違う。先程食べたモタケは丸みのある形だったが、今見付けたものはとんがり帽子のよう。注意深く観察すれば、柄の繊維が太いとか、傘の裏のヒダの数が全然違うとか、いくらでも差異は見付かるだろう。

 明らかに別種である。キノコであれば誤食は致命的。しかし既に死んでいるエリィは些細な違いなど気にしない。

 むしろ一刻も早く食べて、あの美味しさを味わいたい。

 駆け足でエリィはとんがり帽子のモタケに駆け寄り、ブチッと毟るや口に放り込む。そして抑えきれない笑みを浮かべながら噛んだ

 瞬間、ぐにっとした不快な歯応えを感じる羽目になる。

 

【……………ん、うん? うん……】

 

 歯応えは良くない。それでも我慢して噛んで、味を堪能しようとする。

 今回も噛めばモタケは崩れる。崩れるが、どろっとした崩れ方だ。

 すぐに霧散するものの、最後まで食感は不快そのもの。その後味が全身に広がっていくが……美味しいとは言い難い。いや、ハッキリ言って不快である。味云々ではなく、気持ち悪いという想いが溢れて止まらない。

 たちの悪い事に、身体に染み込んでしまったからもう吐き出せない。身体の全身に不快な余韻が広まり、何時までも精神を蝕む。

 

【な、何、これぇ……!?】

 

 思ったのと全然違う味(というより感覚)に、エリィは軽く混乱。しかしハッキリとした不快さは、味に狂わされていた意識に冷静さを呼び戻す。

 考えてみれば、見た目が全然違うのだ。味が同じなんて考え難い。

 あの美味しさを求めるあまり、モタケというだけで美味しいと思い込んでしまった。悪霊だから、というのもあるかも知れないが、どうにも感情で突っ走ってしまう。反省しなければ、と自分の心に言い聞かせる。

 ……それはそれとして。

 

【つまり、種類によって味が違う?】

 

 これもまた当たり前だ。人間が食べている食べ物だって、肉も野菜も魚も、種類によって味が全然違う。野菜という括りで見ても、苦いものもあれば甘いものもあるし、独特な香りを持つものだってある。モタケの味だってきっと種類によって違うだろう。

 いや、モタケのみならずウミクサやヨツアシの味だって違うのではないか?

 ――――エリィの考えは、正解だ。呪力生命体であっても、食べた時の味は種類によって大きく異なる。

 そもそも何故味がするのか。本来味覚というのは生物が食べ物を判別し、適した行動を促すための感覚だ。例えば甘味を感じさせる糖や脂質は、活動のためのエネルギー源となる。身体を動かすため大量に必要なので、積極的に摂取したい。故に甘味は大半の人が好む。「甘いものが嫌い」という者も、穀物や野菜の甘味までも嫌う事はほぼないだろう。

 対して苦味や渋味は、植物毒などアルカノイド系に対する反応だ。アルカノイドの多くは有害成分なので、摂取するのは避けたい。そこで「美味しくないもの」と認識して、食べるのを回避する。

 これらの物質は、舌にある味蕾という器官と結合する時に『味』はする。味蕾を塞ぐような物質があると味は感じられなくなるし、特定の味蕾を刺激するならその物質の益・害問わず味を感じてしまう。味覚というのは非常に化学的な器官なのだ。

 ここで話を呪力生命体に戻そう。

 呪力生命体の身体は人を呪い殺す力である、呪力から出来ている。呪力そのものは物質ではないので、当然味蕾と結び付かず、味なんてしない。

 しかし精神とは結び付く。呪いは心から生まれるものであるため、精神とは結合しやすいのだ。呪いは本来危険なものであるため、基本的には『不快』な味わいなのだが……呪力生命体は長年の進化を経て、複雑な呪力構造を持つに至った。

 一言で呪いと言っても、性質は様々。中には「美味しい」という感情を引き起こすものもある。偶々、そういった構造を持つ呪力生命体もいる。

 エリィが最初に食べたモタケも、ちょっと人間に優しい感情を呼び起こす呪いを多く含んでいた。この呪いが精神を刺激し、『美味しい』という感情を掻き立てたのだ。逆に二つ目のモタケは、典型的な呪いを多く含んでいた。これにより不快な感情が噴出し、全身不快感塗れという地獄を味わう羽目になったのである。

 ――――というのが呪力生命体の味に対する理屈だが。当然ながら神の視点を持たず、学者でもなんでもないエリィに詳しい原理なんて分からない。

 分からないが、呪力生命体の味が多様なのは経験により理解した。そしてエリィという少女は、寂しがりやである事以外はかなり前向きな性格である。

 

【なら、もっと美味しいやつも何処かにいるのでは……!】

 

 痛い目に遭ったというのに、そこから希望のある可能性を見出す。

 考え付いてしまったら、もうエリィは止まらない。色々な呪力生命体の味を調べたくなった。

 とはいえ、ヨツアシやパタパタのような『動物』を食べる気はしない。自分を警戒せず傍にいてくれる相手を、捕まえて食べるというのもちょっと精神的にキツい。

 なので狙いは動かず、動物っぽくないウミクサとモタケにする。植物とキノコなら食べる事に抵抗がないのも良い。暴れたり逃げたりしないのも好都合と言える。

 

【えっへへへ。どんな味がするかなー】

 

 手近な草を毟り、口に放り込む。キノコを生で頬張り、木々の枝に噛み付く。

 果たしてこの姿は上流階級の令嬢と言えるのか?

 どちらかと言えば野生児のそれだろう。しかし彼女の周りに、それを窘める人はいない。そして人間の本質は、生まれの地位なんかで変わりはしない。

 無邪気に食べて、吐いて、魅了され。

 本能と感情のままやりたい事をするエリィは、悪霊となった二百十年間で最も子供らしく、生き生きとしていた。

 ……………

 ………

 …

 と、これで終われば綺麗な話なのだが。

 

【あれ? ビミモタケがない?】

 

 一週間後、エリィはとある部屋でキョロキョロと辺りを見回す。

 部屋の名は衣装部屋。かつては、たくさんの衣装が飾られていた部屋だ。平民の家よりも広く、衣服は遺族などに持ち帰られて残っていないが……衣装掛けやクローゼットなどでごちゃごちゃしている。

 割と狭苦しい場所だ。表面積を広げ、多くの呪力を取り込みたいウミクサにとっては住み難い環境と言えるだろう。対して床や壁から直に呪力を吸い取るモタケにとっては、物(という名の屋敷構造物(エリィの創造物))に溢れるこの場所は好ましい環境である。

 このためモタケがウミクサよりも優勢な、珍しい環境となっていた。ウミクサが生えていない訳ではないが、モタケの方がずっと多い。

 そしてこのモタケだらけの場所で、三日前にとびきり美味しいモタケを発見した。

 あまりに美味しくて、何十本も食べてしまったほどだ。美味しさを称える意味も込めて、そのモタケにはビミモタケという名前まで付けている。発見時にたらふく食べて満足したが、三日も経つと欲しくて堪らなくなり、こうしてまた訪れたという訳である。

 ところが件のビミモタケが全然見当たらない。

 確かにビミモタケは大きさ五センチほどで、傘が小さいため目立たず、しかも小さな隙間を好んで生える。だから見付け難い事は間違いないのだが、それを分かった上でエリィは探している。いる筈の場所を重点的に見ているのに、見付からないから不思議なのだ。

 衣装部屋の隅から隅まで探し、草状のウミクサを掻き分ける。それでも見当たらない。生息場所を勘違いしている? 否、あんなに美味しかったのだから、キッチリ記憶に残っている。間違いなくこの衣装部屋に生えていた。

 

【えっ、な、なんで? なんで?】

 

 どうして何処にもモタケがいないのか。訳が分からず立ち尽くす。三日前はあんなにいて、採り放題で――――

 と、三日前の事を思い返してみれば、ふと思う。

 三日前。確かにビミモタケはたくさんあった。だからたくさん採って、たくさん食べた。

 しかし満足するまで食べた後、ビミモタケが残っている事を確認しただろうか?

 

【……………】

 

 さぁっ、とエリィの顔が青ざめる。とっくの昔に死んでいて、元々青白い顔だというのに。

 もしかすると三日前に、自分はビミモタケを食べ尽くしてしまったのではないか。

 脳裏を過ぎる最悪の考え。まさかそんな、とは思えど、実際ビミモタケは見当たらない。呪力生命体といえども絶滅し、いなくなる事は、エリィは何度も見てきた。ビミモタケだけが例外なんてあり得ない。

 食べ尽くせば、絶滅するのだ。

 

【そ、そんな……】

 

 がくりと、エリィは膝を付く。

 もうビミモタケが食べられないかも知れない、というのもショックではある。

 しかしそれ以上に、自分が一つの種を滅ぼしたかも知れない、というのがショックだった。

 命を食べる事は、エリィは悪い事だと思わない。それは他の生物もしている事なのだから。たとえ生きるために食べる必要はなくとも、美味しいものはやはり食べたくて、それを悪だとは思わない。

 だけど絶滅させるのは、滅ぼしてしまうのは、やはり駄目だと思う。

 それにエリィは、屋敷内の生態系が複雑に絡み合っている事を知っている。一種でも滅びれば、連鎖的に色々な種が絶滅するかも知れない。屋敷の中から生き物達が消えて、また寂しい事になったら……

 

【……ちゃんと、気を付けないと……】

 

 これは自分の失態。反省すべき事。

 心に深く刻み付けるように、エリィは自らの愚行を反省する。それでも気持ちは落ち込んだままで、とぼとぼとこの場を後にした。

 ――――結果的に、エリィの心配は杞憂だった。

 ビミモタケは生き残っていた。僅かな隙間にいた個体が、少しずつ繁殖していき、数ヶ月後には個体数が回復。その事にエリィは安堵はしたが、決意は揺らがない。

 自分がこの『世界』の生態系にどれだけ大きな影響を与えているのか、それを思えば楽観なんて出来ないのだから。

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