その時は、存外早く訪れた。
ユーノが来た翌日、件の三人の男達が屋敷を訪れたのだ。玄関を通り、中へと入る足取りはズカズカという言葉を使いたくなる粗雑さ。手にはハンマーや鍬を持ち、薄汚い笑みまで浮かべていた。明らかに破壊的行動を目論み、そして資源保護など頭にない。
今まで放置していたからか、随分大胆だ。しかし今はその大胆さが好都合。問い詰める時、あれこれ言い訳されずに済む。
【ねぇ、ちょっと良い?】
エントランスホールにやってきた男達三人に対し、エリィは声を掛ける。その位置は、男達の背丈よりも高い『空中』からだ。
エリィは普段空を飛ばない。霊体なので質量を持たず、理論上は難なく空を飛べるが、元々人間なので地面を歩く方が精神的に楽だからだ。ものすごく頑張れば飛べるが、ふわふわ浮かぶのが限界で、俊敏に飛び回るのは無理。
それでも今回飛行しているのは、男達を威圧するため。この三人組は屋敷内の全てを嘗めている。そうでなければ狼藉など働かない。だから悪霊アピールをしっかりして、ビビらせておこうと考えた。
効果は覿面……と言えるかは分からないが、エリィに呼ばれた三人はびくりと身体を震わせながら振り返ってきた。怖がっている、という程ではないが、媚びるような笑い方をしていたので少しは効果があったのだろう。
こほん、と咳払いしつつ、エリィは床付近まで降下。三人の男達と同じ視線まで降り立つ。男達はにやにやしながら、挨拶をしてきた。
「あ、これはどうも……今日もちょっと、採取をしたくて」
【ふぅん。随分頻繁に、たくさん採ってる気がするけど】
「ええ、そりゃあ、まぁ、ある程度採らなければ商売になりませんので」
ぺこぺこと頭を下げる男達。一見腰を低くしているが……しっかり失言している。
ある程度採らなければ商売にならない。
確かにその通りだ。だが、今はその商売のための準備期間の筈である。安全性の確認、販路の開拓、そして資源管理――――
それで商売が出来るか確認中なのだ。今、商売をやっている訳がない。やるにしてもその話がエリィに来てない時点でおかしい。
わざわざ確証を与えてくれた事に感謝する。お陰で、遠慮しなくて良い。
【ふぅん。でもさぁ、昨日ユーノに聞いたら、アンタ達の事なんて知らないって言われたけど】
だからハッキリと、お前達なんて知らないと告げてやる。
男達三人の表情が強張る。尤も、彼等が戸惑っていたのはほんの数秒。すぐに下心を剥き出しにした、邪悪な表情を浮かべた。
「へっ……ユーノに聞いちまったんなら、仕方ねぇな」
「ああ、そうだよ。俺達はアイツらと関係ねぇ。此処の屋敷の生き物で、一儲けするだけさ」
【……別に、一儲けするのはいいけど。村の約束を守って、少しずつ採取して売ればいいじゃない。ユーノ達とはそういう話で纏ってるんだけど】
「はっ! そんなちまちま稼いでどうすんだ。稼げるもんは一気に稼げばいいんだよ」
男の一人……顎髭を生やした強面の、リーダー格らしき男はあたかもエリィが馬鹿馬鹿しい事を言ったかのように反論する。
エリィから言わせれば、馬鹿はどちらなのかと言いたい。
【あなた達のお金欲しさで、一つの生き物が絶滅したんだけど。前に来た時、部屋のベッドを壊した所為でね】
一つの種を滅ぼした。
その事実を突き付けたところ、男達はエリィの言葉を鼻で笑う。
「だからなんだ? まだ此処には金になりそうな生き物がいくらでもいるじゃねぇか」
「絶滅だかなんだか知らねぇが、採れるもんを採って何が悪いんだよ」
挙句、返答はまるで反省なし。
この男達は、屋敷の生き物達を金蔓としか思っていない。
金蔓扱いだけならエリィもまだ許す。呪力生命体達も、他の呪力生命体の事など餌か天敵ぐらいにしか思っていないだろう。エリィとしては屋敷の生き物達の事を尊重し、大切に思ってほしいが……どう思うかは自由だから仕方ない。
だがこの男達は、呪力生命体と共存する気さえ微塵もない。
金のために呪力生命体を狩り尽くす。そんなのは最早天敵でもなんでもない。ただの敵であり、同じ場所で暮らしていけない存在。
そしてこの場における侵入者は、男達の方。なら、出ていくのはコイツらだ。
【そんな事言う人は、屋敷に入れられないわ! 出てって!】
きっぱりと、強い言葉で男達を拒む。
これで彼等が帰ってくれれば、それで構わない。エリィは彼等に償いや賠償をしてほしい訳ではなく、これ以上屋敷の生態系を壊してほしくないだけ。だから立ち入らないと約束してくれればそれで十分だった。
ところが男達はにやりと笑うだけ。立ち去るどころか後退りもしない。
「へっ。そうまで言われたら、無理にでもやるしかねぇな」
【む、無理にでもって……】
「こういう事だよ!」
リーダー格らしき男はエリィに駆け寄るや、その手に持っていたハンマーを振り上げる!
何をする気か。
問い質すまでもない。巨大な鈍器でエリィを叩くつもりだ。人間相手なら障害、いや、殺人行為である。しかしエリィは亡霊だ。たとえ『退治』しても、それを殺人だと咎める法はない。
きゅっと目を閉じ、エリィは両手を顔の前に掲げてハンマーに備える。当然、こんな守り方でどうにかなる訳がない。ハンマーはエリィの顔面に叩き付けられ――――
ボキッと、ハンマーの柄がへし折れた。
……エリィは悪霊である。その肉体は物理的なものではなく、銃弾でさえ貫けない。そのぐらい丈夫であり、鈍器で殴ったぐらいでどうこうなるものではないのだ。どうこうならないと分かっていながらエリィが目を瞑ったのは、単純に彼女がビビりだからである。
なんにせよ叩き付けたハンマーが壊れて、男は大きく目を見開く。
直後、折れたハンマーが男の顔面を打つ。それはただの偶然だったが、だからこそ無防備な男はかなり痛烈な一撃を食らう羽目になった。
「ごあっ!? い、いぎぎぎ!?」
「あ、兄貴!?」
【ふ、ふんっ! 私にそんな攻撃が通じる訳ないでしょ! 私は幽霊なんだから!】
目を瞑っていた事を誤魔化すように、エリィは強気な言葉で三人組を脅す。
よくよく聞けばエリィの声は震えていて、視線も泳いでいる。冷静に観察すれば彼女が右往左往している事は明白なのだが……ハンマーが通じず、折れたもので怪我した彼等にそんな余裕はない。
「ち、ちくしょう……!」
男は悪態を吐きながら、這いずるように立ち上がって逃げ出す。他二人はその男の取り巻きなようで、逃げ出す男の後を大人しく追う。
三人が玄関扉から外へと出ていった……それを最後まで見送ったところで、エリィは大きなため息と共にへたり込む。
正直、帰ってくれて助かった。
確かにエリィは悪霊であり、ハンマーやらなんやらで攻撃されても怪我はしない。しかし、ではエリィ側に何が出来るかと言えば、選択肢はあまりない。一応悪霊なので呪いの力は使えるが、何も考えずに使うと確実に殺してしまう。
あの三人は間違いなく悪人であるし、悪霊とはいえ見た目十歳の少女を殴り殺そうとした危険人物でもある。それでも殺してしまうのは、やはり可哀想だと思ってしまう。
だが脅そうにも、人を呪った事がないので力加減も出来ない。呪ったらあっさり三人とも殺してしまった、なんて展開も十分あり得る。
なので粘られたら本気で困るところだった。折れたハンマーが顔面に当たらなかったら、こんなに上手くいかなかったかも知れない。
【はぁー……ほんと、なんとかなって良かった】
安堵の言葉を独りごちたエリィは、しばらく動けず……
【と、いう訳で私の活躍によりあの三人組は追い払えたのよ!】
一週間後、色々盛って話が出来るぐらいには、エリィの気力は回復していた。
食堂の椅子(エリィの呪力で修復したばかりの新品。なおちょっとささくれている)に座り、長話を聞かされたユーノは渋い顔をしていたが。
「……いや、なんかあれこれ言ってるけど、エリィは何もしてないじゃん。黙って殴られて、相手が勝手に怯んだだけじゃん」
【うぐぅ。そ、それは、結果的にそう、かもだけど】
「あと、一人で勝手にやらないの。エリィは小さい女の子なんだから、無茶はしちゃ駄目。ちゃんと大人の助けを求めなさい」
【いやちっちゃい子ではないから。死んだのが十歳の頃ってだけだからね?】
子供扱いはちょっと癪なので訂正するが、ユーノは何処吹く風。ちっちゃい子扱いを止めるつもりはないと言わんばかりに、ユーノはエリィを抱き寄せると頭を撫で始めた。
……ここでその手を振り払うなりすれば、多少は子供扱いもされないかも知れないが。孤独から悪霊になったエリィにそんな勿体ない真似が出来る訳もなく。
【ぐぬぬ……きょ、今日はこれで勘弁してやる】
あまつさえ子供扱いを許すのだから、当分ユーノの態度は変わりそうになかった。
「はぁ……それにしてもあの三馬鹿、大変な事してくれたわね」
【三馬鹿って、そんなに悪名高いの?】
「悪名っていうか、本当に馬鹿なのよ。いや、馬鹿というか、目先の事しか考えないというか」
ユーノ曰く件の男達は村の中でも、悪い意味で評判らしい。
例えば若い頃、川での漁に爆薬を使った。その法法は一瞬で大量の魚を殺せるため、楽な捕り方ではあるが……根こそぎ魚を殺す方法でもある。次世代を産む魚までいなくなってしまうため、現代では禁止された漁だ。
それを指摘すると、奴等は平然と答えた。「魚なんていくらでもいる。ここの奴がいなくなったら別のを採ればいい」……当然奴等は川を出禁となった。
例えば山菜採りで、ある山菜を根っこごと大量に引っこ抜いた事もある。そんなやり方をすれば来年の山菜が生えてこない。
老人達が叱りつけたが、奴等はむしろ老人達を馬鹿にした。「今採れるものを採らないなんて馬鹿がする事だ。それに根っこの方が高値で売れる」。三人組は纏めて山への出入りが禁止された。
そうして村の収入源から追い出されたが、彼等は全く反省しない。前時代的な年寄りに金儲けの才能がない、と酒場でくだを巻いているらしい。なお、爆薬漁も山菜根こそぎ採りも、百年以上前の先人がやらかしている。
「とことん目先の事しか考えてない。それでいて他人を馬鹿にするし、人の所為にする。頭が悪いだけなら兎も角、性根も腐ってるのよ」
【そ、そこまで言うんだ】
「私だってさぁ、村の人の悪口は言いたくないよ? 誰が何を言ったかすぐに広まるし、そもそも悪口って嫌いだし。でもほんっとアイツらは無理」
ユーノがとことん扱き下ろすものだから、エリィは少し引いてしまう。
これが見た事もない人物達なら、ちょっとユーノにも嫌悪感を抱きそうになるが……エリィは件の三人組を目の当たりにしている。確かに連中は驚くほど短絡的で、目先の事しか考えていない。屋敷の生き物が絶滅したらどうするとか、悪霊である自分を怒らせたらどうなるとか、あらゆる行動が数秒先すら考えていない。
そんな輩なのだから、ユーノが語った通りの事をしてもおかしくない。すんなりと悪評に納得出来る程度には、昨日の連中は浅はかだった。
「ま、そーいう訳なので、金儲けばかり考えてる悪い村と思わないでいただければ……」
【いや、お金儲けは考えてもいいし、そういう約束だから良いんだけど。ただ節度を守ってほしいだけだからね?】
「だよねぇ。いやー、あの連中もルールさえ守ればちゃんと定職に就けるのに、ほんと目先の事ばかり……」
余程腹に据えかねているのか。またユーノの愚痴が始まってしまう。
ちょっと面倒臭い、と思いつつ、気が済むまで話を聞いてやるかとエリィは暢気に覚悟を決めた。
――――エリィ達は甘かった。
あの男達が如何に浅はかであるか。万が一を考える能力が微塵もない。ひたすら短絡的に、自分にとって一番よい展開を疑いなく信じる。人間としてあまりにも能力の低い者が、何をもたらすかを理解していなかった
だからといって、予測出来るものではない。エリィもユーノも、男達とは考え方が違う。
故に今、この瞬間、屋敷の扉を開けて侵入してくる者の心当たりなどこれっぽっちも考え付かなかった。