幽幻生物圏   作:彼岸花ノ丘

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捕食者

 新たな変化が起きたのは、呪力生命体が生まれて二年目……ウミクサとパタパタの二種が繁栄するようになって、一年後の事である。

 

【あれ?】

 

 今日も屋敷内を歩き、食堂へと訪れたエリィは目を引く生き物に出会った。

 その生き物は、パタパタだと思われた。

 平べったく、泳ぐように動いていたからである。大きさも二十センチ程度で、パタパタとしては一般的なサイズだ。

 特徴的なのは身体の前方先端が、鋭く尖っている事。凡そ五センチほどの長さがあるだろうか。

 前方と言ったが、本当に前なのかはエリィにも分からない。パタパタは平べったい葉のような形をしていて、胴体や足はなく、頭と呼べるような部位もないからだ。モチの時にはあった目(らしき部位)も見当たらない。何処かにあるかも知れないが、エリィには見付けられなかった。だから進んでいる方向を『前』と呼んでいる。

 前が尖っているパタパタは、一匹だけ食堂を泳いでいた。何処かからやってきたのだろう。食堂には大きなテーブルと椅子、それと暖炉があるだけのシンプルな部屋。エリィが生きていた頃は絵画や芸術品などもあったが、どれも親族が持っていってしまった。残された美術品も幾つかあったが、百年以上の年月でどれも朽ちている。

 だから食堂は今のかなり広々としていて、ウミクサが優雅に伸びている。海藻のように幅広で高いそれに埋め尽くされた光景は圧巻……家人であるエリィでなければ、此処が食堂だとは気付けまい。

 パタパタはそんなウミクサの一本に接近。いや、突撃というべきだろうか? かなりの速度で突っ込んでいき――――

 ぶすりと、ウミクサに突き刺さった。

 

【えっ】

 

 まさかウミクサに刺さるとは。動き回るパタパタにはこんな事故も起こるんだなと、珍しい光景にエリィは感心する。

 ここからがこの光景の『本番』だと、知らなかった故に。

 パタパタは、刺さったままだった。

 暴れる様子もない。何故か動かないパタパタに、エリィも少し違和感を覚えた。刺さった拍子に死んだのだろうか? とも思ったが、パタパタもウミクサも死ぬとすぐに身体が崩れてしまう。刺さったまま残る筈がない。

 生きているなら何故動かないのか。不思議に思い、エリィはパタパタを観察。

 その身体が、ちょっとずつ大きくなっていると気付いた。

 大きくなったパタパタは、上下に身体が裂け始める。あっという間に身体は二つに分かれ、それは二体のパタパタとなった。パタパタは二体に増えると身体を力強くくねらせ、ウミクサから離れる。

 そしてパタパタ二匹は自由に泳ぎ、何処かに移動してしまった。

 一人残されたエリィは、呆然としていた。今見た光景はなんだったのか? 一つ一つの情報を組み立てれば、答えはすぐに明らかとなる。

 

【……………あれって、もしかしなくても……食べ、てた?】

 

 エリィの辿り着いた答えは、正解である。

 ウミクサもモチと同じく、身体の中には生命活動に必要なエネルギーである呪力が満ちている。

 パタパタはこのウミクサに鋭い突起を突き刺す事で内部に侵入。呪力を吸い上げたのだ。尤も、吸い上げたというは、厳密に言えば正しくない。今まで大気中を漂っている呪力を体表面から吸収していたように、突起表面から呪力を取り込んでいる。

 それをウミクサの体内でやっただけ。しかしこれは、結果的にウミクサの呪力を奪い取っている。他の生物の身体が持つ『資源』を摂取し、成長や繁殖を行う事は一般的に『捕食』と呼ばれる。

 即ち、フィンチ家屋敷内に食う食われるの食物連鎖が誕生したのだ。

 

【えっ、すごい! なんか、本当に動物みたいなのが生まれてる!】

 

 海藻、つまり植物を食べる生き物なんて、まるで草食動物のよう。たった二年で呪力生命体は大きく形を変えたが、まさか何かを食べる生き物になるとは思いもしなかった。

 その予想外に対する興奮の中で、エリィは期待も抱く。

 海藻のような生き物、落ち葉のような形の泳ぐ生き物。どれも周りにいると賑やかで、悪霊になるほど拗らせたエリィの寂しさを癒してくれた。

 しかしやはり植物では、ちょっと物足りない。

 それが『動物』になったら、期待してしまう。もっと複雑な生き物になるのではないか、もっと立派な生き物になるのではないか。

 流石に人間は高望みかも知れないが、犬や猫ぐらいなら……

 

【……ううん。流石に、ちょっと願望込め過ぎかも】

 

 期待を抱いたが、エリィは首を横に降った。

 ――――いくらなんでも夢を見過ぎだ。

 エリィは浮かれようとする、自分の気持ちを戒める。死後、まだ悪霊となっていなかった頃のエリィも期待した。親戚達がこの家に住んでくれるのではないか、従者達が過ごしてくれるのではないかと。

 しかし実際は、誰も住まなかった。

 裏切られた気持ちになったのも、エリィが悪霊化した一因である。期待して裏切られるのが一番辛い。だから最初から期待しない。

 そうしてエリィは自分の心を守る。動物みたいなパタパタが現れただけで満足しようとしていた。

 エリィの考えは正しい。エリィの呪力から生まれた生き物達は、エリィに寄り添う訳ではない。彼女の力から生まれただけで、期待に応える気など微塵もないのだから。

 だから生き物達は勝手に生きていく。

 より生存に適した形に変化しながら……

 

 

 

 

 

 突起を持ったパタパタは、その後繁栄を始める。

 無数に生えているウミクサを餌に出来るのだ。次々とウミクサから呪力を奪い、繁殖していく。個体数は爆発的に増えた。

 対して、ウミクサの個体数はどんどん減っていく。

 パタパタに、ウミクサを害そうという考えなんてない。しかし労る気持ちもない。呪力を欲する本能に従っているだけ。満腹になるまで、容赦なくウミクサから呪力を吸い上げる。

 ウミクサも生きていくには呪力が必要だ。生存に必要な分まで奪われたなら……ウミクサは死んでしまう。

 捕食者によって殺される。自然界では当たり前の事が、フィンチ家屋敷の生物達の間でも起きるようになった。するとパタパタとウミクサに新たな変化が起きる。

 まず、ウミクサの表皮に多様性が生まれた。今まではとても単純な、つるんとした平べったい形態だった。しかしパタパタに食べられ、殺されるようになると、これを防ぐ仕組みを持つ形態が多くの子孫を残せるようになる。

 例えば表皮が硬くなった。パタパタの突起さえ刺さらなければ、呪力を奪われる事もない。単純だが効果的な形態だ。

 他には、表皮に鱗のような突起を持つ個体も現れた。パタパタがウミクサの呪力を奪うには、突起がウミクサの体内の奥深く、呪力が流れている部位まで届かなければならない。鱗状の突起でこれを妨げば、これはこれで生き残りに役立つ。

 中には細く小さくなる個体もいた。これは防御力の面では、特段有利な性質ではない。だがパタパタはより呪力が多そうな、大きなウミクサを好む性質がある。つまり細い個体はパタパタに狙われ難い。どんなに脆弱でも、襲われないならなんの問題もないのである。

 ウミクサが多様化する中、パタパタも多様化していく。より固くて太い突起を持つパタパタ、より細長くて鱗の隙間に入り込めるパタパタ、小さなウミクサを好むパタパタ……

 そしてパタパタを襲うパタパタも現れた。

 パタパタがウミクサを襲うのは、呪力を求めて結果だ。つまり呪力さえ得られれば、ウミクサに拘る必要はない。むしろ大増殖したパタパタによってウミクサの個体数が減少すれば、パタパタの方が魅力的な『餌』と言える。

 しかしパタパタを襲うパタパタは二つの能力が求められた。一つは高速かつ高機動。動き回るパタパタを正確に追い、捕まえられるものが適応的だ。そしてもう一つの特徴は高戦闘力。たとえ突起を相手に接触させても、相手の方が強ければ逃げられてしまう。ある程度の力が必要だ。

 これらの能力を兼ね備える特徴は、まず大型化が挙げられる。身体が大きければその分力が強く、速く動き回る事も、捕まえたパタパタを押さえ込む事も出来る。

 だが大型化には問題もある。大きな身体はその分多量の呪力を消費するため、たくさんの呪力を摂取しなければならない。それは多くの獲物を食べる事でもあるが……ウミクサはその獲物として好ましくない。何故ならパタパタ達に襲われるようになったウミクサは、硬い身体を獲得し、非常に食べ難くなったからだ。それに他のパタパタが食べた後では呪力の蓄積が少なく、スカスカなものを吸う羽目になるかも知れない。

 対して、パタパタは魅力的である。動き回るための身体は柔らかく、体内にはたっぷり呪力を溜め込んでいる。獲物としてはこちらの方が『栄養満点』だ。ならばウミクサは無視して、パタパタだけを襲う方が効率的である。

 つまりパタパタ専門の捕食者……肉食動物の生き方が最適だ。

 一部のパタパタはこの肉食動物の生き方を行うようになった。単に大型化しただけではない。身体は魚のような厚みのある流線型に変化した。機動力に優れた形態へと進化した結果、水中を泳ぎ回る魚と似たような形に辿り着いたのだ。ただしこの身体から生えているのはヒレではなく、獲物を捕まえるのに適した、四本の触手。この触手は身体の前半分ほどの位置にあり、獲物に巻き付けて固定出来るほど長い。個体にもよるが、体長の三倍はあるものが多い。

 先端の突起も棘から触手型に変化した。柔らかなパタパタの身体を貫くのに、太さと硬さは必要ない。ならば先端だけ鋭くし、中に入り込んだ後は細くて長い、即ち表面積の大きなもので一気に呪力を吸い上げるのが効率的だ。

 大きくて、無数の触手を獲得した生物――――これをエリィは『カイギョ』と呼ぶ事にした。見た目が魚に似ている事からそう名付けた。カイギョはパタパタの捕食者として繁栄する。

 そうして、屋敷内の生態系はまた変化した。

 ウミクサは幾つもの形態に分かれた。海藻のような、薄くて縦長のものはもうあまりいない。今の主流は細長く、四方に枝を伸ばした樹木のような形態が多い。細い身体は硬く、それでいてパタパタの突起では刺し難いという特徴がある。或いは草のように非常に小さく、尚且つ細長いものも多い。

 樹木型をオオウミクサ、草型をコウミクサと呼ぶ事にした。厳密には樹木型であるタオオウミクサも、草型であるコウミクサも多種多様で、もっと細かく命名すべきかも知れない。

 パタパタ達も多様化した。餌だったウミクサが減り、食べ難いオオウミクサやコウミクサが繁栄したので、それらを餌にするのに適した形態が繁栄したからだ。樹木型であるオオウミクサを食べる個体は、短くて硬い先端突起を、草型のコウミクサを食べる個体は細長い先端突起を持つ。身体の大きさも違い、最大級のものは三十センチ、最小のものは五センチぐらいまで変化した。

 大型種をダイパタパタ、小型種をチビパタパタと名付けた。いや、もっと名前が必要だ。ダイパタパタと一言で言っても、体表面に鱗のような突起を持つ個体と持たない個体がいる。捕食者であるカイギョへの対抗策だ。鱗持ちをウロコダイパタパタ、鱗なしをハダパタパタと名付け――――

 

【って、多過ぎるわぁーっ!】

 

 ようとしたところで、エリィの正直な感想が爆発した。

 ほんの一年。

 ウミクサを襲うパタパタが現れてからほんの一年で、屋敷内の生態系は複雑なものになった。あまりにも種類が多様化して、名前が付けきれない。名前を付けてもすぐに絶滅したり、新種が生まれたりで全然間に合わない。

 そして種類が多過ぎて覚えきれない。いくら意味のある名前を付けても、何種類も、何十種類も付けたら色々ごっちゃになる。ウミクサとパタパタとカイギョの三種なら認識出来るが、短期間に十を超えると色々無理が出てくる。

 

【もういい……どうせ基本的なとこは変わんないし】

 

 エリィは早々に名前付けを諦めた。これからは植物型はまとめてウミクサ、草食動物はパタパタ、肉食動物はカイギョと呼ぶ。大きな特徴変化(パタパタが飛行を止めて陸上生物になるとか)があれば流石に名前を付けるが、これぐらいなら年に一度もないので覚えられる……筈だ。

 と、色々投げやりになったものの、エリィはこの屋敷内の生き物達を嫌いにはなっていない。

 むしろ感謝している。まるで自分の願いを叶えるように、生き物達は高度で、複雑な存在になった。肉食動物は中々恐ろしい姿をしているが、お伽噺の怪物みたいでちょっと面白い。

 まだまだお喋りは出来そうにないし、芸を仕込むのも難しいだろう。しかし生き物達の多様な変化……いや、『進化』を目の当たりにすると、無限の可能性を秘めているように思えてくる。

 何時か、この生き物達がお友達になってくれる日が来るのだろうか。

 一年前には高望みだと思っていた事が、現実味を帯びてくる。エリィがそう考えていたところ、背後から一体のカイギョがやってきて、彼女の頭に触れてきた。優しく、抱き着くように、触手を頭に回してくる。

 まるで、ボクとお友達になろうよ、とでも言っているかのよう。

 

【……ふふっ。まさかね】

 

 流石にそれはない。そうは思えどエリィは満面の笑みを浮かべる。

 直後、ぶすりとカイギョがエリィの頭に先端突起を突き刺してきたので、笑みのまま固まった。

 ……考えてみればエリィは呪力の発生源。ウミクサやパタパタとは比にならない量の呪力をその身体に宿している。これを吸い上げれば、さぞやたくさんの栄養が得られるだろう。

 つまり今のところカイギョにとって、エリィは餌扱い。

 

【ぎょええええ!?】

 

 全力で腕を振り回せば、カイギョはすごすごと去っていく。

 友達になるのはまだ当分先らしい。というかこのまま進化した時、安全に付き合えるだろうか。

 先行き不透明どころか不安になるが、エリィの心の中に寂しさは全くなかった。

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