【んー?】
「どしたの?」
【……なんか、また誰か来たみたいだけど】
屋敷を誰かが訪れた。悪霊であるエリィは食堂から、その情報を感知する事が出来た。
しかしどうにも妙である。
誰かがいる、というのは分かるのだが……それ以上の事がよく分からない。物凄くぼんやりとした存在感しか感じ取れなかった。人数は恐らく三人だが、恐らくと言ってしまうぐらいハッキリしない。
【んー、三人組っぽいけど、よく分かんない】
「三人組って、まさかアイツら……」
【いや、あの男の人達とは全然違う気配だから、それはないと思う。兎に角、お出迎えはしとこう】
正体は分からないが、客人には違いない。まずは要件を確かめるためにも、エリィは玄関扉があるエントランスホールへと向かう。
食堂とエントランスホールは隣り合っているので、向かうのに時間は掛からない。ちょっと移動すればすぐに玄関前に、そしてそこにいる来客達と顔を合わせた。
玄関扉の前にいたのは、男二人女一人の三人組だった。
やはり、先週来たあの男達ではない。全く知らない顔だ。男の一人は三十代半ばぐらいに見え、他二人は二十代ぐらいだろうか。服装も今まで来た村人と違い、随分と上質な布で出来たものに見える。都会から着た人達だろうか。その服は男女共に身体のラインが出ないようにしている、ぶかぶかの大きさだ。銀色のアクセサリーも幾つか身に付けており、農作業や山菜採りには向いていない。
また、彼等はエントランスホールに暮らすウミクサやパタパタ、ヨツアシの大群を驚愕した様子で見ていた。警戒を通り越して敵意すら感じる。呪力生命体達も彼等の敵意を感じているのか、二メートル程度の距離を取っていた。
一体彼等は何者なのか。
「あれ? あなた達って教会関係者?」
そこまで考えていたエリィだが、ユーノが一言で彼等について教えてくれた。
教会関係者と聞いて、へぇー、と納得。エリィが生きていた二百四十年前にも教会はあったが、彼等の服装はもっと地味だった筈。アクセサリーだって付けていない。
とはいえ二百年以上も経てば、服装や羽振りも変わるだろう。【宗教関係者が高価な装飾品を付けていいの?】とは思うが、ユーノを見る限り人々の生活水準は二百四十年前より大きく向上している。なら宗教関係者だって良い暮らしをしていてもおかしくないし、二百四十年前の質素さを維持しろ、というのも意地悪な話だろう。
なんにせよ来客には違いない。そして初対面の相手だ。友好的かつ怖がらせないようにとエリィは意識しておく。
【え、えと、はじめまして。あの、どのような要件でしょうか】
まずは訪問目的を確認。変な押し売りをしてくるようなら、友好も何もあったものではない。
ちょっと警戒気味に尋ねてしまったが、三人の来客はにこやかに笑っていた。それどころかすっと手を差し出し、握手を求めてくる。
友好を示されたら、こちらも応えなければ無作法だろう。エリィはいそいそと手を伸ばし、差し出された手を握り返す。
瞬間、エリィの手に『激痛』が走った。
【きゃっ!?】
「え、エリィ!? どうしたの!?」
悲鳴を上げ、尻餅を撞けば、ユーノが心配したように駆け寄ってくる。エリィ自身も何が起きたか分からず、無意識に今し方教会関係者と握手した手を見た。
その手は、まるで火傷したように焼け爛れていた。
素人こエリィですら一目で分かるほど酷い怪我に、ぞっとする。しかもただ見た目が恐ろしいだけではない。
酷く痛いのだ。本来、それはあり得ない感覚である。何故ならエリィは悪霊であり、痛みを感じる肉体はとうの昔に失われているのだから。
カイギョに噛まれるという形で痛みを感じていなければ、二百四十年ぶりの感覚でパニックになっていたかも知れない。いや、今でも十分混乱している。苦しむよりも呆気に取られ、身動きが取れない。
言葉を失うエリィ達に、教会関係者三人はじりじりと歩み寄る。彼等の顔から笑みはすっかり消えていた。
「そこの人、危ないからその少女から離れてください。そいつは悪霊です」
あまつさえユーノとエリィを引き離そうとしてくる。
困惑していたユーノの顔が引き締まり、敵意のこもった眼差しで三人を睨む。
「い、いきなりエリィに何をするの!」
「今言った通りです。その少女は悪霊で、近くにいるだけで危険です。今にも取り憑かれ、殺される可能性があります」
ユーノが反論しても、三人は表情すら変えない。むしろユーノが如何に馬鹿馬鹿しい事を言っているのか、逆に呆れている様子だ。
それでも説得をしようとするのは、彼等の善性故の事だろう。
「先週、この村の住民から通報があったのです。この屋敷に危険な悪霊が住み着いている、と」
彼等にとっては他愛ないであろう、その一言で全ての状況が理解出来た。
彼等はただの教会関係者ではない。
悪霊専門の討伐部隊――――エクソシストだ。エリィが生きていた二百四十年前にもエクソシストはいて、その存在は広く知られていた。とはいえ直に見た事はなく、教会関係者と言っても大半は普通のシスターや牧師。まさか本物のエクソシストがやってくるなんて、エリィは今まで考えた事もなかった。
そして何故彼等がやってきたのか?
エクソシスト達の言葉を信じるなら、誰かがエリィの存在をエクソシストに伝えたらしい。誰がそんな事をしたのか? 考えるまでもない。
先週来た、あの三人の男達だ。
【(た、短絡的にも程がある……!)】
エリィはこの屋敷を支配する悪霊だ。特段世話も管理もしてないとはいえ、屋敷に生息する呪力生命体について一番詳しいのはエリィである。
そのエリィをエクソシスト達が退治したら、屋敷に生息する呪力生命体の知識も全て失われてしまう。何が美味しくて、何が美味しくないのか、それらの情報も一切得られない。自分で一から開拓するという途方もない努力を強いられるのだ。いや、そもそもエクソシスト達が呪力生命体を見逃すのか? 今のところ明確に人を襲わずとも、悪霊と似たような存在である呪力生命体を見逃すとは考え難い。
即ちエクソシストを呼べば、屋敷の生き物を根絶やしにされてしまう。それはあの三人の男達にとって最悪の展開なのに、ただエリィを退治するためだけにその最悪を選んでしまう。
馬鹿だ。呆れ返るほどに。しかしそれ故にエリィもユーノも警戒していない、最大最悪の危機を招いた。
これは非常に不味い。
【ま、待って! あの、わ、私は、人を殺すつもりはなくて……!】
「悪霊の言葉に耳を貸すつもりはない」
どうにか説得を試みるも、エクソシスト達は敵意を消さない。
当然だろう。悪霊というのは普通、人を呪い殺すものなのだ。悪霊の言葉を逐一聞いていたら、命がいくらあっても足りない。
話し合いも出来ない。なら、戦う?
かつてのエリィならば、それも出来ただろう。だけど今の、人間と仲良くなったエリィにそんな真似は出来ない。
だったらもう逃げるしかないが、何処に逃げればいいのか? 逃げたぐらいで諦めてくれるのか? 何より、逃げたくても今は腰が抜けてしまった。上手く身体が動かない。
「ま、待って! エリィの話を聞いて!」
ユーノが説得を試みるが、果たして解決はおろか時間稼ぎにすらなるか怪しい。
どうしたら良いのか全く分からない。その間にもエクソシスト達はじりじりと距離を詰めてくる。絶体絶命、いや、最早どうにもならない――――
そう思ったところで、助けがやってきた。
屋敷の奥から、猛烈な速さで突っ込んできた『何か』が現れたのだ。数はほんの五体。大きさも十センチ程度と小さなもの。だけど勇猛果敢に飛び込む姿は、見た目以上に勇ましい。
ゲンジンパタパタ達だ。人間達との交流が始まってから大人しくしていた彼等は、それでも未だにエリィの護衛を続けていた。此度の来訪者が『敵』だと判断した彼女達は、エリィを守るために突撃してきたのだ。
そして触手で握り締めた木片を、エクソシスト達の手や顔に突き立てたのである。
「痛っ!? ば、馬鹿な!? 傀儡如きが耐霊防壁を突破してきただと!?」
ゲンジンパタパタの突撃を受け、一人のエクソシストが驚きと痛みを口にする。
どうやらエクソシスト達は、耐霊防壁なるものを纏っているらしい。名前からして悪霊の攻撃を防ぐものだろう。その驚き方から察するに、生半可な霊的攻撃は通用しない。少なくとも彼等はそう信じているようだ。
しかし今回は相手が悪い。
ゲンジンパタパタ達の持つ武器は、悪霊的な攻撃ではない。この屋敷の壁や床から拝借した鋭い木片だ。木片の大本はエリィの呪力であるが、何かを呪う事もなく、木材として存在している。要するに普通の物理攻撃。これなら防壁は意味を為さない、という事か。
とはいえ所詮ただの木片である。それも小さなゲンジンパタパタたちが持ち運べる程度の、ほんの数センチの長さしかないもの。余程の事がない限り、致命傷にはならない。
それにエクソシスト達も無抵抗ではない。エリィという大悪霊を倒すために、攻撃手段を持ってきている。ほんの十センチしかない小さな生き物が、エリィ用の攻撃に耐えられる筈もない。
「去れ!」
エクソシスト達が手を振るえば、光の玉のようなものが飛び出す。
光は凄まじい速さで一直線に飛び、ゲンジンパタパタの一匹に迫る。ゲンジンパタパタは飛んできた光に気付くが、あまりにも速い光を躱す事は出来ず。
光が直撃すると、ゲンジンパタパタの身体はバラバラに砕けてしまった。
【そ、そんな……】
「酷い……!」
知性あるゲンジンパタパタの死に、エリィとユーノはショックを受ける。しかしエクソシスト達は全く気に留めない。次々と光を撃ち出し、ゲンジンパタパタ達を攻撃する。
とはいえゲンジンパタパタもただではやられない。縦横無尽に飛び回り、少しでも攻撃を躱そうとする。その甲斐もあってか、光の何発かはゲンジンパタパタから外れた。
ただし外れた光はすっと消える前に、周囲に生い茂るウミクサに当たる。ウミクサの身体も粉々に砕けたが、それだけでは終わらない。
ウミクサには、その上で休んでいた無数のパタパタがいるからだ。いきなり休憩場所を破壊された事に驚き、無数のパタパタ達が一斉に飛び立つ。
「くっ! 目眩ましか!」
「この程度!」
単にパタパタ達はパニックになっているだけだが、エクソシスト達はこれをエリィからの攻撃と判断したらしい。飛び回るパタパタ達に光を撃ち、次々と撃ち落とす。
その攻撃の中で、時折外れた光が玄関扉や窓を壊した。壊れた窓からパタパタ達が逃げ出すものの、エクソシスト達は自分達の周りを飛び交う生き物の対処に手いっぱいの様子。
今なら逃げられるかも知れない。
【に、逃げないと……!】
「あっ、エリィ!? そっちは……!」
チャンスを逃すまいと必死に走り出すエリィ。ユーノに呼び止められるが、冷静に話を聞いている余裕なんてない。
無我夢中で逃げた先は、つい先程までいた食堂。
逃げ込んでから気付く。食堂に逃げ込んでも、その先にあるのはキッチンぐらいだ。即ち行き止まり。
此処に逃げ込んでも意味がない。慌てて引き返そうと、エリィは後ろを振り向く
「駄目! もうアイツら来てる!」
が、今度はユーノに阻まれた。
いや、教えてくれた、というのが正しい。ユーノがいなければ、すぐ近くまで来ていたエクソシスト達と真正面から向き合う事になっていただろう。
ユーノに押される形で、慌てて食堂へと戻る。だが戻ったところで行ける場所はキッチンだけ。
せめてもの抵抗で食堂の扉を閉めておく。しかしエクソシスト達が使う除霊の力は、エリィの呪力で作られた建物にも難なくダメージを与える。光による攻撃をしたのか、あっさりと扉を破壊し、三人組は食堂内に踏み込んでくる。
ゲンジンパタパタ達の姿はなく、五体ともやられてしまったようだ。食堂内にも呪力生命体はたくさんいるが、どれもエリィを助けようとはしない。呪力生命体はエリィの呪力で生きているが、エリィに隷属している訳ではない。身を挺して守ろうとするのはゲンジンパタパタぐらいなもので、他の呪力生命体はむしろ我先に逃げていく。
エリィも必死に逃げたが、逃げ込める場所はキッチンしかない。
【ひ、ひぅ……】
すぐに扉を閉めたが、その扉は一瞬で壊される。爆発するように扉は砕け、衝撃でエリィはキッチンの奥まで吹っ飛ばされてしまう。
【あぐっ!?】
「エリィ!?」
ユーノは慌ててエリィの下に駆け寄り、ひっくり返ったエリィを起こそうとするが……壊れた扉から、エクソシスト達三人が入ってくる方が早い。
領主の屋敷のキッチンとはいえ、そこまで広い場所ではない。三人も入口に並ばれたら、回り道して躱す、なんて真似は出来ないだろう。
キッチンには包丁や鍋もあるが、こんなものを投げたところでどれだけ通じるか。そもそもいくら襲われても、相手が死んでしまうような反撃は、理性を取り戻した今のエリィには出来ない。
【ま、待って! 話を聞いて!】
「……………」
再び説得を試みる。だがエクソシスト達は口を開く事さえしない。ゆっくりと、ゲンジンパタパタ達を殺した光が彼等の指先で輝く。
もう駄目なのか。一発だけなら耐えられるのか。ユーノが抱き締めて守ろうとしてくれるが、人間が当たっても大丈夫なのか。
そして、とても痛いのだろうか。
エリィはガタガタと震えてしまう。恐怖で身体が動かせなくなってしまう。いよいよどうにもならないと思って、ぎゅっと目を瞑ってしまう。
当然そんな怯えた反応で、エクソシスト達が止まる訳もない。
訳もないが、しかしエリィ目掛けて放とうとしていた光は霧散する事になる。
「何してんだこの馬鹿共がぁーっ!」
突如現れた見知らぬ四人目の男が、エクソシストの後頭部を握り締めた瓶で叩き付けたのだから――――