空き瓶が砕け散る。
その時生じた大きな物音に驚いたエリィはびくりと震えながら、反射的に音がした方……エクソシスト達の方を見遣る。すると一人の若い男エクソシストが目を見開きながら、前のめりに倒れようとしていた。
男エクソシストの顔は驚き一色。どう見ても、何が起きたのかすら分かっていない。いや、考えていないと言うべきか。
その男エクソシストは受け身も取らず前のめりにぶっ倒れたので、殴られた瞬間気絶したのだろう。
「なっ!? 何が……」
「何が、じゃねぇ!」
困惑するもう一人の、女のエクソシストは顔面を鷲掴みにされる。
掴んだのは一人の大男。エリィの見知らぬ人物だ。恐らく年齢は五十代後半なのだが、老いを感じさせない屈強な肉体を持っていた。どのぐらい屈強かと言えば、華奢な女とはいえ、人間一人を顔面鷲掴み中の片手で持ち上げるほどに。
顔面を掴まれた女エクソシストは、悲鳴を上げた。余程痛いらしい。ジタバタと手足を暴れさせ、殴る蹴るなどの抵抗を行う。しかし屈強な大男に若い女の細腕は通じない。
「お、お前! 何をする気だ!」
唯一無事な、三十代の男エクソシストは大男を問い質す。十字架を握り締め、戦う意思も見せた。
そんな彼の顔が引き攣るのに、五秒も必要なかったが。
後からぞろぞろと、キッチンに人々が押し寄せてきたのだ。いずれも中年〜老人。男女は様々で、全員が明らかに怒っている。その手には瓶やら角材やら、そこそこ打撃力の強そうなものが握られていた。服装は千差万別だが、いずれも農民や猟師など、一般人らしき格好をしている。
「えっ!? み、みんな!?」
そして、どうやらユーノの知り合いらしい。
恐らくユーノが暮らす村の住民なのだろう。彼等はぞろぞろとキッチンに入ると、そのままエクソシスト達を取り囲む。一部の女達はエリィとユーノの前に立ち、エクソシスト達との間に割り込む。
エリィの安全を確保したところで、大男は掴んでいた女エクソシストを放す。殴られた男エクソシストも目を覚ました。そんなエクソシスト三人は村人に囲まれていると理解して、おのずと身を寄せ合う。
十数人もの村人に包囲されて、彼等は相当怯えているだろう。
「あ、あの、何か誤解がありそうなので、は、話し合いを」
三十代ぐらいの男エクソシスト……今更ながら彼がリーダー格なのだろう……は友好的な振る舞いで、どうにかこの状況を打開しようとした。
「何が話し合いだごらぁ!」
「俺達の生活を脅かしやがって!」
「都会気取りが!」
丁寧な申し出に対する村人達の返答は、暴力だった。
なんだか色々な罵詈雑言が飛び交い、それからボコスカと典型的な音が響く。割と手加減なしの攻撃のようで、エクソシスト達は悲鳴を上げていた。
「ぐぇっ!? うぶぇ!? わ、我々は国王の命により悪霊の殲滅をしている! それを邪魔する事は王命に……ぎゃっ!」
「じゃかあしい!」
「村の敵はわしらの敵じゃあ! させんぞごらぁ!」
最早話は一切聞かず。あまりにも一方的な暴力が、エクソシスト達をボコボコにしていく。
一体何が起きているのか。困惑するエリィとユーノ達だったが、彼女達の下にやってくる人物がいる。
村長のタヌスだった。
「やれやれ、みんな血気盛んだな……エリィ。怪我はしていないか?」
【…………………………え、ええ。なんとか、無事、です?】
「えっと、タヌスさん。これはどういう事? なんで村の人達がエクソシストをボコボコにしてるの?」
エリィもユーノも、無事を喜ぶより何が起きたか知りたい。ユーノが尋ねると、タヌスはにっこりと人の良い笑みを浮かべる。
しかしその笑みはすぐに消えて、苛立ったような顔になる。
何か不快な事を言ってしまっただろうか? 発言者であるユーノだけでなく、傍にいたエリィもちょっと後退り。怖がらせてしまったと気付いたようで、タヌスはバツが悪そうに目を逸らした。
「あー……そうだな。何から話せばいいか……先日この屋敷に来た奴等について、エリィはユーノから聞いたか?」
【え? ……あ、えと、なんか素行の悪いというか、ルールを全然守らない人がいるって話は】
「十分だ。そいつ等について俺含めた村人達で問い詰めたんだ」
タヌス曰く、村人達は屋敷に立ち入るなと件の三人組に警告したらしい。
ところが男達三人はニヤニヤと笑い、警告など何処吹く風。呪力生命体の保全を「金稼ぎの下手な奴等の嫉妬」と扱き下ろし、まるで聞こうとしなかったらしい。
それどころか「悪霊がいたからエクソシストに連絡した。今頃退治されている」とまで宣った。あんな悪霊がいなくなれば屋敷に忍び込むなんて訳ない、と。
「とりあえずそいつらは村人総出で二度と屋敷に来れないよう、牢屋敷に閉じ込めておいた。その後、村にエクソシストが来たという話を聞いて……」
「大勢で駆け付けて、こうして助けに入った?」
「そういう訳だ」
タヌスの説明を聞き、成程とエリィは納得する。やはり思った通り、エクソシスト達はあの男三人の愚策によって呼ばれたのだ。
……見方を変えれば、エクソシスト達自体は国民からの通報を受けて駆け付けただけ。それにエリィが悪霊なのは全くその通りであるし、悪霊の危険性を考えれば話を聞かないのも当然。正体不明の呪力生命体を、とりあえずで退治するのも真っ当な対応である。
エクソシスト達は普通に善人だと思われるので、あんな村人総出でタコ殴りにされるのはあまりに可哀想だろう。
【えっと、あの、皆さんそろそろ叩くのは止めた方が……】
「いいや止めねぇ! 二度とこんな事思い付かねぇように徹底的にやらねぇとな!」
「絶対許さねぇ!」
【な、なんでそこまで……】
「なんでも何も、コイツらは村を滅ぼそうとしたんだ! 命を取らないだけ有り難いと思え!」
【えっ……!?】
「ほ、滅ぼす……?」
村人の口から出た物騒な言葉に、エリィだけでなくユーノも驚く。
まさか、そんな悪逆非道な行いもこのエクソシスト達はしていたのか?
もしそうなら確かに許せない。許せないが、しかし彼等は自ら名乗っていたように、王から悪霊討伐を命じられた身。国のために命懸けで戦うのが仕事だ。多少の横暴はあるかも知れないが、村を滅ぼすなんてするとは思えない。
「な、なん、なんの話だ!? 私達はそんな、村を滅ぼすなんて……」
実際エクソシスト達も全く心当たりがないのだろう。心底困惑した様子で反論する。
それが余計腹立たしいと言わんばかりに、村人の誰かは大きな声で叫んだ。
「エリィを殺したら、この屋敷の生き物達はどうなる!? もし全部死んじまったらどうする気だ! 折角お貴族様にも売り込み出来たのに!」
「そうだそうだ! ここで売れませんなんてなったら俺達の努力が無駄になるどころか、村の評判までガタ落ちだ!」
あまりにも堂々と叫ぶから、エクソシストにもエリィにもちゃんと聞こえた。
ちゃんと聞こえたが、しばしの間、誰からも返事はなかった。
「……………え。売り込み?」
「そうだ! 半年掛けて貴族達とコネを作り、屋敷の生き物を食べてもらってその美味さをようやく伝えられたんだ! そのうち食事会という形の高級路線で、村の収入源にする予定なんだぞ!」
「待て待て待て待て。え、食べた? 此処にいる悪霊の分体を? しかも収入源にする? 本当に?」
「ああ、本当だとも」
当然のように話す村人達。その言葉に信じられないと言いたげな顔になったエクソシストは、エリィの方を振り向く。
本当です、とエリィが答えれば、エクソシスト達は「マジかよ」と言いたげに目を見開いた。
正直、エリィも同じ気持ちである。今の村人の発言通りなら、この村、何時の間にか貴族にも屋敷の生き物を食べさせていたらしい。この半年近くの間何匹も食べてきたユーノも無事なので、安全性は一応問題なさそうだが……もう少し様子見しても良いだろうに。
エリィすら言葉を失っていると、村人達が語り出す。
「俺達にとっては一世一代の、村の存亡を賭けた仕事なのに、まさかお上に潰されるところだったとはなぁ……」
「ままま待って待って待って」
「さ、流石にそれは理不尽過ぎるわ!? 私達だって仕事で来ただけで……」
「問答無用!」
正当な主張は、村人達には言い訳と受け取られたらしい。再び始まる暴力に、エリィもエクソシスト達に同情してしまう。
このままだとあまりに可哀想だ。しかし止めたところで、村人達は納得しない……納得しないからと言って、このまま殴り続けたらもう死ぬしかない訳で。場所が場所だけに、アリバイやらなんやら『後始末』出来そうなのが質が悪い。
どうしたものかと考えたエリィは、ふと一つの案を閃く。それを名案と言うべきかは分からないが、一旦は納得してもらえるかも知れない。
何よりそうなったら、エリィは嬉しい。
【あ、あの、私から提案が……】
恐る恐る、エリィは村人達とエクソシスト達に話し掛ける。
誰もがエリィの方を見た。当然だ。自分から話し掛けたのだから。意味もないのに息を飲み、呼吸を整え、それからエリィは意を決して話し出す。
【ど、どうせなら、このエクソシストさん達にも村の発展を手伝ってもらったらどうかなー……なんて】
エリィの発言に、誰もが目を丸くする。
「嬢ちゃん、何を言ってるんだ? コイツらはお化けの嬢ちゃんを退治しようとしたんだぜ?」
【だ、だからこそ、です。エクソシストお墨付きで安全だとなれば、もっと多くの貴族が来てくれるかも】
「だ、誰が悪霊を安全だと言うびゃ」
「だまらっしゃい! アンタに許された返事はハイかその通りですだけだよ!」
反発する女エクソシストを、老婆が拳骨で黙らせる。歴戦の拷問官も怯みそうな希薄に、エクソシスト達とエリィは縮み上がる。
【えぁ、えと、あの、流石に返事の強要は駄目かと。ちゃ、ちゃんと説得して、分かってもらうように、した方が】
「説得……成程、水責めで同意を引き出す訳だね? くくく、いいえと答える度に沈める時間を伸ばそうじゃないか」
【なんで発想がそんな物騒なんですか!? それは拷問です! 話し合いで解決してください!】
村が廃れた理由はこれじゃないか? そう思うほど凶暴な村人達を宥めつつ、エリィはエクソシスト達の傍に寄る。
【あ、あの、中々信じられないとは思います、けど、私はあなた達を傷付ける気はなくて……】
「信じます」
【あ、ありがとうございま……え?】
早速エクソシスト達の説得をしようとしたところ、彼等の一人がぽつりと漏らす。
あまりにもあっさり言うものだから聞き返せば、その一人のエクソシスト、若い男は叫ぶように言った。
「信じます! 俺はあなたが悪霊じゃなくて村人と共存してるって!」
「おまっ、国を裏切るのか!?」
「そうよ! この根性なし!」
「なんとでも言え! 大体俺は前から幽霊だからって話もせずに祓うのはどうかと思ってたんだよ!」
残り二人のエクソシスト達の反感を買ってもなんのその。果たして本当にその思想は以前から持っていたのか、はたまた今ここで適当な事を言ったのか。
どちらでも大した違いはないだろう。残り二人のエクソシスト達だって、すぐに似たような事を言い出すに違いない。
「よし! お前は許そう」
「だがお前達はどうかな?」
周りにいる十人もの、悪霊よりも怖い老人達。
彼等に囲まれた状態で最後までエクソシストの矜持を保てるとは、エリィには思えないのだから。