幽幻生物圏   作:彼岸花ノ丘

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外来種

 人間。

 生きていた頃のエリィにとってそれは、同族だった。そして死んでからは、悪霊になるほど求めて止まない存在だった。

 呪力生命体達との暮らしで、寂しさは幾分紛れていた。それでも人間を求めなかった日はなかった。

 その人間が、ついに来た。

 

【(なんで!? どうして!?)】

 

 二百年以上来なかった人間が、何故今頃やってきたのか。理由は分からない。分かる必要もないだろう。

 重要なのは、人間が今、この屋敷にいる事。

 早く会いたい。その気持ちを抑えられない。

 傍にはゲンジンパタパタ達が五匹ほど付き纏っている。やはり護衛のつもりなのだろうか。エリィの全力疾走に追随するのは大変そうで、申し訳ないとは思うが、エリィにも足を止める事は出来ない。

 いくら広いとはいえ、一応は人の住処であるこの屋敷。全力で走れば、二階客間からエントランスホールまで三分も掛からない。すぐに辿り着いたエリィは、先程瞼の裏に浮かんだ景色を元にエントランスホール、そして外へと繋がる屋敷の扉付近を見遣る。

 そして目の当たりにした。

 倒れた人に、ヨツアシやらパタパタやらが群がっている光景を。

 

【って、襲われてるぅ!?】

 

 どうやら呪力生命体達にとって人間は餌扱いらしい。

 慌てて倒れている人間の傍に向かい、エリィは両手を振り回して呪力生命体を追い払う。逃げるパタパタやヨツアシは【なんだよもー】と言いたげな、割と気怠げな様子で去っていく。

 呼吸をする必要もないのに、エリィは肩で息をしてしまう。咳払いをして、どうにか気持ちを落ち着かせてからエリィは倒れている人に視線を戻す。

 その人物は、若い女性だった。

 二十歳ぐらい、だろうか。享年十歳だが二百四十年も悪霊をしているエリィにとって、お姉さんと呼ぶべきか、それとも子供と言うべきか。とりあえず、大人の人と思っておく。

 見た目はかなりの美人。おっとりした、優しい顔立ちをしている。服装は厚手の服を着ていて、軽装ではない。背中には大きな、袋? のようなものを背負っていた。それと棒状の、良く分からないものも装備している。

 エリィからすると奇妙な服装に思える。服の素材が何か分からないし、背負う袋も奇妙な形をしていると感じた。しかしエリィは二百年以上世俗から離れた暮らしをしていた身。それだけ経てば世の中も色々変わるだろう。

 ましてや人間がこの屋敷、山奥の廃墟を訪れる理由なんか分かる訳もない。

 

【と、とりあえず、起こした方がいいのかな……】

 

 何故倒れているのかも分からないが、そのままにしておくのは好ましくないと思う。とりあえず、身体を揺さぶって起こそうとしてみた。

 幸いと言うべきか、女は身体を揺すられると僅かに呻く。まだ生きているのは間違いない。

 もっと強く揺らすべきか? いや、やり過ぎるのも良くないかな、等と考え込んでいると、女は意識を取り戻したのか。自力で顔を上げ、片手で頭を抑える。

 

「う、ううーん……何……?」

 

【わわわ!? え、あ、あの】

 

 女が声を発したので、慌ててエリィも反応をする。

 女は目を開き、エリィと向き合う。エリィは必死に笑顔を浮かべ、友好的な振る舞いをしてみた。

 いくら笑みを浮かべたところで、半透明で顔色の悪い、身体のあちこちが溶けた死体のような女児でしかないのだが。

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 エリィを見た瞬間、女は悲鳴を上げた。それから背中にある棒状のものも掴み、先をエリィに向けた。

 向けられたものが何か、エリィには分からない。エリィが生きていた頃にはなかったものだ。だけどこうして差し向けてきたからには、きっと武器の類なのだろう。

 エリィに物理攻撃は通用しない。肉体を持たず、呪力のみで動く彼女に、どんな武器も無意味だ。

 

【ひゃあぁ!?】

 

 無意味だが、悪霊になって二百四十年余り、武器なんて向けられた事がない。なんだかよく分からないものを向けられ、ビビって悲鳴まで上げてしまう。

 互いに怯えるという、混迷した状況。それでも二人だけなら、牽制しながら落ち着きを取り戻せたかも知れない。

 

【……!】

 

 しかし此処には、エリィの頼もしい味方がいる。

 護衛のように付いてきた、五匹のゲンジンパタパタ達だ。彼女達はその手に武器……鋭い木片を持っている。これを構え、女に向けたのだ。

 たかが木片、と侮ってはならない。長さ数センチとはいえ、しっかり加工された木片の先端は刃物のように鋭い。十分な力で突き立てれば、人間の皮膚ぐらいは貫くだろう。

 その貫く場所が首や手首など、動脈近くなら十分致命傷を与えられる。目なら失明だって容易い。頼れるとは言わないが、ちゃんと武器ではあるのだ。

 ゲンジンパタパタ達は無闇な突撃はせず、エリィの傍にいたまま木片を突き出す。あくまでも牽制、という事なのか。流石は(エリィの推測だが)エリィの身辺警護を任される精鋭だ。この状況でも下手な攻撃はせず、まずは警告に留めている。エリィとしても人間に酷い事はしないでほしいので、とりあえずそのままでいてくれれば良い。

 ところが女の方は、そう受け取らなかったようだ。

 

「ひ、ぅ、うわあぁ!?」

 

 叫ぶや否や構えていたものをエリィに向け――――

 パァンッ、という破裂音を鳴らした。

 何かが飛んだ。尤も、早過ぎてエリィには見えない。飛んできた何かは正確に、エリィの額に命中。

 その衝撃の強さで、エリィは吹っ飛ばされてしまう。

 

【ぐぇっ!?】

 

 吹っ飛ぶだけで致命傷には至らない。痛覚もないので痛くもない。ただ、転んだ拍子に呻いてしまう。

 エリィとしては怪我もないのに加え、あまりにも衝撃が凄まじくびっくりしたので何も思っていないが……ゲンジンパタパタ達は違う。崇め、称えていたエリィが攻撃されたと理解し、木片を握り締めて女に突撃しようとする。

 悪ければ致命傷、良くて大怪我。そんな攻撃をさせる訳にはいかない。

 

【だ、駄目! 攻撃しないで!】

 

 なんとか呼び止めようとして、大きな声で叫ぶ。

 言葉は通じない。しかしだからこそ、ゲンジンパタパタ達はエリィの意図を探るためか動きを止めた。

 ここで女がまた何かしたら、折角の静止も無駄になるところだったが……女の方も、エリィの意図を察したのか。棒状の何かを構えつつ、それ以上攻撃するのは止めてくれた。

 

【あ、あの……だ、大丈夫、ですか? あの、倒れて、いたから……】

 

「へ? あ、いや、えと、ご、ごめんなさい! い、いきなり、撃っちゃって、あ、あの、あなたこそ、大丈夫……?」

 

【わ、私は、大丈夫です! もう死んでますので!】

 

「えっ、死んでる……って、やっぱりお化け!?」

 

 自分の無事(?)をアピールしたところ、怖がらせてしまった。思ったように話せなくて、またエリィはおろおろしてしまう。

 ただ、そのおろおろわたふたとした挙動は、女の警戒心を解いたようで。

 

「……………お化け、よね?」

 

 何故か、改めて確認されてしまう。

 

【へぁ!? え、あ、は、はい。えと、確か二百四十年ぐらい前に死んだと、思います】

 

「に、二百四十年……その、わ、私に取り憑こうとか、呪い殺そうとか、しないの?」

 

【え?】

 

 女に問われ、エリィはキョトンとしてしまう。

 エリィは悪霊である。

 本来なら、屋敷内に入ってきたこの女を即座に呪い殺していただろう。生者から霊に変え、仲間を増やすために。しかし今のエリィにそんな考えはない。むしろ【なんでそんな酷い事を】と思ってしまう。

 ここまで考えが変わった理由は、やはり周りにいる呪力生命体達のお陰だろう。この子達との触れ合いで心が落ち着き、寂しくなくなったから、人間とも落ち着いて話が出来る。

 

【その、えと、私は、そういう事は、したくない、ので】

 

「そ、そう、なんだ……」

 

 果たして納得してくれたのか。訝しげな表情はしているが、女は持っていたものを下ろしてくれた。

 それから沈黙が流れてしまう。

 女の方から話さないのは、なんとなくエリィも気持ちは理解する。お化けとはいえ、人の家に上がり込んだ挙句に攻撃したのだ。死者相手とはいえ反撃されても文句は言えまい。

 そんな状況で気楽に話題を振るなんて、普通の人間なら無理だろう。ならば自分が頑張って話し掛けなければ、とエリィは奮起する。

 

【えと、あ、その、なんで、こんな場所に来たのですか? わ、私が死んでから、人なんて全然来なかったのに】

 

 とりあえず、一番知りたい事を訊いてみる。

 女はエリィに問われ、一瞬キョトンとしてから、質問されたと理解したのだろう。わたわたしながら答える。

 曰く、女(ユーノというらしい)は山の麓にある小さな村に暮らす娘であるという。

 職業は猟師。肉や皮を得るためだけでなく、農業害獣の駆除も行っている。今日はその害獣駆除のため来たが……突然の雨に見舞われ、足を滑らせて崖から落ちてしまった。怪我はなかったが、帰り道が分からなくなり、せめて雨宿り出来る場所をと考えあちこち彷徨い歩いていた。そしてようやくこの屋敷を見付け、転がり込むように入ってきたという。

 そこで珍妙な『怪物』だらけの光景を目にして、心身が限界を迎えて気絶した、らしい。

 

【そ、そんな大変な事が……】

 

「ほんと、大変だったわ。この銃がなかったら割と危なかったわね」

 

【じゅう?】

 

「この武器よ。その……あなたを撃っちゃったやつ。二百四十年前に死んだなら、確かに知らないかもね」

 

 ユーノ曰く、銃というのは火薬の力で金属の弾を飛ばす武器らしい。

 弓矢よりも扱いが簡単で、一発撃つぐらいなら女子供でも簡単に使える。その一発で、当たれば人間どころか獣も殺せるぐらい強力。そんな訳で、今では狩りのみならず戦争でも主力となっているらしい。

 

【ほへー……知らない間に、凄い武器が出来ていたんですね】

 

「まあ、あなたには効かなかったけどね……お化けってそういうものなの?」

 

【た、多分。私も、自分以外のお化けには会った事がないので、よく分からないですけど】

 

「あはは、それもそうか」

 

 ユーノは納得したのか、けらけらと笑う。

 大分打ち解けられた、という事なのだろうか。

 こうして人間とお話出来る事が、とても嬉しい。嬉し過ぎて、ついもじもじとしてしまう。ユーノもすっかり慣れたのか、楽しげに笑っていた。

 それから、ぐぅ、とユーノのお腹が鳴る。

 

「……………あ、あー。一晩中歩いてて、お腹空いちゃったみたいで」

 

【あ! な、成程! そうですよね! 生きていたらお腹、空きますよね!?】

 

「えと、それで、不躾だとは思うけど、食べ物とかないかな? 日帰りのつもりだったから何も持ってなくて」

 

【た、食べ物、ですか……】

 

 照れた様子で訊いてくるユーノから、エリィは目を逸らす。

 ハッキリ言うなら、食べ物なんてない。

 エリィは悪霊だ。当然食べ物なんて必要としていない。両親が死んだ時まで屋敷に残っていた食べ物も、使用人達が食べてしまった。残飯もネズミや虫に食べられたので、もう一欠片もなくなっている。

 しかし食べ物を求めてきた『平民』に、ないと答えるのは領主の一族として如何なものか。

 初めてのお客さんに対して見栄を張りたい享年十歳の少女は、何かを出したいと考えた。考えたが、それでパンやワインが湧いてくる訳もない。うんうんと唸り、考え……

 ふと思い付くのは、()()()()()()()

 幸いにしてそれは、此処エントランスにも生えていた。

 

【……あの……お腹が膨れるかは、分からないですけど……】

 

「え? 本当にあるの?」

 

 ユーノも、こんな廃墟に食べ物があるとは思わなかったのだろう。心底驚いた様子で目をパチクリさせる。

 ユーノが呆けている間に、エリィはささっとエントランスの隅へ向かう。そこに生えているのは、傘を持たない棒のような姿のモタケ。大きさは十センチほどと、まあまあ大きく育っている。

 このモタケを二本、ぶちっと引き抜く。

 引き抜いたモタケを握り締め、ユーノの前へと戻ってきた。ユーノは目を瞬かせ、エリィが握るモタケを見つめる。

 

【えと、これ……お、美味しい、ですよ?】

 

 エリィはそのモタケを、ユーノに差し出そうとした。

 ……今になって思う。

 【これは流石になくない?】と。訳の分からない生物を食べろと言われて、感謝しながら食べる奴が何処にいるというのか。

 

【あ、ご、ごめんなさい。その、これはやっぱりなしで……初めてのお客さんで

はしゃいじゃって……】

 

 すぐに自分の意見を撤回。恥ずかしさと情けなさで誤魔化し笑いをする事しか出来ない。

 そんなエリィに対し、ユーノはじっと見つめるばかり。

 いや、見つめているのはエリィではない。エリィが握り締めている、モタケの方だ。

 

「……それ、くれる、のよね?」

 

【え? ……あ、えと、ほしければ、勿論、いいですけど】

 

「ちょ、ちょっと失礼!」

 

 エリィが再び差し出すと、ユーノは飛びつくようにモタケに手を伸ばす。

 そのままモタケを受け取ったユーノは、モタケに鼻を近付ける。すぅーっと、深呼吸するように臭いを嗅いだ。

 

「……凄い。なんて芳醇な香り……今まで色々なものを食べたけど、こんな香りは初めて」

 

【え? そ、そう、なのですか?】

 

「そりゃ裕福な身じゃないけど、村の山菜とか野菜とか美味しいものはたくさん食べてるのよ。だけど……ああ、これは本当に、我慢出来ない!」

 

 話も途中だろうに、ユーノは目を大きく見開いてモタケに喰らいつく。

 呪力の塊であるモタケだが、物をすり抜けるのは苦手だ。だから人が噛めば、やはりすり抜ける事はない。しっかりと噛み跡が付き、更に力を込めれば千切れる。

 千切れた肉片はすぐに崩れ、ユーノの口の中に広がった。その感触を堪能するように、ユーノは目を閉じ、押し黙ってしまう。

 ユーノは生きた人間だ。悪霊であるエリィとは、当然身体の構造が全く異なる。モタケを食べても問題ないか、実のところ分からない。

 

【あ、あの】

 

 もしかして何かあったのではないか。心配になったエリィはユーノの身体を揺する。

 

「うっ、まぁ!?」

 

 ユーノの返事は、屋敷が震えるかと思うほど大きな声で返ってきた。

 

【ぴゃあっ!? え、えっ?】

 

「すっごい美味しい! え、何これ!?」

 

【あ、ぇ、えと、も、モタケって、名付けて……】

 

「モタケ! こんな美味しいものがあったなんて……! 例えるならこれは――――」

 

 余程感動したのか。ユーノは目をキラキラさせ、どれだけ美味しかったかを語り出す。

 正直ユーノの説明は、エリィには全く分からない。ただ、余程美味しく感じたらしい。興奮して、凄い早口になっていた。

 気に入ってくれたのなら、エリィとしても嬉しい。それに美味しいものを食べたからか、先程より随分元気になったように見える。

 これなら、無事に帰れるだろう。

 

【(あ、私この人の事、ちゃんと帰せるんだ)】

 

 ユーノが帰れる事を、素直に喜べる自分にエリィが驚く。呪わず、そのまま送り帰せる。

 こうなると、ただの幽霊だなぁと、ちょっと感慨深くなった。

 

【元気になったみたいだし、ちゃんと帰れそう?】

 

「あ、うん。お腹は膨れてないけど……確かに元気にはなった。ありがとう。その……」

 

【?】

 

「ううん、なんでもない。そうね、この話はもっと後で、ちゃんと準備して話さないとね」

 

 ユーノはそう言うだけで、具体的には切り出さない。

 何か言いたい事があったのだろうか。

 聞き出そうかとも思ったが、準備とやらが必要らしい。なら、無理に聞き出しても仕方ない事なのだろう。エリィは納得し、それ以上は聞き出さない。

 そうして一休みしたユーノは、翌朝屋敷から出ていった。「また来るね!」という言葉と共に。

 本当に来てくれるのかは分からない。

 だけどそれを待っていてもいいし、来てくれなくてもいいかなと思うぐらいには、エリィはもう孤独に怯える少女ではなかった。

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