幽幻生物圏   作:彼岸花ノ丘

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原人

 群れるパタパタ達の発見から十年、呪力生命体の誕生から八十年が経った。

 屋敷内の環境に大きな変化はない。陸上はヨツアシが、植物やキノコの役回りをウミクサとモタケが、そして空はパタパタが支配している。エリィを襲うカイギョも細々とだが生き残っている。呪力は絶え間なく循環し、生物の個体数や種は変動を繰り返しつつも安定していた。

 唯一大きな変化があったのは、群れるパタパタ達と、彼女(呪力生命体に性別はないが『出産』するので、エリィはこの三人称で呼んでいる)達の暮らす客間である。

 

【……なんか、何時の間にかすごいもの出来てる】

 

 客間を訪れたエリィは呆気に取られていた。

 客間を訪れるのは、ざっと一月ぶりだろうか。あまり頻繁に来るのも迷惑だろうと、少し間隔を開けて訪問するようにしている。その間は当然不干渉。パタパタ達の自由にさせていた。

 だから一月の間に、色々な変化が起きる事もある。

 今回は、前回訪れた時にはなかった()()()が現れていた。木片を積み上げて作った、高さ二メートル近い塔……というのがその構造物を言い表すのに最適な表現か。積み上げているだけなので強度は低そうだが、塔の形にはなっている。

 木片は、この屋敷の扉や壁から得たものだろう。モタケによって分解されて柔らかくなったものを使ったのか、それとも自力で剥がしたのか。なんにせよ屋敷を損壊された以上、エリィとしては修復しなければならないが……その苦労を考えても、笑みが溢れてしまう。

 こんな立派な『建物』を作るという事は、それだけ知能が高い証なのだから。

 

【えっと、こ、こんにちはー……】

 

 恐る恐る、塔に呼び掛けてみる。

 すると中から、ざわっとパタパタが塔から顔を出した。

 パタパタの大きさは十センチほど。木の葉のような平たい身体を持ち、前方には鋭い棘状の突起が一つある。

 後方末端には長い触手が生えている。数は三本。体長よりも長く、うねうねと動かしている。パタパタ同士で絡め合ったり、触り合ったりしていて、様々なコミュニケーションツールとして使っているようだ。

 更に触手を木片に巻き付けている、いや、握り締めている個体も数体見られた。

 『武器』を持っている。警戒心の表れであるが、同時に道具を使うほど知能が高い事も意味する行為。しかも武器を持っている個体が前に出て、持っていない個体が後ろに下がっていた。明らかに役割分担をしている。

 住処である建物の建設、武器の使用、仲間内での役割分担……あらゆる要素がこのパタパタの知性を物語る。

 ほんの十年で、群れるパタパタ達は高い知能を持つまで進化したのだ。エリィはこのパタパタ達を『ゲンジンパタパタ』と呼んでいる。原始的ながら、この子達は知的生命体だとエリィは認めたのだ。

 

【(まぁ、一ヶ月前の交流は覚えていないみたいだけど)】

 

 武器を向けられる、即ち「お前なんて知らない」と遠回しにゲンジンパタパタ達から告げられている状況。忘れられた事を悲しいとは思うが、致し方ないとも思う。

 パタパタ達の寿命は短い。種類によって差はあるが、恐らく十日かそこらで一世代が終わる。ゲンジンパタパタも同じぐらいだろう。一ヶ月を三十日と換算すれば、今生きているのはエリィの出会った個体の三世代後の子孫となる計算だ。人間で例えると、今エリィと対峙しているのは曾孫達。口伝があったところで、正確に伝わっているとは限らない。伝わっていたとしても、それだけで信頼を寄せる事はないだろう。

 だからまずは、こちらに敵意がない事を伝える。

 

【はい、プレゼント!】

 

 満面の笑みと共に、すっと、エリィが懐から取り出したのは大きなモタケ。傘の直径はざっと二十センチぐらいあるだろう。小型種ばかりのモタケの中では最大級の大きさだ。

 モタケを見せると、ゲンジンパタパタ達の動きが変わる。塔から身を乗り出し、明らかにこちらへの関心を露わにしていた。仲間同士での触手の触れ合いが増え、なんらかの情報交換をしている。

 ゲンジンパタパタ達にとってモタケは大切な食料源。いや、むしろ(反応から察するに)美味しいものらしい。ちなみにエリィも齧ってみたが、全く美味しくなかった。むしろ人生の酸いと苦味を濃縮したような気持ちになったので、出来れば二度と食べたくない。

 

【……………】

 

 エリィがモタケを差し出し続けていると、やがて木片を持った個体の一体が塔から出てくる。

 恐る恐る、といった様子で近付いてきたその個体は、三本ある触手のうち二本を伸ばしてきた。エリィはこれに、モタケを渡す事で応える。

 渡したモタケはゲンジンパタパタよりも大きい。持ち上げるには至らず、ゲンジンパタパタはモタケを床に落としてしまう。しかし運べないほどではないようで、二本の触手を巻き付けるとぐいぐい引っ張り、引きずりながら塔の方に運んでいく。

 それを見ていた他のゲンジンパタパタも、次々と塔から出てくる。大きなモタケを皆で協力して運ぶ……だけでなく、何匹かはずっとエリィの事を見ていた。間違いなく監視である。

 『餌』をくれた、というだけでは簡単には心を開いてくれないらしい。警戒心の強さを物語る行動に、エリィは少し嬉しさを覚えた。

 

【(一年ぐらい前は、これだけで簡単に信じたのに)】

 

 人を疑う事を覚えている。

 言い換えれば、それは『交流』が進化している証だ。『人』は嘘を吐き、騙す事がある。そういった社会的常識を、野生生物だったゲンジンパタパタは身に着けつつあるのだ。

 確実に人間のようになっている。即ち、なんらかのコミュニケーションが可能になる日も近いという事。友達になってくれるかも知れないという事。それを思えば、警戒される事の何が不満だと言うのか。むしろ成長していくようで、嬉しくもある。

 ……拒絶さえも喜ぶのはちょっと変態っぽいかも、と思わなくもないが。ほぼ野生生物に変態扱いされたら流石に嫌なので、ニヤニヤしそうになる顔を指で揉み、どうにか解きほぐす。

 その間もゲンジンパタパタ達はモタケを運び、塔の中へと運び込んだ。塔の下側には物資の搬入出用か大きな穴が空いていて、そこにぎゅうぎゅうと押し込むように突っ込まれる。果たしてあのモタケでゲンジンパタパタ達を何匹養えるかは分からないが、塔から百匹近い数が出てくるのを見るに、あっという間になくなりそうだ。

 

【えっと、私は敵じゃないよー。これから、仲良くしましょ?】

 

 改めて、言葉による自己紹介をしてみる。

 ゲンジンパタパタ達の動きが活発になる。触手で触れ合う回数が増えていた。何かを積極的に話している、ような気がするが、何を話しているかは分からない。

 それでも特段コミュニケーションを交わさず、建物の中に隠れてしまう。顔は覗かせているが、こっちには来ない――――というのが、普段のゲンジンパタパタ達の行動だ。人間であるエリィ的にはちょっと失礼にも感じるが、ゲンジンパタパタ達は体長僅か十センチの生物。エリィの身長は約百四十センチなので、ざっと十四倍の身長差になる。エリィに置き換えれば、凡そ二十メートルの怪物が接触してきたように感じるだろう。

 いくら食べ物を持ってくるという友好的行動をしても、ここまで体格差があるとちょっとした事で怪我を負いかねない。中々、交流するという選択はし辛い筈だ。

 反応が芳しくない事に寂しさを覚えるエリィであるが、こちらが無害だと伝える方法は他にない。じっくりゲンジンパタパタのコミュニケーション能力が進化するのを待ちながら、様子見で接触する……というのがエリィの目論見である。

 

【(今回も、あんまりお話してくれなかったけど……うん、次は話せるかも)】

 

 寂しさで狂っていた時なら、我慢出来ずに一匹一匹詰め寄り、殺していたかも知れない。だけど今なら他の生き物達との交流で我慢出来る。じっくりと彼女達の成長を待てる。

 此処らで立ち去ろう。そう思って立ち上がり、客間の扉へと向かう。

 丁度そのタイミングで、客間に入ってくる生き物がいた。

 ヨツアシだ。四足のような触手で身体を支え、口許にある触手を激しくくねらせている。流線型をしているがガッシリとした胴体や、非常に大きな口からして、恐らく肉食性だろう。体長は一メートルと中々大柄だ。

 そんなヨツアシの姿を見るや、ゲンジンパタパタ達は大慌てで隠れてしまう。もう顔も覗かせない。

 

【(この怖がりよう……もしかして、このヨツアシ、あの子達を食べてる!?)】

 

 考えられない事ではない。知的だろうがなんだろうが、肉食獣にとって生物は獲物。体長一メートルのヨツアシからすれば、十センチしかないゲンジンパタパタは手頃な獲物だろう。

 このままではゲンジンパタパタ達が食べられてしまう、かも知れない。

 それもまた自然の成り行きだろう。知性の有無など、野生の生き物達には関係ない。二百年以上屋敷内の生命を見てきたエリィは、その現実を理解している。それに知的生命体であるなら、自分達で危機を乗り越えなければ文化や知性は発達しない事もあり得る。

 手を出さない方が良い。いや、手を出すべきではない。合理的に考えれば、エリィが取るべき行動は明白だ。

 

【だ、駄目!】

 

 そんな合理的な行動なんて、幼いエリィには出来ないが。

 折角誕生した知的生命体。それが、他の生き物に食べられてしまうなんて我慢ならない。

 感情のまま、エリィはヨツアシに体当たりを食らわせた!

 尤も、エリィが本気で呪力を使えばヨツアシを殺す事は簡単だ。そうしないのは、偏に【そこまでするのは可哀想だし】という理由。享年十歳の彼女は、結局のところ色々中途半端だった。

 しかしその中途半端さ故に、食い止め方は必死だ。身体はエリィより小さいとはいえ、ヨツアシは野生の肉食獣。力は強く、呪力頼りの悪霊なんかより余程逞しい。ほっぺたをぷくーっと膨らませながらエリィは押し返そうとするが、ヨツアシは一歩も退かない。

 とはいえ、エリィに邪魔されるのは鬱陶しいと思ったのだろう。それにそこまで空腹でもなかったのか。ヨツアシは一歩、また一歩と後退し、ついには部屋から出ていく。

 

【ぅべっ!?】

 

 ヨツアシが身を翻した事で、エリィはそのまま前につんのめるように転ぶ。

 受け身も取れず、両手両足を広げた無様な体勢で倒れてしまった。悪霊であるエリィに身体的痛みはないが、生前の癖でついジタバタしてしまう。自認出来るほどに格好悪い姿だった。

 ……当然、客間に建てられた塔内に潜むゲンジンパタパタ達は、エリィの『勇姿』を見ているだろう。

 格好付けたかった訳ではないが、格好悪いのを見せたくもない。

 

【ううぅ……】

 

 恥ずかしさから、背後にいるゲンジンパタパタ達の方に振り返れない。居た堪れなくなったエリィは、逃げるように部屋を後にする。

 故に、エリィは知らない。

 ゲンジンパタパタ達が、立ち去るエリィをどんな風に見ていたかを。

 

 

 

 

 

 一週間後。エリィはゲンジンパタパタ達が暮らす客間を訪れた。

 本当はもう少し後に、それこそ世代交代をした頃にでも立ち寄りたかった。あの恥ずかしい姿を忘れてほしかったがために。

 しかし恥ずかしい姿を見られた事自体が居た堪れなくて、つい、一週間で行く事にしてしまった。変に我慢したから、一週間も後になった、という方が正しいかも知れない。

 なんにせよ改めて訪問した客間にて、エリィは目撃する事になる。

 奇妙な木片オブジェが、部屋のド真ん中に置かれているところを。

 

【……何、これ?】

 

 パッと見たところ、ひっくり返ったエビ、のようにも見える。

 しかし当然この屋敷にエビなんていない。エビに似た呪力生命体も、少なくともエリィは見た覚えがない。それに四本の手足らしきものの付き方も、呪力生命体っぽくない。

 そして一番奇妙なのは、そんなヘンテコオブジェの周りをゲンジンパタパタ達が取り囲んでいる事だ。

 

【……!】

 

【……!】

 

 呆けて見ていると、何体かのゲンジンパタパタ達がエリィの事に気付く。

 すると先日までとは違い、続々と集まってきたではないか。否、これは最早我先にと言うべきか。

 

【え? な、何? 何々?】

 

 困惑するエリィだが、同時に嬉しくも感じる。寂しがり屋のエリィにとって、誰かに近付いてもらえるなんて夢のような出来事だ。

 しかしゲンジンパタパタ達はエリィの近くまで来ると、何故か立ち止まり、地面に伏せる。一体二体ではなく、集まってきた数十体全員が。

 身体後方の触手をゆらゆらと揺れ動かしていて、何かをアピールしているようにも見える。だがエリィにゲンジンパタパタ達の言葉は分からない。何を求めているのか、それとも特に意味はないのか。答えが分からず、ヒントを求めて視線をキョロキョロと動かす。

 そうは言ってもこの客間にあるのは、ゲンジンパタパタ達の住処である木片で出来た塔と、この一週間で新しく作られた変なオブジェぐらいなもので――――

 

【……………ん?】

 

 その時、エリィはふと思う。

 このオブジェ、何か見覚えがある気がする。

 直接見た訳ではない。けれども妙に記憶にある、ような気がする。だから思い出そうとしてみたが、なんとなく不快な感じがしてくる。

 じゃあ止めようかな、と思うのがエリィという娘である。しかしエリィの知能は思いの外柔軟で、賢かった。止めようと思った途端に閃くぐらいには。

 あのオブジェは、転んでいる人間の姿に似ている。

 例えば――――この前、エリィが此処でヨツアシ相手にすっ転んだ時のような。

 

【ぶぼぉ!? な、なな、な、な!?】

 

 なんでこんなものを!? 非難交じりに叫ぼうとするが、言葉は出てこない。

 その間もゲンジンパタパタ達は伏したまま。まるでひれ伏すかのよう。

 或いは、本当にひれ伏しているのではないか。

 

【(も、もしかして、これ、私を称える像、って事ぉ!?)】

 

 どうやらゲンジンパタパタ達は、エリィがヨツアシと争った事をちゃんも覚えていたらしい。

 そしてその行いが、自分達を助けてくれた、とも認識しているようだ。それ自体は良い。確かに助けたのだから。

 しかしこんな、崇められるのは想定外。こんな事しなくていい、というか恥ずかしくて嫌だから止めてほしいと伝えたいが、ゲンジンパタパタ達にこちらの言葉は通じない。

 エリィは口許を引き攣らせる事しか出来ず、そんなエリィの気持ちなど察してくれないゲンジンパタパタ達は何時までもひれ伏すのだった。

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