かくして屋敷と村の交流が始まった。
「こちらはミルアさん。村で一番山菜採りが上手いんだよ!」
「はいはい、よろしくねぇ」
翌週、ユーノが連れてきたのは八十歳ぐらいの老婆だった。ミルアと紹介された彼女は、よぼよぼで、優しそうな顔をしている。
こんなお婆さんでも自分より『歳下』と思うと、エリィはちょっと不思議な気持ちになった。
【え、えっと、こんにちは……】
「あらあら。透けて見えるねぇ。ちゃんと食べてるかい?」
【あ、あんまり、食べてない、です】
「……婆ちゃん。さっきも言ったじゃん。ここにいる子は幽霊だって」
「ちょっとした冗談じゃわい」
どうやら歳の割にお茶目な性格らしい。
そんなミルアとユーリを連れて、エリィは屋敷の奥へと案内する。食堂、書庫、衣装部屋、客間、ダンスホール……屋敷の構造を細かく説明しながら進む。
【あ。此処の部屋は、あまり入らないでほしい、です】
その道中、入らないでほしい部屋も伝える。
例えば物置や、生前エリィが使っていた部屋だ。エリィの部屋は単純に自分のプライベート空間に入ってほしくないからだが、物置は少し事情が違う。
【この物置には、パタパタ達の巣があるので……】
「パタパタって、飛び回ってる小さいやつ?」
【はい。一部のパタパタは、ここで子育てをしています】
パタパタの一部の種は、自分の産んだ子を育てる。まるで鳥のような生態だ。そしてその子育ての場所は、大抵の場合決まっている。
その大切な部屋を荒らされたら、パタパタ達は子育てが出来ず、次世代が途絶えてしまうだろう。
【パタパタも食べたらそこそこ美味しいので、捕まえてみてもいいですけど、一種当たりの数は多くないので、慎重に捕まえないとですね】
「へぇー……あれも食べられるんだ」
新しい商機と思ったのか、ユーノは少し考え込んでしまう。常に村興しについて考えている、と褒めるべきなのだろうか。
そんな会話も挟みながら、エリィはユーノ達に屋敷内について教えた。モタケの生えている場所なども伝えると、ミルアは周りの景色を見回す。流石は熟練者と言うべきか。周囲の情報と合わせて、覚えるようにしているのだろう。
【今回は収穫するの?】
「そうさねぇ。何本かもらっていこうかね。何時まで保存出来るかも、調べないとだねぇ」
ミルアに言われ、確かにとエリィは納得する。呪力生命体は死ぬと身体が霧散してしまう。モタケは単純な生物だからか、収穫後もすぐには死なないが……何時まで死なないかは、エリィも知らない。
ミルアはモタケを掴み、ぐっと力を入れて引き抜く。三本だけ抜いたら、持ってきていた小さな籠にしまった。
「ほい、じゃあ今日はこれだけね。採らせてもらいますね」
【うん、これぐらいなら……来週には、また生えていると思います】
「週に三本じゃ、産業にならないなぁ」
【まぁ、もうちょっと採ってもいいとは思うけど……】
大丈夫だと思う。その根拠のない考えで大量に採れば、いざ個体数が減った時に対処出来ない。
駄目かも知れない、という行動をして、本当に駄目で戸惑うのは間抜けが過ぎる。取り返しの付かない可能性は可能な限り避けるべきだ。
「はいはい、じゃあこれを持ち帰りますねぇ」
「エリィちゃん、ありがとね」
【どういたしまして。あ、玄関まで送るね】
エリィは用を済ませたユーノ達と共に玄関まで同行。手を振り、別れを伝え、二人とも村に帰っていった。
エリィは屋敷から離れられないので、村でどんな話がされるかは分からない。
けれどもそれはまた来週、きっと来てくれるであろう二人から聞けば良い。エリィは心から笑いながら、二人が屋敷から出ていくのを見送った。
……………
………
…
以降、一週間毎にユーノとミルアはやってきた。
来る度に色々な生き物を採取し、持ち帰っていく。ユーノ曰くあれは美味しかった、あれは酷かった、あれは寝込んだ……と食べた時の事を教えてくれる。どうやら人体実験役は、若くて元気なユーノが担っているらしい。
そんな日々が一月ほど続いた頃になると、ミルアが来ない日も出てきた。
やはり八十超えの老体には、いくら道があるとはいえ山奥まで来るのは大変らしい。彼女は隔週、というより体調の良い日に来るようになった。対してユーノは毎週欠かさず来ていて、彼女の身体の丈夫さがよく分かる。
そして何時の間にか、ユーノが採取を担当するようになっていた。
「えっと、これがフサモタケ、だよね?」
【そうそう。採っていいのは週に一本だけだから、気を付けてね】
「週に一本……うん、気を付ける」
ユーノは聞いた話をメモし、忘れないようにする。
今し方収穫したのは、フサモタケというモタケの一種。「とんでもなく美味い」と食べたユーノが語る逸品であり、たくさん採りたいものらしい。
とはいえフサモタケは屋敷内のごく小さな範囲……一階にある使用人用トイレにしか生えていない。
使用人用トイレは屋敷奥にあり、狭くて小さな小部屋が三つ並んでいる。この三つの中にだけ生えているのがフサモタケだ。トイレの環境に適応したのか、それともトイレ以外の環境に適応出来なかったのか。兎に角このトイレ以外に生えていない希少種でもある。
もし大量に採取すれば、一瞬で絶滅してしまうだろう。故に週に一本だけ採る事を許可し、その採取の影響も慎重に見ている段階だ。今のところ大きな問題は起きていないが、変化が小さ過ぎて気付いていないだけかも知れない。油断は禁物である。
「やっぱ、量が少ないなぁ……産業化するには、もう少しほしいけど」
【もっと色々食べてみる? ウミクサとか、種類も豊富だよ】
「ウミクサはヤバいぐらい不味いのばかりじゃん。たまーに、美味しいのもあったけど。つか味見役は私なんだからそっちの開拓はもうしばらくはしたくない」
【協力者は増やしてないの?】
エリィの問いに、ユーノは眉を顰める。
「少しずつ増やしてる。今、この生き物達の味を知ってるのは……私を含めて十人ぐらい」
【おお。着実に増えてるじゃん】
「でも若くて健康なのは私だけで、味見役も私だけ。だからほぼ私が実験体になるの。そりゃ、ジジババ共の身体を考えたら仕方ないけどさぁ」
文句を言いつつ、年寄りの身体を思うと当然だと語ってしまう。そういうところにユーノの善性が感じられて、エリィはくすりと笑う。
【じゃあ、仕方ないね。嫌なら若い人達も仲間に引き入れないと】
「若いって、ジジババ除いても四、五十のおっさんおばさんばかりなんだけど」
【それでも六十七十の人達よりは全然元気でしょ】
「ぐぬぬ」
悔しそうな、そうでもないような。ユーノのそんな唸りを聞いてエリィは満足。
それと、この村興しに参加している人が十人もいる事を嬉しく思う。
彼等全員がこの屋敷に来る事はないかも知れない。だけど何人かは、来てくれるかも知れない。五人も来たらさぞや賑やかな事になるだろう。
想像するだけで、笑みが溢れてしまう。
「……そーいう訳だから、今後私以外の人が来るかも知れないわ」
エリィの願望は、ユーノも知っている。考えている事はお見通しだと言わんばかりに、思わせぶりな言い方をする。
【うんっ! すっごい楽しみ!】
その思わせぶりな物言いに、素直な返事をしてしまうぐらいエリィにとっては待ち遠しい。
あまりにも素直に返事をしたからか、ユーノはちょっとバツが悪そうに笑う。
「あはは……まぁ、そのうち何人かは来るんじゃないかな。エリィがお化けだって情報は共有されてるから怖がっている人もいるけど、ミルアさんのお陰であんまり怖くないって話も広まってるし」
【私が言うのもなんだけど、みんな無警戒過ぎない? 私、これでも悪霊なんだけど】
「悪霊は普通、こんな風に駄弁ったりしないと思う」
【ぐぬぬ】
今度はエリィが唸る番。そう言われてしまうとぐうの音も出ない。自分が悪霊っぽくない事は、言われるまでもないのだから。そもそも人一人殺した事がない幽霊を悪霊と呼んでいいのだろうか?
だから唸るしかない……唸る事しか出来ないからこそ、ますます悪霊っぽくない。ユーノはけらけらと笑い、釣られてエリィも笑い出す。
――――この時のエリィは来訪者を心待ちにしていた。悪い事が起こるなんて、微塵も考えていなかった。ユーノをそれだけ信用し、生きた人々との交流を心待ちにしていたのだから。
しかし悪意は忍び寄る。
そして人の悪意は、自分以外の命を平気で踏み躙るものである事を、幼い頃に死んだエリィはまだ知らなかった。