ようこそ理想の遺伝子を求める教室へ   作:さんぱうろ

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群れの外側Ⅱ

 

 昼休みになると、理央は食堂に向かった。

 食券機の前に、一之瀬がすでに来ていた。しかし隣に女子が二人いる。

 

「東雲くん、ごめんね。今日、先にこの二人と約束してたのを忘れてて……大丈夫?」

 

 一之瀬は少し申し訳なさそうに言った。

 

「構いませんよ」

「改めて紹介するね。白波千尋と、網倉麻子」

「東雲理央です」

 

 網倉は屈託なく「よろしく」と手を差し出してきた。友好的な対応だ。

 それと対照的に、白波は黙り入っている。理央をちらりと見て、それから一之瀬の方に視線を戻す。その目に、値踏みとも警戒ともとれる色があった。

 

 理央は改めて三人の外見情報を分析していく。

 

 正面の一之瀬──廊下で確認済みだ。可愛らしい外見。顔の均整は悪くないが、骨格や体格は標準寄りだ。女性としては十分に魅力的な部類に入る。しかし理央の基準で言えば、及第点、という評価に落ち着く。

 白波──細身で、骨格は小さい。顔立ちは整っているが、一之瀬より一段落ちる。

 網倉──三人の中では最も体格がしっかりしている。骨格のバランスは悪くない。しかし顔立ちは平均的だ。

 

 外見の情報だけで判断するなら、三人の中で一之瀬だけが辛うじて及第点に届く。他の二人は、それ以下だ。

 

 理央がまじまじと三人を観察していると、白波が口を開いた。

 

「……あなた、一之瀬さんのこと狙ってるんじゃないよね?」

「狙ってる、とは?」

「だから、その、付き合いたい、とか、思ってないよね?」

「……」

 

 ある意味、完璧な図星だった。とはいえ白波が懸念している内容より、より最悪な意味合いで、ではあるが。

 少女の視線が理央から一之瀬に移り、また理央に戻る。

 

「千尋、その話はもういいって」

 

 網倉が白波の腕を軽く引いた。

 

「まあ言わんとすることは分かります。男性が女性を誘うとなると、どうしてもそういう意図を連想しますよね」

「……」

「全く女性として意識していない訳ではありませんが、そんな下心ありきで近付いたわけではありませんよ」

 

 白波は黙った。しかし視線の鋭さは変わらない。

 

「まーまー、とりあえずメニュー選んじゃおっか!」

 

 一之瀬が明るい声で言った。場の空気を切り裂くように、しかし嫌味なく。こういう切り替えの上手さが、クラスのまとめ役たる所以なのだろう。

 

 三人が食券機に向かう。

 一之瀬は迷わず日替わり定食のボタンを押した。網倉はしばらくメニューを眺めてからパスタ定食を選ぶ。白波は小食なのか、うどんの単品だけだ。

 

 理央は食券機の前に立ち、ボタンを押し始めた。

 

 焼き魚定食の大盛り。白米の単品を三つ。鶏胸肉の塩焼きを二つ。茹で卵を四つ。味噌汁を二つ。ブロッコリーの小鉢を三つ。豆腐を二つ。

 食券がまとまって出てくる。

 

 本来ならもう少し量が必要だ。しかし今月はポイントの支給が遅れている。節約を余儀なくされている以上、これが現実的な上限だ。

 

 振り返ると、三人がこちらを見ていた。

 

「……それ、全部食べるの?」

 

 網倉が思わず、という感じで聞いた。

 

「もちろんです。今日は少し控えめですが」

「控えめ……」

 

 網倉は一之瀬と顔を見合わせた。一之瀬は笑いをこらえているような顔だった。白波だけが呆れたような目で理央を見ている。ここでは、警戒の色より別の何かが勝っていた。

 

「あはは、スタイル良いのに、意外と大食いなんだね。ギャップかも」

 

 一之瀬が笑いながら言った。

 

「よく言われます」

「どうしてそんなに食べられるの?」

「体質ですよ。消化が早いので」

「早いって、どのくらい?」

「今から一時間後には、また空腹になっています」

 

 三人が黙った。

 

「……それ、大丈夫なの?」

 

 網倉が心配そうに言った。

 

「全く問題ありません。先程も言いましたが、体質です。身体が無制限に栄養を欲している感覚と言えば分かりますか?」

「分かんない……え、病気とか、じゃなくて?」

「強いて言うなら成長期ですかね」

 

 網倉は何か言いたそうだったが、言葉が見つからないようだった。一之瀬も苦笑いしている。白波だけが「……化け物か」と小声で呟いた。

 化け物、という評価は、あながち間違っていないが、些か心外ではある。

 

「僕は人間ですよ、人間。ギリギリね」

 

 

 ──単に君たちが、圧倒的に人間未満なだけです。

 

 最後の傲慢極まりない真実だけは、口にしなかった。

 

 ◇◆◇

 

 席についてから、理央は食事を始めた。

 

 淡々と焼き魚の骨を外し、白米をすくい、小鉢を片付けていく。三人が時々こちらをちらりと見ていたが、理央は特に気にしなかった。

 

 視線を隣にやると、一之瀬が日替わり定食のハンバーグをフォークで切り分けながら、白波の方に差し出していた。

 

「はい、あーん」

「やった」

 

 白波が口を開けて食べた。当たり前のように、自然な流れで。

 理央は箸を止めた。

 

「……それって、普通なんですか」

 

 一之瀬が少し照れくさそうに笑った。

 

「え、ただのスキンシップだよ? 仲良い子とはよくやるかな」

「……そうですか」

 

 理央は箸を再び動かしながら、その光景を頭の中で処理した。

 

 食べさせ合う。スキンシップとして。

 

 その後も似たような場面が続いた。網倉が自分のパスタを一之瀬に勧め、一之瀬が白波のうどんをひと口もらう。白波は理央に対しては終始警戒した目を向けていたが、一之瀬や網倉に対しては表情が明らかに柔らかかった。

 

 ──身体的な接触を恐れない。他者との境界線が薄い。感情的な結びつきを、こういった行為で日常的に確認し合っている。

 

 ライオンかと思ったが、ボノボの方か、と理央は結論した。

 

 ボノボ。

 群れの中で感情的な接触によって秩序を保つ霊長類。争いを避け、結びつきを優先する動物だ。

 この世界において、理央がナマコの次に見下している動物でもあった。何ならゴキブリよりも嫌いまである。

 

 哀しいかな、そのボノボと、一之瀬帆波という個体は類似している。

 

 Bクラス全体にこの空気が蔓延しているとすれば、一之瀬がリーダーである以上、それは必然だ。

 内心少しだけ、自分がBクラスでなくて良かったと思ってしまった。

 

「ねえ、東雲くんって、クラス分けの基準って何だと思う?」

 

 食事が一段落したところで、一之瀬が聞いた。

 

「実力順って説明があったけど、なんか腑に落ちなくてさ」

「腑に落ちない?」

「うん。もし仮に実力順なら、逆転が起きにくくなるじゃない。ずっとAはA、DはDのまま。それじゃ競争にならないし、学校がわざわざそういう仕組みを作る意味がない気がして」

「……同感です」

 

 一之瀬の目が少し輝いた。この少女は、自分の考えを肯定されることに素直に反応する。感情の動きが顔に出る。これは一之瀬の長所でもあり、短所とも言えるだろう。

 

「その辺りについて、東雲くんはどう思う?」

「実力順というのは表向きの説明で、実際には各クラスに異なる気質の人間を意図的に集めているんじゃないでしょうか」

「気質、って?」

「たとえばAクラスは、僕の所感ですが、知性で動く人間が集まっている気がしています。優秀さを自覚し、論理で判断する。そういう気質です」

「なるほど」

 

 一之瀬は頷いた。得心がいった、という顔だ。否定する材料を持っていないのではなく、実感として一致している、という反応に見えた。

 

「じゃあBクラスはどうなのかな?」

「そこは一之瀬さんの方が詳しいのでは」

「あはは、それもそっか」

 

 一之瀬は少し考えてから答えた。

 

「うちは……みんなで一緒にやっていこう、って感じかな。困ってたら助け合うし、誰かが辛そうだったら声をかける。個人より集団、みたいな」

「──では『共感』ですね」

「共感?」

「感情的な結びつきを重視し、集団の調和を優先する。それがBクラスの気質だと思います。一之瀬さんの言葉そのままです」

 

 一之瀬は照れくさそうに目を逸らした。自分のクラスを他者に言語化されるとは思っていなかった、という顔だった。悪い気はしていない。ただ、少し照れている。

 理央はその反応を確認してから、次に進んだ。

 

「次に、Cクラスについて考えてみましょう。一之瀬さんはどんな印象を持っていますか」

「Cクラスかぁ。あんま詳しくはないけど……」

 

 網倉が食事の手を止めて、思い出すように眉を寄せた。

 

「なんか、近寄りがたい雰囲気があるよね。他クラスのことを最初から敵だと思ってる感じがする。この前も変な絡まれ方したし」

「あー、自分たちの利益しか見ていない感じ、かな。私もちょっと感じたことあるよ」

 

 一之瀬が頷きながら付け加えた。

 

「協力とか助け合いとかより、競争、みたいな空気だよね」

 

 二人の言葉を聞きながら、理央は頭の中で輪郭を描いていく。

 Cクラスに直接触れる機会はまだない。しかしこの二人の言葉は、十分な情報だった。感情で物事を語る人間の言葉には、分析ではなく体験が乗っている。データとして、むしろ信頼できる。

 

「難しいですが──『野心』といったところですかね。上昇志向が強く、他者を踏み台にしてでも上に行こうとする気質。他クラスとの交流を拒絶するのも、余計な繋がりを作ることが自分たちの利益にならないと判断しているからでしょう」

「野心か」

 

 一之瀬はその言葉を口の中で転がすように繰り返した。

 

「言い得て妙だね」

「最後に、Dクラスはどうですか」

 

 三人が顔を見合わせた。Cクラスより答えに詰まっている。掴みどころがない、ということだろう。理央にとっても、高円寺という個人の印象はあるが、クラス全体の気質はまだ見えていない。

 

「帆波、Dクラスの子と仲良かったよね」

「え、うん」

 

 一之瀬は少し言葉を探してから答えた。

 

「正直な感想を言うと、バラバラな感じがするな。まとまりがないというか。個性は強い人が多いんだけど、みんな方向性が違って、一致団結してる感じがしない」

 

 そこへ、それまで黙っていた白波が口を開いた。

 

「ルールとか、そういうのにあんまり従わない感じもする。廊下でもちょっとうるさかったり、マナーが悪かったりする人が目立つ」

 

 白波が自分から会話に加わったのは、この食事の中で初めてだった。理央への警戒心が、共通の話題の前で一時的に薄れたのだろう。一之瀬と網倉との間に長年蓄積された感情的な結びつきが、白波をこの輪に引き込んだ。Bクラスという気質の、ある種の表れでもあった。

 

 三人の言葉を繋ぎ合わせながら、理央は分析していく。

 

 ふと、高円寺六助という人間が脳裏に浮かんだ。群れに馴染もうとしない、という気質を、あれほど体現している人間を理央は他に知らない。

 

「さしずめ──『反骨』という気質ですかね。絶対にこの法則通りとも限りませんが」

 

 一之瀬はトレーの上に視線を落としてから、理央を見た。その顔に、最初の廊下での緊張はもうない。

 

「東雲くんって面白いね。そういう風に考えたことなかったから」

「仮説を考えるのは好きなんです」

「学者みたい」

「それもよく言われます」

 

 食事が終わりに差し掛かった頃、理央は少し話題を変えた。

 

「他クラスの人間とも、縁を作っておきたいと思ってるんですが……良ければ誰か紹介してもらえませんか」

 

 一之瀬は網倉と顔を見合わせた。

 

「Cクラスはちょっと難しいかな……」

 

 網倉が苦笑しながら言った。

 

「さっきも話したけど、あっちは他クラスとの交流自体を嫌がる雰囲気があるから。紹介しようにも、そもそも繋いでもらえるか分からなくて」

「Dクラスなら」

 

 一之瀬が続けた。

 

「……うん、櫛田さんなら大丈夫だと思う。あの子、すごく人当たりが良くて、クラスの垣根なく誰とでも話せる感じだから」

「どんな方なんですか?」

「えっとね、私も何度か話したことあるけど、明るくて感じの良い子だよ。東雲くんなら普通に話せると思う」

 

 理央は頷いた。

 

「ありがとうございます。では是非その櫛田という方に紹介して頂きたい。もちろん、向こうの了承を得てからで構いません」

「おっけー。あ、せっかくだから私たちも連絡先交換しようよ」

 

 一之瀬が連絡用の端末を取り出した。

 網倉も続いて取り出す。

 白波は少し躊躇してから、黙って二人に続いた。理央と親交を深める気はなくとも、この場の空気には迎合したいらしい。

 

「それじゃ、また話しかけてね」

 

 別れ際、一之瀬は笑顔で言った。

 屈託がない。廊下で初めて声をかけてから、この短い時間でずいぶんと距離が縮まった気がした。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………さて」

 

 食堂を出て、廊下を一人で歩きながら、理央は今日得た情報を静かに整理していた。

 

 一之瀬帆波。外見は及第点。知性は感情優位で、身体機能も標準的だ。候補として完全に排除する根拠はないが、積極的に評価する理由もない。

 

 白波千尋と網倉麻子。この二人についてはどちらも特筆すべき点がない。除外だ。

 

 そして──個人的に気になったのは、Bクラス全体の空気。

 まだ直接見たわけではないが、察するに十分な情報は得た。

 食べさせ合い、感情を共有し、互いの境界線を薄める。あの三人だけの話ではない。一之瀬がリーダーである以上、あの気質はBクラス全体に蔓延しているだろう。

 

 ここで一つ、見えてきたことがある。

 

 AクラスとBクラス。知性と共感、という異なる気質を持つ二つのクラスだが、恐らくは共通点がある。

 それは、どちらも知的水準が比較的高い個体が集められている、という点だ。学校がそういう基準で上位クラスを編成しているとすれば、AとBには一定以上の知性を持つ個体が自然と集まることになる。

 

 そしてその系列における最高個体は──間違いない。坂柳有栖だ。

 

 つまりAB系列での探索は、すでに天井に達している可能性が高い。

 

 

「やはり悔やまれる……坂柳さんの疾患さえなければ……」

 

 歯噛みしながら、頭を軽く振る。過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

 

 もし別口を求めるなら、むしろ下位のクラスだ。

 野心を抱えたCクラスか、反骨の気質を持つDクラスか。均質化された上位クラスとは異なる遺伝子を持つ個体が、そこにいる可能性がある。

 

 次の対象はすでに決まっていた。

 

「──Dクラス、だな」

 

 まずは櫛田という存在と接触する。そこからだ。




理央「一之瀬さんは……う~ん、まあ悪くはないんだけどね?」

※訳:ボノボみたいにいつも乳繰り合ってるような女子はきもいから嫌っ!
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