幽幻生物圏   作:彼岸花ノ丘

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真社会性

 呪力生命体の誕生から、凡そ九十年が経った。

 生態系に大きな変化はない。日々新たな種が生まれ、環境に適応出来なかった種が絶滅している。何時もと変わらない、今まで通りの日常だ。

 ただし、エリィの環境は大きく変わった。

 ついに待ち望んでいた『友達』が、出来たのだから。

 ……友達、だろうか?

 

【……………はぁ】

 

 エリィは物凄く、居心地の悪そうな顔で、ため息まで吐いて『椅子』に座っている。

 椅子と称したが、実際にはなんらかの繊維(壁紙でも剥がして作ったのだろうか?)の塊だ。ただ、人が座りやすいよう形は整えられ、柔らかさも、及第点ぐらいはある。

 とはいえ編み物とは違い、繊維を積み上げた程度の代物である。下手に動くと壊れそうなものだ。

 これがエリィの手製なら、遠慮なく尻を動かす。壊れたらまた積み上げれば良い。思い入れも何もあったものではない。

 ただ、これを作ったのがゲンジンパタパタ達となると、流石にちょっと可哀想なので我慢してしまう。

 

【……………!】

 

【え? あ、えと、なんでもないよ?】

 

 自分の周りを飛び回る、一匹のゲンジンパタパタに、エリィは咄嗟に誤魔化した返事をする。

 十年前なら、エリィの言葉はゲンジンパタパタに通じなかった。

 しかし今は違う。ゲンジンパタパタはエリィの言葉を聞くと、すぐに降下。床付近にいる、別のゲンジンパタパタに身体後方に生えている三本の触手で触れ合う。

 何かのコミュニケーションを行うと、一匹はまたエリィの傍に戻り、もう一匹はエリィとは違う方を見る。エリィではない方を向いている個体は、何を見ているのか?

 それは、モタケがたくさん植わった畑の世話をする、他のゲンジンパタパタ達であった。畑はベッドの上を埋め尽くし、無数のモタケが生えている。

 そのモタケの栄養になる木片を得るため、部屋の壁をカリカリと削るゲンジンパタパタ達もいた。尻尾の先を使っていて、中々重労働なのだろう。定期的に他個体と交代して、一体に負担が集中しないようにしていた。

 そして部屋の隅には巨大な塔がそびえている。いや、最早塔と言うより城だろうか。ベッドよりも幅広く、壁まで高く積み上がった木片の建造物。大勢のゲンジンパタパタ達が暮らしているのだろう。頻繁に出入りが見られる。

 ――――此処は、ゲンジンパタパタ達が暮らす客間である。

 あれから十年も経って、ゲンジンパタパタ達は進化した。いや、進歩した、と言うべきだろうか。生物としてはあまり変化していないが、その文化には大きな変化が起きている。

 例えば、エリィの扱い。

 十年前になんやかんやあって崇められるようになったが、今でもゲンジンパタパタ達はエリィを称えている。転んだ姿を模したオブジェはそのまま、なんとか新しいオブジェの量産は我慢してもらっている状態だ。

 それでいて、崇め方は凄い事になった。

 

【……! ……!】

 

【……】

 

 まず、ゲンジンパタパタ達が常に周りを飛ぶようになった。数は十〜二十匹。武器(鋭く加工した木片。十年前よりも随分強そうだ)を装備しているので、護衛役のつもりなのかも知れない。

 また、玉座も用意された。今エリィが座っている、あんまり柔らかくない椅子がそれだ。文句を言えばゲンジンパタパタ達は全力で改善を試みるだろう。言わなくても次々と改良品を出してくるので、言ったらどうなる事やら。

 そしてエリィの言葉を理解する個体もいる。いわば翻訳家が現れたのだ。この翻訳家達がエリィの言葉を解釈し、仲間達に伝達する。尤も、この翻訳家が仲間達に何を伝えているかエリィには分からないので、あれこれ自分にとって都合の良い事を言ってる可能性もなくはないが……大体エリィの言葉に従い(意図通りではない)行動するので、全く頓珍漢な事は言っていないだろう。

 今やゲンジンパタパタ達の社会は、エリィを中心に回っている。エリィが言えば、きっとゲンジンパタパタ達はなんでもしてくれるだろう。

 ――――これは、友達か?

 

【(いやもう、これは女王様とかそーいうのじゃん)】

 

 領主と領民だって、もうちょっと意見対立があったと思う。それ以上の従属っぷりに思えて、悪い気はしないが、ちょっとズレている気がした。

 ……等とゲンジンパタパタ達を非難気味に思うエリィであるが、エリィ自身も少しは自覚している。やり過ぎた、と。

 実のところエリィは、ゲンジンパタパタ達にたくさんの知識を与えた。

 例えばモタケを栽培する事で、安定的な食糧供給を行う……農業のやり方。安全な生き物を育て、大きくしてから食べる畜産も教えた。危険な生き物、安全な生き物も少し教えた。

 どれもゲンジンパタパタ達が生き延び、絶えないために伝えた事。お友達として便利な事や危険なものを教えたつもりだ。しかしゲンジンパタパタ達は、これを天啓か何かのように受け取ったらしい。実際ゲンジンパタパタ達は農業のお陰で爆発的に数を増やし、今では隣り合う二つの客間にも勢力を広げた。部屋の壁に穴を開け、三部屋を占有したのである。ちなみに隣室の存在を教えたのもエリィである。

 今やゲンジンパタパタの個体数は一千を超えた。接触前は百匹ぐらいだった事を思えば、正に大繁栄。こんなに繁栄したら、そのための知識を与えてくれたエリィに感謝するのは当然だろう。

 

【(くぅ……ここからお友達になるにはどうすれば……!)】

 

 そうは思えど、やはりなりたいのはお友達。そのためにはどうすべきか。頭を抱えて考えたいが、それをするとゲンジンパタパタ達が心配してしまう。

 何事もないかのように装わねばならない。尚且つ、友情のためのヒントをゲンジンパタパタ達から得られないかと、観察もしてみる。

 ……ゲンジンパタパタ達はエリィに見られている事に気付くと、わらわらと集まってきた。この子達の言葉はさっぱり分からないが、【なになに〜?】とか、【どーしたのー?】とか言ってそうな雰囲気がある。それはなんとも可愛らしくて、ついエリィは微笑んだ。

 

【(なんか、別に細かい事は気にしなくていいかなー)】

 

 そして頭を悩ませていた問題に対し、あっさり思考停止してしまう。

 確かにゲンジンパタパタ達は、エリィを崇拝している。女王様扱いだ。

 しかし根本的な価値観が人間とは違うようで、変な生贄を捧げる、食べ物を渡してくるなどの『行事』は行わない。なんとなく一緒に、楽しくやろうとしているだけに思える。

 だったらあまり変な事はしなくても、大事にはならないだろう。

 

【あ、そうだ。そろそろ文字を教えようかな。やっぱ言葉だけだと不便だろうし。あと文通してみたいなー】

 

 なお、エリィは自分の行いが『変な事』とは思っていないので、思い付きで革命を起こそうとするが。自分の行いを反省しているが、それを活かして言動を改めるのは、十歳の少女にはちょっと難しかった。

 【みんなー集まってー】とエリィが呼べば、ゲンジンパタパタ達はわらわらと集まってきた。なんだなんだと言いたげに、ゲンジンパタパタ達はエリィの顔を見ている。

 称賛とか崇められたい訳ではないが……注目を浴びるのは、ちょっと気持ちいい。

 寂しさから悪霊になったが故の本能か。しばしゲンジンパタパタ達の視線な浸ってから、エリィは勿体ぶった態度で指を一本立てる。そして文字という人類最高峰の発明の一つを、友達に自慢する見栄っ張りのように伝えようとした――――

 

【んぁ?】

 

 その時、エリィは違和感を覚えた。

 初めての感覚だった。何かが体内にいるような、だけど身体の内側ではないような、覚えのない感覚。

 言葉にすると気持ち悪いが、不快ではない。気持ちいい訳でもないが。ただ、無性に気になる。

 ゲンジンパタパタ達が不思議そうにこちらを見ていて、何か言った方が良いかとも思う。しかし今は違和感に意識が持っていかれ、何も答えられない。

 なんだろうか、この感覚は。

 うーん、と目を閉じて考える。目と言ってもエリィの身体は霊体なので、その目で直接世界を見ている訳ではない。目を閉じたまま外の様子を確認する事は難なく可能だ。だけど目を閉じれば、意識が『内』に向く。

 すると瞼の裏側に、屋敷内のエントランスホールが浮かんだ。

 見慣れたエントランスホールの光景……見慣れたと言っても、ウミクサやパタパタが溢れ返った野性味溢れる景色だが。その景色を見て【そういえばこの家は私の力で作ってるから、家に何かあればすぐに分かるんだっけ】と今更思い出す。

 そしてエントランスホールに倒れている人の姿を見て、なんだ誰かがこの屋敷に来たのかと気付いた

 

【ぶぼほおおおっ!?】

 

 瞬間、思わず吹き出す。

 力強く吹き過ぎて、その後咳込んでしまう。苦しむエリィの姿を前にしてゲンジンパタパタ達はちょっと不安げな様子。

 何時もなら驚かせた事に謝罪の一つでもするところだが、それどころではない。

 エントランスホールに人の姿がある。

 しかしこの屋敷に住む『人間』はエリィだけ。生き物はたくさんいるが、人間と同じ姿をしている種はいない。ゲンジンパタパタ達でさえ人型には程遠い。

 ならば考えられる可能性は一つ。

 ()()()()()()()()()だ。

 

【っ!】

 

 その可能性に気付いたエリィは、客間から飛び出す。

 一直線に向かうは、エントランス。

 二百四十年以上待ち望んでいた『人間』の来訪に、エリィの頭はその事しか考えられなくなっていた。

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